住職のつぶやき2003/11


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2003年11月01日

【今月の言葉】

矛盾が味として

味わえたら

楽になると

思います

世の中は矛盾だらけです。「矛盾だらけです」と語ると、その語っている自分はどこにいるのか?と逆に問われそうです。決して、「矛盾だらけです」から、あきらめて、ニヒルになって生きましょうという感情があるわけではありません。「矛盾だらけですよね」という溜め息と、でも、そこから一歩も身を遠ざけることもできず、その矛盾を今日も生きなければならないという苦しい現実とがあるわけです。

 しかし、その現実をどこかで、やっぱり「超える」ということがなければ、人間は溌剌とはしてこないものなのだと思います。「矛盾」を逃げるわけでもなく、その「矛盾」を排除するのでもなく、そのままに「矛盾」を味として感じられるようになったら、きっと今よりはいくらか楽になるように思えます。

 たとえば、同居の「嫁・姑」の矛盾も、あの手この手で、いくらかお互いに摩擦が緩和されても、根本的な解決には決してなりえていないと思います。別居するとか、嫁が昼間パートに出るとか、姑が趣味や仕事で家を留守にするとか、あるいは二世代住宅にするとか、さまざまに、この矛盾を解決する方法を人間は考えてきました。しかし、根本的には一人の男を女二人が奪い合うという構図はまったく変わっていないわけです。ですから、根本的に解決するには、どちらかがこの世を去らなければなりません。この世の内部に、解決の糸口があるんだ、それがまだ探し出されていないのだと考えると、その考え方に押しつぶされてしまいます。

 内面的な人間であれば、「自分の接しかたが間違っているんだ」とか「自分さえ我慢すればうまくいくんだ」と内面に引きこもってしまいます。それもひとつの緩和法だとは思いますけど、生きることにビビッドになりませんね。小生の質(たち)は、お互いにヤアヤアとやりあって、血シブキをあげて、涙を流すというのが好きです。

 まぁ根本的な解決は、お互いどちらかがこの世を去っていくということしかありません。そこに、この世の内部に解決はないのだという断念が、起こってほしいと思います。それでもあきらめきれずに、なんとか糸口はないものかと、あの手この手を打ってみるわけです。それも一時的には功を奏することもあります。でも、根本的な解決には全然なっていないんです。そんなことは十重分かっていても、それでもあがきもがくわけです。そのもがきの最中に、自分を対象化させている視座が、存在していることに気がつきます。そして、あがきもがいている姿を、溜め息をもって受け入れている自分のあることに目がとまります。この世では解決はないと知りつつ、あがいているんだと見えるのです。ですから、一時的な緩和法で一喜一憂することもないさと、覚めていることができます。そうなってくると、この大矛盾も、浮世の味わいとして味わえてくるように思います。

 浄土教は、この世の諸問題の解決方法をすべて「浄土」にぶちこんでしまいます。この世では根本的な解決はないんだよ、浄土にいったらすべての問題も矛盾も解けるんだよ、だから一番先に、浄土に行くことを考えようよといいます。これは、この世の矛盾の緩和法を何もしないように誤解されます。しかしそうではないと思います。人間は、解決できないと知ってはいても、あがきもがく生き物だからです。ただし、根本的な解決はこの世を去ったときであると腑に落ちていれば、もがき方とあがき方が違ってくるんだろうと思います。この世での緩和法に酔いしれないでいられますからね。そして、そんなものは全然解決になっていないという鮮やかな諦観が、そこにはあります。その諦観が成り立つと、矛盾が徹底排除の対象から、自分の舌の上で転がすことのできる味わいとなって変化してゆきます。つまり早くいえば「余裕」ですね。そんなものが生れると思います。しょせん矛盾は徹底排除し尽くせないものです。

 人間の理性は、ゼロか百かというデジタルなありかたをしています。判明ですけど、冷たいもんもあります。矛盾が徹底的に排除されれば、そこに安定がやってくると予想します。でも生きるということは、矛盾の積載超過状態ですからね。泉のように湧いて出てくるものなんです。

 小生にとって、ものすごくショックだったことがあります。もう何十年も前のことですけど、京都の植物園に行ったときのことです。大木が割れて、中がウロになっている木がありました。そのウロの中を覗いてみましたら、その中には越冬中のゴキブリがわんさか住んでいました。小生はゾオーットして鳥肌が立ちました。それを見たとき、小生のなかで何かが崩壊し変化してゆきました。それは、この地球がもともとゴキブリの生活圏だったのだという諦観です。小生はゴキブリが嫌いで、家の中から徹底的に排除しようとしてきました。家の中から排除できれば、それで問題は解決できると思っていたのです。まぁゴキブリの研究者でもなければ、あんまりゴキブリが好きなひとはいないと思うんですけどね。

 しかし植物園での体験は、決定的でした。もし家の中からゴキブリを徹底的に排除できたとしても、外からわんさかゴキブリがやってくるわけです。もう湧いている状態ですからね。たとえ一匹退治できても、大量にやってくるわけです。そのとき、小生の中で、ゴキブリ戦争は完全敗北したと実感しました。その敗北感ができあがってからは、家のなかのゴキブリに神経質にならずに済んでいます。まぁ目の前にいえば、殺しますけど、逃げようとしているゴキブリなら、しかたねぇなぁと受け入れてしまえました。しょせん、あんたたちの地球なんだし、おれたち人間より前から住んでるんだし、おれたちの方が、あんたたちにとって邪魔者なのかもしれんよなぁと、そんな感じになりました。

 小生にとって、その事件は、この世の受け入れ方に変化をもたらしました。つまり矛盾を徹底排除するのではなくて、矛盾と同居してゆくということです。徹底排除の目線で見ていたものが、余裕をもって、観察できるものに変化してゆくのでありました。それでも、日々のあがきもがきは消えることはありません。やっぱり、目の前にゴキブリが現れたら、まず殺そう!と動いている自分があるんですよ。女房は、ブチッと殺すことも気持ち悪いということで、最近では、掃除機で吸い取っていますね。あれは有効ですよ。手も汚さず、一瞬にしてゴキブリの存在を目の前から葬り去ることができますからね。

 ゴキブリーッと発見したときには、女房は、すぐに掃除機のところにかけだします。そしてゴーストバスターズのように掃除機をブル下げて、ゴキブリに敢然と立ち向かっていくのでありました。掃除機の使い方も上手になって、ゴキブリに悟られずに、そこにはむしろ余裕といいましょうか、「ゴキブリちゃん、待っててね、いま殺してあげるからね」という、不気味な笑みさえ投げかけているように見えるのでありました。

 

2003年11月02日

また殺人事件が起こりました。今朝も、千代田線で人身事故がありました。まったくどうなっているんだろうと、溜め息をつかざるをえないような日々が展開しています。東京という人口密集空間にあって、これほど人々が物理的に接近して暮らしているのに、しかし、個々の家族はまったく絶縁状態ということが浮かび上がってきました。個々の家族の構成員は、親であり子どもです。親は会社に通勤し、子どもは学校に通学します。満員電車で揺られていても、隣のひとは見ず知らずのひとばかりです。会社について、いつもの人間関係の中で一日を過ごし、再び電車に揺られて家へ戻ります。家と会社という点と点をつないでひとは生きています。ですから人間関係はごく限られたものにしか過ぎません。

 定年退職後のお父さんの暮らしは、かなり悲惨なようです。会社での人間関係に終止符がうたれると、あとに残った関係は、家族しかありません。「濡れ落ち葉」という言葉も昔ありましたね。家族に依存して、べったりとした人間関係で生きます。まぁ「子どもに帰る」ということでもありますが…。それで家族が、満足であれば、これはこれで、実に幸せなことで、なにも問題はないように思います。しかし、いままで「亭主元気で、留守がいい」といって、自由な時間を過ごしてきた奥さんが、「サンデー毎日」の夫の面倒をみさせられるわけですから、かなりの抑圧状態になることもあります。

 現代の東京では、そういう家族の孤立化が起こっています。小生のまわりをみても、昔の町会というものは、かなりズタズタの状態です。マンションやら団地が街にできると、そこだけが治外法権のような状態になり、自主独立の管理組合ができ、町会の中に虫食い状態のように、空白地帯ができるわけです。これも、人間が、高層に居住するようになってからの問題でもあるように思います。以前の平屋建ての住宅では、住民の顔が見えていました。小さい庭には思い思いの個性がありました。しかし五階建てや八階建ての都営住宅や、14階建てのマンションなどが建ちはじめると、人間の意識自体も変化してゆきました。やっぱり、地面から離れて寝起きをしていると、人間の意識自体も根無し草状態になるのではないでしょうか。マンションでは、各階の部屋の扉を閉めてしまえば、他人とはまったく孤絶状態にできますからね。人間には、確かにそういう孤絶状態が必要なときもありますけれども、それが日常になってしまったら、やっぱり、どこかでこころが閉塞状態になってゆきますよね。だから、ご近所付き合いが大事だなどというつもりもありません。いろんなコミュニティーに属して、趣味に生きようとか、ボランティアをしようということでもありません。高層に住んでいても、大地で生きていたときの感覚をどのように取り戻すかではないでしょうか。

 「母親に見守られていると感じたときにだけ、子どもは安心してひとりで遊ぶことができる」とウィニコットは言っているそうです。この安心感があれば、たとえ孤絶状態であっても、大地とつながっているように思います。この言葉に出会ったときに、小生は、こころのなかでその言葉を読み替えていました。こんなふうに「如来に見守られていると感じたときにだけ、人間は安心して孤独になることができる」と。小生は、あの村落共同体のような隣組意識が嫌いです。自分は自分、ひとはひとで、他人にできるだけ干渉されない空間を愛しています。ですから、東京は自分に合っている空間だと思います。田舎にいくと、村人の暮らしが手にとるように分かっていて、誰々が結婚したとか、リストラに会ったとか、現場の事故で亡くなって保険金がおりて、お金持ちになったとか、会社でしくじったとか、あのひとが今度昇進したんだとか、様々なゴシップが関心の的になります。いわば情報的には個人が裸の状態になります。でも、都市部では、匿名で生きることができます。匿名性は楽ですね。自分が知られていないということは、とても自由に振る舞うことができます。「引きこもり」のひとが、言ってました。「近所が苦手なんです。知らないひとの前でなら大丈夫なんです」と。匿名で生きるのは楽なんですけど、今度は、孤独という問題にぶつかります。その孤独が存在の大地にどうやって根を下ろすことができるか?それが問題なのでしょう。家族の孤立化もその問題なんだと思います。

 「如来に見守られているとき、孤独に耐えられる」と言い換えてみました。もし「母親」と限定してしまうと、母が死んでしまったらどうなんだと思います。いわゆる「母なるもの」というイメージで読めばいいわけでしょう。母なるもののイメージをどうやって、人間の内部に形成するのかということが大地の問題でしょう。もっといえば、母なるものから見つめられている人間というイメージです。それは、私の内部に、「人間」というもののイメージができることと同時なのだと思います。その「人間」とは、しょせん、チョボチョボの人間同士なんだから、間違いもあるし、いろいろ問題を抱えている愚かな存在というイメージです。天皇であろうと、ホームレスであろうと、どんな民族であろうと、しょせんチョボチョボとしての人間存在なんだという「凡夫」の発見だと思います。

 意識は、どうしても、自己を最優先にして超人化させます。自分は他人とは違うんだと。違うだけならいいのですが、そこに価値観がはたらいて、いい人間と悪い人間、役に立つ人間と無益な人間とか、優しい人間と冷たい人間と価値付けをしてしまいます。そのように価値観をもって、人間を差別化しているのも「凡夫」であると達観できればいいわけでしょう。その差別化によって、他人を裁くのであれば、自分は傷を負いません。しかし逆にその差別化が自分に対して刃を向いて迫ってきたとき、人間はやられてしまうのです。そのカラクリを見破ることができれば、かなり安心度が増してくると思います。

 母から見られているという安心感は、実は自分がどれほど価値のない愚かなものであっても、それを受容できる感覚でしょう。しょせん、何のために生れてきたのか、人間には知らされていないのですから、価値がないといわれれば、そうかもしれないと受け止めることができます。そういうふうに受容的に受け止められるということも、安心感があってのことだと思います。 さらに自分のいのちの根っこには、生命40億年の流れがあることを忘れてはいけません。その40億年はどこも途切れることもなく、この愚かな自分にまで届いてきているのです。ここに安心感を見いださなければなりません。こういうところに「母なるもの」が流れているのです。そうすれば、孤絶であっても、孤独になっても、それを支えていてくれる「母なるもの」があると感覚できるのではないでしょうか。この感覚の復活を抜きにして、家族の孤絶化も超えられないように思います。

 

2003年11月03日

朝、テレビをつけてみると、中国で学生の反日デモが起きているというニュースをやっていました。これは、中国の西安にある西北大学で日本人留学生が演じた寸劇がきっかけだといいます。ワイドショーでは、三人の男子学生が裸で赤いブラジャーをつけ、股間には紙コップをつけて、踊りながら紙吹雪をまいたと言っていました。三人の背中には右「中国」中央「?ハートマーク」左「日本」という文字が書かれていたといいます。彼らは日中友好をパロディ風に演じていたのでしょう。場所が、もし日本の学園祭であったならば、これほどの問題にはならなかったでしょう。もっといえば、場所がもし上海であったならば、ニュースにも取り上げられなかったかもしれません。やはり、西安という、古都であったということが、影響しているのではないかと思いました。

 やはり、北京や西安は、秩序を重んじる文化都市という空気が支配しています。あのユングの球状の自己イメージにたとえるならば、ひかりの当たっている自我に位置しているのが北京や西安でしょう。そして、上海や香港は、無意識の部分になるように思います。自我の部分は、秩序を重んじ、白黒を明確化していく理性が支配している部分です。それに比べて無意識の部分は、人間の闇の部分にある欲望や、デカダンスを飲み込んでしまうような部分です。そういう対比がはっきりしているのが中国という国です。

 そういう状況や空気を、留学生であれば、肌で感じ取っているはずなんですけど、それが分かっていないということに小生は疑問を感じてしまったのです。何年間留学していたか、分かりませんけど、観光客にはない嗅覚が彼らにあってほしかったと思ったことでした。日本人は、そういう嗅覚が発達していると思ってきたのです。それなのに、今回のような出来事が起こるということは、日本人の鼻が鈍ってしまったのではないかと、寂しくなりました。いわゆる昔は「世間の顔を見て暮らす」という言葉があったように、ひとの顔色を見て、自分の行動を考えてきたのが日本人です。それは悪い面もありますけど、その共同体の空気を察知する能力が長けていたということでもあります。その才能が極端に落ちてしまったのではないでしょうか。

 まぁ、事件がここまで激しいリアクションを引き起こす背景には、いろんなことがいわれています。ひとつには、広東省でしたか、集団買春事件というのがありましたね。あれで、日本人は中国女性を侮辱し、ひいては中国人を差別したのだという感情がたまっていたということではないかと解説するひともいました。

 コメンテーターも、日本が過去に中国に対して、どういうことをしてきたのか、そういう歴史認識が欠如していることを嘆いていました。つまり中国を侵略した日本のありかたを勉強していれば、このような破廉恥な行為はおこさなかっただろうというのです。ここにも日本の歴史教育、アジア史を考える課題がありそうですね。しかし彼らは、日中友好を、喜劇風に表現したかっただけなのかもしれません。中国を侮辱しようという意識はなかったのではないでしょうか。しかし、中国の学生たちは、こころの奥底で、反日感情というマグマが爆発寸前にまで達していたということではないでしょうか。そのマグマの動きを肌で感じられなかったのが、何度もいうように不思議なところです。

 それから、いくつかの理由を読売新聞は、こう伝えています。「『寸劇が問題化して学生が留学生寮に押しかけた際、中国人学生が警備担当者に拘束されたとの情報が流れたため、デモが広がった』と証言。中国東北地方での旧日本軍の毒ガス問題などで反日意識が高まる中、『“愛国的行動”を中国当局が制限するのはおかしい』との感情が広がったのも騒ぎが拡大した原因とみられる」と。

 おそらく、千人規模のデモが起こったのには、それなりの理由があるのでしょう。あの寸劇を実際に見た人間は、数人から数十人の単位だと想像できます。しかし、そこからは、伝聞で多数の人間に伝わったのだと思います。それがどういう伝わりかたをしたのかが知りたいところです。おそらく、どのような事件においても、実際に見聞した人間よりも、それを伝聞で聞いた人間のほうが反応が激しいものです。

 以前、息子がバイク事故で救急車入院したとき、警察から、「息子さんは、○○病院に行きました。口はきける状態ですから…」と女房から伝聞で聞きました。「口はきける状態」という言葉は、ほとんど重体なのだと想像させます。伝聞を受けた人間は、大きなショックを受けました。しかし、実際に真っ青な顔をして病院へ駆けつけてみますと、左手を骨折しているだけで、本人はピンピンしておりました。小生は「口はきける状態」という言葉を、「口だけはきける状態」だと理解してしまったのです。そういう思い込みがはたらくものです。実際、その場で見ている警官は、なんとも思いませんけど、それを伝聞で聞いた側は、いろんな想像を巡らすものです。そして過剰に反応してしまうのです。

 そのときに伝聞がどのように他者へ伝わっていくのか。そこに無意識の意味づけがなされているように思います。その意味づけは、ある力をもちますし、二乗に加速して激化してゆきます。伝聞には必ず、尾ひれがつきものです。「針小棒大」ということもあります。しかし、今回の問題は、やはり中国学生の無意識のところにあった抑圧感が、激化を促したのだと予想されます。

 でも、不思議に思ったのは、実際に1900年代の日本の侵略で直接被害を受けたであろう老人層ではなく、若者たちが反日感情をもっていたということです。それは、中国の歴史教育の成果なのかもしれませんけどね。その新聞の記事でも「北京や黒竜江、河北各省など反日感情が強いとされる北方地域」とも書かれていました。

 小生も、中国には二度ほど行ったことがあります。北京・上海・大同・太原・西安・敦煌・烏魯木斉(ウルムチ)・吐魯番(トルファン)等です。しかし短期間のヴィジターには分からない反日感情が彼らの無意識にはあったのですね。経済大国として、資本主義化し始めた中国の光の部分が誇大に目立ちすぎてしまい、闇の部分を忘れがちでした。そういう光と闇の部分をちゃんと理解できなければ、民族同士の理解には至りえないのだと思いました。今回、ほんとに「許すということと、謝るということ」は永遠の課題だと痛感しました。

 

2003年11月04日

芥川龍之介の作品に『鼻』という短編がありました。主人公は武士だったか、鼻が異常に長くて、お粥をすするときにも鼻が邪魔になってしまうというシーンを印象的に覚えています。なんで鼻なのかといいますと、昨日、次男が新しく購入した携帯電話で顔の写真を撮られたのです。近頃は、携帯電話に写真機の機能がついています。最初は、ジェーフォンが初めてドコモの販売台数を凌駕したのですが、最近ではドコモも同じような機種を出して、対抗してきたようです。ごく最近には、「動画機能」をもったものが出てきていますね。この携帯戦争はドコモまで行くのでしょうか?ドコまでいくんでしょうね?

