住職のつぶやき2003/03


 

2003年3月31日

●教学館という東京教区の事業である教学研修機関があります。小生は分もわきまえず主幹をさせて頂いております。三年がワンクールでして、二期目がこの六月に終了します。教学館の前身であります教化研究室(第二期)と合わせて九年目を迎えています。その期の総決算として、研修員・研究員に、文章を書いてもらっています。教化研究室のものは『尋求』(じんぐ)といいます。教学館では『パリナーマ』という文集を出します。

 今日は『パリナーマ』第二号の最終の、最後の最後の提出日になっています。先程、メールで届いたものもあります。総勢、15名の文章が集まると確かに圧巻ではあります。テーマも自由ですから、様々なアプローチができるわけです。でも誰かが書いてましたけれども、テーマを与えられれば、それについて書くことは比較的簡単だけど、まったく自由というのは、かえって辛いということです。自由ほど辛いものはないんですね。日頃感じていることや考えていることは、確かにあるんですけど、頭の中だけで考えていたものを、改めて文字に定着させてみるということは、ものすごく大切なことなのです。まず、思ったことを文字にしたためていくと、文字言語には文字言語のルールがありますから、思ったこと以上に文字言語のルールにひっぱられていってしまうのです。そして、後から読むと、自分の言いたかったことと違った文脈になっていたりするわけです。確かに文字言語は自分が書いたものなのですけれども、どうも自分の自由にならない鬼っ子のような存在になってしまいます。不思議なものなんですね。

 余談ですけど、ドイツ語のアウフヘーベンというのは、「外化」という意味で、自分の心の中のものを外に表すと、自分とは違った「外なるもの」となるという意味らしいです。これは文字を書けばすぐに実感できることだと、大学生の頃感じたことでした。日本語は、五十音しかないのです。この五十の音をどのように組み合わせるかということで、文字を書くわけです。確かに日本語は表音文字ではなく表意文字なのですが…。結果的には単純な音の組み合わせでしかないのです。ですから、素材は、まったくオリジナルなものはありません。しかしその組み合わせのところにオリジナルが生まれてくるから不思議です。作家が、文体ということを言いますけど。あの文体とは、五十音の組み合わせのオリジナルなんですね。五十音という実に単純な音の連鎖のところに、実はとてつもない独自性が隠されているわけです。

 卒業論文を書く時にも、なかなか書けずに苦悩していました。毎日一枚書ければ、一年間で三百六十五枚の原稿が書き上がるのになぁと愚痴をこぼしていました。創造活動というのは、時間に還元できません。生まれる時には一気に生まれ、生まれないときには一文字も生まれないものなのです。この「つぶやき」にしてもそうです。生まれないときにはまったく生まれません。やはり「余裕」というか「あそび」がないときには生まれる余地はありませんね。

 ともかく、自分の考えを文字という現象の世界に定着させてみると、自分がどれほどお粗末な存在であるかが、身に沁みてわかります。頭で考えているときには、実に立派なことを考えているように錯覚しているのです。「自分もまんざらではないなぁ」と思い込んでいます。思いは、自分の自由に起こってきませんから、研修会のときの誰かの発言とか、先生の言葉とか、本を読んだときとか、テレビの報道を見ているときとか、そういう他の縁をまって初めて起こってきます。そしてそのときには、案外いいことを考えていたり、それは違うだろうという主張があったりします。でも、それはそのときに過ぎていってしまいます。でも、その思いを一度、文字言語に定着させてみるとよろしいと思います。自分の言葉で感じたこと、考えたことを定着させてみるのです。そうすると考えがより明確になってきますし、あるいは考え違いとか、また物事の違う面がみえてきたりします。まぁ小生は、「お粗末なもんだなぁ」というのが実感でした。「恥ずかしくてとても公衆の面前にはだせんなぁ」と思ったりしました。その段階では、まだ自分を客人にできていません。やっぱり「自分を客人にできたら一人前」です。書く自分と書かれる自分とが一体化していると、恥ずかしいとか、お粗末とか、そういう感情が起こってくるんです。書いている自分と書かれている自分とは位相が異なっています。たとえお粗末な自分であっても、それが自分の正直な姿であれば、それはそれでいいのです。幼稚園で描かれていた絵がとても素晴らしいと感じたことがあります。幼稚な絵でも、そこにそのひとの事実が描けていれば、それは素晴らしいのです。問題は幼稚さではなくて、そのひとの事実、ありのままが描けているかどうかなのでしょう。だから、決してゴッホやピカソの絵に負けない輝きがあるんです。まず、自分を「主人」から「客人」にしてあげなければなりません。「客人」になれば、書かれた文章は客人の書かれたものですから、それを自分は記述してゆけばいいのです。まぁ自分を対象化するとでもいうのでしょうか。それにはまず文字言語に思いを定着させてゆくことです。思いは超越的であり抽象的なものです。その抽象的・超越的な思いを眼で見て、手で書ける文字という現象界の出来事に変換していくのです。大袈裟にいえば法性法身を方便法身に変換していくのです。その文字化する作業が、実は「求道」にはとても大切なことだと思います。書くということが「歩む」ということだと言い換えてもいいくらいです。それは決して、誰かに読ませるために書くのではありません。自分の求道のために、自分が自分自身になるために書くのです。信仰的にいえば、阿弥陀さんに向かって書く、あるいは真如に向かって表現をするわけです。求道者の一切の表現は、書くでも、話すでも、それはすべて阿弥陀さんに向かっての表現だと思います。もし、それを読む人や聞く人がいれば、それは阿弥陀さんのご相伴をするということなのです。つまりお余りを読むというか、お余りを聞いているわけです。ですから、まわりの目を気にする必要はありません。それこそ親鸞のいう「人倫の哢言を恥じず」でしょう。

 思いという、抽象的なものをルールのある文字言語の世界へ変換するという作業は、凡夫化の作業かもしれません。思いは無限定になんでも考えることができます。しかし具体的な文字の世界は、窮屈な規則の世界です。この窮屈な世界とは、我々の日常生活の世界ですよね。現象の生活は窮屈です。でもその窮屈な生活にワガママな「思い」が徐々に慣れてゆくのです。「思い」は王さまです。この王さまが窮屈な召使(文字)に成り下がってゆくのです。そしてようやく凡夫という召使になることができてゆくのです。まぁ人間の一生は、王さまで誕生し、やがて徐々に召使になってゆくのですね。赤ちゃんは泣けばなんでもまわりの召使を使って用事を済ませることができます。しかし成長するにしたがって徐々に自分でなんでもやらなければなりません。そしてもっと大きくなると今度は自分が召使になって王さまの面倒をみます。これは赤ちゃんだったり、老人だったりします。自分自身も最初は王さまで誕生し、やがて召使になり、最後にはまた赤ん坊に戻ってゆくのです。介護されるということは、赤ん坊になることです。

 これは教団全体の問題ですけど、どうしても「書く」という歩みをしているひとは少ないように思います。日記を付けるということでもいいのです。自分の信仰記録帳を付けるということでもいいのです。毎日できなくてもいいのです。気がついた時に文字言語に定着させてゆく作業をしていただきたいと思います。それが真宗を「歩む」ということなのです。とくに宗教家には大切なことです。

 真宗はやっぱり「言葉」の宗教なんですから。宗教にとってアニムズムのような神秘主義が最右翼であれば、実践行動主義が最左派であります。宗教はこのどちらかに傾きます。簡単に言えば「思い」の中へ沈んでいくか「行為」の中へ発散していくかです。しかし、親鸞はその中間である「言葉」の世界に踏みとどまったと思っています。晩年の言語化作業は、ものすごい言葉の世界の創造です。親鸞が積極的に言語化作業に徹したのは、七十六歳以降です。それ以前のものがあったとしても歴史の闇に埋もれてしまったのかもしれませんが、残っているものは七十六歳以降のものが圧倒的です。「のちの代の しるしのためにかきおきし のりのことの葉 かたみともなれ」という蓮如のポエムの心情だったのかもしれません。親鸞は決して人のために書き残したというだけではないと思います。確かに手紙などは人のためです。親鸞の意識では、ひとのためという意識があったかもしれません。しかしそれはどうであれ、事実、言語化するという作業は、親鸞の信仰を深めてゆくことになっています。他の仏者のように、辻で説法するということもせず、あるいは踊りという行為をするわけでもなく、山にこもることもしなかったのです。ただ、阿弥陀に真向かいになって、言語化、つまり凡夫化作業をしていたわけです。この後ろ姿を小生は大切に思っています。最晩年は、五条西之洞院あたりに仮寓して、机に向かって筆を走らせる親鸞の後ろ姿をかいま見ます。墨染めのころもの背中は丸くなり、しかし一心不乱に机に向かって何事かをしたためている親鸞の後ろ姿が彷彿とします。アーッという感じです。

 

2003年03月30日

●昨日、御本尊に上がっていたお仏飯を今朝、網で焼いて食べた。まわりが少し干からびてかたくなっているけど、まんなかはまだカチンカチンではない。網で焼くとだんだんとまわりが焦げて、香ばしい匂いが立ち上がってくる。片面が焼けたら、もう一方を焼く。そして最後に醤油を垂らして味付けする。まだ湯気が立ちのぼっている熱いお仏飯を、少しずつハフハフしながら食べる。ご飯と醤油の絶妙なハーモニーが口の中に広がる。まわりは焦げているから固く、なかに行くほど柔らかくなる。これは、お仏飯の食べ方で一番美味しい食べ方ではないかと思います。漬け物は、ヌカずけの古いやつを細かく刻んでショウガのみじん切りを混ぜて、油炒めにします。これがまた、香ばしい匂いなんです。ゴマ油の匂いと、漬け物独特の焦げた匂いが混じり合って、食欲をかき立てます。この漬け物の油炒めに七味を振りかけて、お仏飯と一緒に食べるのが実に美味しいですよ。しかし、お仏飯の乾燥の具合が味の決めてですから、小さめのお仏飯は速めに、大きめのお仏飯は遅めに、調理した方がいいです。大谷派の作法では、朝のお勤めの後に差し上げて、お昼には下げるというらしいです。それは作法として知っておくべきことです。しかし作法だからといって、人間が食べられないようなお仏飯では無駄になります。食べてこそ、本当の淨土のお飾りではないでしょうか。そこで、美味しく食べるお仏飯の乾燥時間を自分で見つけ出し、その時に下げて食べるのがベストなんです。

 よく我が家はパン食なので、朝はご飯を炊かないのですけど、夕食にご飯を炊いたときにあげればいいんですか?と質問されます。初物ですから、炊いた時にあげればいいんですよ。でも、朝にパンをあげもいいんですよ。だって「オブッパン」というじゃありませんか。(^^ゞ)別に、亡くなったご先祖は米食でもパン食でもないのです。淨土のお話には「仏法の味を愛楽し、禅三昧とを食となす」と書かれています。淨土の菩薩方は、仏法の味を楽しみ愛し、お念仏を食事としていると書かれています。つまりこの世の食材ではなくて、この世を超越した食事を楽しんでいるということでしょう。

「それではなぜ、生きている人間が、お仏飯なんかを差し上げるのでしょうか?」とお尋ねがあります。これは自分が、他の一切のいのちに支えられていることを自覚して感謝するためのものだといわれます。決して、亡くなったひとの食事ではないともいいます。小生は、「懺悔の象徴」だと受けとめています。自分は、他の生き物のいのちを奪ってしか存在できないのです。植物や動物という他のいのちです。それらを殺して、たとえ自分が殺さなくても他の人に殺してもらって、自分は手を汚さないで食っているわけです。自分の手でいのちを殺して食物にしていたら、もっと違った感情がいのちに対して起こってくるのです。

 以前、門徒の方から頂いた生きた伊勢海老を、調理するために小生が包丁で刺したら海老は泣くんですね。「おれはいのちあるものなんだ!お前たちの食い物じゃねえぞ!」という叫びのような声をあげるんです。結局、その海老を食べたんですけど、複雑な味がしました。小生は大の海老好きで、エビフライ・フェチではないかと思うくらいエビフライが好きです。その海老・フェチが、なんとも「美味い」という味とはほど遠い味に感じてしまいました。そのことを臆面もなく、事細かに寺報「よびごえ」に書いてしまったから大変でした。それを読まれたご門徒から、「せっかく朝早く主人が海から取ってきた新鮮な海老をお持ちしたのに…」と電話を頂きました。まったく、ところかまわず自分の感情を表現することの罪を改めて感じさせられました。自分は言葉を阿弥陀さんへ向かって発していても、やっぱり言葉は人間界のコミュニケーションを成り立たせていますから、ひとを傷つけるということもあるんですね。お詫びの電話をしたのですけれども、まだまだお詫びしたりないと思っております。まったくそのご門徒のご好意に対しては感謝しているところなんです。決して、あなたから頂いたご好意にケチをつける気持ちはこれっぽっちもないんです。伊勢海老やあなたの好意が問題なのではなく、ひたすら小生の根性に問題があるんです。でも伊勢海老が不味かったのは正直な事実なのです。その感情にはウソはつけないのです。この切ない気持ちをどうか分かって頂ききたいと思います。また、エビフライが食べたいんです。ですから、伊勢海老持ってきたちょうだい!お願いです!海老フェチとしては、切ないです。

