残念ながら、人は天下の神物(みたまもの)なりと言われながら、神は自分の祈願、願いを適えて呉れなかった。誠に残念な事ではある。しかし、残念だと諦めるわけにはいかない。
そこで徹底して願いが届かない理由を調べてみた。
すると、神には正直と清浄と言うことが、お好きな様で、それを望まれて人間をお造りになった。その事を守る人間の事なら、何でも聞き届けられると言う条件のある事が解った。
其の神の教えが存在した。 
という事である。又、昔から聞いた諺(ことわざ)があった。
と。
正直であれば、人間が望まなくても、すでに神が人間の心の中に居られると言う。そして願わなくても、其の事は既に承知され成就していると言う事なのであります。
伊勢神宮の教えの中に、特に正直と清浄と言う二つの徳(道をさとった立派な行為。善い行いをする性格)、が重要な事であると云う事が説かれている。
正直と言う事は、只、嘘(うそ。妄語)を言わないと云う事だけではなく、正しい心、直なる心(素直な心)、誠一途(まこといちず)に常に反省を怠らず、少しでも善い方に向かうと努力する積極的な心でなければならないと云う事です。
法を聞いたり、教えを受けたりしたら、努力と云う事を頭に入れて、前に聞いた法や教えと合わせ、同時に、積極的(待った無し。即行動)な心で実行しなければいけません。
其の為には正直の基本として、清浄である事が必要です。正直な心は、清い心、清い行いを絶えず持続し、実行する事に依って達成をする事が出来、神への願いも聞き届けられるものになるのです。
要するに、正直と清浄は、社会や個人が争わず安穏なる為に、必要な基本事であって、人間同士の付き合いに必要な心、人間社会を乱さない心でなければならず、社会を乱す様な心、人に嫌われるような言葉、行動は絶対に謹まなくてはなりません。人間個人の心身を痛める様な、心(罪の心)があってはいけません。
今日から健康と安穏の基本である正直と清浄な心を以ってお過ごし下さい。 合掌 (2010'1.28) |