 その携帯電話は、レンズがよろしいのか、実に鮮明に写真が撮れるんですね。自分の顔写真を見せてもらったら、実に鼻が長いのです。近づけて撮りすぎているせいか、ものすごく鼻の長さと大きさが強調されているのです。これは信じられないと思って、それを女房に言うと、実際とあんまり変わらないといいます。これまたビックリです。自分では、鼻の大きさが標準的で、バランスよく顔の中心にあるのだと思っていましたから、そんなに長く大きな鼻の持ち主だといわれると心外だ感じたのです。しかし、どうもそうではなく、自分の思っている鼻とまわりから見える鼻とは違っていたようでした。それで芥川の『鼻』を連想したのだと思います。

 鼻は顔の中央に位置し、右面と左面を分ける山脈のような形になっています。下から見ると、ふたつの穴が空いていて、トンネルのような形をしています。そのせいか、個性を表現する要素として大きなはたらきをしてきたようです。鼻にまつわる言葉は実に多いですね。「鼻を高くする・出鼻を折る・鼻白む・鼻高々・鼻にかける・鼻持ちならない・鼻につく・鼻の先であしらう」。鼻を使ったたとえは、すべて自我に関係しているように思えます。その意味でも、鼻はアイデンティティに属する要素をもっているのでしょう。

 古代に「耳そぎ刑・鼻そぎ刑」という刑罰があったと聞きます。「これらの刑は本来的には受刑者を一般の人々と異なった不吉な容姿に変えてしまう刑、人間でありながら、姿形を人間でなくする、いわゆる『異形』にすることに大きな比重がかけられた刑であったと思われる」(『中世の罪と罰』東大出版会)」と記されています。

 鼻や耳をそぎ落として、人間とは異なった形にするということだとすると、やはり鼻や耳は人間が人間であることの、もっもと象徴性をもった要素であることが分かります。それなので、鼻には「自」という文字が入っているんですね。自分が自分であることをもっとも象徴する部品が鼻ということになりましょうか。「目は口ほどにものを言う」といわれて、目が、そのひとを象徴するといいますけど、目よりも鼻の形のほうが個性をもっているように思えます。

 そういえば、罪という字も、もともとは「?」という文字だったそうですね。この文字が「皇帝の「皇」の文字に似ているから、秦の始皇帝は、嫌って「罪の文字を使え!」と命じられたそうですね。それから、「つみ」は「罪」と記されたそうです。でも元々の「?」という文字も鼻という文字と似ていますね。自分を自分でなくしてしまう、自分を大事に思っている自尊心という心までも刑罰に処してしまうのだという意味が込められているようですね。

 鼻と自という関係をもっと見つめてゆきたいと思っています。

 

2003年11月05日

「モラトリアムを起こす者が、一方で非常にきちんとしていて、百点主義者であり、完全主義者であって、百点か、しからずんばゼロ。やぁめたということになる。これは私の患者さんが使っていた言葉ですけれども、マージャンにたとえると、勝てそうになければ初めからおりる。だから『私はオリズムです』(笑)。百点を取らないといけないという、そういう人たちです。(略)完全主義者というのは、言いかえると灰色のところをもてない人なんですね。黒か白か自分ではっきりさせてからでないと、前に進めない。」(笠原嘉・加賀乙彦著『嫌われるのが怖い』朝日出版社)

 大阪の富田林市の青年と少女の事件を聞いていて、この「完全主義者」ということを思い出していました。どうも、現代という社会が、白か黒か、成功か失敗か、意味があるか意味がないか、損か得か、美か醜か、美味いか不味いか、そういうオセロ・ゲームのような社会になっていて、いのちが息苦しさを感じているように思います。親が、勉強のできる子はいい子、できない子は悪い子、言うことを聞く子はいい子、駄々をこねる子は悪い子、そういう教育が無言のうちに子どもたちを息苦しくしているように思えるのです。なにも親は、子どもたちを、圧迫しているというふうには感じていないのです。無意識のうちに、そういうデジタルな接しかたになっているのでしょう。それはその親自身もそういう形で無意識に教育されてきたからなのです。

 いわゆる、食うに困らない社会は、必然的に「知識」優先になります。いわゆる「こころ」中心になってきて、「からだ」は二の次になってきます。その「こころ」とは、ひとつのものをふたつに分解する「こころ」です。ものを認識し、分析して、判断し、推理し、統合する「こころ」です。ふたつに分けるということは、「知る」という営みです。しかし「分けた」とたんにそれは、真実ではなくなります。人間に知られるまでは真実であったものが、人間に知られたとたんに真実の顔をなくしてしまうのです。そうであっても、人間はそれが真実だと思い込んできました。その思い上がりのバベルの塔が音を立てて崩れ始めているように感じます。 我が家でも、子どもたちは外出前にはシャワーを浴びてゆきます。ニオイに対する感覚が強くて、ひとから「臭い」と感じられることを恐れているようです。それが強烈になると「臭い」といわれただけで、生きること全体を拒否された感覚をもつのでしょう。でも、「からだ」は「こころ」が考えているほど、お人好しではありません。オナラも出れば、ゲップもします。目からは目脂、大小便も出てきます。小生の幼いころを思い出してみると、学校で大便をするやつは最低のやつというレッテルを張られました。大便をしたくなったら、ともかく一目散に家に駆け込んで、家のトイレでするというのが常識になっていました。いまから思うとおかしいわけですけど、その当時の世界観では、それが普通になっていました。これは「こころ」が「からだ」を支配しようとしている世界なんでしょうね。

 どうしても人体の構造上、頭が「からだ」の一番上部に位置しているので、いつの間にか一番偉いのだという思い上がりが起こってくるんですね。その「こころ」の支配から、どうやって「からだ」を解放してやるのかということが大問題ですね。年をとって、老化してくれば、否が応にも、「からだ」が不調という異議申し立てをしてきます。でも若いときには、なかなかそれが分かりません。それでも、身体性に重きを置く、ヨーガなどが、依然として根強い人気を保っているのは、どこかで「身体性」が重要だと感覚されているからだと思います。8年間かかってようやく結審したオウム事件でも、いろんな角度から論じられますけど、やはり「身体性」への無言の要求があったという要素もあります。言葉を超える、意識を超える、こころを超えるという身体性への傾斜ですね。リストカットもそういう系譜にあるとも見えます。身体を傷つけることによって、何事かの手応えを得ていると見えます。カットしているときには離人的感覚で無意識なんだとも聞きますけど、やったあとには、我に帰るのでしょう。いわゆる自虐的になることで、何らかの解放を得たいわけです。あそこには何らかのエロスがあるんですね。端から見たら、痛そうですけど、本人は結構エロスを感じているはずなんです。マゾヒズムにひそむエロスがあるんでしょう。マゾヒズムの究極は、苦痛の究極ですから、それはゆきつくところは死になるはずです。

 しかし、18歳の青年が、両親と弟を殺そうとしたというところがよく分からないところです。なんで自分たちだけで死ななかったのか。やはり、自己と家族とが未分化の状態で一体化していたからなのでしょうか。それとも、自己を存在者たらしめた親への怨念を晴らすためなのでしょうか。そういうことであれば、少しは彼を理解できる糸口が見つかりそうに思います。家族という存在は、外面からはまったく見えませんからね。端から見て、いろいろと他人は批評しますけど、本当のところは本人同士じゃないと分かりません。母親のニャッとした笑顔を見たとき殺意を感じたとか、父親の食事のときにたてるクチャクチャという音で、殺意を感じたなんて話はよく聞きますからね。そこには家族構成員じゃないと知り得ない、無意識の情念が渦巻いているのです。でも、やっぱり、「孤絶した家族像」がここにも現れているのだと痛く受け止めました。ものすごくミクロの「鎖国された国家」が現代の家族なんだと思いました。

 

2003年11月06日

「この世じゃ真の幸せなんて見つからないよ」と、富田林市の少女は自分のHPに書いていたそうです。なんとも、重たいドシンとした感情を読んだものに与える言葉ですね。こんな重たい言葉を投げかけられたら、自分では、重たすぎて受け止めることができないと感じます。小生も、20歳のころには、そんなメランコリーに落ち込んでいて、灰色の日々を過ごしていましたので、ものすごく分かる感じが伝わってきます。もう夕日を見ているだけで涙が出てくるという状態でした。夕日を見るのが大嫌いでした。ものすごい寂寥感でした。だからといって、自分のいのちを傷つけようというふうにな傾向性はありませんでした。小生、注射が大嫌いなんです。あの針が皮膚に突き刺さってゆくシーンを想像しただけで身の毛もよだつという感じです。

 それにしても彼女のメランコリーは、ものすごく深いんでしょうね。「この世じゃ真の幸せなんて見つからないよ」じゃあ、「あの世」でなら、見つかると言いたいのでしょうか。「あの世」なんて信じていないのかもしれないし、ただ「この世」全体を拒否したい、捨ててしまいたいという刹那的な感情なのかもしれません。ものすごく彼女の家族関係が気になります。家族が呼吸している「空気」はどのような種類の「空気」だったのでしょうか。

 若いころ、年越しソバの配達を手伝ったことがあります。団地に配達に行くのですけど、扉を開けると、家族の「空気」が臭ってきました。それぞれの家族には、それぞれの「空気」があります。いい匂いの「空気」もあれば、「よくこんな匂いの中で生活できるなぁ」と思うような「空気」もありました。みんな微妙に違った匂いを放っていたことを覚えています。面白いことに、その「空気」の中では、それを匂いとして対象化することはできません。透明になっていて、異臭として感じることはありません。他人が感じるもので、それぞれの家族には無臭なんです。その空気が、家族の構成員の中で微妙な動きかたをもよおすのでしょう。それを外側から感じ取ることは、また難しいことなのだと思います。

 しかーし、一方で、まだ16年しか生きてないのに、「この世」なんていう言葉を使うのは、早すぎる、味噌汁で顔を洗って出直してこい!みんな、そういう気分を抱えながら、日々を苦役の如く生きているっちゅうのに! と言いたい気分もあるんです。オヤジ然としたモチーフで、盛り上がってくる気分も小生の中には存在しているのです。そんな興奮気味の気分がおさまって、もう一度、あらためてこの言葉を読んでみると、実に意味ありげな言葉にも見えてくるのでした。

 善導大師が「帰去来(いざいなん)、魔郷にはとどまるべからず。曠劫(こうごう)より、このかた六道にに流転せり、ことごとくみなへたり、到るところに余の楽なし。ただ愁嘆の声を聞く、この生平をへて後、かの涅槃の城に入らむ」と語っていることと符号してくるのです。意味は「さあ、帰ろう!魔郷にはとどまってはいけません。永遠に迷いの世界をへめぐってきた私たちには永遠の幸福はありません。ただ嘆きの声だけが聞こえてきます。この世を去って、涅槃の城に入ろうではありませんか」となります。「この世には真の幸せなんてみつからない」という彼女の文章と、善導大師の文章はかなり近い表現になっています。

 紙一重で違っているのは、彼女の文脈には、恨みのモチーフが感じ取れることです。善導は、言い切っているといいましょうか、振り切っているといいましょうか、確信犯的な断言ぶりが感じ取れます。「この世」に本当の幸せなんかないんだと、達観したところから、「この世」を全面的に受容しています。「この世」のどこかに、永遠の幸福というものがあるんではないか、という理想を完全に捨てきったところには、平安があります。「この世」に永遠の幸福というものがあるのだと、信じていると、自分の現在は暗くなります。その永遠の幸福と比べたら、必ず劣った状態に見えるからです。「真の幸せ」というものがあるけど、それが手に入らない、だから、きっとそんなものはないんだと合理化したいという思いが彼女の文章には感じられます。だから、もっと徹底して捨てきってほしかったです。真の幸せがどこかにあるんだと思い描いている自分自身をも捨ててほしかった。そこだけは彼女が捨てきれなかったところでしょう。

 幸せというのも固定観念です。そんなものをいくら思い描いても、そんな状態には決してなりえません。この世を生きていくときには邪魔になさえなります。固定観念としての幸せと自分の現在とをいつも比べて、愚痴を漏らさなければならないからです。かえって、真の幸せなんかないんだと、固定観念を破ったところから、自分の現在を見てみたらどうでしょうか。そうすれば、「よく見れば、ナズナ花咲く垣根かな」(芭蕉)で、こんな身近な日常にも幸せのかけらがころがっていることに気づきます。

 善導さんが、「魔郷」といっているのは、その固定観念のことだったんですね。その「固定観念としての幸せ」という魔郷でしょう。そこにはとどまってはならないと。

 

2003年11月07日

「つぶやき」を書くことが、だいぶ生活の一部として定着しつつあります。「つぶやき」の更新が終わると、なんだか一日の仕事の半分以上が終わったような、それほどに生活の一部となっています。自分が上位にあって、「つぶやき」を更新しているというよりも、「つぶやき」によって、自分のたましいが支えられているように思います。

 たまに「よくもまあ、毎日、書くことがあるねぇ」と呆れられることがあります。小生もそう思います。実は、書くということは、書かされることだったのです。普通は、自分が何かを考えていて、そうだ、こういうことを書こうというのが「書く」という作業だと理解できます。しかし、どうも、そうではないようです。実は、原稿用紙に向う、小生の場合にはパソコンに向うことで、パソコンが書くということを要求してくるのです。ですから、意識的に普段から何事かを考えていて、それをパソコンに表現しようということとは少し違います。パソコンに向っていると、やがて、「こういうことじゃないですか?」とか「これはどうでしょうか?」とか、向こうから促しがやってくるのです。全部が全部そうだとも言い切れないのですけど、そういうことが大部分を占めています。それはたましいへの階段への扉が開いて、徐々に下へ下へと降りていくことなのかもしれません。

 そして、できあがったものを見て、「あ〜、そういうことだったのですか…」「へ〜、そうなんだ」と驚いて受け止めたりしています。ですから、正しく表現すれば、自分が書いているというようなものではないのであります。パソコンが書いているというのでもないでしょうし、自分とパソコンとの対話とでもいうのでしょうか。ですから、時々、「よくやってるなぁ」と感心されることもあるんですけど、自分としては、得意満面にはなれないんです。自分が自由意志で、勝手気ままに書いているという状態ではないからです。自分にとって「つぶやき」は受け止めたことを書かされているという状態なんですから。真の作家は、自分ではなくて、どこかほかにいるわけです。自分にとっては、受け身的な作業だと思います。

 そう書いていたら、またまたパソコンから、促しがやってきました。「受け身」といえば、書くことばかりじゃないよと。今朝は、外が明るくなってきて、無理やり起こされたじゃないかと。起床するということも、外からの促しじゃないかと。そして、そのイメージがどんどん広がっていって、そういえば、食べるということも、受動的なことかもしれないと。食欲という欲求も、自分が起こしているんじゃないから、これも受け身的ですね。そこに電話が鳴りだして、これも受け身的です。向こうからかけてくるひとがいるんですから、自分は受け身です。歩いて茶の間へ行きます。歩くというのも、受け身的です。重力に引っ張られるということを受けて足が前へ出ます。息をするというのも受け身的です。酸素を取り込まないと苦しくなって、無理にでも空気を吸わなければなりません。吸いたくなくても吸わされます。そうやって、どんどんイメージを広げてゆくと、生きるということ全体にまで広がってしまうのでした。

 生きるということ全体が受け身のようです。誕生も受け身です。受け身から人間のいのちははじまっています。自分の両親も受け身だったんですね。自由意志で子どもが生れるわけではありません。まさに縁としかいえないような出来事ですね。きっかけくらいにはなることがあっても、存在そのものを創出することはできません。そうやって、またどんどんイメージが広がってゆくと、存在の初めはどうだったのだろうと、思い至るのでした。人類の最初も、受け身から出発したのでしょう。それでは、最初に存在を与えた能動性は何だったのか?それは分かりませんね。