 でも、そんなことに罪の意識を感じるくらいなら、毎日殺し続けている豚やら牛やら魚のいのちはどうなんだ。彼らのいのちを蹂躙していても、まったく罪の意識もないのに、ちょっと伊勢海老を殺したくらいで、ギャーギャーいいやがって、冗談じゃねえぞ!という声が聞こえてきます。そんな生活をしていることを忘れないために、いのちたちの生贄の象徴としてお仏飯を本尊の前に安置するんではないでしょうか。いのちたちの十字架がお仏飯です。とても、とても感謝のあかしだとはいえないのです。どうしても懺悔の象徴でしょう。それは「懺悔ができないという懺悔」なのです。

 

2003年03月29日

●「恵まれていても幸福だとは限らない。恵まれていなくても不幸だとは限らない

以前、星野富弘さんが「自分は事故に遭って、首から下の自由を奪われました。しかし、この事故に遭って多くのものを失ったけれども、それ以上に大きなものを得ることができました。あの事故に遭わなければ、人間にとってとても大切なことに気づくことなく生きていくことになりました。不自由と不幸は結びつきやすい性質をもっているけど、決してそれは同じではないのです」というようなことを書いてしました。これは素晴らしい言葉です。

 堀内孝雄の曲にも「幸せは、いつも、自分のこころが決める」という歌詞があります。これは相田みつをさんの詩にもあって、盗作か?と勘繰ったりしました。人間のこころの中には裁判官が住んでいます。自分が幸せか不幸せか?損か得か?人からどう思われるだろうか?意味があるかないか?と四六時中裁きを下しています。「自分のこころが決める」というのは、その裁判官が判決を下しているということです。まぁこの裁判官がいないと社会生活は営めないわけですけれども、これがまた厄介な奴なのです。小生も劣等感が強かったので、この裁判官には悩まされました。お説教(法話)をしていても、裁判官がささやくのです。「お前は、本当に仏法が分かって語っているのか?」と。「本堂では格好のいいこと言ってるけど、普段の生活を見れば、そんな格好のいいことが言えるのか?」と囁きます。特に、うまく語れたときほど、あとの揺り戻しが大きかったです。自分もうまく語れたと思い、聴衆もよかったと賛辞を語り、やれやれと、茶の間に戻ってきたときに、裁判官がささやくのです。「仏法と生活がバラバラじゃないか!茶の間の態度と本堂での態度は違うじゃないか!」と。そうすると、はらわたがよじれるほどに苦悩が喉の奥からこみ上げてくるのでした。この裁判官を殺すということが、仏法の功徳でした。それは無反省になるということではありません。裁判官を殺すということは、裁判官の正体を見破るということです。そうすれば裁判官が働いていても、邪魔にならないのです。別に裁判官が居なくなるわけではありません。正体を見破ると楽になりますよ。結局、仏法なんか分かるもんじゃないんだと居直れますからね。分かっているのは仏さまで、おれたち人間には本当のことは分からないんだよと居直るんです。だからあの三帰依文には「願わくは、如来の真実義を解したてまつらん」と結ばれているんですよね。それは「どうか、自分のいただいている仏法が、如来の真実義にかなっていますように」、ということでしょう。決定打ではありません。ですから、どのように頂いてもいいんですよね。頂いたところに真実義はあるかどうか分かりません。それは如来が判断することで、人間の裁判官が判断することではありませんから。それで清沢満之は、「現世には無責任主義」と言ったのでしょう。無責任主義とは、裁判官を頼りにしないということだと思います。

 それでも人間は恵まれているほうがいいと思っています。以前、西本文英先生が「お金は生活という機械を回す油である」とおっしゃっていました。油がなければ生活という機械は回らない。しかし、油が多すぎると歯車が滑って機械はうまく動かないそうです。うまいことをおっしゃるものだと思いました。先生はお酒がお好きで、よく飲みました。でも、先生は酔っぱらってもシラフのときでも、あんまりトーンが変わらないんですね。シラフの時は、まるで酔っぱらっているような感じですし、酔っぱらっているときにはシラフのような感じです。そして「酒は仏法と同じような功徳がある。小さなことにはこだわらなくなるんだ」と豪語されていました。確かに聖道門でもタテマエは、不飲酒戒がありますから、飲めませんけど、それを「般若湯」などといって飲んでいますね。般若の湯と。般若とは智慧ことです。ですから直訳すれば「知恵を生み出すお湯」という意味です。これも一理あって、確かにお酒を飲んで話しているときには、いい言葉を思いつくことがありますね。あんまり度を越すと、その知恵がドロドロになってきて、あとで後悔するはめになるんですけど…。適度の飲酒は、まさに般若湯です。生活身の回りにあるものは、なんでも、仏法と関係のあるものばかりですね。むしろ仏法と無縁だと考えているほうがどうかしているんですよ。仏法即生活ですから。年齢を重ねてゆけば、人間はシワが増えて腰が曲がり、目も悪くなり、汚らしくなってくるんです。それが人間のいのちの現事実です。でもそれを人間は受け入れたくないので、隠すんですね。まぁ、それは世間的には隠した方がよろしいと思いますけど。隠していくことは、愚かなことだと知っていることも大切だと思います。門徒のひとに「お若いですね」といって喜ばれるのは、お年寄りだけです。子どもに、そういったらなんか嫌味にしか聞こえませんよね。

 上智のアルフォンス・デーケン先生は「生と死を考える会」を全国で46も組織されたそうです。まぁそれはともかく、先生は「ユーモアとジョーク」は違うんだとおっしゃっています。ジョークはひとを傷つけるけど、ユーモアはひとを癒すと。これも考えさせられることです。臨終間近の患者さんと先生が話していると笑い声が生まれるというのです。先生は、「人間には笑うという潜在的能力がある」とおっしゃいます。それもただ笑うのではなく「〜にも関わらず笑う」といいます。つまりどんなに悲惨な状態にあっても、「〜にも関わらず笑う」と。人間は年をとるほど笑わなくなるそうです。これは確かにそうです。小生もジョークというかダジャレが好きで、ひとを笑わせることにこよなく快感を覚えている人間ですけど。やっぱりブラックが多いと反省させられます。ジョークも劇薬ですから、使い方を間違えると命取りになるということを知りつつ、使わなければならないと思います。

 

2003年03月28日

●お彼岸も過ぎ、やっと桜もほころび始めました。本当に気持ちのいい春当来です。お寺の近くの仙台堀川緑道公園の桜まつりも始まりました。出店が並び、気分もウキウキしてきます。今年の冬は長かったので、暖かさがとても有り難いと感じます。自動車を運転していると、熱くて、クーラーを動かさなければなりません。寒い時には暖かさを求め、暑い時には涼しさを求める。まったく人間はワガママなものだとつくづく感じているところです。ひとに優しくしてもらえば嬉しいのですけれども、あまり過剰に愛情が注がれると、うっとうしくなります。でも、ひとから相手にされなければ、ひがみが起こります。まったく、「これでよい」ということはありませんね。

 春休みで帰郷した長女から推薦された映画を見ました。「ミート・ザ・ペアレント」という映画です。え〜っ、両親の肉を食べるというホラー映画か!と思ったのですが、そうではありませんでした。「両親に会いに行く・両親と会う」という映画でした。主演はロバート・デニーロです。若いカップルが、実家に結婚の許しを求めて帰郷するという、実にたあいのないテーマです。テーマ自体は、実に、どこにでもありふれている問題です。しかし、映画を見た後、涙ぐんでいる自分がいたんです。若いカップルの男性は、さえない病院の看護士で、女性は学校の先生という設定でした。その女性の実家に、結婚の許しを乞いに帰郷しました。看護士は、いまどきのアメリカ青年ですから、バタ臭いというか、礼儀作法なんかそっちのけの生きざまをしていました。ところが、彼女の実家のオヤジがデニーロなんですけど、これが堅物のパイオニア精神をもった古典的なアメリカ人なんです。タバコをのんでいる男はダメ、謹厳実直じゃないとダメ、秀才じゃないとダメ、礼儀作法がしっかりしていなきゃダメ、親孝行じゃないとダメという、実に堅物の舅なんです。その実家での生活に、看護士の彼氏は、一生懸命合わせようとします。デニーロが、可愛がっていた犬が失踪してしまうのですけど、なんとか気に入られようとして、彼は犬を探し回ります。そして野犬狩りで見つかった似たような犬の尻尾をペンキで黒く塗り替えて、家に連れて戻ります。デニーロは大喜びして、彼を我々の仲間として受け入れます。しかし、最後には、そのウソがばれてしまい、とうとう彼女からも愛想尽かされて別れさせられます。ところが、最後にどんでん返しがあるんです。ここからは映画を見てください。ここから先は、自分で体験されたほうが宜しいと思います。とにかく小生は涙が溢れてきて、止まりませんでした。

 人間が、他の人間の本質に出会っていくときには、うわべの模様が邪魔になります。しかしその人間の奥深くに触れてゆくと、うわべの模様がまったく気にならなくなるんです。不思議なものです。昨日も教学館でカウンセリングの演習をしました。目の前のひとのことを理解しているつもりでも、まだまだ理解していないということがよく分かります。自分では分かっているつもりでも、その人は「分かってもらえている」と感じているかどうかは分からないのです。どんなふうに相手を理解しているのか、言葉に出して相手に確かめてみるということが大事です。そのひとの感じているように、ピッタリとひとつになることはできません。しかし、かなり近いところまで共感できることは間違いありません。

 究極的に、なぜカウンセリングの演習を私たちがするのか?という問いが聞こえてきます。「ひとが好きだから」でしょうか。それは違いますね。「お節介だから」でしょうか。それも違います。「そうしたほうが暮らしが楽になるから」でしょうか。それも違います。やっぱり、ひとは必ず死ぬという悲しい存在だからではないでしょうか。必ず死ぬという、絶対の孤独をもって生きている悲しい存在だからではないでしょうか。だから、少しでも他者と共感できる世界を求めるのではないでしょうか。カウンセリングというと、ひとの悩みを聞いて、ひとを窮地から救ってあげる手法だという固定観念があります。しかし、本当はそうではないでしょう。普段分かっているつもりの人間が、実は孤独な個として、まったく自分にとっては未知のものとして新しく出会いたいという欲求なのでしょう。やっぱり、自分がより新しい出会いを求めてゆく生き物だからではないでしょうか。

 

2003年03月27日

●「(般若心経は)日本人に最も身近でポピュラーなお経の一つである。その般若心経を、浄土真宗と日蓮宗の二つの宗派は伝統的に読誦しない。どうしてか。」という記事が産経新聞に出ていました。「般若心経は空の教えですし、もちろん大乗仏教ですから、浄土真宗と矛盾するわけではない。しかし空の思想には、成仏の具体的な行が示されていない。そこで親鸞聖人は南無阿弥陀仏という念仏の行によって、空の思想が具体的に成就するということを明確にされました。ですから、お念仏のお教えがあれば、もはや空の思想を求める必要がない。お念仏の中に空の思想の具体性があるのです。」とH先生からお聞きしました。

 日蓮宗では、「心経の教えは空の教えです。それを私どもは権大乗(救いに至る副次的な乗り物)の教えと認識し、それよりも実大乗(救いに至る本当の乗り物)の教えである「諸法実相」を説く法華経を信仰する立場をとっております。後者に前者はすでに含まれているわけですから、改めて心経を読誦する必要もないのです」と日蓮宗現代宗教研究所の伊藤立教主任のコメントが載っていました。

 それに対して、「心経を読誦しないのが主として教義的な理由に基づくにしても、逆に多くの宗派や個人が心経を読誦するのは、必ずしも心経の空思想を理解・共感した上でのことではないようだ。むしろ「ギャテイギャテイ…」の呪言の力に頼ろうとする心意が強いように思われる。いわゆる厄除け、魔除けである。だからこそ、救いは私が祈るのではなく、仏が下さるものとする真宗の他力思想とは両立しにくい。」と稲垣真澄記者は書かれていました。

 最後に、真言宗智山派住職の宮坂宥洪氏の言葉を乗せています。「四国遍路に出かける人で一番多いのは真宗の信者さんだという調査があります。お遍路でかならず読むのは般若心経ですから、教団のレベルではなく個人のレベルでは真宗の人も心経を読んでいるわけです」と。

 やっぱり大衆の要求は、般若心経の短く手頃なお経で厄除け、魔除けをしたいということが本音なのかもしれません。写経でも般若心経は一番多いでしょう。それは、教義という般若心経の意味を求める要求ではなく、他の要求のようです。しかし、そこまで大衆の身近なところに存在している般若心経を、敢えて逆手にとって布教の材料にすることはできないでしょうか。以前故百々海和尚は、般若心経をお念仏の思想から読み解くという催しを開かれていました。これも画期的なことではないかと思いました。「敵馬に乗って敵を切る」という言葉を聞いたことがあります。そういう熟練したテクニックもあっていいのではないかと思います。それは「火中の栗を拾う」という危険はあります。しかしそういう危険のあるところにしか真実は潜んでいないように思うのです。

 「色即是空 空即是色」という有名な言葉は、死によって生が支えられているという意味でしょうし、生の本来性を「空」と表現しているのです。

 

2003年03月25日

●「善悪ともに宿業たることを知りたもうは仏さまである」(『歎異抄聴記』)と曽我量深先生はおっしゃっておられます。自分が自分自身に対して、あるいは他人に対して、「これは宿業だからね〜」と使う場合がありますけど、これは間違った使い方であることが分かります。曽我先生は、宿業であると分かっているのは仏さまだけだとおっしゃっているからです。人間が人間の知恵によって「宿業だよ」と評価することは、人間が宿業を知っているという立場です。「宿業」とは、宿世の業縁でしょうし、それは自分がこの世に生まれる前から、自分に課せられている「そうせざるをえない原因」という意味です。