 でも、そこから小生のいのちはもたらされてきているわけです。自分のいのちは宇宙とおなじだけの寿命をもってここにあるわけです。それも死すべくあるわけです。

 話は全然変わりますけど、月には満ち欠けがあって、あれは月の誕生と死だと古代人は考えたそうです。月が生れて、弦月になって、半月になり満月になり、それがやがて小さくなって新月になって死んでゆく。そこから再び誕生すると。この方が自然な暦法のように感じます。毎日少しずつ月の形が変化してゆくのですから、時間の経過が分かりやすいですね。それが太陰暦でしょう。でも現在では太陽暦でカレンダーができていますから、月はあってもなくてもいいということなんでしょう。風物詩くらいの扱いしかしてもらえません。数日前、筆で書かれたような、薄い月を見ました。あれを見たときには、人類が長い間、太陰暦を使ってきたというのが実感できました。月の形が変化してゆくから時の流れが実感できるんでしょう。太陽は形が変化しませんよね。日の出と日の入りで少し変化しますけど、毎日みる太陽は変化しません。月こそが変化して時の流れを告げるわけです。月の満ち欠けのほうが、地球の公転から導き出した太陽暦よりも人間には身近な感じがします。近代人は文明によって電気の生活に入りました。夜は家の中に籠もっています。古代人は、もっと夜の時間を楽しんだようです。電気がないので、月の明かりや星のきらめきを味わう余裕がありました。そこから自然と時間や暦を感じ取っていたのでしょう。いまではお盆の帰省ラッシュが八月になってます。あれを「月遅れ」と呼ぶようになっています。しかし月の暦からいえば、あれが名実共にお盆なんですね。太陽暦よりも太陰暦のほうが、だいたい一月遅いんですね。お正月も、二月がほんとうなんでしょうね。

 なんで月の話しになってしまったのかなと思います。たぶん、宇宙について考えていたからだと思います。宇宙の始めとか、終わりについてイメージしていると、どんどん自分が小さく感じられてきます。高いビルの展望室から見たときの家並みとおなじです。まるで米粒の凝集態が人間の住居です。あんなちっぽけな場所で、毎日、あ〜でもない、こ〜でもないといって一喜一憂しながら暮らしているんだ。小さいもんだなぁと感じます。そうすると自分と生活との距離感がたもてます。たまには高いところから、下界を眺めてみるのもいいもんです。これは古代人のもつことができなかった視座なのですから。そこには必ず宗教感覚というものが感得できるはずです。

 

2003年11月08日

「事実はひとつなんです。思いがふたつに分けるんですね」とは坂東先生のお言葉です。人間はものごとをふたつに分けて考えます。「自力と他力」、「有と無」、「往相と還相」、「主観と客観」、「自と他」、「本質と現象」という具合に、ふたつに分けて考えます。分けるということは、差異化することですね。「あれとこれは違う」というふうに認識することでしょう。そして、それでモノゴトが分かったことにするわけです。事実そのようにあるんだと判断を下します。でも、事実そのようにあるんだと解釈しているだけで、それはほんとうに分かったことではないというのです。

「垣根をして、垣根の内側だけを自分の世界だと思っている。しかし事実は違うのだ」と。養老さんが『バカの壁』を書いてベストセラーになっています。おそらくその垣根とは、「バカの壁」のことなんでしょう。今月号の『論座』では「バカの壁の向こう側」というテーマで糸井重里氏とお話されています。人間が分かっていると思っている範囲なんて、実にちっぽけなことで、事実はもっと広大なものなんだというわけです。養老さんは昆虫が好きでゾウムシを採集しています。インタヴュアーが、ゾウムシの生殖器の違いを話している養老さんに向って、「それで何が分かったんですか?」と尋ねました。それに対して、「そんなものは分からない。分からないから面白いんです。ゾウムシの生殖器の違いを調べて、なんかのためになると思ってるんでしょう?まだ分からないんです。なぜ違っているのか。でも、分からないからやってるんですよ。ロマンがあるでしょう」と、小生の記憶には、そんなふうな言葉が残っています。 ひとは何か役に立つだろう、何かのためになるのだという大前提をもって生きていますね。小学校のころには、社会のためになるんだとか、人類のためにとか、この「〜のため」で希望を持てます。「〜のため」に自分の存在意義を見いだそうとします。「会社のため」「家族のため」とね。

 「亭主殺すにャ刃物はいらぬ。役に立たぬといえばよい」という川柳があります。「〜のため」ということを頼りに生きてきた男性にとっては、テロ発言ですね。戦後の日本は、しかし「〜のため」一辺倒でやってきました。でも事実は「〜のため」とは違っているのかもしれませんよね。亭主の内心では「家族のため」と思っていても、家族は、そう思っていない場合が多いです。まぁ思うのは勝手ですからね。どこの部族だったか、太陽が毎日、ちゃんと登ってくるのは、自分たちが礼拝しているからなんだと思っているそうです。文明人は呑気なもんだよなぁというわけです。もし自分たちがちゃんと太陽を礼拝しなければ、太陽は登ってこないのに、それも知らずに暮らしているんだからいい気なもんだというわけです。まぁそう思うのは勝手ですけどね。

 「〜のため」という考え方は、なんか閉じてゆきますね。ある集団やら、個人の内面に閉じ込めてゆく考え方ですね。自分たちが、そう思っているだけで、相手が果たしてどう思っているのかとは別次元の話しですからね。

 「〜のため」という考え方は、やはりものごとをふたつに分けて考えてゆく発想です。○○のために自分はあるんだと考えたとき、○○のためではない自分は排除されています。つまり役に立ったり、存在意義のある自分は○、そうでない自分は×と差別しています。そういう考え方は、事実に反しているのでしょう。事実は○○のためであるのかどうかは分からないということになるでしょう。何を役に立つといい、何が役に立たないというのでしょうか。

 分かるという世界を基礎にしていこうとすると、事実から遊離します。それはふたつに分けることで、事実を破壊しているからです。たとえば、皮膚で覆われている内部を人間は「自分」と呼んでいますね。でも、それはだいぶ大雑把に見た限りのことで、食物とか空気とかで外部とつながっているものも自分なんです。そこにおいてあるトロの刺身は、置かれている限りはマグロの刺身ですけど、それを一旦小生が食べてしまえば、それは私の肉体の一部分になるわけですよね。そうすると、自分の肉体の一部分が、そこに置いてあるともいえるわけです。外とつながっていますよね。ですから、必ずしも皮膚の内側の肉体だけが自分であるとは言えないことになります。

 分けることができるという発想が事実と反しているわけです。ですから事実は、分からない、分けるまえは一体であると考えるほうがいいんでしょう。分からないということは、分けられないということからきているのです。そして、この「分からない」ということのほうが圧倒的なんです。「分からない」ということを基礎にして、「分かる世界」を生きるということなんですね。本質は「分からない」ということです。「分からない」んですから、憶測で判断したり、独断になることもなくなります。自分は「家族のため」と思って生きているけど、家族はそう思っているかどうか分からない、それが本当だと受け止められれば、余裕が生れます。

 分からない世界が圧倒的だったのは、幼少期ですね。そのころの人間は、好奇心で目をランランとさせています。無気力な赤ん坊を見たことがありません。あれは「分からない」ということが秘訣なんです。逆に「分かる」という世界が無気力を生んでくるんです。事実は一瞬たりとも、固定していませんし、二度と同じ瞬間はありません。ただ、「思い」だけが、マンネリだと感じるだけなんです。「思い」は、人間を生かしもしますし、殺しもするんです。まさにすさぶる神です。

 

2003年11月10日

衆院選挙が終わりました。世話人の柿沢さんは悲しいことに落選でした。歴戦をくぐり抜けてきた柿沢さんですから、今回も楽勝だろうと安心していたのですが、そうはいきませんでした。やはり、組織票のないところが、弱点だったようです。宗務総長の激励文はいただいていましたが、そうだといって、小生は檀家の人々に半強制的に投票を促すということはしませんでした。まぁ、世話人で衆院選挙に出馬されていることは申しあげていまし、応援もしていましたが、そこから先はみなさんが選択されることですから、「面々のおんはからい」というのがフェアーなやり方だと思っています。

 現在では「政教分離」ということが常識になりつつありますけれども、実は「政教一致」と「政教分離」は微妙な問題なのです。もともと「政教分離の要求」は、ヨーロッパから来た考え方です。世俗の権力と教会権力とが、結びついて多くの血を流してきた歴史をヨーロッパはもっています。その反省をふまえて、「政教分離」という規則ができあがってきたのです。でも、この両者は、お互いに引き合う力をもっています。いつも合一しよう、いっしょになろうとする傾向性をもっています。世俗の組織としては、権威も権力も一体化していたほうが動きやすいわけです。戦前の日本もそういう形になっていました。天皇の権威と、世俗の権力とが一体化して日本を動かしていました。どうしても、世俗の権力は、象徴的な権威を要求します。

 いまのアメリカでも、神(ゴッド)という権威が多民族国家を統一している影の権威になっているわけです。どの神を本当の神とするかということになると、大変議論が分かれてしまい、それこそ戦争になりかねません。しかし、ゴッドということひとことを言っていれば統一力をもちます。ブッシュ大統領はキリスト教徒で、彼が神と心の中で思っているのはキリスト教の神でしょうけど、「神」という言葉は、ユダヤ教でもイスラム教でも共通の「神」ですから、問題はないのです。まぁ一神教の世界であるから通じるわけですけどね。それでも表向きは「政教分離」という形をとっていますから、宗教とは一線を引いているように振る舞っていますね。裏ではつながっているように聞いていますけれどもね。

 しかし、ある組織が、うまくはたらくためには、権威と権力が一致しているほうがいいんでしょうね。昔の家族は、お父さんが権威と権力をもって家を維持していました。でも現在では「お父さんのようになっちゃダメよ!」とか「お父さんのようになりたくなかったら、勉強しなさい!」というお母さんがいるそうですから、権威は失墜しているわけです。名実共にお母さんが権威と権力を握っているようです。

 あのオウム真理教教団もそうでしたね。権威と権力を浅原という男が握っていました。教団の構成員は、浅原の手足として従順に働きました。権威というものは、共同幻想で作り上げられるものです。ですから、単独では権威は成り立ちません。必ずその組織の構成員の共同の承認が必要です。たとえそれが幻想であったとしても。

「裸の王さま」が裸であるということは大人には見えなかったのですね。自分にはたとえ見えていなくても、他人にはきっと見えているはずだという思いがありました。見えないのは、自分が劣っているからで、見えないなんてとても口にできなかったのです。見えないといえば、他人からバカにされるからです。しかし、子どもたちは、王さまは裸だと言ってのけました。子どもは、ひとと比べませんでした。大人社会という共同幻想を承認していませんでした。自分の実感から語ったのでしょう。

 私たちはあのアンデルセンの「裸の王さま」を読むとき、すでに子どもの視座から読んでしまうのです。つまり結論から読んでいるんです。もし、自分があの大人たちの仲間に入っていたらなんて考えていないんですね。でも、いつでもあの大人の仲間入りをしているのが私であるのかもしれません。

 現代のマスメディアの報じる情報を正しいものとして、そのうえに共同幻想としての日常を生きているからです。むかし「コンバット」という戦争映画がありました。ビックモロー軍曹ですね。テレビで、アメリカ軍がドイツ軍をやっつけると、胸がスーットしました。しかし、あのドイツ兵にも恋人がいて、家族があって、やむにやまれず戦いをしているのだと気がついたときには、それがゾーッとする感情に変化しました。メディアの情報は、ある一点の見えない視座から、作り上げられているものでもあるのです。たとえカメラがある場面を放映していても、それは事実をそのまま伝えているわけではありません。その場面をどのように切り取って場面として放映するか。そこには作者の意図が必ず入っています。しかし、それは見えないようになっているんです。いかにも現実が展開しているように見せるわけです。あの映像を撮っている視座はいつでも匿名になっているんです。そういう映像の怖さを感じるのです。

 「不穏」という空気は、大人には感じられないのかもしれません。いつでも子どもたちが感じて、ある種の信号を送ってきます。子どもたちの問題行動は、大人社会への見えない暗号なのかもしれません。「王さま、あんたは、裸じゃないんですか」と、突きつけられているような気がします。私たち大人は、自身の心の奥底に潜んでいる<子ども>の声を聞かなければなりません。

 

2003年11月11日  

「千歳(せんざい)の闇室(あんしつ)に、光もし、しばらく至れば、すなわち明朗なるがごとし。闇、あに室にあること千歳にして、去らじと言うことを得んや」(『教行信証』信巻)この親鸞の言葉が好きです。

 千年の間、光の入らない真っ暗な部屋があったとしよう。そこにもし、何らかの出来事によって壁が壊れ、中に光が差し込んだとしよう。そうしたら部屋が明るくなるようなものです。「闇が千年ものあいだ、ここに居すわっていたのだから、ここを去るわけにはいかない」と、どうして言うことができようかという意味になります。このたとえが最近気になっています。 要するに、過去にどれだけ問題を抱えていようとも、この一点さえ明確になれば、そこには光があるのだというのでしょう。千歳とは、自分のいのちの歴史そのものだと思います。自分が人間という唯一の生命体として、いま、ここに、存在している、その時間的背景を「千年」と受け止めてみました。善導大師であれば、「曠劫(こうごう)以来、常に沈み、常に流転して、出離(しゅつり)の縁なし」と表現するのでしょう。闇室の中から出口が見つからないのだというわけです。

 しかし、ある一点のきっかけさえつかめれば、その闇を転換して光の世界にすることができるというのですから、これは朗報ですね。千年苦しんできたのだから、また千年かかって、その労苦を取り除いていくべきだとは言いません。まさに「一点突破全面展開」というやつですね。

 それは自分の全過去をどのように受け止めるかということにかかっています。それこそ、生れてからばかりではなく、生れる以前の生命の歴史全体をです。宇宙がはじまって以来の生命のつながりは、途切れることなく自分にまで届いているのです。その全歴史をいま、自分が、どのように受け止めるかです。その受け止めが成り立てば、未来はおのずから開かれるものです。未来のカギは、過去に潜んでいるんです。

 その受け止めかたを、過去の古典の世界に尋ねるわけでしょう。もし、発展や進歩というだけであれば、過去の古典などは遺物に過ぎないことになります。過去のものは捨てて、これからのものだけが価値のあるものになります。「温故知新」は素晴らしい言葉です。「故(ふる)きを温(たず)ね新しきを知る」と。「故(ふる)き」は、人類の原初、いのちの初め、そして宇宙の初めまでを含んでいなければなりません。そこは永遠であり、豊かな無の世界かもしれません。そこから、何百億年という時間をかけて、自分にまで凝集してきているいのちの歴史です。自分は、突き詰めれば無から生れてきています。その何百億年が、どこにあるかといえば、いま、ここに、私としてあるのでしょう。遙かなる過去の歴史が、ここに厳然と存在しているのです。この私は実に古いものです。何百億年の産物ですからね。まさに「千歳の闇室」ですね。

 それも限界をもって有るわけです。死は一瞬先に存在していますから、死に接して有るのです。死はそのまま、永遠への入り口ですから、未来は永遠の過去と同化してゆきます。私のいのちは、永遠の過去と永遠の未来の接触点にあります。それも自分の思いとは無関係に、縁として存在しています。あらゆるものは縁(=関係性)ですから、そこに自分の恣意性が入り込む余地はありません。ですから、すべて自分に責任はありません。すべてが縁です。自分は、その縁によって構成され、縁によって受け身的に存在せしめられているわけです。私たちには、何の罪もありません。すべては縁です。ですから、そのままでいいのです。怒り腹立ち、嫉み妬み、喜び悲しみ、そのままでいいのです。それは縁です。怒り腹立ち妬み喜び悲しみのこころは自分が起こしているわけではありません。引き起こしているのは縁なんです。自分はそれを受け身的に引き受けているだけです。その縁は、何百億年の産物なんです。ちょっとした感情や気分の変化さえ、そこには何百億年が関わっております。まさに「千歳の闇室」です。闇室として私のいのちはあるのです。

 でも、そこに、何百億年が作用しているのだと受け止められれば、光が差し込んできます。一点の光とは、その受け止めかたなんでしょうね。永遠の過去と永遠の未来の接点に、このいのちがあり、それは唯一無二の時間と場所と自分であると受け止められれば、そこには光が差し込んできます。

 安田先生が、こんなことを書いてます。「常行大悲というようなことは、それは時々というものではない。寝ても覚めてもという一念である。もう、私の時間というものがない。私の時間を持たない。私の時間などをもっているからひとの時間と矛盾する。これから私の勉強する時間とか、これから寝る時間とか、自分の時間とひとの時間と互いに矛盾するし、ひとを犠牲にして自分の時間を立てる。また自分の時間を犠牲にしてひとに時間を与える。そういうことしかできない。それもできるように思うが、最後には、やってみると矛盾して調和ができぬようになってしまう。そういう意味でなく、自分のない時間である。こういうのが永遠の時間であると思う」(『安田理深選集』十一巻)

 これはなんと素晴らしい言葉ではないでしょうか。これを読んだときに小生は感動し、メモを取らずにはいられませんでした。すべてが仏法の時間になれば、ひとの時間とぶつかることはないというのです。時間を私有化するところに、ひとと衝突します。「垣根をして、垣根の内側だけを自分の世界だと思っている」という武部さんの詩に通じますね。

 そこに一点の光が差し込めばいいのでしょう。そうすれば、千歳の闇室が一瞬にして、千歳の光の世界へと転じてゆくのだと思います。千歳の闇室がなければ、それも起こらないのですから、まったく無駄のないことだと恐れ入ります。

 

2003年11月12日 

親鸞の主著であります『教行信証』がなぜ書かれたのでしょうか。その答えとして一番大きい動機は、法然の弁明でしょうね。師匠法然の滅後、その教えは、当時の通仏教の人々から批判されてゆきます。そこで親鸞としては、法然の真意はここにあったのだという、弁護をする意識が強かったと想像します。それを示すひとつの証拠が、師匠法然の文章が教行信証には、ほとんど引用されていないということです。いわば、弁護人が弁護をする文章のなかで、いわゆる被告人の文章は引用できませんよね。そこで必要なのは、第三者の証人の発言です。被告人の主張は、実は証人たちが、これほどまでに正当性を主張しているんですよと証明することです。

 これが執筆の動機として、一番強いものだと思います。そして、もうひとつは、その師匠法然の教えを、親鸞自身がどう受け止めたのかということの了解の書でもあります。ですからひとつには弁明の書、ふたつには了解の書であります。

 教行信証はどういう構成かといいますと、これは、大乗仏典と同じ形になっていることに気がつきます。大乗仏典は、詩(poem)と散文(prose)で構成されます。教行信証も、正信偈という詩と、引文体の散文で構成されます。これは親鸞が意図したものかどうかわかりませんが、大雑把にいって、そうなります。それを曽我量深先生は「伝承と己証」というテーマで了解されました。教行信証の前半は、仏教の歴史を伝承として整理し、後半はそこから自分が受けた課題を了解したという解釈です。この着眼は鋭いものだと思います。

 さて、教行信証のもっとも中心のテーマは、「問答」です。ひとつの設問を出して、それに答える展開です。それが信巻からはじまる「三一問答」という設問です。前半部分では、念仏がどれほど仏教の歴史の中で重要なものかという念仏の教えの証明が述べられてゆきます。つまり念仏の論理は、完璧なまでに表現されます。そこから、こんどは、その論理が人間にどのような意味をもってくるのか?という問題が、後半部分のテーマです。つまり、原理と人間との関係です。「三一問答」とは、大雑把にいえば、如来のこころと自分のこころがひとつになるとはどういうことなのか?というテーマです。救いとは、如来という永遠とのふれあいです。しかし、人間が絶対なるものにふれるということが、できるのかということです。もし人間が永遠絶対のものにふれることができるというのであれば、人間が絶対でなければなりません。同じ次元のものでなければ、ふれるということは起こらないはずですからね。ふれるということがなければ救いは成り立ちません。しかし、絶対にふれるということは実は恐ろしいことなのです。ひとつ間違えば、自分が絶対なるものだと錯覚しかねないからです。ここの微妙な問題を、後半部分では展開してゆきます。そして、最後に全世界の思想も、この教行信証という世界のなかに位置づけられるのだというこころみをしているように見えます。

 この「三一問答」のところに、「内在と超越の問題」はあるのです。内在というのは、永遠絶対が自分の内部に内在しているという考え方です。また超越というのは、永遠絶対は自分を超えているのであって、外在だという考え方です。それがどのように触れ合うかということです。

 それを親鸞は、「真実の信心」という言葉で表現してゆきます。如来のこころと人間のこころは一致すると、しかし、それはただのこころではなくて、「信心」というありかたで一致するのだというのです。そこに論註の「火と木」の例えを引いています。「たとえば火は、木が燃えているのだから、火と木は離れてはいない。木から離れていないから焼けるということがあるのだ。しかし木は火によって焼かれて、はじめて火となるようなものである」と。ここに内在と超越が実に微妙に物語られています。火と木は、まったく別々のものです。確かに木が燃えて火になるのですよね。だから、木がなければ火も存在しません。そこに火があるということは、必ず木があったことの証明です。でも別次元のものです。ただ、そこにいま目の前にしている事実は、木が燃えているという事実ですね。火と木を別々に見て、やがてふたつがひとつになるんだということではないと思います。現実は燃えている火です。

 これを考えていたとき、小生は自分の呼吸に気がつきました。いわゆる「いのち」というものは、どこにあるのかといえば、一番身近なものは自分の身体です。いつもいうように、身体は固定していませんね。つねに動いています。流動しています。呼吸もそうです。「いのち」はモノではなくコトの領域にあります。火もそうでしょう。コトの領域のものですね。決して木ではありません。木はモノです。事実は火という流動的コトの世界なんです。そこに生きているものがあることを表現しています。ですから、このモノとしての身体が、そのまま永遠絶対の仏だというわけにはいきません。でも、この身体がなければ、仏といういのちは生れてきません。いのちと身体の関係が、仏と衆生の関係ですし、火と木の関係なんですね。

 ですから、親鸞の考えていた「信心」という世界は、心理的な問題というよりも存在論的な問題なんですね。「信心」というと、一見こころの問題のように受け止めてしまうのですけど、そうじゃないですね。この自分という存在をどのようにいただくのかという、極めて存在論的な課題なのだと思います。

 

2003年11月13日 

またまた、イラクでテロがありました。まったく、毎日のようにテロがあり、「またか!」という感情が強いですね。イラクのソマリア化かベトナム化かと、報じられていますね。テロをしかける人間の動機が、どのように変化したら、テロという行動がなくなるのでしょうか。力で封じることができなければ、どのような方法があるのでしょうか。それにはイラクのほとんどの人々が、ある程度納得のいくかたちで、暫定政府なり、そういう組織ができあがらなければならないでしょうね。でも、それも米英の都合のよい組織だと判断されれば、同じことの繰り返しですね。

 テロは絶対間違っているといってますけど、それじゃ、米英のしたことは大規模なテロじゃないのかといわれれば、そういう視角も存在すると思うのです。しかし国益というものを最優先させると、日本は米英の小判鮫になっていたほうがいいという判断なんですね。真か偽か、という次元はなくて、損か得かの次元になっています。

 それはともかく、また12月になるとテレビで忠臣蔵が放映されますよね。あれは、仇討ちの思想ですね。結果的に、大石蔵之助が切腹しますから吉良側の報復には遭いませんけど、もし生き延びていたらわかりませんね。どこまでも仇討ちは終わることがなかったかもしれません。テレビの前で、赤穂浪士の無念に共感しながら仇討ちを待望している自分が、そこにいることに気がつきます。

 しかし、これも想像ですけど、日本人は、あそこまで徹底して報復の情熱を持続させることが可能だろうかと。まぁ、そのうちに、このへんでやめておこうかと、お互いに手を打つというふうになるんではないかと思います。この曖昧さといいましょうか、融通無碍といいましょうか、ルーズなところが小生の性分と合っているところです。そういうルーズな性格からいまのテロを見ていますと、どうしても、イスラムとキリストという一神教の精神的風土が見えてしまうのです。デジタルといいましょうか、白か黒かという判明な線引きがあった上で生活が成り立っていると思います。やはり和辻哲郎さんじゃないですけど、砂漠という風土の厳しさがそのまま、精神の厳しさを作り上げているように感じます。「血」は、温もりであって、懐かしいものだというのが砂漠の人々の感覚なのだそうです。これは、どうも受け入れがたい感性ですね。

 そういう感性から見ていると、イスラムとキリストの争いなんだから、わざわざ日本が、そんなところに首を突っ込まなくてもいいんじゃないのと感じます。よく義侠心をもって、喧嘩の仲裁に入ったひとが、両方から叩かれるということがありますよね。そんなふうになるんじゃないでしょうか。日本は、金銭的物的な支援はしても、人は行かせないという、そういう線引きをしたほうがいいように思います。それには憲法があるんだし、それで米英がヘソを曲げたら、そのとき対策を考えたらいいのではないでしょうか。いま米英に貸しを作っておかないと、いざ北朝鮮が攻めてきたときに、日本を守ってくれないんじゃないかという不安から、いやいや自衛隊の派遣ということも出てきたわけでしょう。本当は行かせたくないけど、自分のときに守ってくれないからと。

 しかし、いまの北朝鮮にそんな力はあるんでしょうか?どうもこれは、勘繰りですけど、拉致被害者が日本に来たときに、再び帰国させるなという力がどこから働いたのでしょうか。もともと被害者なんだから、それを奪回して当たり前だという表の論理で、帰国させなかったわけですけど、しかし、小生はアメリカの差し金を感じるのです。アメリカを抜きにして、日本と北朝鮮が仲よくなってもらっては困るわけです。アジアの連携が強まると、やがてアメリカと対立するエリアに発展しかねませんからね。ですから、北朝鮮と日本はあまり仲良くなってもらっては困ると。その間にアメリカが割って入って、日本を政治的に拉致しておきたいわけです。イラク戦争に強力しないと、北朝鮮がやってきたとき、知らねえぞという脅しの切り札に使えるわけです。

 だって、軍事費だけをみるとアメリカはダントツで2947億ドルですけど、第2位がロシアで588億ドル、3位は日本の444億ドルです。4位が中国の412億ドル、5位がフランスの343億ドルです。それに比べて北朝鮮の軍事費はたったの20億ドルです。(『今がわかる時代がわかる世界地図』成美堂出版)大人の子どもの差ほどあるわけですね。ですから、それほど恐れるにたるものではないはずなんです。日本の自衛隊は、世界で有数の軍隊なんですよ。北朝鮮では、原爆を造りはじめたとか、マスメディアでは報じていますけど、それがどういう情報戦略の上での情報なのかということまで考えないとダメだと思います。情報は、必ず「作られた情報」であるからです。アメリカは常に世界の中でのアメリカの位置を最優先させて考えます。そういう視座から見たら世界はどう見えるのかという想像力も必要だと思うのです。

 メディアでの北朝鮮の報じられかたは、なんだかゴシップといいましょうか、美女軍団なんかは、お笑いのネタのような扱いですよね。日本人とは違うという優越感の視点から見てますけど、あの笑顔の背景にはどれだけの涙が隠されているかわかりませんね。軍国日本のセンスが、そのまま現代に出現したとしたら、我々は笑えることができるのでしょうか。もういちどアジアの一員として北朝鮮を見直してみる必要があると思います。政治体制と民族を分けて考える力をつけておかなければならないと思います。

 それにしても、毎日のテロの報道には、こころが痛みます。

 

2003年11月14日

「感情は太古、理性は近代」という言葉が浮かんできました。感情は喜怒哀楽でしょう。日々の暮らしの中の、自分ではどうしてみようもない部分です。どうして自分はヘビが嫌いなのかと自分に問いかけても、その答えは出ません。なぜ、茄子が食べられないのかと問いかけてもよく分かりません。なんで、自分はあの人が嫌いなのか、と問うてみても、その理由が見つかりません。なんで、あのひとと会うとムカムカしてくるのか、それも分かりません。

 そういう自分ではどうしてみようもできない部分を「感情」という言葉に押し込めてみました。これはもう、自分には責任のない、まったく遺伝的なことなのかもしれません。それが嫌で、なんでも食べてやろうと努力して、偏食が治ることもあります。むしろ偏食の方が自然なことで、偏らない食生活の方が不自然なのかもしれません。ともかく、自分ではどうしてみようもない感情がやってきたとき、それは、自分のなかに太古の歴史がうごめいているんだと受け止めたらどうでしょうか。

「理性は近代」という言葉が聞こえてきたのですけど、やっぱり知の浅いところから理性は起こっているように思います。好き嫌いをするような人間はダメだと判断して、無理して食べさせようとする強制力が理性ですね。感情が、幼子であれば、理性は大人です。感情が、呑んだくれの仕事もしないで寝ているようなあぶれ者であれば、理性は、日々、キチンと行儀正しく生きている模範的な大人でしょうか。まぁ社会は理性が大手を振って生きられる世界ですから、大人の社会です。それに比べて、感情は、まったく子どもの世界ですね。小生は以前、エゴグラムとかいう性格判断をしてもらったことがあります。そのとき、FCの値が断然高かったです。FCとはFREE Childの略で、「気ままな子ども」という意味でしょうか。ほかにも、アダルトなんとかという値もあって、つまり理性の値が低く、気ままな子どもの値が高いのです。まぁ子供っぽい部分がたくさんある人間という意味だと思います。大人が行儀よくしなさいと強制してくれば、子どもは、いや〜だよ!と舌を出して逃げてしまうようなものです。自分の本質はやんちゃなものなのだと教えられました。

 現代は、子どもの側の論理が、むしろ大人の論理で封殺されてしまうという変な状態になっているんじゃないかと感じています。ストレスというやつは、必ず大人の論理からくるわけです。本心では、もっと自由にありたいのに、社会的規則、義理という規則で自分を縛っているわけです。義理と人情を秤にかけりゃ、義理が重たい…という歌もありましたけど、小生は人情を重たくしておきたいと思います。

 そういえば、拉致被害者の問題のときも、取られた方策は、大人の都合でしたね。日本の親にとってみれば、拉致された子どもが戻ってきたわけですから、これは二度と奪われては困るという論理です。しかし、北朝鮮に残してきた子どもたちはどうなってしまうのでしょうか。子どもの論理は無視されてしまったのです。日本から、北朝鮮は子どもを拉致していきました。しかし今度は、逆に大人が拉致され子どもが残ったのです。どっちがいいとか悪いとかの問題ではありません。しかし、大人の論理を全面にだして、子どもの論理は否定された形になっています。拉致などということは、まったく卑劣な犯罪であることには違いありません。しかし、現在では拉致家族が北朝鮮で一応の生活ができているということです。そこからまた新たに家族を引き裂くようなことは、子どもは望んでいないでしょう。子どもの論理はいつでも見えにくい形をしています。そこに光を当てなければダメなんでしょうね。力の論理だけでは怨恨を残すだけです。

 愚痴を吐くということは、太古からやってきた「感情」が、口を通して放出されるということではないでしょうか。感情は、地中深くに存在するマグマのようなものです。それが一気に口をついて放出する。まさに噴火ですね。人間は、悪いと知りつつやってしまうこともありますし、言ってはならないことをつい言ってしまうということもあります。いけないと知りつつやってしまう生き物です。それは、もう感情の噴火です。

 しかし、「口に戸は立てられない」というように、出てしまったものは二度と引っ込められません。ダメだと言おうとなんと言おうと、出てしまいます。うらみ、つらみ、ねたみ、腹立ちは、止めようとして止められるものじゃありません。そのとき理性は、裁判官のように、感情を裁判にかけてはダメだと思います。感情のほうが、古いんですからね。理性は、まだ最近になって出てきたばかりの駆け出しなんですから。歴史の深さが違います。太古からあるものですよね、感情は。ですから、感情が噴火してきたときには、それに身を任せるしかありません。噴火はやがておさまるものでしょう。感情のほうが太くて、長くて、強固で、深いものです。そういう感情が自由に放電し噴火できるようにしてあったほうがいいと思います。

 それじゃ目茶苦茶になってしまうだろうとお思いでしょうけど、それは理性が考えているだけです。感情さんには感情さんの節度というものがちゃんとあるんですよ。子どもには子どもの節度がね。それは理性には見えないんですよ。「本当のものは、目には見えないんだよ」という星の王子さまの言葉が大事だと、つくづく思います。

 

2003年11月15日

昨日の「論註の会」は、なかなか挑発的な学習会でした。学習会の中で、いろんなことを思いました。テーマは「大義門功徳」です。簡単に言えば、大乗仏教にとって「二乗・女人・根欠」が救われるとはどういうことかというテーマです。二乗とは、ある種の宗教的体験を得てしまって、その体験から動こうとしない、いわゆる「いっちゃったひと」です。女人とは、字の如く、女性です。そして根欠とは、人体の諸器官が欠如しているひとのことをいいます。この世では、様々な違いがあっても、浄土にゆけば、そこではいかなる差別もないのだという説きかたで論註は書いています。

 まぁ二乗の問題は、さほど響かないとしても、女性の問題は現代的課題として響いてきます。古代には、女性は救われないものだという認識がまずあって、その被救済対象を救うのが大乗仏教だという説きかたになります。無量寿経の35願にも、「変成男子」というのがあって、女身を男に変えて浄土に往生すると示されます。そういう意味では、当時の時代の共通認識に女性蔑視があって、その認識を大乗仏教徒もとっていたことを示しています。なぜ女性は男性より劣っているものであって、それが被救済対象なのか?という問いは大乗仏教徒の中からは起こってこなかったわけです。その意味で、女性蔑視の認識をもっていたことが分かります。 親鸞聖人も、和讃という著作に「弥陀の大悲ふかければ/仏智の不思議をあらわして/変成男子の願をたて/女人成仏ちかいたり」と書かれています。これはその35願の意味を、和語で表現したものに過ぎません。しかし、その女性蔑視の共通認識を批判することができなかったわけですから、まえの大乗仏教徒と同じです。

 いくら親鸞聖人だからといっても、やはり時代の共通認識を超えることはできません。それは時代が後になってはじめて見えてくる問題なのです。個人の努力や器量の問題だけでは解けない問題だと思います。ギリシャ時代には、黒人は同じ人間として認識されていなかったわけです。それが時代の共通認識のもっている限界です。現代という時代から見た場合にだけ、それが問題として見えてくるわけです。ですから、まだまだ、これから時代が下ってゆけば、現代には見えていない事柄が問題として認識されてくるのでしょう。人間でいえば「人権」でしょうけど、人間が食物にしている生物の「生命権」というようなものが、問題になるかもしれませんよね。昔は問題にならなかった、「日照権」とか「嫌煙権」というようなものも、現代では問題として認識されてきました。そういう限界をもった生き物が人間というものでしょう。

 しかし、大乗仏教としては、どれだけの問題が起こってきても、それを受け止めて超えてゆける原理をつくることが課題なのです。その時代には、その時代がもっている問題があります。古代人にとっては、古代こそが「現代」ですし、中世人にとっては中世が、近代人にとっては近代が、まさに「現代」として認識されているわけです。そしてその時代の共通認識は、空気のようなものになっていて、なかなか対象的に自覚することは難しいのです。しかし、それがどれほど難しくても、その時代の諸問題を超えてゆけなければ、「いつでも、どこでも、だれでも」が助かってゆく「大乗」という道ではなくなります。そういう限界をもちつつ親鸞というひとは、その道筋を探求してゆきました。

 ですから、親鸞という「人」をみるのではなく、親鸞の求めた「法」をこそ、課題をこそ、大事に後世の人間は学ぶべきだと思います。歎異抄にも「およそ聖教(しょうぎょう)には、真仮(しんけ)ともに合いまじわりそうろうなり。権(ごん)を捨てて実を取り、仮(け)をさしおきて、真をもちいるこそ、聖人の御本意にてそうらえ」と述べられています。ですから、書かれたことを鵜呑みにするのではなくて、いいトコ取りをしなさいということです。聖教にも限界があり、それを記している人間にも限界があることを暗示しています。ですから聖典といい、経典といい、絶対なものは人間の世界にはありませんよという忠告にも聞こえます。どうしても、後世のものは、そこに書かれていることが、真実だと思い込みたがります。でも、それを書かれた状況とか、心境、また相手に応じて、微妙な表現の違いが生れます。ですから、絶対視する必要はないのです。親鸞にも限界があるのだと受け止めればいいと思います。