 なんで自分はナスが食べられないのか?なぜ自分はタマネギが食べられないのか?なぜ卵が食べられないのか?それは、自分がこの世に誕生してからの食性に原因があるのではなく、誕生した時、すでにして身体に埋め込まれている傾向性にあるわけです。それはフィジカルな面だけでなく、サイコロジカルな面にもあるわけです。初対面なのに、どうもあのひとは苦手だとか、どうもウマが合わないということがあります。それは心的な肌合いの違い、傾向性の違いが直感的に拒否反応を起こすわけです。人間がなんで、蛇が嫌いかといえば、これは人類が大昔、爬虫類に追い回され、喰われていたという遺伝子が体に埋め込まれているからだと聞いたことがあります。そうするとミクロに観察してみれば、今、考え、行っている、すべての所業は過去の傾向性に影響を受けているのでありました。それは過去に支配されているのではなく、影響を受けているということです。そのように考えてくると、自分はひとつの器に過ぎないというイメージがやってきます。自分という器の中をたくさんの情報が通過し、食物が通過し、記憶が通過していく。器はザルのようなイメージで、そのザルの上から水が流れてくるイメージです。禅宗では、人間の肉体を「糞造器(フンゾウキ)」というそうです。自然体で人間の身体から製造されるものは、糞尿しかないというのです。これを聞いた時には、まさにその通りだと感じました。機械という道具を用いずに人間の身体が製造できるものは糞尿です。人間は、ホモサピエンスだとか、ホモルーデンスだとか、霊長だとか、思い上がったことを考えているけれども、足元を見れば、実にたあいのない存在なのでした。それだから、文化活動は無意味だとはいいません。しかし「身体」と「思い」がピッタリとフィットして動いているのならば問題はないのです。苦しみの原因の80%は、この「思い」なのですから。

 イラク攻撃に対して辺見庸さんは、こんなことを言ってます。「米英両軍の(略)暴挙はイラクの人と大地を手ひどく痛めつけているだけでなく、じつは戦火からはるか離れた私たちの内面をも深く侵している。なぜなら(略)私たちは直ちに制止する術を知らず、多くの人々の身体が爆弾で千切れ、焼き尽くされるのをただ悲しみと怒りのなかで想像するほかないからである。思えば、私たちの内面もまた米英軍に爆撃されているのであり、胸のうちは戦車や軍靴により蹂躙されているのだ。」(朝日新聞3月22日)私たちの内面も爆撃されているということは、なんということでしょう。苦悩の原因は、やはり「思い」であって、等身大の身体ではないのですね。身体は、痛いのは嫌いで快いのが好きなんです。快楽原則で動いているうちは、平和です。しかし現実原則に則って、「思い」が中心になってくると苦しみが倍加してきます。

「私たちは直ちに制止する術を知らず…」と言われています。確かにその通りです。もはや人間には制止することができません。神とか、仏とか、大沢真幸が言うように「第三者の審級」から批判を受ける以外に制止はできません。人間には善も正義もないという徹底した批判を受けなければなりません。人間の知っている神、人間の知っている仏は、本当の神や仏ではないという批判です。人間がイメージした神や仏は、どのようなものでも、すべて偶像です。偶像から、「お前は正しい」という声を聞くのであれば、それは、自分の作った神・仏に違いないのです。神や仏は、人間の観念の内部には成り立たないのです。人間の観念の外部に、決して触れることも考えることもできないところにこそあるわけです。もし神や仏に触れることができるならば、それはものすごく恐ろしいことです。同質でなければ触れるということは起こらないからです。自分が神や仏と同質であるなどとは、本当に恐ろしいことだと思うのです。モーセは「神の似姿をまつってはならない」と十戒を受けています。神が叫んでいるのです。人間の内面に思い描いている神もまつってはならないと。

 

2003年03月24日

●沖縄に住んでいたひとから、聞いた話です。ベトナム戦争当時、アメリカから沖縄経由でベトナムへたくさんの兵隊が出征していったそうです。しかしベトナムからはたくさんの死体が黒いビニール袋に包まれて帰ってくる姿を見るそうです。アメリカの青年兵は、自分もあのビニール袋に入るのではないかと恐怖にさいなまれていたそうです。出征間際に重い装備をつけて、その場にヘナヘナとうづくまってしまう兵隊もいたそうです。そうかと思うと、ベトナムへ向けて出向する舟の桟橋から、海へ身を投げて、なんとか脱走を試みる兵隊もいたといいます。本人も、そしてそれに連なる家族、親族が嘆きと悲しみの中から出征を見送ったに違いありません。悲しい限りです。

 今日はお彼岸の最終日でした。まさに「暑さ寒さも彼岸まで」を地でいったような一日でした。最高気温も17度くらいにあがり、桜のつぼみが一気に膨らんだようでした。寒い冬ともようやく別れを告げることができ、嬉しい限りです。小生は、どんなに熱くても夏の方が好きです。冬は嫌いです。なぜなら、すぐに風邪をひくからです。無毛のサルである人間は、洋服を身にまとうことで、脱毛してしまったようです。日本猿は寒くても熱くても洋服はまといません。毛で覆われた肉体ひとつで、全天候にフィットしてゆきます。なんで人間は無毛になってしまったのか。それは服を身にまとったからだそうです。人間も大昔は全身に毛を蓄えていて、寒さも暑さもこの体で乗り切っていました。ところがある日、服を身にまとってみたのです。すると以前より快適に感じてしまいました。それまで、寒さを必要以上に感じることがなかったはずなのに、服を身にまとうことで、温かさという快楽と同時に、寒さの感覚も手に入れたのです。寒いから服を身にまとうようになったのではなく、服を身にまとったから、寒さを感じるようになったのでした。そして全身を覆っていた毛が退化してしまったのです。毛が退化したから服をまとったのではなく、服をまとったから毛が退化したのです。サルは環境に自分の身をフィットさせてきたました。しかし人間は環境を自分の身にフィットさせてきたのです。どっちが凄いことかちょっと分かりません。エアコンをつけることで、空気を自分の快適な温度にして、つまり環境を自分の都合のいいように変えて、快楽を手に入れてきたのです。これは、貪りのこころですね。

 人間関係も、しかりです。自分の快適な人間関係だけを貪りたいわけです。自分は変わらずに、相手ばかりを変えようとします。自分は変わりたくない、動きたくないのです。仏道では、よく「歩み」ということを語ります。やっぱり、自分が動いて、自分が感じてみるということが大事なんですね。人間は「動物」であって、毎日動き回っているから、動いていると勘違いしているんです。毎日忙しく動き回っていても、動いていないということがあるんですね。

 

 2003年03月23日

●ようやくお彼岸らしく暖かい一日がやってきました。以前は運河だったところを埋め立てて緑道公園となった、仙台堀川公園の桜は、まだツボミのままです。去年の中日には、満開だった桜のトンネルに、気のはやい出店が数店並んでいました。近くの番所橋には、中川船番所資料館が開館しました。江戸時代の番所の様子が分かるような、実物大のセットがあるそうです。因速寺の御本尊の体内にあった巻物も芭蕉記念館から、こちらに移されて収蔵されることになりました。(これは普段見ることはできません。念のため)この、なんということのない、春の一日は、二度と繰り返すことのできない一日であるのに、昨日と同じような気持ちで生きていることを切なく感じます。それでも、満開だった梅の花が、あと少しですべて散ってゆきます。この、実になんという変哲もない一日を生きています。

 

2003年03月21日

●さすがに、お彼岸のお中日はお参りが沢山です。首都圏も行楽や墓参のために大混雑をしていたようです。お天気はよくても、風が冷たく、決して心地の良い一日ではありませんでした。それでも駐車場は満車状態が続き、墓参の列は絶えませんでした。なぜ墓参するのか?なぜお中日にお参りするのか?と、あらためて問い返したいと思います。そういうひねくれ者がひとりでもいたら嬉しいなぁと思います。だいたい浄土真宗はひねくれ者の宗教ですから、まともじゃ入門できません。常識のある人間には入ることが難しい関門なのであります。たとえ、宗派は浄土真宗で、会費も納めて、法事もちゃんとしているからといって浄土真宗の門徒かどうかは別問題です。お中日の、大混雑の白昼の死角に、そんなひねくれた疑問をもってしまうのでした。仏教ってなんだ?浄土真宗ってなんだ?生きてるッて何だ?死ぬッてなんだ?と、疑問が疑問に連鎖爆発して、大爆発になればいいなぁと思っているのでした。

 「最近は厄介なことがおおいですねぇ」と話していたら、Nさんは、「だから面白いんじゃないですか」と即座に反応してくれました。その通り!といいました。多少というか、そのおばあちゃんはだいぶボケているんですけど、ご本人いわく「たまにシッカリするんです」と豪語していました。やんややんやと喝采を送りました。ボケていない人間よりよっぽどシッカリ物事を見ているのでした。

 それから、駐車場の車からお婆さんが降りるのに難儀していたので、手を貸した役員さんに、「私は来たくないのに、こんなところに連れてきて、きっと私をはやく殺したいからなんですよ…」と洩らされたそうです。役員さんは「そんなことありませんよ。きっと長生きしますよ。」と返答されたそうです。娘さんがお婆さんを墓参に連れてきたようでした。そのときにお婆さんは、自分をはやく殺したいから墓参に連れてきたんだと解釈していたようです。でも、「きっと長生きしますよ」という応答で、納得していたようでした。外側から見れば、孝行な娘さんが母を墓参に連れてきたように見えるんですけど、内面を覗いてみるとまったく違うんですね。外側からは分からないと思います。墓参をするということも、個別にみると様々なドラマがあるんです。他人には分からないプロセスとドラマとメルヘンがあって、みんなやってくるのでした。でも、たまに自分さえよければ他の墓参者はどうでもいいという振舞いをするひとがいて困ります。みんな駐車場に入るのに待っているのに、我先に駐車場に突っ込んできて、自分の墓参が終わればサッサと引き上げるという自分勝手な墓参は、功徳がゼロですぞ。墓参は優しさや余裕やユーモアがなければ成り立たない行事でしょう。つまり、自分から死者をとむらうだけではなく、死者から見られている自分、死者から愛されている自分を感じる大事な行事です。いまは「ひとに迷惑をかけなければ何をしてもいい」という時代ですけど、「迷惑をかけずに生きてきた自分かどうか?」を問い返してほしいものです。物事の成り立ち、背景を問い返すのが仏教的センスというものです。問題は外側にあるわけではなくて、自分の内側にあるのですから。内側にこそ、究極の外側が潜んでいるわけです。内面を掘り下げて、掘り下げて、本当の外側にまで突き進んでゆきたいと念願しています。

■4月12日(土)午後3時〜:永六輔とターコイズのトークとライブが九段会館で開かれます。これは点字図書館へのチャリティー企画です。ぜひご参加下さい。参加希望者はお寺まで…。あるいはチケット・ピアでも扱っています。(ぜひ応援お願いします!)

 

2003年03月20日

●とうとう米英の武力行使が始まりました。ある門徒の人がこんなことを言ってました。「民衆は無関係ないんだから、仏教の呪詛の力でフセインだけを呪い殺せないのでしょうか?」と。びっくりしましたが、「でも、それが出来れば相手も、それを使えるわけですから、テロが成り立ちますよね」と答えておきました。門徒の人は「う〜ん、そういうこともありますね〜」と言ってました。そして、もう言うべき言葉を失ってしまいました。

 門徒の口々に、嘆きの声しか聞けませんでした。それより、うちの母がもう半年も入院して、流動食を腸に直接流し込んでいます。面会に行くのはいいんだけど、帰りが辛いんです。家へ帰りたいと泣くんです。ですから、オムツを交換するときにサーッと逃げるように帰ってくるんです。▲お父さんが糖尿と痴呆が始まって、昼夜逆転してしまった。看病している方が、まいってしまいますよ。まったくボケてしまって、誰だか分からない状態なんです。タバコが好きで、でも火の始末が危なくて、留守にできないんです。▲足腰がいたくて、整形外科と心臓外科と内科と眼科にかかっているから病院を三つハシゴしなければならないんです。▲跡取りがいないのに、実家のお墓と因速寺と二つも面倒みなければならないの、これ、どうしたらいいのでしょうか?