 大胆なことをいえば、「自分」から大乗仏教は始まるのだという程度に受け止めておけばいいのだと思います。いままで語られ、記された仏教は、いわば過去のものです。親鸞の言説も過去のものです。「自分」から始まるのだと思えば、常に新しく表現できる可能性が開けます。 話は変わりますけど、国連だったかで、ヨーロッパの女性が、インドの女性たちがカースト制で差別されていることを弾劾して、「彼女たちを悲惨な状態から解放しなければいけない」と訴えたといいます。すると、当のインド人の女性は、「勝手に、悲惨な状態だと考えてもらっては困る。あれは、自分たちの文化の特異性なので、決して悲惨ではないのだ」と答えたといいます。これも意味深な話です。ヨーロッパ人の女性は、インドの女性は差別的な状態にあって苦しんでいるに違いないと考えています。しかし、当のインド人の女性は、苦しいけれども異文化としてあるんだと、それを認識してほしいというのでしょう。勝手な思い込みで、自分たちより悲惨な、救済しなければならない人間と見なされては困るというのです。

 あるひとつの価値観を絶対視して、そこらかすべてのものを判断してはならないということだと思います。その時代には共通認識になっていて、空気のように無色透明なものであっても、やはりある種の価値観でおおわれてしまっているということはありえることなんです。そのへんに注意してゆきたいと思います。

 

2003年11月16日

菅原さんから、「他教団のひとや、多宗教のひとを、あなたたちはどのように呼ぶのですか?」と尋ねられました。そもそもそういう名称をもっているのですか?と。どうなんでしょうか。お釈迦さまの時代であれば、「六師外道」というように「外道(げどう)」というのでしょうね。仏道を「内道」といいますし、その対概念として「外の道」=「外道」とね。しかし、その言葉もいろんな意味の深度をもっていますよね。差別意識もなくして、ただ「内の道」とは違う「外の道」という意味もあります。差別というより区別という感覚ですね。でも実際には、「この外道め!」といって相手を貶める言葉にも使われますね。ですから、あんまりいい言葉ではないように、現代では受け取れます。

 仲間うちを呼ぶ言葉としては、「御同朋(おんどうぼう)」とか「同行(どうぎょう)」という言葉がありますね。キリスト教では、「兄弟・姉妹」と使うそうです。北陸では、「同行」という言葉はいまでも用いているようです。「同行が、風邪引いてね…」というふうに。讃岐の庄松さんは、「庄松(しょうま)同行」と呼ばれていますね。

 どの範囲までを、同朋とか同行というのですか?とも尋ねられました。キリスト者や新興宗教の信者は同朋ではないのか?と。どの範囲までを、同朋というのかは曖昧なものだと感じます。「人類に開かれた教団」といっているけど、どこまでを自分の仲間うちと感じているのかと問われると、曖昧ですね。

 いずれにしても、やはり範囲がある、範囲が限定されているということだけはいえると思います。とても人類全部を我が同行だとは感じられないというのが実感でしょうね。どうしても、この世に組織をもって存在しているということは、仲間意識ができあがってくるものです。「身内」という言葉もあるように、それは「身の外」と対概念になっていますからね。そして自分の内側だけを、我が身内として安定感を保とうとします。一番小さな共同体である夫婦や家族は、さまにそうですね。それは、人類の自我の構造に原因があるのであって、悪いことでもよいことでもありません。事実そうなるのが人間の自我の構造です。自我は、つねに安定感を保とうとしています。ということは、自我はいつも不安定なのです。揺れているわけです。優越感と劣等感、損と得、健康と病気などの脅えで揺れているわけです。その揺れを安定させるために、すべてを固めてゆこうとします。人間関係も、親密度が増してゆくにしたがって、それを「身内」と感じて安定感を保とうとします。

 そんな自分が呼び返される場所が、浄土なのでしょう。安田理深先生は「教団に召される」という表現をします。人間はつねに身内をつくり、教団という組織をつくって、この世に存在してきました。ですから、その教団に属していれば、ある種の安定感をもつことができます。帰属意識とでもいうのでしょうか。社会人でも会社というものに帰属しているということで安定感を保つことができます。それは当然のことといえば当然なのですけれども、仏法に照らすと問題なのです。その安定感は、自己肯定につながり、自己保身につながってゆくからです。自分たち身内が優位にあって、外の人々は下位にあると感じるようになるからです。どうしても、他の教団を見下して、自分たちを優位にたてるということになるからです。オウム信者や新興宗教の信者をみたときに、もう、無意識の内に、自分たちのほうが優位にあると思い込んでしまうのです。こういう問題が、あぶりだされてくるわけです。

 それだから、教団解体だ!というふうにはなりません。教団を解体したところで、やっぱり同じ現象が起こっているんです。どうしても、自分のほうが優位だ、正しいのだという自己保身が拭いされません。

 そこに、教えられる言葉が「教団に召される」という言葉です。もうその「教団」という言葉の意味は、「浄土」と同義語だといってもいいのだと思います。そういう自己保身と自己肯定のものは、教団人失格であります。如来は「開こう」とするのに対して、人間は「閉ざそう」という傾向性そのものですからね。でも、その「閉ざそう」とする人間に対して、「召す」というはたらきが掛けられてくるというのです。教団人の資格はない、資格はないけれども、召すというはたらきが、そこに掛けられてくると。

 その呼び戻しのところにだけ、はじめて「同朋」という言葉が生きてくるんでしょうね。ですから、現世にはないと言い切ってもいいのでしょう。その「ない」と言い切ったところに、はじめて「召す」という呼び戻しを受ける場所が開かれるわけですから。浄土はこの世にはないわけです。ただ「ない」という場所にだけ、浄土が立ち現れてくるわけです。可能性のない場所にだけ、浄土という可能性はあらわれようとするわけです。

 それだからといって、「自分は教団に召されたのだ」と過去形で語ることはゆるされません。過去形で語ったときには、すでに自己肯定にの罪を犯すことになりますから。決して過去形では語れないのです。ただ「召す」という呼び戻しだけが、真実なのだと思います。自分の側には真実のかけらも存在していないのです。

 

2003年11月17日 

昨日、法話をしていて教えられたことです。「仏性(ブッショウ)」と涅槃経ではいいますけど、仏性とは、自分の中にお釈迦さまがいることだと直観しました。仏さまになる可能性というような曖昧なものじゃなくて、お釈迦さんが住んでいるというような感覚です。自分がそれを実感できるかどうかは、まったく別の問題です。でも、涅槃経は、「あんたが、どう思おうとも、お釈迦さんがあんたの心の奥底に住んでいるということだよ」といってきます。へぇ、そうなんだという感じです。

 生きとし生けるものは、みんな仏性があるとお経ではいいますから、人間だけじゃないんですね。動物、植物みんなに入っています。そうか、だから、猫が膝の上に乗ってくると、癒されるんだなぁと思いました。花を見て、癒される、山を見て癒される、いまは紅葉真っ盛りですから、モミジを見て癒されるわけです。癒しを感じているときには、こころがリラックスして開かれているものです。そういえば、( ̄人 ̄)合掌という形は、人間に癒しを感じさせますね。あれは、人間が勝手に創作したものではないと思います。聖なるものにこころを開くとき、おのずとああいう形になったのではないでしょうか。人間は、どのような思想・宗教であろうとも、聖なるものと対するときには、手を合わせるという行為をとります。

 手を合わせて、自分の中に住んでいるお釈迦さまの声に耳を傾けるのでしょうね。自分の中のそういう声を聞こえるようになったら、最高ですね。言葉を変えれば、自分の中で「自分」と対話するといってもいいのでしょう。これがなかなか対話できないんですよ。自分のこころを、外なるものとして対象化して対話することは、なかなか難しいことです。自分と「自分」は水と油のような関係になっていますから、どこからどこまでが水で、どこからが油だか、ちょっと見分けが付かないんです。「いま自分が一番気になっていることってなんなんだろう?」と問うてみても、なかなか正体が掴めません。対人関係で、ひととトラブルを起こしているときには、怒りの感情と「自分」とが一体になってしまっていて、なかなか対象化できません。対象化するためには時間がかかりますね。でもなんとか対象化して、「自分」と対話してみたいと思います。自己内対話というやつは、なかなか大変ですけど、やりがいのある仕事です。

 そういう対話ということが、「生きる」ということですし、そして、さらに「生きる」ということ全体は大いなる「創造」なんだと思うんです。昨日とは少し違う自分が「いま」を創造します。永遠の過去をへめぐってきた「いま」、そして未来から届いてきた「いま」という時間は、まさに創造の時間です。刻一刻、創造されては、崩され、崩されては創造される「とき」です。「淀みに浮かぶ、うたかたはかつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」という『方丈記』の情景が思い起こされます。曠劫以来の過去から、つねに流転してきた身であります。それと同時に、十劫の未来から救われている身でもあります。「弥陀成仏のこのかたは、いまに十劫を経たまえり」と親鸞はいいます。十劫とは、「永遠」ということでしょう。それは、もうすでに、「永遠」のときに阿弥陀さんが成仏してしまっているということです。成仏しているということは、すでに一切衆生は十劫の昔に救われてしまっているということになるんです。阿弥陀さんは、生きとし生けるものが救われなければ、自分は仏にはならないという誓いを建てています。とすると、阿弥陀さんが成仏しているということは、私たちは、すでに救われてしまっているということになるわけです。十劫の昔というと、これは過去を表現しているようなんですけど、小生には、どうも未来のことではないかと思えるのです。それも永遠の未来という感じです。この感覚は変でしょうかねぇ。

 これから先、自分の未来をどんどん突き進めていくと、自分は永遠の世界へ、つまりそこは過去であり、未来であるところになってしまうのです。時間を直線的に考えると、そういう考え方は受け入れがたい考え方です。過去があって、いまがあって未来があると考えると、そういうことは考えにくいのでしょう。しかし、円環として時間を考えるとどうでしょう。自分が過去からこの世へ出現したのであれば、この世から去ってゆくということは、自分が生れてきた源へ還ってゆくと受け止められないでしょうか。ですから、時間が未来へ向って進んでいくということは、実は過去に向っていくのだといったらいいでしょうか。

 自分が誕生してから、成長するのですけど、誕生したとたんに死に向って突き進んでいくんでしょう。誕生したとたんに、永遠の源へ向っての旅が始まるのでしょう。ですから、「進歩」とか「発展」という言葉は、疑わしいと思います。あれは幻想じゃないでしょうか。確かに「便利」になりましたけど、それで本当に「幸せ」かといったら、決して人間は幸せではないと思えます。共同幻想として、現代は「進歩」しているといいますけど、それは便利になったというだけのことで、自分のいのちのは、老化して死に向っているということ以外にないわけです。でも、それは衰退という消極的なものではないのでしょう。源への旅といったらどうでしょうか。源から出発して、源へかえってゆく旅の途中なのだと。

 ほんとうに、最近では、「過去こそが未来なのだ」というおかしな感覚にとりつかれています。人間は衰退も発展もしていないのでしょう。共同幻想として、世界は未来へ向って突き進んでいるように感じられますけど、ほんとうはそうじゃないと感じるのです。これは変な感覚なんでしょうねぇ、きっと。

 

2003年11月18日

日常生活をしていると、いろんな仕事をこなさなければなりません。知が沸騰して、熱を帯び飽和状態になります。その熱い知が、フーッと涼しい風とともに、覚まされていく感覚が好きです。頭のてっぺんにあった、熱い知がズーッと体の下にさがってゆき、とうとう足の裏までゆくというのが好きです。

 それは日常の生活の端々にある行為に感じることです。口にご飯を運ぶ、歯を磨く、トイレで用を足す。そんなごく些細な、ちっぽけな行為です。そこにある「日常」という具体性の醍醐味が小生に迫ってきます。だって、このちっぽけな「日常」が、ここに展開しているということは、前代未聞、前人未到、空前絶後の出来事ですぜ。二度と繰り返すことのできない時間と場所をもらっているのですから。そして人間関係もですね。もう二度と繰り返すことのできない人間関係ですね。家族というのは、「縁」でたまわるもので、そこには何ら人間の意志が関与していません。純粋な出来事です。不平不満はありますけど、それは「縁」として強制的に受け取らなければならない場所ですから、仕方ありませんね。自分の好みではないのですから。家族は、なんで家族なのか?という問いは解けないのです。なんでこのひとが親であり、子どもであり、女房であり、兄弟であるのか?その問いは解けません。ただ「縁」としかいいようがありません。

 でも、不思議なことに、人間以上に猫に癒されるのはなんででしょうね。寒くなると、うちの三毛猫(プチ子)は、膝の上に飛び乗ってきます。そして、赤ちゃんがおっぱいを飲むように、前足で交互にグイグイと小生のモモを揉むのです。退行現象なのでしょうけど、これが実にかわいいのであります。これは、人前では決してやりません。茶の間では決してやらないのです。小生が自室の机に座っているときだけ、やるのです。ですから、二人きりの秘密ということなんだと思います。そのことを家人に話したりするんですけど、それはきっと「鶴の恩返し」と同じだから、その秘密を他人に語ったら、きっとプチ子は家出するぞと脅かされました。あの昔話は、鶴が変身して自分の女房になってくれるんですよね。それで、夜な夜な機織りをして立派な反物をつくってくれます。しかし女房は決して、機織りの部屋は覗いてはダメだと禁じます。しかし、旦那はその秘密が見たくてとうとう部屋を覗いてしまうんです。すると、中で機織りをしていたのは人間ではなくて、鶴だったのです。自分の羽根を抜いては反物に織り込んでゆくのでした。ところが、その禁を破ったために、女房は鶴に変身して逃げていってしまうという物語ですね。

 でも、デジカメでそのモミモミ行為を動画で写して、みんなに見せたのですが、家出しませんから、大丈夫だったようです。まぁ、「恩返し」するほどの行いでもないのですからね。

 それはそれとして、なんで言葉の通じない猫に癒しの力があるんでしょうかねぇ。それはやっぱり、言葉が通じないということの力なのでしょうね。「いまは言葉が通じないから、こころが通じないのだ」というひとがいますけど、言葉が通じないからいいのだという面もありますよね。仏さんも言葉が通じないからいいんですよね。言葉が通じたら、それこそ恐ろしいことになります。言葉が通じなくても、何かが通じているということがあります。ですから、生き物は不思議なものです。犬は猫より人間にちかい社会構造で生きてますから、犬が好きというひとも多いです。犬は共同生活をします。そこにはボスがあり、メスの集団があって、子どもたちがいます。ですから、その家の中でだれが一番のリーダーであるかを決めています。リーダーの顔をうかがって暮らしています。ですから、ギブアンドテイクの理論が成り立ちやすいです。ああすれば、こうなるという理論が明確なので、人間は付き合いやすいというひともいます。しかし猫はそうはいきませんね。まぁ個性もありますけど、エサがほしいときにだけ近寄ってきたり、寒いときにだけ膝の上に乗ってきますけど、主人の顔色をうかがうことはまずありません。ワガママなものです。猫は孤独を愛するタイプですけど、犬はさびしがりやです。どちらかというと、猫のほうが自立しているように感じます。

 死ぬときも孤独に死んでゆきますからね。実に孤独に強い生き物です。そういうタチなので、別段努力して孤独に打ち勝っているわけではないのですけれども。自立という面では、小生の先生ですね。ときたま、ほんとうに師匠然としているときがあります。「お前も、ようやく私のさとりに近づいてきたわね。でもまだまだね。」というような顔をしてタンスの上から睥睨しているときがあります。無量寿経には「独生・独死・独去・独来」という言葉があります。「ひとり生れ、ひとり死に、ひとり去り、ひとり来る」と。「ひとり」という問題が大事なんだと、猫に教えられています。どれほど家族があろうとも、また孤独であろうとも、「ひとり」ということを大事にしなさいと教えられます。「ひとり」とは、本来性というやつですね。もともと生れてきたのも、たったひとりで生れてきたんです。よく「ひとりじゃないんだ。みんなつながり合って生きているんだ」といいますけど、それは確かにそうなんですけど、そう言ってしまう前に、もっと「ひとり」であることを大切にしたほうがいいと思います。ほんとうの孤独に徹したものだけが、連帯ということを可能にするのだと思うのです。

 以前、山に入って、夕方になり、暗くなっても山小屋に着かず、ずいぶんと焦ったことを思い出します。まさに裸の孤独を感じ始めました。人間、たったひとりになったら、とても弱いものですね。裸で、山にいれば、たちまち死んでしまうことでしょう。あれが人間のほんとうの弱さだと思いました。文明の鎧をつけているから、偉そうにしているけど、ほんとうは弱いものです。

 いつもその弱さが見えていれば、いいんですけど、ついつい鎧のおかげで自分は強いものだと錯覚してしまうんですね。この「日常」は、そんな弱さと脆さを教えてくれます。いつも裸であることを忘れずにいたいものです。

 

2003年11月19日 

ある方から、「唯除五逆・誹謗正法とは、どういうことか教えて?」というお手紙をいただきました。これはとても大切なコトだと思いましたので、「つぶやき」にも転載させてもらいました。

拝復

 お手紙、拝見しました。お寺にくることができずとも聞法はできますから、ご不明なところなどありましたら、お手紙ででもお尋ねいただければ幸いです。

 さて、お尋ねの「誹謗正法」のことですが、ここに着目されたことは、驚きです。この箇所は大変に重要なところだからです。親鸞の信仰の要(かなめ)といってもいいのです。

 ご存じのように、十八願文には「唯除」という文字がありますよね。「ただのぞく」と。この願文自身が、とても矛盾したことを語っていますよね。「あらゆる衆生が至心に信じて、浄土に往生したいと思ってお念仏して、もしその願いか叶わなければ自分は仏にはなりません。ただし、親を殺したり師匠を謗ったり、神も仏もあるものかと思っているひとは、救いから除きます」と。唯除の文がなければ、本願の救いが完結しているのですけど、この文があるために、矛盾する文章になっています。意地悪く読めば、「すべてのひとを救うと言っておきながら、やっぱり除外されるひとがいるなんて、ナンセンスだ」ということになります。

 十八願文の前半は、阿弥陀さまが一切衆生を救うということを誓われます。ですから法然聖人が十八願文をご引用になる場合には、「唯除」の文が取り除かれています。それは常識的ですね。唯除の文があっては、阿弥陀さまの救いに「例外」が生れてしまうことになります。救いに「例外」があれば、その救いは普遍的ではなくなりますからね。生きとし生けるもの全体が救われるものでなければ、阿弥陀さまの救いではないのですから。その意味では「唯除」の文は目障りなんですね。

 ところが、親鸞聖人が、この十八願文を教行信証に引用されるときには、必ず「唯除」の文もいっしょに引用されます。親鸞聖人のこころのなかでは、十八願文は「唯除」の文までふくめて、はじめて十八願文なんです。しかし、そのお心を正しく受け取ることが、私たちには難しいのですね。

 五逆とは、親殺し、師匠殺し、教団破戒、仏身破戒だと書かれていますけど、教行信証の信巻の末尾には「大乗の五逆」として「三乗の法を謗りて、」(聖典277頁)といって、五逆の中に謗法を入れた領解を親鸞聖人はとられています。また、お手紙の中では「善知識をおろかにおもい、師をそしるものをば、謗法のものともうすなり。親をそしるものをば、五逆のものともうすなり」(聖典565頁)と述べられています。ですから、私たちの日常生活でのこころの動きのなかに五逆と謗法の罪を見ておられるのです。

 私たちが、子どものころから、一度も親を恨まなかったものはいるでしょうか。親は子どものためを思って叩いたのでしょうけれども、子どもは親をうらんだことでしょう。悪態をついたりしたでしょう。また、自分の先生にたいして、背くこころも起こったことでしょう。小生も、この先生は、本当のことを言っているのだろうか?と疑いのこころをもったこともあります。親鸞聖人も、六角堂に参籠されて、吉水の法然聖人のもとへ、「百か日、降るにも照るにも、いかなる大事にも、参りてありしに」(聖典616頁)と書かれていますから、恐らくこの先生は、ほんとうのことを語っているのだろうか?と疑問をもたれたのだと思います。これは、小生の想像ですけどね。師匠と弟子の関係のなかでは、やはりどうしても「謗法」ということがあるように思います。小生の体験を考えてみても、最初から先生を信用してはいませんでしたね。やはり、「本当だろうか?」という疑問をもっていました。疑問を感ずるということは、師匠の言葉をそのまま、受け取ることができないということですから、それは弟子の自覚としては、師匠の教えを謗っているという自覚になるのです。これは、ナイーブな感性に受け止められた罪の自覚です。

 つまり、自分は「五逆のものであり、謗法のものである」という自覚が親鸞にはあったのだと思います。そうでありますから、「このふたつのつみのおもきことをしめして、十方一切の衆生みなもれず、往生すべし」(聖典513頁)と語られたのだと思います。

 小生は、この唯除の文を「目ざまし時計」と比喩的に語っています。もし、唯除の文がなければ、信仰を批判してくる原理がなくなります。曽我量深先生が、それは「恍惚の信」と語られた問題です。恍惚感を感じる信仰です。それは信仰に眠り込む信仰です。自分の得た信仰に腰を下ろしてしまう信仰です。山登りにたとえれば、やれやれようやく自分も、八合目までたどりついたなぁと、ここいらでちょっと一休みしようと、自分を慰める信仰です。一般的にいわれている信仰とは、その程度の信仰です。いちど信じてしまえば、もう二度と逆戻りはしないのですから、安心でしょうね。でも、それは親鸞の信仰とは違います。親鸞の信仰は、自分の得た信心を砕いては、いつでも初心に還る信仰です。そのために唯除の文が十八願文につけられているのです。眠り込む信仰を、目覚めよ!と揺り起こす「目覚まし時計」なのです。

 実は、唯除の自覚にたったものだけに、大悲がはたらいてくるという「逆説」を述べているのです。十八願文への入り口は、前半の文章ではなく「唯除」にこそあるのです。自分は、どこに立っているかといえば、唯除の側に立つと。つまり大悲を謗り、大悲の外に立とうとしています。

 人間は、何にもないときには仏さまを信じているような気分になっています。しかし、いざ、コトが起これば、そういう信心は吹っ飛んでしまいます。小生の子どもが小さいとき、腕を複雑骨折しました。手術室に運ばれ、待合室で待っているとき、涙がたくさん出てきましたけれど、お念仏はひとつも出ませんでした。普段は、仏だ法だといって暮らしているのに、なんという体たらくだと嘆いたものです。しかし人間というものは、それほど、一貫性のあるものでもないのです。ですから、人間が仏さまを信じるということは、ほんとうは宛にならないものなのです。恐らく親鸞聖人もそういうことを重々分かっておられたのだと思います。それなので、自分が仏を信ずるのではない、仏さまがそういう自分を信じていてくださるのだと語ったわけです。それが浄土真宗の信仰だと。方向が逆ですね。自分が如来を信ずるのではなく、如来が自分を信ずるのだと。

 こうなってきますと、どこまでも堕落してゆける安心感が生れます。自分が如来を一生懸命に信ずるという力みが消えます。人間が如来を信ずるなんていうのは浅いものです。どこまで堕落しても如来は、見放さないのだという安心感が親鸞の信仰だと思います。でも、人間は厄介なもので、いつのまにか、自分は如来の救いの内側にあるのだと思い込んでしまうんですね。でも、如来の内側に入ってしまったら、大悲のはたらきがなくなってしまいます。小生は「浄土には仏さまはおられない」という表現をします。浄土は、如来の本願の世界です。そこはすでに救いが完成した仏の世界ですね。愚かな凡夫を救おうというはたらきが完成した世界ですから、救いのはたらきは消えてなくなるのです。むしろ、救いのはたらきが一番つよい場所は、この私たちのいる娑婆世界です。

 これは笑い話ですけど、あるひとが、浄土にゆけば如来に会って救われると信じて、浄土に行ってみたら、如来はお留守だったといいます。如来は娑婆世界で、あらゆる衆生を救おうと働きづめだったと。ですから、如来の大悲は、一番救われにくい存在に、一番つよくはたらくのです。一番救われにくい存在とは、「唯除」された私です。その唯除されている自分という自覚に立つたとだけが、本願の救いの正客になることだと思います。

 

 いま思うことは、そんなことです。またお考えになってご返信ください。

合掌

※人間はどうしても、メーテルリンクの「青い鳥」のように、日常性から抜け出たところに真理を追い求めてゆきます。それが思想であったり、信仰であったり、様々ですけど。日常性を超えてゆこうとします。人生に真面目になるほど、その傾向性が強くなります。「お寺」という存在も、日常性を超えた存在として見られる面があります。しかし、「お寺」で教えられることは、逆に日常性の大切さなのでした。自分が見捨てて、顧みることもなかった「日常性」であります。それは「聖なるもの」とは間反対の「俗性」です。そんなところには自分の求めていたものはないだろうと思っていたのです。しかし、その「俗性」のところに、「あるがまま」の人間のサガが展開しているのでした。「無明の酒」に酔い伏している日常性です。自分が見捨てて、顧みることもなかった俗性が、逆に、ありがたく感じられるというのが、親鸞の信仰ではないかと思うのであります。

 

2003年11月20日

かつて吉本隆明さんが加藤典洋さんとの対談で、こういうことを言っていました。

「結局、こういうのを設定する以外にないんじゃないかと僕が思えるのは、社会倫理でもいいし、個人倫理でもいいし、国家的なものの倫理でも、民族的な倫理でも、何でもいいんですけれども、そういうもののほかに、人間が存在すること自体が倫理を喚起するものなんだよ、という意味合いの倫理、「存在倫理」という言葉を使うとすれば、そういうのがまた全然別にあると考えます。それを考慮しないと、この手前味噌な言い方とやり方は理解できないんじゃないかという感じ方になっちゃうんのです。「存在倫理」という倫理の設定の仕方をすると、つまり、そこに「いる」ということは、「いる」ということに影響を与えるといいましょうか、生れて、そこに「いる」ということ自体が、「いる」ということに対して倫理性を喚起するものなんだ。そういう意味合いの倫理を設定すると、両者に対する具体的な批判みたいなのができる気がします。そういう意味合いの論理を設定しないとダメなんじゃないか。(略)例えば、この問題(9・11のテロ事件、そしてブッシュの立場とイスラム原理主義の対立的立場の諸問題)は、「存在倫理」を設定しないと、両方とも自分の立場でいっちゃえば全部成り立って、相手はもちろん悪であって、おれの方は善だ。両方でそういうことが成り立っちゃう。(略)

 量子力学、量子論とかいうことでもいいんですけれども、そこは歴然と、電子であろうと、中性子であろうと、原子核であろうと、それが「ある」ということは、「ある」ということの影響をこうむることを抜きにしてはいえないという物質観みたいなのがあるわけです。結局、生れちゃったとか、生れて存在していること自体が、存在していること自体に対して倫理性を喚起するということを設定すれば、何かいえそうな気がするけれども、それ以外は両方ともいいたいことをいっているだけで、どうしようもない。」(「存在倫理について」『群像』02・1月号)

 そのとき、ひとが、一歩立ち止まる、そういう規制がどこから働いてくるのかということが倫理の問題でしょう。それも、外在的に、他者からの強制でもなく自発的に、内在的に規制がはたらくということはどこで成り立つのかということです。それを吉本さんは、「存在倫理」という言葉で言い当てようとされていました。「ある」とか「いる」ということが倫理性をもってくる、そこからでなければ、自発的な倫理なんていうことは成り立たないと。簡単に言えば、「殺すな!」という規制が、強制ではなく、自発的に起こってくるのは「ある」という倫理からなのだというのでしょう。理念や教理をもとにした共同幻想の世界では、「敵を殺しても構わない」という形で「存在倫理」が崩れるわけです。ということは、「存在倫理」という考え方は、共同幻想を破る革命的な倫理だということになります。

 今朝も保険金殺人の報道が流れていました。実の娘に保険金をかけて殺してしまったというやつです。まぁ、マスメディアは、面白おかしく切り取って茶の間に映像を垂れ流しますから、差し引いて受け取らなければならないのでしょう。それにしても、連日の殺人事件の報道を聞くたびに、日本人の「存在倫理」が崩れはじめているように感じます。

 実は、吉本さんが「存在倫理」という言葉で言い当てようとしていることを仏教では、「業」という言葉で考えてきました。中国語で「業」と翻訳される、もともとのサンスクリット語では「カルマン」といいます。「カルマン」は「作用・人間のなす行為・行為の残す潜在的な余力。悪業・努力すること・人間的な活動」と様々な意味をもっています。業は、人間という生命体を業の集積体とみます。生命誕生から、人間にまでつながってきた業の集積とみます。そして、さらに、業をふたつに分けて考えます。ひとつには「不共業」、ふたつには「共業」と。「不共業」は、「ともならざる業」ですから、個人ということです。他のひとと取り替えることのできない実存を意味します。そして「共業」とは、他者と共有している関係性を意味します。人間というのも、共業です。人間という生命体が、地球上で活動している聴覚のデシベル範囲、視覚の明るさの範囲、重さの範囲、熱の範囲、速さの範囲、それは共通していますね。そういう生命体の共通の範囲を共業といいます。

 時間を縦にした生命体の歴史、そして横に開いた他の生命体との関係、それをふくめて「業」という言葉で表現してきました。それは、業感といって、感じられるものだと教えられてきました。単なる教理ではなく、感じることではじめて、「業」という言葉が成り立ちます。

 ですから、そこにものが「ある」ということには、歴史があり、関係性があると「感じられる」ということでしょう。その「存在の背景」が感じ取れてはじめて、倫理性を帯びてくるわけです。それはイマジネーションの世界だといってもいいと思います。「存在の背景」は五官では感じられませんからね。そこに、花が咲いているということは、五官で感じ取れても、なぜ、赤い色が生れてきたのか?とか、その花がそこに咲いているという過去の因縁はどうなのか?という世界は、イマジネーションの世界です。現代人はバーチャル・リアリティとかいって、仮想空間をイメージする力が発達してきたといわれますけど、「存在の背景」を感じ取るイマジネーションはどうなっているのでしょうか。

 自我は、いつのまにか、自分は「真理を知っている」という幻想にとりつかれてしまうものです。その幻想にとりつかれると、この世は、全部自分の思い描いた世界として塗り込められます。自分の見た通りに世界が存在しているのだと思い込んでしまいます。本当は、自分の見た通りに世界が存在しているのではありません。共業として、人間が見た世界は、同じように見えます。アメリカ人であっても、日本人であっても、大雑把にいえば、それは変わりません。しかし、不共業としての実存は、同じ世界を生きているわけではありません。微妙に違っているのです。厳密にいえば、同国人であろうと、一卵性双生児であろうと、違っているのです。ですから、いま見ている世界は、自分だけの世界だといってもいいのです。決して他者も同じように見えている世界ではないということです。そういう他者の視座を尊重するということが、倫理性が生れてくる根拠にはあるように思います。

(京都に一泊してきたので、更新不能でしたm(__)m

 

2003年11月22日

「真言に偏りたり」という批判。これは、親鸞なき関東の門弟たちの間に起こってきた「親鸞批判」でありました。親鸞は、「信心よろこぶそのひとを、如来と等しとときたもう…」という和讃をつくっています。またお手紙にも、「弥勒とおなじくらいなれば、正定聚の人は、如来とひとしとももうすなり。浄土の真実信心の人は、この身こそあさましき不浄造悪の身なれども、心はすでに如来とひとしければ、如来と申すこともあるべしとしらせ給え。」(御消息集)と言っています。

 そういう文言を聞いた門弟が、親鸞は、真言宗の教説に変節したのだと批判したというのです。その問題を、歎異抄15条では、扱っています。「煩悩具足の身をもって、すでにさとりをひらくということ。この条、もってのほかのことにそうろう。即身成仏は真言秘教の本意…。浄土真宗には、今生に本願を信じて、かの土にしてさとりをばひらくならいとそうろうぞ…」と批判しています。

 親鸞が、「如来とひとし」と表現したことで、門弟たちの間に思想的混乱を起こしていたことがわかります。「如来とひとし」ということと「煩悩具足の身」とはどういうふうに関係するのかということが、わからなくなっていたようです。お手紙では、丁寧に「身」は「不浄造悪の身」、「心」は「如来とひとし」と心身という関係でとらえられています。しかし、こういう説明のしかたでも、誤解は解けなかったと思います。「ボロは着てても、こころは錦…」でしたっけ。そういう心身二元論で精神性の素晴らしさを説くことは、いつの時代にも通用します。こういう説明の仕方が通用するのは、極めて臨床の場面でしかありえないと思います。一対一で、劣等感のコンプレックスに落ち込んでいる人に対して、「お前は如来とひとしいんだよ」とカウンセリングすることは、有効だと思います。真宗はどうしても、人間の罪を徹底して教えますから、劣等コンプレックスに傾く傾向が強いです。「罪深く苦しみ多い凡夫だからこそ、如来のお慈悲にすがって助けていただくのだよ」という説きかたは、そういう傾向を示しています。

 しかし、臨床の場面を離れて、多数のひとの前で「如来とひとし」を主張すると、今度は、「造悪無碍」に傾きます。つまり、自己肯定ですね。「罪深い凡夫のままで如来なんだ」という居直りが発生します。そういう問題を、歎異抄では、時間論で超えていこうと説いています。つまり、「今生」と「かの土」という問題です。この世にいる間に、さとりを開いたと語ってはいけないというのです。浄土真宗は、「今生に本願を信じて、かの土でさとりを開く」と。つまり、この世にいる間に「如来とひとし」と言ってはいけないということです。これは親鸞の言説の尻拭いをしているわけです。

 しかしこれは、実に微妙な問題で、いつもいうように「内在と超越」の問題なんです。真実が自己の内部にあるのか、あるいは完全に自己を超越していることなのかという問題です。内部にあると言い切ってしまえば、真言になりますし、超越しているものだといえば、救いはありえないということになります。どこかで真実にふれなければ、凡夫に救いはありえません。しかし、真実が内部にあるのだと言い切ってしまうと脱線してしまうわけです。これは実に微妙な問題です。四五寸ばかりの白道をいくようなものですね。

 小生は、15条の冒頭の「すでにさとりをひらくということ」という「すでに」という言葉に注目します。真宗の救いは「すでに」という過去形で語ることがゆるされるのだろうかと。「救いにあずかる」でも、「信心を獲得した」でもいいのですけど、その体験を「過去形」で語ることは許されないのではないかと思います。ですから、親鸞も「獲得」の「獲の字は、因位のときうるを獲という。得の字は、果位のときにいたりてうることを得というなり」と宗教的体験を因と果に分けて表現していますね。事実はひとつのことなのでしょうけどね。真実の流れに触れるということはあっても、自分は真実とは異質のものであるという確認が大切です。

 もし過去形で「得た」と語ってしまえば゛それは大いなる居直りであり、自己肯定になるでしょう。真宗の信仰はいつでも「今」ですから、過去形で語ってしまえば、それは今が腐ってしまいます。決して過去に飲み込まれない信仰が真宗でしょう。いつでも新鮮なものでなければなりません。そうであっても、「いまだに得られない」という、永遠の欲求不満ではこまります。もうすでに「得た」といってもいいようなものでしょう。でも、「得た」と過去形では語れないという性質のものです。「得た」ということは、ものすごく不自由なことになります。人間は「得たい」ものです。「さとりを得た」と過去形で語ってみたい衝動にかられます。しかしもし語ってしまえば、それは、腐ります。