 様々な苦しみを抱えて人々は生きているのでした。生きたくても生きられない、死にたくても死ねないというのが本当のところです。ただ、どんないのちにも無駄なことはひとつとしてないということだけはいえると思います。人間には「意味」を感じる感覚がそなわっているからです。それも人間の側から賦与した意味ではなくて、いのちの方から人間に付与されてきた意味でなければなりません。人間の側からの意味は、功利性が混じっています。純粋な意味は、いのちの方からしかやってきません。

 

2003年03月19日

●人間は、絶対に、そして永遠に、あやまちを繰り返す生き物だということが証明されようとしています。ノーモア・ヒロシマ、ノー・ワォーと耳にタコができるほど叫んできても、やっぱり人間は戦いをやめようとはしません。非戦・反戦をみんな望んでいても、結果的には戦が繰り返されるのでした。これは歴史的現実なんです。米英を批判することはたやすいことです。しかし、米英を後ろから支えている日本の現政権に対して小生は、何等の行動も起していないのですから、批判するなどおこがましいということでもあります。何にもできないで、日々の生活に甘んじているのですけれども、気持ちとしては、何とかなってくれないかなぁという気持ちであります。何もできないのですけれども、この時代にいのちを賜ったものとして、この時代をしっかり見つめておきたいとは思います。人間とは果たしてどういう生き物なのか?それをしっかり見つめてゆきたいです。そして同時に、自分の中に起こってきた反応をも細かく見つめてゆきたいと思います。ここ数週間、つまり米英が国連の合意を求めることなく単独で攻撃を始めるということが決まるまで、なんとか攻撃は回避できるのではないかという雰囲気もあって、やるのやらないの、賛成するの反対するのとやきもきしてきました。そして、ここ3月19日に到って、攻撃を直前にすると、「やるんなら、さっさとやれ!白黒ハッキリつけろ!」という気持ちもどこかにあることが分かりました。自分には無関係だから、どうでもいいけどハッキリさせてほしいという新たな気持ちが湧いてきているのも事実でした。イラクに知人がいるとか、そういう状況であれば違うのでしょうけれども、自分とは無関係の人々だから、そんな無責任な感情も湧いてくるというのも事実でした。

「ある時には心に争いて、恚怒するところあり。今世の恨みのこころ、すこし相憎嫉すれば、後世には転た激しく大怨と成るにいたる。所以はいかんとなれば、世間の事、かわるがわる相患害す。すなわちの時に、すみやかに相破すべからずといえども、しかも毒を含み怒りを蓄え、憤りを精進に結びて、自然に剋識して、相離るることをえず。みなまさに対生して、かわるがわる相報復すべし。」(無量寿経)「ある時には争って腹を立てることがある。しかし今は、わずかばかりの憎しみや妬みであっても、未来にはだんだんと激しくなって、ついには大きな怨みとなる。なぜならば、世間では互いに害しあってきた歴史があるからである。即座には大事にはいたらなくても、胸の中に毒を含んで怒りを蓄え、固く結ばれた憤りが、おのずとこころに刻みつけられて、やがてはそこから離れることができなくなる。みなそのように生まれ生まれて、代わる代わる報復しあうのである。」この無量寿経の言葉は、腹のわたまで染み通る言葉です。報復のこころの根っこは、小生と地続きであります。

 

2003年03月18日

●イラクに48時間の猶予を与えるとブッシュ大統領は考えているようです。戦争になれば、非戦闘員が災いを被ることになります。日本でも戦争を体験している人々は、「なんとか戦争だけは避けてもらいたい」とおっしゃっています。お彼岸にお参りに来られる方々の口から漏れていた言葉でした。「あの空襲の後、まるでマネキン人形のような死体の山を避けながら歩いていました…」。「あんな悲惨な戦争は二度とごめんです…」と。小生も含めて、ブッシュ大統領も実感として戦争を体験したことがないのでしょう。実感が伴っていれば、もっと違った選択肢があるのではないかと思います。そういう状況に対して反戦・非戦の叫びは分かります。アメリカでも、戦争反対の声はたくさんあります。日本でも、ほとんどのひとが反対でしょう。しかし、その叫びが、どうしても実感から起こってこないという寂しさを感じています。日本政府も、なんだかポチのようにアメリカに尻尾をふって、コバンザメを決め込んでいるのも情けないことです。せめて少しでも不甲斐なさを感じているのならば、お愛想はやめて、黙って沈黙していて欲しいと思います。その方がまだ、ましではないでしょうか。ここまで、書いてきたところで突然、親子三人の死亡通知が入りました。一家心中の自殺だそうです。奥さんもご主人も面識のある方だったので、「なんで?」と思いました。確かに、お会いするたびに体調の不調をこぼしておられました。三人で一緒に、苦しみのない世界を思い描いて合意の上で旅立たれたのかもしれません。この世が絶対だという理由もありませんから、あの世に解放を託して行かれたのかもしれません。人間はとことん行き着くと、死を選ぶ生き物でもあります。生きているということは、どうしても苦しみが多いですから。どこの病院へいっても病人だらけで、繁盛しています。老・病・死という人間にとって逃れられない限界状況を毎日生きているわけです。しかし、死より、どちらかというと生を選んでほしかったと思います。これは不遜ですけど、小生の努力不足でお念仏が伝わらなかったから自殺されたのだという面もあります。でも、とことん突き詰めてゆくと、生がよくて死は悪いとは言えなくなってくるんです。安楽死というのもありますから、とことんの場では、どちらを選ぶかという選択は、その場が決めることだと思います。ですから、自殺が良いとか悪いとか判断することはできません。自殺について、外側からはなんでもいえるんです。しかし当人にとっては、絶対的な出来事なんです。回りから見れば大した悩み事じゃないと見えていても、当人にとっては絶対的なことであるかもしれません。とことんの場では、なんで自殺するのかが当人にも分からないのかもしれません。その場では切羽詰まった力学がはたらいていて、やってしまうのでしょうね。自殺の途中で苦しいとか、助けてとか、そういうこともあろうかと思います。その時はすでに手遅れで亡くなってしまうということが事実ではないかと思います。そう考えると自殺者も、加害者ではなくて被害者なんだと思えます。人間は「隣の芝生は緑に見える」といいます。自分の庭だけがいつも枯れていて、隣の芝生は、いつでも青々と繁っていてうらやましいと。しかし、実際に隣にいってみると案外、そこにも穴があいていたり芝生が枯れてハゲていたり、自分の所とあんまり変わらないと気がつくのです。自分だけがなんでこんな目にあうのだろうか?とか、なんで自分だけが…と内向しているとき、不幸は倍になってふりかかってきます。回りには形は違っても、不幸な人はたくさんいます。寺に住んでいると、ひとには言えないお話を聞くことが多いです。遺産争いで苦しんでいるとか、嫁姑の問題とか、病気とか倒産とか、後継者不足とか、様々な不幸がころがっています。一見幸せそうに見える家庭でも、ものすごく深刻な問題を抱えていることがあります。小生は「苦しみと不幸せ」は違うのではないかと思います。苦しみが少ないに越したことはありません。しかし不運にも苦しみが多い境遇になってしまったら、それは仕方のないことです。現代医学で解けない苦しみもあるのですから。でも、苦しみが多いからといって、それだから自分は不幸せなのだと受けとめてはならないと思います。苦しみは肉体に関係しています。でも不幸せはこころに関係しています。こころの問題だけは解決できるように思います。だって、この肉体は、自分の所有物ではありませんから。30代さかのぼれば、十億七千万人の先祖があって、自分という一人の人間が生み出されているのです。いってみれば十億七千万人の所有物であるわけです。そう思いを馳せてみますと、不幸せだと評価しているこころがどんなに思い上がったこころであるか分かるはずです。いま、苦しんでいようとも、その苦しみは決して無駄ではないと思います。その十億人の先祖の願いが、必ず無駄ではないと教えてくれるはずです。

 

2003年03月17日

●明日から、お彼岸が始まります。お彼岸という行事はインドや中国にはありません。日本だけの行事です。起源は聖徳太子の頃だといわれています。覚如さんは『改邪鈔』で彼岸を批判しています。「二季の彼岸をもって念仏修行の時節と定むる、いわれなき事」と。春と秋に時期を決めて、その時だけ殊勝に菩提心を起こすことはナンセンスだというわけです。まぁ、日頃、仏や法や先祖のことなど忘れ果てている人間に、仏法を思い起こさせるという意味はあるかもしれないと批判しています。でも、他力の行者は、いつでも、どこでもが仏法の時間なんだから、期間を限定することはナンセンスだというのです。この批判は、気持ちのいい批判です。「覚如さん、その通りだよ」と賛辞を送りたくなります。まぁ、日頃の罪滅ぼしだと感じて墓参する人々は、まだ救いがありましょう。もっと悪いのは、墓参をして、スッキリして、「一丁上がり」というヤカラです。いかにもスッキリして、これで仕事が終わったという解放感すら感じています。そんなひとに出会うと、内心、「それでいいのでしょうかねぇ…」「スッキリだけで終わってよろしいのでしょうか?」と嫌味のひとつも言いたくなるんです。それでも、腰の曲がったおばあちゃんが、杖をつきつき墓参している姿には心うたれるものがあります。遠路はるばる、電車とバスを乗り継いで、それも無料バス券をうまく利用して、長い道のりをかけてやってくるんです。そんな墓参は、まさに修行ですね。頭が下がります。亡くなった肉親に会いにくるのですから、それは尊いものです。でも、「それでいいのでしょうかねぇ…」という気持ちは残ってしまいます。まぁ、墓参は死んだ人間のためではないのですから、それは生きた人間の癒しになっているのです。もっと皮肉って言えば、生きた人間が死んだ人間を癒しの道具にしているということでもありましょう。「そんなことを言うなよ」という面は確かにあります。生きている人間の癒しになっているんだから、それでいいじゃないかという面はあるんです。「お墓参り本当にご苦労さまです」という気持ちはあるんです。でも、その後に残るものがあるのも確かなんです。実はこんな体験があるんです。曽我量深先生の七回忌の時だったと思います。京都の高倉会館で法要が勤まり、法話もありました。聴衆もたくさん集まっていました。ところが曽我量深先生に深く教えを受けた弟子方が参詣者の中にいないのです。当然、いらっしゃっているのだろうと思っていましたから、風邪か急病で欠席されたのだと思っていました。そして、後日その方にお会いした時、欠席された理由を尋ねたのです。そうしたら、その先生は、「自分はとても法要に顔を出せるような人間ではない。とても恥ずかしくて顔向けできるようなものではない…」というようなことをおっしゃったのです。その言葉を聞いた時、小生はハッとしたのです。もう曽我先生の法事だから、参加するのが当然だと思っていた思いが砕かれたのでした。法要に参加するということは、亡き曽我先生に対面して、曽我先生からお前は「仏法を聞いたものの責任」を果たしているのか?と問いかけを受けることだったのです。亡き曽我先生から問われているのです。そう問われれば、「とても、自分は責任を果たしているとはいえません」と応答せざるを得ません。だからその方は出席できなかったのだそうです。別に急病でも用事があったわけでもなかったのです。敢えて欠席されたのでした。そのとき、なんの深い考えもなく、ただ、お祭に参加するような気持ちで参列していた自分が恥ずかしくなりました。そんな体験があってから、亡き人を祭る、亡き人を供養するということが、実は亡き人を冒涜しているのではないかという思いにとらわれてしまうのです。亡き人から「汝は、いずこより来たり、いずこへ行かんとするのか?」という問いかけを受けているのが生者なんです。生きることの意味をどれほど真面目に考えて生活しているか?という問いかけを受けているわけです。ですから、お彼岸で、みなさんが墓参してホッとする顔を見ると、複雑な気持ちになってくるのでした。おりしも米英がイラクを攻撃しようとしている時期がお彼岸でした。生きている人間は、死んだ人間の声なき声をどう聞くのでしょうか。死人に口なしで、黙っているから、生者は自分の思いを死者に投影します。しかし、死者は本当に黙っているのでしょうか?生者から戦争を見るだけではなく、死者から戦争を見つめなおさなければなりません。

2003年03月16日

●本堂のお花は、人間の方に向けて生けてあります。お宅の仏壇のお花もそうでしょう。ただ、ボーッと見ているだけなら、別になんとも思いません。しかし、ちょっと違った角度から見てみたらどうでしょうか?あのお花は、人間にキレイな方を向けて生けているんですよね。仏さんは、裏側の汚いほうを見ているのです。「しまった、間違ってた」といって、仏さんの方にキレイな方を向けてはダメですよ。そういう飾り方をするようには出来ていないのですから。なぜなら、人間に「あなたはどこから来て、どこへ行くの?」と問いかけるハタラキをお花はしてくれているのです。ですから、人間が仏様と対面する場所になっているわけです。あのキレイなお花も、いまはキレイに咲いていますけど、やがて、枯れて腐ってゆくのです。いのちのはかなさ、無常といったものを人間に教えてくれているのです。また、ピンクやら黄色やら青やら、様々な色のお花がありますけど、土の中から生まれてきて、なんであんなに様々な色が生まれてくるのでしょうか。これも不思議なことですね。これも人間に対する教えなのです。人間の顔も、同じ顔はありません。素材は、眼が二つ、鼻が一つ、耳が二つ口がひとつです。それだけの素材なのですけれども、同じ顔の人間はこの世に二人といませんよ。一卵性双生児でも、どこか違っています。お花と同じですね。自分が自分にまで成ってきたいのちの歴史を感じます。自分のいのちはどこから自分に成ってきたのだろうかとつくづく思います。地球ができる以前から続いているんですからね。今朝のテレビで、DNAについてやってました。人間とサルは28億で、その次にマウス(ネズミ)が位置していて、人間とそんなに近い存在だったのかとあらためて驚きました。それを聞いた時、以前の映画「ウイラード」を思い出してしまいました。人間がペットとしてネズミを飼い、自分の欲望を達成するために繁殖させて、怨みを感じている人間に仕返しをします。その中のリーダー格のネズミがものすごく頭がいいんです。沢山のネズミのリーダーですから、仲間を危険から守ったり、計画的に動いたりします。とうとう主人公はネズミたちに殺人を命じます。ところが事件が発覚しそうになったとき、主人公はネズミ達を証拠隠滅のために殺そうとします。ところが、そのリーダーのネズミはその計略を察知して、逆に主人公を殺してしまうというストーリーです。これは作り話ではなくて、ノンフィクションだったんじゃないかと思いました。それほどネズミは頭がいいから、ネズミトリの話をしたらネズミに聞かれてしまうから、小声で相談しろというんですね。なかなかネズミ・ホイホイには捕まらないんですよね。どうりで捕まらないはずなんです。賢いんですから。まぁ、ネズミは嫌われものですけれど、好き好んでネズミに生まれたわけじゃない。小生だってそうです。好き好んで人間に生まれたわけじゃない。生まれ方は一緒なんですね。

 今日は、大乗仏教求道会を5時から開催します。そのあと平井駅近くの「陸っぱり」(オカッパリ)で滋野君の送別会です。身も心もエロスの中にあるとき、人間は平和になりますね。仏法はやっぱり美味しい御馳走なんです。これを喰わないと夜も日も明けないのです。それとアルコールと一緒に吸収すると実にいい味わいになってくるのであります。では(^^ゞ

 

2003年03月15日

●「es」という映画を見ました。無作為に選んだ人間を、看守役と囚人役に分類し、二週間を実験的に体験させて、その実験データを採るという映画です。本物と同じような監獄を作り、囚人役には囚人服を着せ、看守役には制服を着せます。この実験が終わった時には、法外な賃金が払われるのです。みんな、初めはお金のためにゲームだと割り切って始めます。しかし、日を追うに従って、看守役が囚人役を本物の囚人として扱い、それに反抗する囚人役を殺してしまいます。その実験を監視カメラで主催者は監視します。絶対に暴力は使ってはならないという規則がありましたが、それも破られてしまいます。最後には主催者の博士も銃弾に倒れ、メチャメチャな状況で終末を迎えます。人間は、最初はゲームだと思って始めた形が、実はその人間の精神を変形させていくことを物語っていました。以前聞いてきた、日本の軍隊でのシステムもそういうものだったといいます。システムの中に置かれてしまうと人間性はことごとくつぶされてゆきます。システムの力学で人間は動いてしまうのです。それは小生も体験したことでした。高校時代、教室でいじめ事件がありました。いつも、不良グループ数人が、特定の生徒をいじめていました。芸をしろと命じられれば、かよわい生徒は暴力を恐れて、それに従っていました。いわゆる一般の学生は、それが面白くて笑っていました。笑うことで、不良グループが自分のほうに注意を向けないことを願っていたのです。それは日に日にエスカレートしてゆき、とうとう、親御さんから学校側へ連絡が入りました。そのとき、その生徒の体はガタガタだったのだそうです。その問題が全校に知れ渡り、教室でも問題になりました。その時の自分の不甲斐なさがいまでも悔やまれます。弱者の側に立てない自分の弱さが、悔やんでも悔やみきれません。この暴力のシステムは、日常に、なんでもない顔をして蔓延ってくるのです。日本軍に徴兵されて、よく寺の人間はためされたと聞きます。「天皇陛下と阿弥陀さんはどっちが偉いんだ?」とやられたそうです。普通の人間は、「天皇陛下であります」と古参兵に応答して難なきを得たそうです。しかし、真面目なお坊さんは、「阿弥陀さんです」と公言したそうです。それで従軍中いじめぬかれたということも聞きます。しかし中には機転の効く答え方をしたひともいたのです。「はい、天皇陛下に絶対服従でありますという道を阿弥陀さんより聞いております」と答えたそうです。その答え方を聞いて、古参兵が「う〜ン」とうなったそうです。これは凄い答え方ですね。相手は、二元論に立って試してくるわけです。あれか、これかという二元論です。しかしそのひとは、二元論をひっくり返したのです。そういう知恵を生むのが仏法かもしれませんね。だいたい人間が困る時には、知らず知らずのうちに「二元論」に陥っています。「あれか、これか」「善か悪か」「不利か有利か」。しかし、それだけが選択肢ではないはずです。必ず「第三の道」があるはずなのです。その「第三の道」を開く知恵を仏法は生み出すのだと思います。

 

2003年03月14日

●以前読んだ河合隼雄さんの本に、面白いことが書かれていました。あるお坊さんのカウンセラーがクライエントの相談にのり、徐々にクライエントの問題が快方に向かっていったそうです。もう大丈夫という段階まで来たので、カウンセラーがクライエントに、もうここまで立ち直ったのだから、今度は自分の寺に訪ねてきて欲しい、お祝いのパーティーをするからと告げたそうです。クライエントは喜んで、カウンセラーのお寺を訪ねました。クライエントは、お坊さんのカウンセラーが家族と一緒に自分のためにパーティーを開いてくれたことに感謝したのですけれども、その日を境にまた病状が悪化してしまったそうです。このエピソードは、いろいろなものを小生に問いかけました。つまり、クライエントは「聖なるもの」の象徴としてお坊さんのカウンセラーを信頼していたようなのです。ところが、その「聖なるもの」の象徴のお坊さんには肉体関係を日常的にもっている女性(妻)があり、その肉体関係から生み出された子どもがあることに気がついた時、病状が悪化したようです。これは何を表現しているのでしょうか。

 そのお坊さんは、「在家仏教」ではないのかもしれません。あるいは、クライエントがお坊さんを、過大評価して「聖なるもの」の象徴に仕立て上げていたのかもしれません。あるいは、そのお坊さんが「聖なるもの」としてクライエントの前では振る舞っていたのかもしれません。あるいは、そのお坊さんが単に、未熟なカウンセラーだったのかもしれません。しかし小生も含めて僧職は、どうしても世間から「聖なるもの」の象徴として扱われてしまいます。たとえ浄土真宗であろうとも、寺院化したところから、そういう宿命を背負ってしまっているのです。たとえ、それは浄土真宗から言えば濡れ衣だと言っても、それは拭い難くある現実なのです。その濡れ衣で食っているという現実もあるわけですから…。それは認めなければならないことでしょう。だからといって、「在家仏教は、そんなキレイゴトじゃないんだ!見たい、喰いたい、飲みたい、やりたいだけなんだ!」と露悪趣味に走る必要もありません。それはまた偽善の裏返しに過ぎません。他人からお上手を言われて、「いえいえ、そんな、大したもんじゃありませんよ」と、卑下しながら、内心では誉めて欲しいという心と同じことです。世間から、どう見られようとも、それはそれとして、「そうですか、あなたから見たら、そう見えるわけですか」と冷静に受けとめておけばいいのでしょう。世間から見れば、「聖なるもの」の象徴と見られるのであれば、それはそれとして受けとめるべきでしょう。それは世間の評価であって、あなた自身の評価ではないのですから。普段の自分で接してゆけばいいことです。それなのに、露悪趣味に走って、飲めない酒を飲んで、だらしなく振る舞って見たり、敢えて汚い口調でしゃべってみたりする必要はないのでしょう。まぁ、そういう時もあるのが小生なんですけど。お恥ずかしいことに…。やっぱり、普段の自分で対応していけばいいんですね。「自然体」が、後々、一番問題がないように思います。とりつくろってしまうことが問題なんですよね。そうは言っても、でも、実際にはバカにされたような口調で言われれば「バカにすんじゃねえよ!」と思いますし、「持ち上げられれば、そんなにいいもんじゃないぜ!」と思うし、どっちにころんでも、落ち着きの悪いのが現実なんですけどね。まさに二河白道であります。右は台風、左は火の海で、居場所のないのが現実です。だから、自転車操業で、毎日右往左往しているのが小生なのです。まさに「火の車」です。でも、その「火の車」を案外、楽しんでいる自分があるから、また呆れてしまうのです。所詮、他人が自分を苦しめることはないんですよね。全部、自分が自分を苦しめているだけなんですよ。自分を自分で苦しめて、あたかもひとが苦しめているように錯覚しているのです。まぁ被害者でいれば、自分は責任を負わなくていいのですから、楽なんです。やっぱり、自分は善人なんだよなぁと思います。

(こんなことやってる暇があったら、三月締め切りの教学館随想集『パリナーマ』の原稿を書かなければならないのですけれども…。なかなか緒につけません)

2003年03月13日

●今日は、仏具お磨き奉仕でした。午前中十時ころからお昼間でやりました。これはみなさん感じていることでしょうけれども、あの仏具を磨いたあとの清々しさはなんとも言えませんね。磨くまでは金色だった仏具が、ピカール(仏具磨きペースト)でこすると、白金色になってくるのです。白光りといったほうがいいでしょう。これは理屈を超えていますから、体験すればみんな分かることです。最後にみんなで正信偈をおつとめすると、キリッと引き締まった荘厳になります。これはやっぱり真宗寺院の醍醐味でしょうね。それも大谷派の醍醐味でしょうね。他の宗派では、仏具を磨くという習慣はないようです。大谷派の仏具は、真鍮製が多いですし、単純な構造ですから、磨くのに適しています。あんまり複雑だとみがきずらいですからね。そういえば、ご本山のお磨き奉仕団に参加したことがあります。あの御影堂の正面の鶴亀(ソウロク立て)は、ものすごく大きくてビックリしました。そういう陰の努力があって、仏具も美しく輝いているわけです。これは小屋組の時にも感じたことです。あの屋根裏には、莫大な材木が組み合わされていて、ただただ圧倒されるばかりでした。今回修理するということになったので、そんな陰の努力が分かったのです。もし修理という縁がなければ、当たり前のように伽藍を見ていただけでした。本当に大切なものは、陰に隠れていて見えないものなんですね。心臓も体の奥にあるように、大事なものは見えにくくなっています。そんな陰を見つめる眼力を養いたいものです。それは、つまり、物事の背景を見抜く眼力です。いつも道が美しくあるのは、誰かが清掃しているからなのです。ガラスに曇りがないのは、誰かが磨いているからなのでした。見えないところに、ひとの姿を見るということも大切だと思います。あの分厚いJRの時刻表を見ますと驚きます。あの時刻表通りに毎日毎日寸分違わず日本全国をくまなく電車が動いているわけです。まさに日本列島という身体を駆けめぐる血管のように。これは不思議なことなのですが、自分が時刻表を買ってきて旅行したとき、その時間の電車は、その日にしか動いていないものだと錯覚していた時期がありました。まさか、こんな厖大なダイヤが毎日寸分の違いもなく動いているなんて、とても信じられないと思っていたのです。ところが、それが毎日同じ時刻に日本列島全土で動いていると分かった時はまったくの驚きでした。それから自分が旅先の車窓から見る景色は、二度とない景色なのだと分かった時も同じように驚きでした。田んぼで、お父さんらしき人が稲刈りをしている横を電車は通り過ぎてゆきました。小生は、その作業風景を目で追っていました。電車は速いので、お父さんの動きはほとんど分かりません。でも、あのお父さんとはきっと一生のうちに二度と出会わないことでしょう。あの光景も二度とない光景でしょう。そんなふうに受けとめられてきたら、車窓からの風景が実にいとおしいものに思えてきました。車窓の風景はどんどん流れては消えてゆきます。いまはお父さんの姿はありません。小生の脳裏にしかありません。あの秋の日差しの下に、のんびりと稲刈りをしているお父さんはいまどうしていることでしょう。

 

2003年03月12日

● 防火管理者證を見事ゲットしました。最後に効果測定という試験があって、全二十問中、十三問を正解しないと失格となってしまうので緊張しました。自動車の試験のように微妙な表現をしているので、判断に困るものがありました。それも試験時間は七分間しかあたえられないのです。普段聞いたこともないような言葉が羅列されていて、試験問題の意味を考えるだけで時間がいっぱいでした。ともかくあとは、勘で答えました。結果は合格で、防火管理者證をもらいました。120名中に二人だけ失格者が出たそうです。もっと出るような感じでしたが、みんな真剣に聞いたいたということでしょうね。二日間の講習でしたが、朝から夕方まで、その防火のことだけに浸っていると、普段の生活に戻っても、どこかちがいます。消火器の表示を調べてみたり、防火戸をちゃんと閉めたり、放火にそなえて寺の回りを片づけたりと、魂が防火管理者になっていくんですね。不思議でした。これから、消防計画を立てて、消防計画書を消防署に提出することになりました。身の回りにある、火という存在がとても気になり出しました。火はものすごく役に立つもので、人間が人間になったのは火を使ったからです。しかし、その便利な火が人間を焼き尽くすという悪魔の面をもっています。天使と悪魔の両面があります。それがいつ逆転してくるか分からないということなのです。悪魔が初めから悪魔の顔をしていたら、人間は用心するのですけど、最初は天使の顔をしています。ですから気を許してしまうのです。そこに注意しなければなりません。教えにも「火宅無常」という言葉があります。この世は火に焼けている家の中に暮らしているようなものだというのです。とても危険だと。危険など、どこにもないという気分で生きてますけど、危険はどこにでも潜んでいるわけです。それから、地震の体験を見学してましたが、マグニチュード六くらいの地震でも、見ているだけで恐怖をいだくほどの恐ろしさです。あの揺れがきたら、たいていの家財道具は崩れ落ちてしまうだろうと思います。小生の部屋にはたくさんの本が棚といい散乱していますから、あの揺れがきたら、メチャメチャになってしまうことは間違いありません。なんとかしなくてはと考えさせられました。阪神淡路大震災のときには、二次災害が発生しました。地震の時には電源やガスは一時的に停止されるそうです。しかし、安全だとわかると、再び送電されます。そのときに電気器具から出火するということが多いそうです。例えば、倒れた電気ストーブから出火するということがあったそうです。これは日頃から考えておきたい問題です。また寺にある消火器の表示を見ると、なんと、十四秒しか消火薬を噴射しないのです。持ち運びに便利な大きさですけど、そのぶん噴射時間が短いわけです。家人に、「この消火器はどのくらい噴射時間があるでしょうか?」と尋ねてみると、一分とか、五分とか、ずいぶん長いと答えるのです。しかし、実際には「何秒」という程度です。実際の火災のときには多分あわててますし、必ずしも火だけではなく、煙も充満してますから、火元に噴射できるかどうかも分かりません。煙の影響を受けないように、姿勢を低くして、なるべく火元に近づいて確実に噴射するように心がけたいものです。これは、常日頃の訓練が大事だと思いました。だいたい、あの消火器の使い方も満足には知らないで、ただ消火器が置いてあるという程度の認識ですから、これは宝の持ち腐れだと思いましたね。やっぱり、手で触ってみて消火器の重さや、操作を実際にイメージトレーニングしておくことが大事だと思います。小生にとって防火管理者の勉強は、単に資格を取るということ以上に、「火」と人間の関係を考えさせられました。何についても凝り性のクセが抜けず、消火器の説明を家人にすると、「いままで全然関心がなかったくせに何だ!」と非難されますけど、「私は防火管理者ですから…」と講習のビデオに出てくる模範生のような答え方をしている自分がおかしかったです。見事に講習にはまってしまったのでした。こりゃ洗脳に弱い体質なのかと、自分をいぶかしく思ったりしています。まあ「さるべき業縁のもよおせば、いかなる振舞いもすべし「(歎異抄)ともいわれてますから、縁によってどのようにも変化するものが自分だとあらためて知らされた二日間でした。