 歎異抄の語る「かの土にして」という「かの土」というのは、簡単に言えば、「死後」ということでしょうし、その死後はどこにあるのかといえば一瞬先の未来です。かの土とは、次の一瞬なんです。死後をあと十年先とか、何年先とか、人間が勝手に設定しているだけで、如来の目からみたら、「次の一瞬」でしかありえません。「ここを去ること遠からず」と観経では浄土を表現しますけど、それは、「次の一瞬」だからです。

 永遠に過去に飲み込まれずに、新鮮な<現在>に信仰があること、それを歎異抄では語るわけです。表面的にみますと、歎異抄の主張を「この世では、やっぱりさとれないんだ。あの世にいって、死んでないと救われないんだ」と悲観的に受け止めてしまいます。この世は苦しみに耐えて、あの世にいって極楽生活するんだというアキラメ主義になります。そういうことをいっているわけではありません。救いを過去のものにしてはならないということなんです。つねに救いは<現在>にあることをいうわけです。ですから、「すでに…」という形の語り口には、ウソが混じります。私たちにとっては、「未だ…」という形で表現すべきです。その「未だ…」という表現は、欲求不満で得られていないという表現ではなく、得た表現なんです。得たということがなければ、「未だ…」は欲求不満です。「未だ…」という形で得るといってみたらどうでしょう。「既に…」と語ったとたんに、信仰の腐敗が始まり、親鸞とは永遠に乖離してゆくことだと思います。

 得た功徳を「かの土」に譲るほどに、いま現在に充分なものを得たというのが、正定聚という意味だと思います。

 

2003年11月23日 

昨日、NHKで瀬戸内寂聴さんと玄侑さんの対談を放映していました。テーマは「あの世とこの世」です。その中で、「ひとは死んだらどこに行くんですか?と聞かれるのが一番辛い」と瀬戸内さんは言っていました。「まだ死んでみたことがないんだから、それは分かりませんよね…」と。でも、肉親を亡くした人に対して、とりあえずの答えが必要だと思います。目の前で溺れかけているひとに、向って、とりあえず、水に浮きそうなものを投げてみなければなりません。「これが、水に浮くだろうか?どうだろうか?」と考えているうちに、相手は溺れてしまうかもしれませんからね。

 まぁ小生の浄土真宗は、都合のいいことに「お浄土に行くんだよ」と答えることができます。「みんな亡くなったらお浄土にいって仏さまに成られるんだよ」と。「お前はまだ死んでもいないのに、どうして浄土へ行ったと言えるんだ」と批判されそうですけどね。でも、通夜・葬儀の場面で、そのように批判を受けたことは、いまだかつてありません。そのように批判ができるひとは、だいぶ元気があって、余裕のあるひとなんだと思います。いま目の前に肉親の死を体験しているひとにとっては、「お浄土に行った」ということが、癒しであり、慰めでもあります。まぁ、小生は、そんなことを全然信じていないで言っているということでもありませんからね。やはり、自分も、お浄土に行くんだろうと思っています。子どもも女房も、猫のプチ子もね。

 この「お浄土に行った」という語りかたは、事実を相手に伝えている表現ではないのです。そのひとのたましいが本当に浄土という場所に行ったのだ、事実そうなのだ、ということを表現しているわけではありません。事実か事実でないかということではなく、もっと違った意味を表現しているのだと思います。それは、何かを暗示しているといいますか、何かを象徴しているのだと思います。

 いま、目の前から肉親が消えて、存在しなくなるのですから、心情的には「行く」という言葉がピッタリします。旅行に行くというときの「行く」ですね。自分の前から姿がなくなって行くわけです。でも、そのひとは、自分の目の前からはいなくなっても、どこかに「居る」という感覚だけはこちらに残ります。その人自身はいなくなっても、そのひとのイメージだけは、自分の中に住んで「居る」わけです。仏典には、「去る」と書いて「ゆく」と読ませる箇所があります。自分の前から、そのひとは「去って行く」わけです。当事者にとっては、「去る」は「行く」ことになるわけです。

 そして、故人が行かれた場所は、安楽な場所であり、静寂な場所であるということも大事です。娑婆とは違って決して苦しみのない場所であるということです。少しの苦しみも悩みもない場所であることです。娑婆のほうがずっと苦しみの多い場所ですよね。四苦八苦の娑婆とはよくいったものです。

 ですから、臨床の場面では、肉親を失った人に対しては、「お浄土に行かれた」のだと答えなければならないと思います。たとえ、自分がそのことを信じていなくても、まずそのように応えることが、相手を受け止める第一歩なんだと思います。そして、故人が行った場所に、実は自分も行くのだとイメージできるようにしなければなりません。

 以前、「自分は死んだことがないから、どこへ行ったのかわからないと応えた」という話を聞いたことがあります。しかしそれは、自分を正義の立場において、相手を顧みない冷たい立場だと思いました。自分が、浄土の有無を信じているかいないかということと、相手に「お浄土へお父さんは行かれたのですよ」と応えることは、まったく別次元の話なんです。浄土のあることを信じるかどうかは、個人の問題です。それは自分の信仰の問題で、大切なことです。しかし、そんなことは、いま目の前で肉親を亡くして悲しんでいる人間には関係ありません。目の前で悲しんでいるひとを慰め癒すことができるのは、「お浄土へ行かれて仏さまに成っている」という教えを伝えることです。それは、教えです。自分を介在させてはいけません。

 自分がそのことを信じているかどうかという問題と、教えをひとに伝えるということは別次元のことです。自分が信じていないのに、相手に説くことは詐欺だと思われそうですけど、それは違います。自分もひとも、ともにその教えの前に、耳を傾けようとする態度があれば、それは詐欺にはなりません。

  むしろ、それを伝えないことのほうが問題です。それは自我関心の内側にとどまってしまうからです。自分は浄土の有無を信じてないなのだ、だから、言わないほうが正しいのだと自己保身をおこなうことになります。自分は不義をおこなわなかった、よかったよかったと、自分の胸をなで下ろしているだけです。目の前に取り残された肉親は、放置されてしまいます。 別に、相手も「死んだひとが、どこどこの世界へ行った」ということを聞きたいわけではないのです。そんな場所はどうでもいいのです。ちょっと見ると、行き先を聞いているようですけど、そうではないでしょう。愛する肉親が自分の目の前からいなくなった空虚感を、埋めてほしいということなんでしょう。

 そして、やがて、時がたって、相手のこころの中にある「死んだら、どこへいくのか?がわからないと不安だ」という問題関心が溶解して、「どこへ行ってもいいのだ」ということになれば、しめたものだと思います。小生は、やはり、いのちの源へ還ると考えたらどうかと思います。いのちの源から、この世へ出現して、ふたたびいのちの源へ還るのだと。そうすると、この世へ出現したということは、帰るために出現したという、面白いことになってきます。どこかへ行くんじゃなくて、もと来たところへ還ると。そうすると、「目的」とか「発展」とか「進歩」とか、そういう人工的な匂いから遠ざかることができます。生れるということも、自分にとっては受動的体験です。人間は生の初めからして、受け身です。自分がまったく関与していません。生も、そして死も関与していませんね。そういうのを無為自然というのでしょうね。

 無為自然がいのちの根源なんでしょう。人間の意志とか、作為とか、計画や企みは、二次的なような気がします。だいたい、なんでも企みが消えたときに、ものごとが成就しているということがあります。子どもに対する親の作為が消えたときに、子どもとの関係がよくなったとか、探しものをしていて、探すのを止めたときに、探し物が見つかったり。作為の消えたときに、何かが生れるというのが小生は好きなんです。

 

2003年11月24日

虚業としての僧侶

「虚業」を辞書で引いたら「堅実でない事業」と出てきました。「僧侶」は、本来、必要悪であるような職業と言いかえたら、少し皮肉すぎるでしょうか。そもそも僧侶が職業であるかどうかも疑わしいところです。よくアンケートなんかに「職業欄」というものがあります。あそこに何と書くべきか、いつも迷います。「僧職」か「僧侶」か、「坊主」か、あるいは「自由業」か、はたまた「サービス業」か。何を書いてもシックリこないんです。それは、どうしても、資本主義の論理に当てはまらない営みをしているからではないかと思います。

 この感覚は、おそらく小生が幼いころから感じていた感覚なのだと思います。売買であれば、モノが介在しますから、まだ納得がいくのです。こころの中で収まりがいいです。しかし、僧侶はどうしても、無形のものに関与していますから、どうもそこのところがシックリこないんです。寺の経済は、布施経済ですから、ものすごく曖昧です。こころに値段がつけられないように、御布施は、ゼロから無限大までを含む概念です。かの麻原が、「全財産を教団に寄付させるのは、ちょっと無謀ではないか。高額すぎるのではないか」と尋ねた記者に対して、「それでは、いくらだったらいいのですか?いくらだったら安いのですか」と逆に問いかけはのは、真理をえぐった応酬でした。

 布施というものは、そういう性質のものです。そこには、こちら側の働きかけが、こちらの要求通りに帰って来ないという不安がつきまといます。ひとことアドバイスしたことによって、全財産を寄付されることもあるかもしれません。しかし、一生懸命労力を尽くして語っても、無報酬ということも起こるわけです。それは、もう資本主義の論理には当てはまりません。労働の対価が賃金として正しく比例してくれなくては、やってられないということになります。それは、報酬の問題よりも、こころが落ち着かないということではないかと思います。「一獲千金」ということもあれば、「骨折り損のくたびれ儲け」ということもあるわけです。でも、このギブアンドテイクの論理は、近代のものかもしれません。中世や古代は、むしろギブアンドギブ、テイクアンドテイクということだったのかもしれません。

 しかし、こちらから働きかける側の論理と、それを受け取る側の論理は、もともとズレるものだというのが本来かもしれませんね。それはこころに関した仕事ばかりでなく、モノでもそうでしょう。砂漠で道に迷ったときの、いっぱいの水はいのちに変えられるほどの価値をもちますね。日本で飲む水道の水とは価値が違います。ものの価値というものも、シチュエーションによって流動的です。インドに行ったときにも感じたことですけど、「定価」という概念自体がないんですね。ひとによって値段が違うということのほうが、本当かもしれませんね。支払える力のあるものからは多く、力のないものからは少なくとるというのが、正しいのかもしれません。「定価」になれている国から来ると、受け止めにくい感覚ですけどね。

 それはともかく、やはり、僧侶は見返りを要求してはダメなんでしょうね。それは、通夜葬式をおこなえば、やはり見返りを求めるこころは起こってはきます。「これだけやってあげたんだから、なにがしかの見返りがほしい」と。実際には見返りがきて、生活が成り立っているわけです。それはそうなんです。しかし、もっとこころの奥深いところでは、見返りを恥じるこころが大事だと思います。仏法をいわば商売道具にして、身すぎ世すぎをするわけですからね。

 やはり、自分のすべてを如来の前に投げ出して、奉仕するということが根っこにないとダメなんだと思います。それがどのように相手に受け止められようとも、それを斟酌しないということです。「虚業」ですから、何かが残ってはダメなんでしょうね。自分がはたらきかけたことであっても、相手にはなにも残らない。そういうふうであれば、いいんだろうと思います。これは料理というものと似ていますね。料理は仕込みから時間をかけて、熱と色合いと香りを加えて客の前へ出されます。それがどれほど美しく盛りつけられていようとも、客は一瞬のうちにそれを平らげてしまいます。皿の上にはなにも残りません。すべて消えてしまいます。まさに料理は一瞬の芸術です。唯一残るものは客の満足感だけです。それすら数分で消えてゆくものです。それに比べれば、絵画なんていうものは、みっともないものです。いつまでたっても消えることなく、何百年も残ってしまい、人々の目にさらされるわけですからね。惨めだと思います。それに比べて、料理は凄いです。相手に食べられてしまい、すべてこの世から消えてゆくわけですから、いさぎよさが違います。

 仏法もそういうものであったらいいと思います。そのときには相手を満足させても、それが永遠に続かないで、サーッと消えてしまう。そして最後にはなにも残らないというふうになればと思います。仕込みの段階では、いろいろと手を尽くして、相手のことを考えて作業をしなければなりません。でも、一旦それが相手の目の前に提示されたならば、後は相手に任されるわけです。煮て食おうと焼いて食おうと相手次第です。そして最後には、すべて消えてなくなる。

 だから、虚業は素晴らしいものだと思います。「役に立つか立たないか」というレベルを放棄していくべきでしょうね。資本主義のマインドを、すべて如来の前に投げ出して、絶対奉仕しかありえないのだと思います。「なんのために、お坊さんはお経を読んでいるんですか?」という女子高生の問いかけには、ものすごくラジカルな刃が隠されていました。

 

2003年11月25日

昨日、南極からの皆既日食の生中継がテレビで放映されていました。ロシアの南極観測所(ノボレバノフスク)からと、飛行機からの中継で、茶の間にいながら、皆既日食を楽しめました。でも、やっぱり、ナマで見たい!と思いました。テレビではやっぱり、ナマの感動が伝わってきません。それを中継しているアナウンサーは、感動して言葉を失っていましたけれども、それを見ている私たちは、そこのところを想像してみなければなりません。南極と日本の距離をこころの中に思い浮かべ、さらに、南極のマイナス20°という気温を想像し、雪原の中の自分を想像してみなければなりませんでした。それでも、ナマではありませんから、やっぱり感動はありませんでした。

 小生も、カトマンズでヒマラヤを見たときの感動は忘れられません。あの、「言葉を失う」という感覚は、まさに体験したものでなければ分からない感覚でしょう。毛穴が全部開いてしまって、口もあんぐり、鳥肌が全身に立つ感覚です。感動の言葉が出てきてもよさそうなものですけれども、全部の言葉が吸い取られてしまって、何も出てこないのです。おそらく南極にいた現場のアナウンサーは、これを体験したのではないかと、またまた想像してみました。

 こういう天体ショーのときには、必ず、「今世紀最後」とか、「あと何百年たたないと見えません」とか、やたら、唯一の時間だということを強調しますね。あれも、私たちの想像力を刺激して、このショーが限りのあるものであることをデフォルメするわけです。

 でも、ひねくれものの小生は、「そんなことねぇよ、このテレビを見ているこの時間だって、今世紀初めての時間を体験してるんだよ。二度とない時間だろぅ!」と、思わずテレビに向って語ってしまいました。いまという時間は、歴史上初めての時間が、「いま」流れているんですからね。そういうことをいうと、「宗教臭い」と嫌われるので、あまり言わないようにしているんですけどね。でも、ついついテレビに向って叫んでいる自分がいるんです。

 お昼に、なかにし礼が何やら親子関係について、もっともらしいことを言ってました。最近は、親が子を殺したり、子が親を殺したりという事件が多いと。日本人の親子関係がどうなっているのか、まったくおかしくなってきたと言ってました。番組では、子どもたちに「両親を尊敬しているか?」というアンケートの結果を持ち出していました。「尊敬している」と「どちらかといえば、尊敬している」を合わせると、だいたい7割くらいになっていたようです。それを見てなかにし礼は、「だいたい、尊敬しているかどうかを子どもに聞くなんていうこと自体がダメなんだ」と言ってました。もともと尊敬せざるを得ないものなんだというのです。それから自分の持論を展開していました。自分には親があって、その前にも親があって、何十億年から自分までつながっているんだから、それを思えば、親は尊敬するに決まっているので、そんなことを聞くほうがおかしいというのです。自分がそういう恩恵を受けて、ここにいるのだから、自分があるのは親のお蔭で、恩を感じるのは当然だと。次には、自分の子どもが、このいのちのつながりを未来永劫にまでつなげていくんだと。大和田バクも、それを聞いていて、自分の子どもが生れたときに、そういうことを感じたと語っていました。

 小生は、それを聞いていて、子どものいない夫婦や、シングルの人々はどうなっちゃうんだろうと心配になりました。それこそ、人類が未来永劫につながっていくつながりを切断するひとたちだということになりはしないだろうかと。もし、そういうふうに考えられていたら、それは恐ろしいことだと思います。過去から自分へのいのちのつながりの話まではよしとしても、そこから先の話はダメだと感じました。

 どうしても、自分の存在を前提に話をしているようでした。子孫繁栄という幻想を底辺に置いて語っているようで、聞いていていやな感じを受けました。でも、こういうワイドショーを視聴している人々には、受けがいいのかもしれないとも思いました。突き詰めて考えていった場合、子孫繁栄なんていうことは幻想に過ぎないということが分かります。地球も人類もすべてなくなっていくのに、最初に「存在」を大前提においてしまうと、呑気な話しに終わってしまいます。自分にまでつながってきたいのちの連鎖を説くところまではよかったのに、そこから先を語りはじめたときに、化けの皮がはがれてきたと感じました。小生も、お説教では、このいのちの連鎖をよく話します。何十億年、いや何億光年という時間をへて、ようやく自分にまでなってきた、いのちの連鎖は、ものすごいものがあります。それは、ひとつの驚きであり、感動です。でも、そこまででいいんです。そこから先を人間が思弁的にもてあそんでいくと、陳腐な倫理になってしまいます。

 「それほどのいのちのつながりがあるんだから、君たちは、親兄弟を大切にしなければならない」というのは、まったくナンセンスです。自分が、いのちの流れを、そのように受け止めているというだけを語ればいいんです。そこから先は、聞き手が判断すべき問題なんです。それを、いかにも倫理家のように高所から語ろうとすることは、まったくの越権行為としかいえません。まして、自分の子どもがいのちの流れを受け伝えていくなんていうのは、幻想です。子どもにとっては、大変迷惑な話になるでしょう。

 自分へのいのちの流れには、まったく感動するのですが、普段は、そんなことを忘れて生きています。忘れて生きている時間が長いほど、いのちの流れをフッと思い出したときには感動がやってくるんです。ですから、たまに思い出せばいいことなんで、いつも、そんなことを感じていたら、マヒしてきて、なんの感動もなくなるものです。ですから、たまーに「チラッ」と見えればいいんです。「チラリズム」こそ、感動の原点ですからね。

 