 

2003年03月10日

●火災防止→初期消火→通報→非難誘導。管理権原者→防火管理者の選任義務アリ。本日マル一日は防火管理者講習で費やしてしまいました。「火災」という問題から、すべての事象を見るという訓練を受けました。この資格講習は人気が高いのか120名がほとんど出席していました。若いお姉ちゃんからおっさんまで、様々な人間が集まっていました。みんな孤独に希望して参加していますから、隣の人と話すことはありません。みんな孤絶状態でした。お昼はみんな、コンビニやホカベンを買ってきて5階のフロアで思い思いに食べてました。でも、決して話し声はないのです。黙々と、ほんとに黙ってただひたすら食べていました。これが何とも、滑稽というか、日本人らしいというか、そうなんだよなぁと思いました。でも、もし、これが山小屋だったりしたら全然違うんですけどね。近くのホカベン屋は満員で、セブンイレブンに行きました。助六とマカロニサラダとお茶を買ってきて、食べていました。そうしたら向かいの席のオヤジが、小生とまったくおなじメニューを買って、食ってるんです。「なんだよ!」とびっくりするやら、恥ずかしいやらでした。とほほ。みんなそれぞれの事情でやむなく参加しているような感じでした。でも、なかなか面白いんです。それなりに、火をどう考えるのか、人間にとって火とはなにか?と考えさせられました。だいたい一年間に火災で亡くなるひとは2000人位だそうです。そのうち自分で火をつけ死んでしまうひとは800人で、男がそのうちの三分の二で、女が三分の一で、それは何年間の統計でもそう変わらないそうです。実際に火災でなくなる人は、マル焦げのひとはいないそうです。だいたい煙で窒息死しているようです。やっぱり建築物自体が煙を出し易い素材が多いんですね。つい最近の韓国の地下鉄火災でもそうでしたね。実際に、消火栓を見たり、スプリンクラーの種類を見せてくれたり、消火器の構造とか、不断はあんまり考えたり触ったりすることのない実物は楽しく接することができました。でも、出火原因で一番多いのは「放火」だと教えられて、なんだか複雑な感じをもちました。放火の原因はねたみなんでしょうか、それとも愉快を楽しみたいからなんでしょうか、それとももっと他の要因があるのでしょうか。防火管理者の精神は、やっぱり人々の身体や財産を消滅から守るという大前提があります。でも、よくよく突き詰めてみると、なんで身体や財産を守るのか?ということが問われていませんでした。そりゃ当たり前のことで、そんなことを考えてたら、防火管理者なんかやってられないわけですけど。「なんで人を殺してはいけないんですか?」という問いの質と同じレベルの問いですから、それは。放火犯はその大前提を突きくずしてしまうんでしょうね。多分。でも、講習を朝の9時から5時まで聞いていて、なんだか面白かったんですね。その面白さはなんなんだろうかと思うわけです。火災は、絶対に自分の予期しない状態から発生してくるわけです。いまも、その危険はあって、自分は、全然大丈夫と思っているわけですけど、それでも、危険だらけなわけです。だれかが、火を付けてやろうと思っていたとしたら、多分うちは無防備なわけで、やられてしまうでしょう。だから、危険だらけですよね。でも、大丈夫だと思っている自分もあるのです。ですから、火災というのは、予期しないということが大前提ですね。ですから、誰に於いても予期しない形で火災に出会っているわけです。また出会いうるわけです。そしてそのときどう動くかということも全然分からないわけです。講習をうけたからといって、その通りに動けるわけではありません。まぁ教えている方でも、そんなことは期待していないようで、多少火災の知識を身につけて、火災予防をしてくれればいいんじゃないのというノリで教えているようでした。これはプロメテウスが神様から火を盗んだときのジレンマじゃないかと思いました。便利なものだけど、身を焼き尽くすという。人間がなぜ火を使ったのか?そして、その火はなんのためにあるのか?火とお前はどう付き合うのか?等々の問いを投げかけてきました。明日、もう一日付き合ってみて、もっと違ったものを感じたいと思います。もう少し違ったものを感じたのですけど、いまは思い出せません。明日また…。

 

2003年03月09日

●手のひらに宇宙をつかむ?!以前秋山さと子と尾辻克彦が対談していました。その中に尾辻氏が面白いことを言っていたのです。ここに軟式テニスのボールがあったとして、それが宇宙大のボールだったとして、実際にそんなボールはないのですけど。そのボールで宇宙を包んでしまったとして、そのボールを内側から切り裂いてひっくり返したら、宇宙の内側と外側がひっくりかえります。今まで内側に包まれていた宇宙がベロンとひっくり返されて、外側になる。そしてそのひっくり返したボールをどんどん小さくしていって手のひらのサイズにまで縮めてみた、そこには手のひらサイズの宇宙が存在することになります。もし宇宙に外側と内側という境界があるとすると、それを反転することができます。そんなふうに考えると、右手を閉じてみて、なかに出来る空間は実は極大の宇宙と同質の極小の宇宙になるのです。手のひらの外側に無限の宇宙があるとすると、その宇宙を手のひらに包み込んだことになります。つまり手のひらの外側、つまり手の甲の側が内側になり、手のひらのほうが外側になります。それは逆でも成り立つわけです。宇宙の神秘を手のひらに包み込むことができたのです。これは不思議なことですね。これは頭が柔らかくないとイメージできないことです。そんな夢見たいな話、とお思いかもしれませんけど、それは、真実かもしれないのです。私の身体も実は、身体の内部が私だと思って生きているわけですけど、逆になっているかもしれません。この皮膚で覆われている、一見内側のように見えている身体内部が、実は外側で、一見外側に見えている世間こそが、内部なのかもしれないのです。そうなると、眼は内側を見るように出来ているのです。外側は筋肉や脂肪や血管や骨でふさがっているので眼で見ることはできません。人間が環境と呼んでいるほうが実は内部なのかもしれません。ですから、民族や宗教や、その他の人々への関心が起こってくるのは自然なことなのでしょう。それは自分の体内で起こっている様々な現象だからです。もともとはひとつのところから展開してきた無量無数のいのちたちです。アリも鳥も猫もサカナも木も花も人間も、もともとはひとつのいのちの源から出現してきたものです。まさに「一切の有情はみなもって、世々生々の父母兄弟」(歎異抄)であります。「すべてのいのちあるものは、みんな生まれ変わり死に代わりしてきた父母であり兄弟のような存在であります」。ですから、サカナを食べ、牛を食べ野菜を食べるということは、世々生々の父母兄弟を食べているわけです。父母兄弟を血とし肉として今日まで生きてきました。それは自らのいのちの一部分を食べ、排出してきた歴史なのです。以前、アンデス山脈で遭難しひとの肉を食べて生き残った青年たちの記録が報じられましたね。やっぱり、自分のいのちの一部分だから食べられるのでしょうね。身近な人の肉を最初は食べたようです。青年たちは世間から非難を受けました。しかし私には非難する資格はありません。父母兄弟を食べて生きているのですから。カニを食べていて、トゲが唇に刺さりました。そこから口内炎になり、痛みます。決してカニは食べ物ではありません。生き物です。その生きようとする命を奪って食するわけです。彼らも必至に抵抗します。いのちは生きよう生きようとするからです。死んでも、そのトゲで小生に最後の抵抗を企てました。そうか、カニは「食物」ではなく「生物」だったんだとあらためて思います。当たりを見回してみると、人間に食べられるためにいのちとなっているわけではないのです。鳥も豚も牛もサカナも、人間に食べられるために生まれてきたわけじゃない。それを食物とするのですから、大罪人が人間でしょう。やはり、懺悔しかないのでしょうか。

 こういうイメージの世界を豊かにするには、地下室にでもこもって「あーだこーだ」と考えを巡らせてみるしかありません。昼の思考と夜の思考は全然違います。よく夜に書いた手紙を昼に読み返してみると、全然タッチが違うことに驚きます。信仰は、夜に成長し、昼の光で整えられるのでしょう。夜は秩序を乱し、昼は秩序を整えるのでしょう。間違いなく、地球は滅んでいくのでしょう。あと何万年か、何億年か分かりませんけど、地球は爆発してすべてが無に帰すわけです。そのへんまで視野に入れて、ものごとを考えてゆきたいと思います。それでなければ、根源的な思想にはなりません。

【誤って、昨年の10月分のデータを消してしまったのですが、どなたか、何らかの形で保存されているかたがありましたら、ご一報ください。m(__)m】

 

2003年03月08日

●今朝9時35分山形発のつばさ号で、12時30分に東京駅着。山形は雪模様、山形盆地を米沢から福島へぬける峠がやはり素晴らしかったです。一面の銀世界。あまりの白さがまぶしいばかり。木々にかかる雪が、まるでザッハトルテのごときありさまです。時折、木から雪がザワッと落ちてゆきます。そんな雪世界のなかを新幹線はしずしずと進んでいくのでありました。ところが峠の板屋付近で停電になったため米沢で電車が止まってしまいました。送電線が切れたとなれば、これは復旧作業に時間がかかるかもしれないと不安だったのですが、数分後には「安全が確認されたので出発します」とアナウンスが入り、ひと安心でした。1990年代まで、この峠はスイッチバックで越えていたようです。かなり急な峠なんでしょうね。現在では電車が高性能になって、まっすぐ越えられるようになりました。この雪の山中をズーッと走っていてほしいと願い続けました。福島から東京へのルートは、無味乾燥なので嫌いです。ただ速く走れるだけで、景色も詰まらない。この峠を永遠に見続けてゆきたい衝動にかられます。白龍湖もちゃんとありました。雪原のなかにありました。うっとり見とれてきました。つばさ号は福島につくと、大きな東北新幹線に連結されて、東京へまっしぐらに連行されてゆきます。福島の天気は雨でした。東京へ近づくにしたがって晴れてきて、終点の東京は快晴のお天気でした。雪、みぞれ、雨、曇り、天気とすべてのお天気を体験しながら東京へ入ります。日本列島は縦長だとあらためて体感します。太平洋側が好天のときには日本海側は大変なのです。ついつい自分のところだけ好天だと喜んでいますけど、あの雪国に思いを馳せなくてはなりませんね。

 教学研修会も無事終了し、東京へもどり、これから真宗会(法話の会)です。引き続き4時からBサロンが開催されます。自分で自分の首を絞めているかのようなスケジュールであります。やっぱり、小生はマゾ系なのかと内省するのでありました。ここまで小生を駆り立てるものは何なのか?そこまでやらなくてもいいのに、なんで、そこまでやるのか?それはよく分かりません。やらずにはおかせないものがあるんでしょうね。仏法の仕事は、どれほどハードであっても、後味がいいのです。たとえ死んでも、仏法の御用で死んでいくのであれば、清々しいと思います。それは恐らく、「やった」という充実感がないから清々しいのだと思います。「自分はこれだけのことをやりました」という充実感が後まで残っていると、どうも後味が悪い。そういう種類の充実感をきれいサッパリとぬぐい去って下さるのが仏法だと思います。自分の手柄を全部阿弥陀さんに奪い取られて、ゼロになれる軽やかさとでもいいましょうか。たとえ仏法は聞いても、難しくて人間の頭では理解できません。難しいけど、聞きたいものなんですね。不思議です。ですから人間の頭では理解できません。むしろ人間の頭を分解するハタラキを仏法はもっています。宮戸先生は「お寺という場所は、世間のことを分かっているひとを連れてきて、分からなくさせるところがお寺である」と定義していました。ですから、世間のことを分かっているひとには、もっとも恐れられ嫌われている場所であります。地位や肩書や名誉やお金や経験などをゼロにしてしまうのが仏法です。仏さんの前に来たら、裸のただびとになるのです。ならせられるのです。ゼロになる快感が仏法聴聞の快感かもしれません。知識を勉強するのでもなく、いいことを聞いて帰るということでもなく、世間のことには何の足しにもならない。そのまったく反対で、世間の汚れをキレイサッパリぬぐい去ってゼロになれる、その快感が聴聞の快感でしょう。

 