2003年11月26日

昨日は、江東ケーブルテレビの取材がありました。わが町を紹介するという趣旨の番組だそうです。平成9年には、本尊の阿弥陀さんが解体修復されて、指定文化財に昇格したこともあって、江東区報や新聞に記事が載りました。そのときにも、ケーブルテレビの取材がありました。 今回は、それとは別件ですけど、あの、カメラの前というのは、何回体験しても緊張するものですね。インタヴュアーの方を見て、カメラのレンズは見ないようにしてくださいという指示も、窮屈ですしね。聞かれたことに対して、簡潔明瞭に応えなければならないという規制が働いて、ものすごく不自由を感じます。話の筋を立てて、それを順番に言葉になおしてゆくという作業を、無言でおこなわなければなりません。そのときの自分の表情が、どうなっているのかも、考えておかなければなりません。短い時間でも、緊張の時間でした。

 インタヴューのとき、話は文化財のことから、現在の寺の活動に移りました。あの、オウム真理教事件のとき、若い信者が、「どうしてお寺へ行かなかったの?」と瀬戸内さんに聞かれて、「お寺は風景にしか過ぎなかった…」と応えています。あの応えに、宗教者は、少なからずショックを受けたことです。そして、寺はただでさえ、敷居の高い場所ですから、その敷居をどれだけ下げることができるか、そんな思いで、いろんな活動をやっているんですと、そんなふうに応えていました。つまり、現代の人間にとって、寺は何らかの存在意義をもちたいのだというアピールでした。

 しかし、そういうことを話している自分が、妙に空しくなってきたのです。なんだか後味が悪いという感覚が残りました。それはいったい何なんだろうと思います。それについて考えていたのですけど、たぶん、それは「動機」に関することなんだと思いました。つまり、なぜ寺でいろんな活動をしているのか?という動機についてです。それは、ひとから説明しろと要求されれば、そういうふうに言うしかないんですけど、でも、自分の本心とはズレているのではないかと感じるんです。そうして、「動機」について、考えていたんですけど、よくよく考えてみると、どうも、そんな「動機」は見当たらないんです。なぜやるのか?という動機はまったく見つからないというのが本心だと気がつきました。見当たらないんだけど、そうせざるを得ないといいましょうか、やりたくなるといいましょうか、そういうもっと深いところから来ているものなんだということだけは確認できたように思います。

 別に、ひとのためとか、現代人にお役に立つためにとか、そんな意味の動機はまったくないんです。ただ、そうせざるを得ないからやっているというか、させられているというのが本音なんです。

 そうそう、法事のときに、一番いやなことは、法話をすることです。お経を読むのは、自分も躁状態になれますから、全身疲労を伴いますけど、まあまあ好きなんです。でも、読経の後に法話しなくちゃいけないんですよ、あれが嫌いなんです。真宗では。別に、宗派がそう決めたわけでもなく、なんの規制もないんですけどね。その法話が嫌いなんです。別に、法話なんかしなくてもいいんです。門徒のひとも、そんなことを別段望んでいるわけでもありませんしね。お経が終わって、はやく会食に行きたいんだから、七面倒くさい法話なんか聞きたくねえよというのが本音なんです。ですから、聞きたくもないし、小生も話したくないんですから、お互いのために、そういうことは止めたほうがいいんです。いいに決まってるんです。

 やめようと思うんですけど、ついついお経が終わって、門徒のほうに向きを変えると、何かしゃべってしまうんですね。しゃべらなければならないという規制がはたらくようです。自分ではやめたいんですけど、そうならないんです。おそらく仏さまが、「しゃべれ、しゃべれ」って要求してくるんでしょうね。ですから、法話させられているという受動体験なんです。外側から見ていると、好きでしゃべっているように見られているらしいんですけどね。実はそうじゃないんですよ。「そんなに、いやなら、やめればいいじゃないか」と弟にも言われるんですけど、それができないんですよ。

 たぶん、法話をするということは、自分に何もないということが証明されてしまうので、それを恐れているんでしょうね。あるいは「小さな親切、大きな迷惑」になっているんじゃないかという思いがあるんでしょうね。ですから、思いを外化することに抵抗しているんでしょうね。現象界に何かを生み出すということは、そういう、ギリギリのところの出来事なんでしょうね。「思い」だけならいいんですけど、それが「言葉」となり、「文字」となって現象界に生み出されるということは、罪をつくるようなものです。その表現がどういうものであれ、ひとをギョッとさせたり、怒らせたり、不安にさせたり、疑問を起こさせたりするわけですからね。他者のこころにさざ波を立てるようなものが、表現でしょう。それがどのようなさざ波であっても、他者に多少のストレスを与えるものですからね。ひょっとしたら、他者を変えるということにまで、影響を与えかねませんからね。

 そう思うと、いま盛んに咲いている山茶花(サザンカ)の健気を絶賛せざるを得なくなってくるんです。あの植物たちの真っ直ぐな開花。冬の寒空に、まっかな花を付けて、なんの思惑もなく、ただあるがままに自己表現している雄々しさ。それに引き比べて、自分の小ささを嘆いては、今日の一日が始まっていくのでありました。

 

2003年11月27日

スジャータの話

スジャータの話をしたようなしてないような、ちょっと記憶がありませんので、書いておきたいと思います。

 お釈迦さまが、悟りを開く前には苦行をされたと伝えられています。「勤苦六年」といって、六年間の苦行を仲間五人といっしょにされたそうです。眠らないとか、石の上に座るとか、土の中に体を埋めるとか、そういう苦行をされたようです。これは、つまり煩悩を抑制することによって、より深い宗教的体験をえるためなのでしょう。この苦行を突き詰めてゆくと、死ぬというところまで行き着きます。感情や情念が、一番強く押さえつけられている状態は、より死に近い状態になります。そして死んでしまえば、いちばんいい状態にもっていけたということかもしれません。もう、認識するものと、されるものという分裂がおきませんからね。「あるがまま」と一致するわけでから、最高の悟りでしょうけど、しかし、そのときにはご本人が認識できないのですから、何をかいわんやですね。

 お釈迦さまは、六年間やって、とうとう「やーめた」と苦行を捨てられるわけです。五人の友達は、「あいつは堕落した、落第だ、もうあいつとは二度と口をきかないようにしよう」と言います。

 そして骨と皮だけになったお釈迦さまが、とぼとぼと歩きながらやってきて、大きな木陰の下で休んでいると、そこに村娘がやってきます。そのひとが有名なスジャータさんですね。名酪のヒット商品「スジャータ」はここから命名されたんですね。彼女は、衰弱しきったお釈迦さまに父粥を供養します。苦行中のお釈迦さまであれば、おそらくその供養を拒否されたのだと思います。しかし、苦行を捨てたお釈迦さまは、彼女から父粥の供養を受けるのです。ここに、小生は、他力の感得があったと思います。そして、あの八相成道の物語でいちばん大きなクライマックスは、このスジャータの供養を受けたということだと思うのです。以前のお釈迦さまであれば、これは煩悩を喜ばせるものであるからと拒否されました。しかしここに、父粥の供養を受けたのは、その思い上がっていたこころが死んだことをあらわしています。自分の思いでなんでもできると思い上がっていたこころが死んで、他力を受け入れたのです。思い上がったこころは、自分で生きている、自分でなんでもできるという傲慢なこころです。それだから苦行を完遂することができると思っていたわけです。しかしそれがまったく間違っていたことに気がついたのです。そして他力に降参したのでありました。

 生きるのは、自分の力じゃなく、他の様々な縁のお蔭なんだと目が覚めたのです。食べるのも、息をするのも、水をのむのも、歩くことも、すべてが縁なのだと骨に染みてわかったわけです。そして体力を回復して、菩提樹の木の下に座られました。そこで八相成道では、有名な「降魔」という、魔を降参させるということがいわれますね。魔を退治したというのですけど、ほんとうは魔の正体を見破ったといわれます。魔とは欲望やねたみ、そねみなどの人間をわずらわせる欲望の象徴です。その正体を見破ったというのは、欲望の発生構造を見破ったということです。簡単に言えば、欲望は起こすものではなく、起こるものであるという発見です。いままで欲望は自分の悪いこころが起こしているのだと考えていたのです。しかし事実はそうではなく、起こすのではなく起こるものだということなのです。縁がもよおせば、だれにでもいつでも、どこでも起こるものであって、自分の恣意で勝手に起こせるものではありません。そんな単純な事実に目が覚めたのでしょう。ですから、煩悩が起こるというのも他力だったのだと目が覚めたのです。一切合切が他力のなせるわざであって、自分というものはどこにもないのだという発見でした。本来、すべて「無我」じゃないか!と。これがお釈迦さまの悟りの内容なのです。実に単純明解なことですよね。

 ですから、「他力とは事実」ということなんです。「思いは幻想」なんでしょうね。自分という思い、生きているという思い、そういう思いは、人間の内面にしかないものであって、狭いものです。ほんとうはどうなのか分かりませんよね。自分は生きているのか、はたまた死んでいるのかもよく分かりませんね。なんのために生き、なんのために死んでいくのかもわかりませんね。

 ひとはなんだか、よく分かって生きているようですけど、ほんとうのところはなんにもわからないんです。だから面白いんですよね。これは、子猫や赤ん坊と同じことですね。分かるということは、一見便利で、よさそうに見えますけど、便利なだけであって、そうがほんとうかというと、妖しいことです。

 今日も、心地のよい疲労感をともなって、一日が終わろうとしています。「分からない」から始まって、「分からない」へ終わっていくと思うと、なんだかほのぼのしてきました。

 

2003年11月28日

昨日、賀来周一牧師さんから、「メタ・ビューをつくる」というお話を伺いました。先生は、カウンセラーとして、長年多くの人々の援助をされてきた方です。一時間半のお話でしたが、うなずくことばかりで、豊かな時間をいただきました。そのお話の中にでてきた言葉です。メタとは、メタフィジックとか、メタファーとか、メタモルフォーゼとかのか「メタ」です。意味は、「後の」「上位の」とか「超」「抽象」という意味に用いられます。「ビュー」は、オーシャンビューとか、ビューホテルとかのビューですね。視界とか視野、視座、光景という意味でしょう。ですから、メタ・ビューとは、「上からの視座」「超越的な視座」とでも訳されるのでしょう。

 これはカウンセリングのひとつのスキルなのだとお話されました。つまりクライエントと面談しているとき、カウンセラーである自分の視界には、目の前のクライエントしか見えていません。そしてクライエントに関心の中心をもっていこうとします。しかし、その視座から離れて、上空二メートルくらいから両者を見つめる視座を想像してみるわけです。それは架空の視座なんですけど、クライエントとカウンセラーである自分の両者を見つめる視角を想像してみるわけです。その視座をメタ・ビューといいます。

 そうすると、カウンセラーである自分の内面に起こってきた感情や思いを対象化できるというわけです。この視座が成り立たないと、自分がクライエントを治癒しているのだという錯覚が起こってきます。自分がいつのまにかクライエントの上に立ってしまいます。このメタ・ビューが成り立つとき、自分とクライエントが水平の関係になれるのだと思います。あくまで人間は共感者であり、同伴者でしかないと。治癒が起こるのは、メタのはたらきなのだとなるわけです。

 これは、小生の担わされている「僧侶」という役にも共通するものだと思いました。肉親を失って苦しんでいる遺族を、小生が癒すわけではありません。小生はなにもできません。ただ、そばにいて、話を聞き、読経するだけです。もし、その場所で癒しが起こるとすれば、それはメタのはたらきなのだと思います。それを仏とか如来といってしまうと、妙に人格的に偏ってしまうのですけれどもね。

 浄土教では、阿弥陀さんの別名が「無量光仏」とか「無碍光仏」といって、光だと象徴的に表現されます。光ということは、私たちを照らすはたらきを象徴するわけです。それはつまりメタ・ビューのことをいっているわけです。私たちはつねに、阿弥陀さまから見つめられているのだと象徴的に語ります。あるいは「阿弥陀さまの光に照らされている」と。それは、自分が徹底的に対象化されるということを語っているのです。自分の感情やら思い、欲望、行動など、自分が対象化し尽くされてゆくことを「照らされる」と語るのです。

 それは反省とは違います。反省とは、対象化された自分をある種の価値観で裁くということです。反省の裁きは、自分を暗く沈み込ませようとする意識です。それは照らされるということとは違います。照らされるとは、反省でも届くことのない自分が照らされるわけです。この現象界で起こってきたこと、思いや行為のすべてが自分自身なのです。言い繕うことも、取り繕うこともできない、そのままの姿なのです。自分の価値観では、好ましいこと嫌悪すべきことが厳然と定められています。しかし、行為は、それこそ宇宙始まって以来の生命の歴史をくぐって自分という形になってきているわけですから、価値観の思うようには動いてくれません。思いや行為は、どれほど些細なものであっても、無為以来の行為の集積からの表現なんです。そういうものだよと、照らされてくるわけです。それほど深いものだよと。

 そのメタ・ビューの視座を盗んではいけませんね。もし盗むということになれば、仏の目を盗むことですから、五逆のひとつ「出仏身血」(仏身より血を出す)ということになります。仏の目をくり抜いて盗み出し、自分の目にすげ替えようというのですから、仏と人間との臓器移植のような罪を犯すわけです。

 小生は、「照らされる」といったとき、光源に背を向けるという感覚があります。光に背を向けると。背を向けるということは、光の正体をみつけることはできません。もし光を見つけようとすると、逆光になってしまい、眩惑されてしまいます。太陽を望遠鏡でのぞくようなもんです。目が焼き尽くされてしまいます。光に背中を向けると、自分の背景には光り輝く現象界が出現します。太陽に背を向けてみれば、輝く光景が見えてきます。それは、光そのものではありませんけど、光によって照らしだされた世界であります。

 そうするとメタ・ビューの視座の高度をどんどんあげてゆけば、この地球全体、宇宙全体がメタ・ビューで見つめられた世界になってゆきます。そこから、見つめられた自分の存在はどんなふうに見えるのでしょうか。想像してみたいと思います。

 

2003年11月30日 

詩人・宗左近さんのお話を伺いました。昭和20年5月25日の空襲体験のお話から現在までの情況を語っていただきました。空襲の火の海に囲まれて、「お父さんこわいよぉー、お母さんたすけてー」という子どもたちの声が、宗さんの平和を願う原点になっているように感じました。戦争を生み出してくる文明のもっている闇を直観されて、それを「弥生文化」までさかのぼって語られました。弥生人は石を溶かして鉄をつくり、道具によって稲作を初め、増殖し富を蓄えることを覚えます。それに対して縄文人は自然を人間の都合にあわせて変えることなく、自然からの恵みを得て暮らしていました。文明人の原型である弥生人の神様は「知の神様」、縄文人の神様は「愛の神様」だとおっしゃいました。宗さんは、岡本太郎に触発されて縄文芸術に傾倒されてゆきます。いまでは、市川縄文塾を開かれているそうです。

 宮沢賢治の「世界が全体幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」という言葉に感銘を受けた時期もあったそうです。その言葉を大事にしているとき、次のような言葉が自分に感得されたといいます。「たったひとりを幸せにしないかぎり、世界の全体は幸せになりえない」と。いきなり全世界のひとを幸福にすることは自分にはできない。しかし、自分の側にいるひとだった、幸せにできるかもしれない。そして、そのひとが幸せになったら、その側にいるひとがまた幸せになっゆくだろう。そうやって、徐々に幸せの輪がリレーされてゆくことを祈っていると。

 それを聞いていて、そのたったひとりとは誰であるかを考えてしまいました。そして、この「ひとり」とは、たぶん自分自身なんだろうと思い至りました。それは、実に個人主義的にみえて、実は、幸せの輪が広がってゆく一番最初の源だと思いました。自分のなかの、奥の奥の、幸せの実感から出発してゆけば、それはおのずと他者へ伝播してゆくものです。しかし、もし、その奥の奥にあるものが怨みであったならば、それは、かえって幸せではない情況を伝播してしまうだろうと思いました。怨みをはらすための報復という力学が働いてしまうとかえって幸せではないほうこうへいくと思います。

 そこまでくると、人間の存在そのものを遠くの視点から照らしてくる永遠が開かれてこないとだめだと思います。昨日書いた「メタ・ビュー」ですね。永遠からの眼差しによって自も他も相対化されないとダメでしょう。その「メタ・ビュー」の眼差しだけが「世界が全体幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」と表現できるのでしょうね。もし、人間がその言葉をつかってしまったら、それは恐ろしいと感じます。もし突き詰めて考えてしまえば、自分の内面のささやかな幸せであっても、それは本当の幸せではない、そんな幸せに安住していていいのか!と自己を裁く論理になってしまうからです。鰻重を食べて、「うまい!」と感じたとたんに、「これを食べられない人たちはどうなんだろう…」という囁きが聞こえてきそうです。ですから、しょせん人間は、他人より自分を優先させる生き物だと、そんな程度の生き物なんだよという達観が必要なんでしょう。その程度の生き物だとわかったところから、初めて「世界が全体幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」と受け止められるんでしょうね。それは原理として正しいわけです。決して人間の幸せは個人だけの満足だけにとどまりません。

 それから印象に残った言葉をもうひとつ記しておきます。「感動は、ぼくの中に住んでいる死者たちが動くことだ」です。縄文人のたましいが、そして戦争で死んでいった死者たちが、宗さんの中で宗さんを揺り動かすこと、それが感動なんだと表現されたようです。それを聞いていたとき、「念仏は原始人の叫びである」という曽我量深の言葉を思い出しました。小生の中には、縄文人の遺伝子と弥生人の遺伝子が混在して内包されています。煩悩とか欲望は縄文人の側面ですし、知の側面は弥生人の遺伝子なんでしょう。現代は、弥生人文化がほとんどですけど、その中で窒息されそうな縄文人の叫びが、念仏なんでしょうね。「野生」を失いたくないと思いました。今日は、末っ子の誕生日で、「焼き肉」を摂取することになっています。マッコリ呑んで、カルビ食って、とことん野生を謳歌するぞ!というところでしょうか。

 

 

 

 

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