2003年03月07日

●朝、目覚め、一杯のお茶を飲む。熱いお茶が、喉を降りてゆく。胃のあたりがポッと温かくなってくる。生きているすべてが、そこにあった。

 本当に、目の前の、たったひとつのことしか出来ないんだよなぁ。人間は。 今日は山形へいく。やまびこ号で。福島までは在来の新幹線に連結されてゆく。まるで鏡の上を走っているようで、無味乾燥な走行が続く。確かにスピードはメチャメチャ速い。醍醐味は、福島から切り離されて、在来線を走るところです。スピードは遅いけれども、町並みや村の畑が見えてくる。峠を越すとき、鉄橋のはるか眼下に渓谷が見える。雪をかぶった岩岩の間を渓流がゆく。雪中を進むとき、まさに静々と、無音の走行が続く。列車の中が図書館のような静寂に包まれる。雪は静寂を与えてくれる。峠を越して下り坂になってくるとスピードが増してくる。列車は米沢へと入ってゆく。途中に白龍湖が眼下に見えてくる。沼のような広さの水面の静けさに、まさしく龍が棲息しているように感じる。小さい湖だけれども、何かが住んでいる。大昔から、ここには龍が住んでいて、多くの伝説を残してきたのだろう。そういえば子どもの頃に読んだ『竜の子、太郎』を思い出す。お母さんはお腹に子を宿していたから空腹に耐えられず、岩魚をひとの分まで食べてしまった。村人が作業終えてお昼を食べにやってきた。しかし食べる岩魚がない。岩魚とお母さんは一緒に姿を消してしまった。神隠しのようにお母さんは消えてしまう。やがて、村人が川で洗濯をしていると川上から何やら流れてくる。引き寄せてみると人間の赤ん坊が、筏に乗せられ流れてきたのである。赤ん坊の手には大きな飴玉が握られていた。赤ん坊は、しばらくの間この飴玉しか食べようとしない。しかしみるみる成長してゆき、立派な青年「太郎」になる。村では、毎年洪水が襲ってきて困り果てていた。太郎は、自分が龍の子であることを知り、ひとりで山に入ってゆく。そしてとうとう母の龍に再会する。母の龍は目が一つしかなかった。なぜなら、自分の目玉をひとつくり抜いて赤ん坊の太郎に与えたからだった。それから母龍にまたがって太郎は、山に体当たりをさせて、洪水を防ぐのである。母は全身の力を込めて体当たりを繰り返し、身も心もボロボロになってしまった。村人の喜び、感謝と太郎の成長がリンクしながら終焉を迎える。

 このお話は鮮明に小生の心に刻み込まれています。食べ物も、ひとりで全部食べてしまうと龍になってしまうかもしれないと、不安でした。飴玉を食べるとき、竜の目玉だったらどんな味がしたんだろうと思っていました。でも、太郎が母と別れるシーンはジーンとしてしまいます。おそらくそんな伝説がたくさん白龍湖にはあるにちがいありません。

 右手奥には、蔵王連山が真っ白な雪をたたえながら、そびえています。古代からこの地に住んできた人々の生活の重さを感じます。曽我先生は「念仏は原始人の叫びである」と語っておられます。野生の原始人が、叫んでいる、その叫び声が、まさしく念仏なのでしょう。野生の本能こそが、私たちの大地なのです。

 

2003年03月06日

●素直に感情を表現することは恥ずかしいことではない!と思います。最近は、ダジャレを言っても、まとにも反応してくれません。「あーそう」というような反応です。ダジャレは「オヤジギャク」という言葉で差別されてしまっていて、寂しいです。ダジャレは音の連想でパロディ化するわけです。「ドウモ、ドウモ、東京ドウモ」という具合に…。落語の世界の落ちは、二段落ち、回り落ち、考え落ち等の「落ち」の世界をもっています。しかしダジャレは、音の連想しかありません。それが差別されているのです。恐らくそれは、相手をおとしめるという「落ち」だからではないかと思います。あえて面白いダジャレを言うことによって、相手を笑わせてやろう、そして笑わせたら相手を負かしたことになるという文脈があるようです。だから、ダジャレを聞かされた相手は、負けまいとして、「オヤジギャクだ〜」とおとしめるわけです。それで力の均衡を保とうとするわけです。相手にダジャレを言われて、つい笑ってしまったら、それは負けなんですね。ですから負けまいとして、常に緊張して相手と対峙しているわけです。それは不自然な感じですね。面白いときには、面白いと感じたほうがいいわけです。その面白いという感情を敢えて殺して、平静を装うことは不自然です。これはストレスが溜まります。しかしダジャレは、「間(ま)」が大事で、面白いダジャレでも、間が抜けると実に陳腐になってしまいます。大したダジャレでなくても、間が合えば抱腹絶倒です。ですから間によって生きもするし死にもするものがダジャレなのです。綾小路きみまろの間も大したもんです。絶妙な間を持っています。これはケーシー高峰の間と同じだと思いました。そうそう、綾小路はケーシーを憧れていたようで、小生の見込みはピッタリ当たりました。まぁ、面白いのはシモネタなんですけどね。そこにはセクハラがすし詰め状態なんです。でも、そのセクハラギリギリの発言が妙なのです。どうして、あそこまで言われてオバチャン達が怒り出さないのか不思議ですね。その場を生かすも殺すも、やっぱり「間」なんだと思います。それが間違うと「マ」がさすとか、「マ」抜けになってしまい、最後には「マ」いったということになってしまうわけです。

 デーケン先生が、よくユーモアということをおっしゃいます。臨終の病床から、笑い声が聞こえるということは驚きました。デーケン先生のユーモアは、やはり愛から出発しているのでしょう。相手を笑わそうとか、どうこうしようという作為がないようです。そして、ユーモアというものは、ギリギリのいのちの叫びからしか生まれないようにも思います。ダジャレは余裕のあるときのゲップみたいなものです。しかしユーモアは人間のいのちのギリギリのところで生まれてくるものなのでしょう。生に重心があるとき、ユーモアは生まれないように思います。むしろ生より死のほうに重心がかかっているとき、生まれてくるもののようです。ダジャレが場を殺すものならば、ユーモアは場を生かすものでしょう。そして人間の生きるということを安定させてくる作用があります。笑いというものは、様々な質をもっています。しかし死のギリギリの場面でも生まれてくる笑いは、生から生まれる炎のようです。トリックスター的人間の小生は、やっぱりひとを笑わせたいと、常々内心に蓄えているのです。

(7日は山形教区へ、そして8日は真宗会とBサロン同時開催です。宜しく…)

 

2003年03月05日

●昨夜は、二回も夢で起こされました。それも悲しい夢で、涙が出ていました。一つは自分の子どもが、上半身だけになってしまった夢です。下半身はないのです。それでもまったく悲しい素振りを見せずに元気に振る舞っていたのです。その健気さに感動して涙を流していました。もうひとつの夢は、先輩のお坊さんの夢でした。そのお坊さんは既に亡くなっているのですけれども、小生に電話をかけてきたのです。「ええー死んだんじゃないんですか!」と小生は応えました。すると彼は「オレダヨ〜」と。「それでねえ〜」と続けて話してくるんです。「ちょっと待って下さいよ…」と小生。そこには他のお坊さんたちもいて、「あの先輩のお坊さん、死んだはずなのに、電話してきたんですよ!」と皆に報告しました。すると、みんなは、「彼が、そう言ってるんだから間違いないだろう」と言うのです。そう言われても、それはおかしいでしょう。間違いなくお葬式も出したはずなのに…。そんなやりとりをしながら、目が覚めたら涙を流していたのです。アァやっぱり夢だったんだ。彼が生き返るはずはないもんな。でもとても悲しい夢でした。夢のシナリオライターはいったい誰なんでしょうねえ。政治の世界で譬えると、起きている時の意識は、現政権を担当している政党なんだそうです。そこに反乱軍として夢があります。現政権は、秩序を見出す夢を鎮圧したり、なだめすかしたりしながら、政権を安定しようとします。しかし、その隙間をついて出現してくるのが夢党です。現政権の意識の防衛網が弱まる夜間に、夢舞台は盛んに活動します。そして現政権の弱い部分を攻撃します。夢は現政権の転覆をたくらんでいるようです。しかし、朝がくるとやっぱり現政権が支配網を強固にして、夢を封じ込めてしまいます。いつもその力関係が緊張しています。現政権も完全に、夢党を反乱軍として完全に排除しようとは考えていないようです。緊張関係をもちながら、やっぱり夢を尊重しているのでしょう。野党として一目置いているわけです。やっぱり平和共存を模索しているのではないでしょうか。これはガンと付き合うときにも使える譬えのようです。体の健康状態を維持している現政権の中に反乱軍としてガンが誕生します。いままで正規軍だった軍隊が突然反乱軍になるわけです。しかし、その反乱軍を徹底的に排除しようとすると、かえって反乱軍は正規軍全滅を目的にします。そうではなくて、やっぱり平和共存を模索していくことが大事なようです。反乱軍は反乱軍のまま、正規軍と平和共存の道を模索してゆくのです。これはまたまた、農業の世界にも通じるそうです。だいぶ前ですけど、福岡正信さんが『ワラ一本の革命』という本を出されました。彼は九州で鶏糞を使って自然農法を実践したひとです。彼がテレビに出ているのを拝見しました。「ここが畑です」と言うのです。しかし全然、畑らしくないのです。福岡さんが、その中から「これが大根」と言って引っこ抜くと確かに大根なんです。雑草がたくさん生えている中に大根も雑草のように植わっていたのです。私たちが畑として知っている既成概念が崩れてしまいました。ウネがあって、そこに整然と大根が並んでいるのが普通の畑です。しかしそこにただ広場に雑草が生えているとしか見えない畑でした。福岡さんいわく「他の雑草と同居することで、俺は大根だという自覚が生まれるんです。自分は大根として生きなきゃと大根が大根らしくなるんです」というふうなことを言われました。同じ大根を植えたんでは大根らしくならないというのです。なんだか、もはや大根に意志があって、大根自身の自己実現をしているようです。しかしそんなふうに福岡さんには大根が見えているということに大変感動しました。やはりいのちなんですね。異質なものがあるから、自己が自己になる。これはあらゆる世界に通じる真理のように思いました。教育現場では、みんな同じ大根を作ろうとしているようです。でも、他の人間と違っているからこそ、その人間が個性豊かに自己を実現できるんですね。均一化することで、生きる力がなくなるわけですね。逆をやっているのが日本の農業、教育なんですね。いまの日本の若者は、ひとから嫌われることをものすごく恐れます。他人と違っていることは許せないのです。自分は「こうだ!」と主張するよりも、皆がどう思っているかということの方が重要なんです。それは、ほっておけばやはり同化して、均一化する方向へゆくんですね。教育は逆に、個別化、異質化をしなけりゃいけないんですね。自分が自分だと主張できる自信を持てるようにしなければいけない。みんなと違って感じているということが許される空間を作らなければならないのでしょう。違っていることが素晴らしいのです。「ちょっとヘン」くらいがちょうどいいんです。人間はひとを大事にすることはできても、なかなか自分を大切にすることは難しいのです。自分を大事にするということは、自分の感じている事実を大切にすることです。どんなに周りからみておかしいことでも、大事にしなけりゃいけないんです。なぜなら、それは自分に起こっている感じであって、自分が起している感じではないということです。この「起こっている」と「起している」という違いが大事です。自分はあくまで装置です。その装置の上に起こっている現象こそが、大事なんです。家族という畑の中で、どれだけ個性的に自分を発揮できるか。「みんな違って、みんないい」という金子みすゞの詩を思い出しました。

 

2003年03月04日

●石和温泉で同朋会議という一泊の研修があり、行ってきました。お話は朝日新聞の菅原伸郎先生でした。テーマは「入り口から出口へ」でした。現代日本の教育現場では、出口しか教えて来なかったと言われます。出口とは「結論」であり「答え」です。テストは答えがあっていればいいのです。「どうして?」「なぜ?」という問いを育ててこなかったのだといいます。子どもは大きくなってゆくとき、必ず絶望やら挫折やら不安を感じます。そのとき、どのようにそこを乗り越えてゆくのか?そういうことを学んでこなかったのでした。公教育では、そのまま宗教を教えることはできません。しかし、国語の時間に孤独や死などを扱った教材を通して宗教的センスを学ぶことができるわけです。「入り口」は、まさに「問い」であり、孤独や絶望や不安なのです。その動機があって、初めて、出口である結論が結論の意味を持ってくるわけです。その動機なしに出口だけ教えられたのでは、子どもたちは生き生きと生きることができません。今日「宗教」という言葉が一人歩きしていて、もう「宗教」と聞くだけで、拒否したくなる感じをもっていますね。小生も、この「宗教」という言葉が嫌いです。仏教は宗教ではないという感じをもっています。そのへんの人に「あなた、宗教を持ってますか?」と尋ねれば、ほとんどの人は「ノー」と答えるでしょう。「宗教に凝り固まっている人間はろくなもんじゃない」とか「そんな恐ろしいものには関わりたくありません」とか「宗教に走るほど弱虫じゃありません」などと、批判されてしまいます。確かにオウム事件以後、「宗教」=危険というイメージが焼きついてしまいました。しかし、宗教とは何かという定義が出来ない以上、イメージに過ぎないのです。宗教にまつわるイメージがあるだけなのです。ですから、大雑把に宗教という言葉でひとくくりにされてしまっているだけで、その実体は不明確ということです。よく「産湯は流しても赤子を流すな」と聞きますね。つまり「宗教」というイメージがもっている毒の部分は、キレイに洗い流して捨てなければなりません。しかし、そのイメージがもっている赤子=良き部分は流して捨ててしまってはならないのです。みすみす死ぬことを知っていながら、なぜ人間は生きなければならないのか?とか、ひとはどうして絶望するのか?とか、生きる意味はあるのか?とか、自分って一体何なのだろうか?とか、そういう実存的な問いを宗教は持っているのです。戦後の教育は、そういう部分には目をつぶってきたのです。そんなことより、よい点数をとって、よい会社へ行って、よい人生を生きればいいのだと、その先は考えなかったのです。いわば人間の闇の部分には目をつぶってきたのです。しかし、その闇の部分へ押し込められた欲求が一気に爆発したのがオウム事件ではなかったでしょうか。彼らはそういう実存的な闇の部分の問いを子ども時代に過ごして来なかったようです。いわゆる「順調」な思春期を過ごしているようです。ひとの境遇は、各人、みんな違うわけです。ですから一概には言えません。しかし、どんな境遇であろうとも、実存的な闇を抱えているわけです。日頃は見えない闇の部分です。それは見えないのではなく、やっぱり見ないようにしてきたんでしょうね。教育現場では、まさに「順調」に生きてきた先生が多く、そういう実存的な闇の部分を知らないので、子どもたちに教えることすらできないのだとお話されていました。「ひとに親切にしなさい」と教えても、なぜ親切にしなければならないのか、そういう問いを育てられないのでしょう。なぜ万引きはいけないのか?なぜ売春はいけないのか?そういうことに対する問いを学ぶことがないのでしょう。それは既成教団にもいえることで、先に答えがあるんじゃないかとも言われていました。「お念仏しなさい」といわれても、なぜお念仏するのか?ということが抜け落ちているというのです。まあ、だいたい僧侶自身が、そういう問いを立てたことがあるのかどうかが問題です。自分は分かったことにして、門徒のひとにだけ教えを説こうとすることが間違っているのでしょう。宗教用語は意味が深いです。念仏・本願・淨土・信心・往生・回向等々、どの言葉をとってみても意味が深いです。その言葉の意味を現代的に翻訳し直すということが現代僧侶の仕事のように思います。「本願」という言葉は、現代ではどういう意味になるのか?と翻訳するのです。それが、真宗の復興になるはずなのです。これから少子高齢化社会になれば、やがて寺がつぶれてゆきます。法事をする人も少なくなりつつあります。葬儀も、寺抜き葬儀が増えています。あるいは身内だけの葬儀を済ませる家も多くなりました。この現状にどう対応してゆくのか。それは本質から考えなければなりません。小生は、宗教用語の翻訳が先決問題だと思います。聖書は「ひとはパンのみに生きるにあらず。神の口よりいずる言葉によって生きる」といいます。経済は大事です。しかし経済だけでは生きられません。人間は「意味」というパンを食べる生き物だからです。そこに神の言葉、我々で言えば「仏の言葉」によって生きるということが要求されてくるのです。

 

2003年03月02日

●うちの門徒さんの話です。家に帰ると、孫が昼寝をしていました。よく眠っているなぁと思いながら、茶の間でお茶を飲んでいました。やがて、眠そうな目をこすりながら、孫が寝床から起きてきました。その方は「よく眠ってたなぁ、お昼寝してたのか?」と孫に問いかけます。すると孫は「ボク、よく分かんないよ。だって眠ってたんだもん…」と答えたそうです。それは、そうに違いないよなぁ、(^^ゞだって眠ってたんだから、自分が眠っていたことを知っている筈はない。これは実に哲学的な答え方だと思います。そう言えば自分自身もそうなんですよね。眠っているときには、眠っているということも忘れて眠っているわけです。目が覚めてみると、自分は恐らく眠っていたに違いないと推測するので、果たして何をしていたのかはよく分からないのです。いま、この瞬間も夢の中の出来事かもしれませんよ。眠りから覚めたら、どうなんでしょうね。でも、覚めたところがまた夢の中かもしれません。これが「現実」だと自分は思っているだけで、それが本当に夢の中のできごとではないと言い切れないのです。如来の眼から見れば、人間はみんな夢の中を生きているようなもんだとご覧になっているんじゃないでしょうか。丸山圭三郎風に語れば「人間は恣意的現実を生きている生き物」ということになりましょう。恣意的とは、<人間的>という意味です。鳥でも熊でもゴキブリでもない人間として、人間的な現実を<人間界>として生きていると。

 眠っているとき夢をみますけど、あの夢も瞬間的に見ているそうですね。目覚ましがなって、起きなきゃと思っているうちに、ついウトウトしてしまいます。そんな数分間に、大長編スペクタクル映画のような夢を見ることがあります。実際の映画もあの時間で済めば、ETにしても一瞬で見られていいですよね。将来そういう映画ができるかもしれませんね。夢を見ているときの時間と空間はどうして、あんなに深くて長いものなのでしょうか。浦島太郎が龍宮城にいたときの時間と似ていますね。あれは、楽しいときの時間は短く、苦しいときの時間は長く感じるという特性を象徴的に表現していました。あの新幹線の運転手が居眠りをしていたなんていうのは可愛いもんですね。小生は、あのひとを批判できないんです。小生も居眠り運転で車をぶつけたことがありますから。でも、新幹線なんかは駅と駅の間隔が長いですから、居眠りをするのが普通ではないでしょうか。そりゃ山手線なら寝てる暇もなくアクセルとブレーキを掛けなければいけませんけど、新幹線はそんな手間はいらないんです。もともと人間は居眠りをする生き物だというところまで見越して、新幹線をつくらなゃきゃダメなんですよ。「眠るのは気持ちがたるんでいるからだ!」と批判する人がいますけど、それは「心頭を滅却すれば火もまた涼し」といった精神論です。それは人間の本性を見失っている発言です。その精神論の延長上に「神風が吹くぞ」といった日本精神論があります。そうではなくて、もともと人間は間違いをたくさん起こす愚かな存在なんだという認識がなければならないと思います。いわゆるフェイル・セーフの発想が大事なんですよね。ジャンボジェット機は、その発想で出来てます。ひとつの回路が故障しても、次の手、次の手と安全に回避する装置を搭載してます。それでも落ちるときには落ちるんです。いやはや人間は、まったく愚かな生き物です。

 ところで蓮如上人は「人間は、50年60年の楽しみぞかし…」と言ってますね。やっぱり「楽しみ」なんですね、人間は。楽しみであるからアッという間に一生は過ぎてしまうのですね。苦しみの娑婆だとは口では言っていても、やっぱり楽しみも多いのでしょう。美味い酒はあるし、御馳走はあるし、それなりに楽しいこともたくさんありますからね。苦しみなんかすぐに忘れてしまうんですよ。子育て真っ最中のときには「大変だ、大変だ」と言いながら生活していました。しかし時間が過ぎてしまえば、アッという間に忘れてしまいます。辛いことがあっても、人間はそれを忘れてしまい、思い出に変えてしまえるんです。不思議な能力をもっていますね。ですから、「人生は生老病死という苦しみが多いのだ」とお釈迦様にいわれても、屁とも思わないわけです。本当に人間は苦しむこともできない生き物なのかもしれません。良いことも悪いことも、苦しみも楽しみも、みんな水に流してサッパリしてしまうんですね。徹底的に、苦しむとか徹底的に楽しむということができません。ですからあの「極楽」ということにはならないわけです。「極楽」とは、「楽のきわまり」ですから、「究極の楽」という意味です。この世でちょっと温泉に入ったり、宝くじが当たったという程度の楽じゃ「極楽」にはならないのです。そういう楽を人間に与えようというのですから、人間は欲しがらないんです。「私は宝くじが当ててもらえれば、それで満足なんです」という程度の楽なら欲しがるわけです。極楽は拒否しますね。それでも執着は大切だと思うんですね。このことひとつと、的をしぼって執着するということは大変な能力です。それが金儲けであろうと、恋愛であろうと、仕事であろうと、趣味であろうと、なんであろうと、「このことひとつ」と決めて執着しているひとは何かを体得してゆくものです。一番執着が深い人を仏さまというのではないでしょうか。いつでも、どこでも、いつもそのことばかりを考えている人。それは仏さまです。自分が救われたいばかりに、あらゆる人間を救わずにはいられないと執着しています。あらゆる人間が救われなければ、自分は仏として失格ですから、もう一生懸命、「どうやって救ってやろうか」と、そのことばかりを日夜考えているわけです。一番、自利の深い執着は仏さまでしょう。人間は、気持ちが散乱していて、ひとつのことに執着することもできません。いくら悪人だからといっても、「クモの糸」のカンタカのように、クモを助けてやるという行為をしてしまいます。徹底した悪人にもなれず、徹底した善人にもなれないのです。人間とはいとも、中途半端な生き物だと思います。

(明日は、同朋会議という教区の仕事で石和に行ってきます。更新は難しいかもしれません。m(__)m)

 

2003年03月01日

●あれっ、今日は2月29日じゃないの!腕時計は29日となってるんだけどなぁ。ちょっと待ってよ!まだ3月に入るには早すぎるよ!ちょっと待って下さいよ!しかし残酷にも、現実は3月1日なんでした。いつも月が変わるときに感じるんですけど、これって、今までいた部屋を出て、次の扉が開いて、新しい部屋に入ったような感情を受けるんです。前月の生活が、ひとつ手前の部屋に取り残されてしまい、無理やり次の扉を開けられて、そこへ通されていくような感じです。物理的には月の変わり目はないのに、精神的には大きな変わり目を感じます。これが年になるともっと大きな変わり目を感じます。三月のカレンダーを見ると、ゾッとするほど予定が書き込まれています。嫌いなイベントのお彼岸というやつがやってきます。お彼岸というものは、何のためにあるんでしょうかねえ。一般にはお墓参りイベントになっていますね。「普段忘れている先祖にご挨拶」というやつですね。それも自己中心のお祭です。お墓参りが終わると皆さんスッキリしたような顔をして帰路に着きます。お墓参りをしないとどうも落ち着かないとか、気になってしかたなかったとか、様々なことをのたまうのです。そしてお墓を磨いて、水をかけ、お花を差して、線香あげて、手を合わせて、そしてスッキリするわけです。しかし、先祖は、本当にスッキリしたのかどうかはお構いなしです。自分がスッキリすればいいんです。仏は関係ないんです。自分が満足しているから、仏さんも満足しているはずだと憶測しているだけです。本当に仏さんが満足しているかどうかなんか、これっぽっちも考えたことがないんです。まったく生者中心、自己中心のストレス解消イベントが彼岸というやつですね。「死人に口なし」で、仏さんは無言ですから、やりたい放題に蹂躙されても黙っています。この生者の罪を、告発する人間に坊さんはならなきゃダメだと思います。まったく「仏事(ぶつじ)」ではなくて、それじゃ「人事(じんじ)」ですよ。会社にも「人事課」というのがあるくらいですから、お寺にも人事課を作ったほうがいいですね。法事の受付のときに人事課に御用ですか?それとも仏事課に御用ですか?と確認したほうがよろしい。まったく人間から仏さまへの眼差しにしか関心はないのです。それは人事です。仏さまから人間へという眼差しなどには無関心なんです。そんなことを考えるのは面倒ですからね。しかし「仏さまから生きている人間への願い」などというと、「死んだ母は私に何を言いたかったのでしょうか?教えて下さい?」ということになって、恐山のイタコの口寄せを要求されたりするんです。仏さまは、人間の言葉は話さないんです。楽しみも苦しみも、恨みも愚痴もない世界に旅立たれたのが仏さまです。もはや人間の言葉ではなく仏語を話すわけです。仏語を翻訳するのが、仏界と人間界を行ったり来たりしている坊さんの役目でしょう。それは人間にとって厳しい着き付けなんです。なぜならば、「人間界と仏界」の棲み分けを徹底するからです。人間の言葉や思いは、仏界には絶対に通じないという断絶を突きつけるからなのです。庄松さんの言うように「オラは墓の下にはおらんぞ!」ということになるのです。仏さんを人間の思いの世界に閉じ込めることはできません。ちゃんと棲み分けをしなければならないのです。それだから仏さんの世界を「真実淨土」というのです。「真実」の世界に仏さんは住んでいるのです。比喩的に語れば、空気のような存在になるわけです。姿も形もなくなり、人間の肺の中に吸われたり吐かれたりしながら、毛穴から出たり入ったり、初めもなく終わりもない、そういう融通無碍になるわけです。そこは人間の思いの届かない世界です。「済まなかった」と後悔しても、また「これでよかったのだ」と胸をなで下ろしてみても、そういう人間の思いがまったく届かない世界なのです。それだから、「真実」と言えるわけです。人間が住んでいるのは虚偽の世界、形のある世界、方便の世界です。そこには絶対の断絶があるのです。絶対の断絶という形で「真実」に触れることになるのです。ですから、仏さんを人間の「思い」という檻から解放してあげて下さい。自由にしてあげてほしいと思います。それをこそ仏さんは願っているのでしょう。その願いを聞く、それこそが彼岸に、人間の出来る唯一のことではないでしょうか。

 お彼岸を公衆便所のようにしてはならないのです。お参りしてスッキリして、それだけというお参りは無残なものです。本当に仏さまを大事にするのであれば、仏さまの願いを、真剣に考えてみることです。「お前は、それでいいのか?」「生きる意味は何か?」「所詮、死んでしまうんだぞ、人間は!」などという声なき声に耳を傾けてみましょう。

 

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