祈祷会説教

2020年9月15日(水)祈祷会説教

向きを変えて、新たな道へ  申命記1章1~8節

 申命記:ヘブル語聖書「デバリーム」(ことば)ギリシャ語訳(第二の律法)とのタイトル。
 日本語で申命記と名づけられたのは、神の命令が再度告げられたとの意味から。
 そしてこの申命記の内容は、ヨルダン川を前にして、モーセがイスラエルの民に告げた訣別の説教がその主なものとして記されている。
モーセの3つの訣別の説教と祝福と戒めが記されている。
 そしてモーセは荒野の旅40年を振り返りつつ、いよいよカナンの地に入っていく次世代に対する信仰のメッセージ、チャレンジを語っている。
 荒野を40年旅する中で、出エジプトを体験した世代の多くは死んでしまいました。
いわゆる不信仰とつぶやきの世代は終わりを告げた。
それと共に新しく始まるのは、ヨシュアとカレブを次の指導者とする信仰の次世代である。
モーセはその事を申命記の冒頭で語っています。

1:5 ヨルダンの向こうの地、モアブの地で、モーセは、このみおしえを説明し始めて言った。
1:6 私たちの神、【主】は、ホレブで私たちに告げて仰せられた。「あなたがたはこの山に長くとどまっていた。
1:7 向きを変えて、出発せよ。そしてエモリ人の山地に行き、その近隣のすべての地、アラバ、山地、低地、ネゲブ、海辺、カナン人の地、レバノン、さらにあの大河ユーフラテス川にまで行け。

 ここには信仰の次世代が獲得すべき、約束の地カナンの全土が記されています。
 またカナンの地は、神がイスラエルの父祖アブラハム、イサク、ヤコブに与えると約束された地であり、この地は荒野の旅の目的地でもありました。
 そしてモーセは、今ホレブの山(シナイ山)を出発して向きを変え、セイル山を経て、カデシュ・バルネアに向かいなさい。あなたがたは「あなたがたはこの山に長くとどまっていた。」と語っている。
荒野と言う現状に長くい過ぎている。慣れっこになっている。もう40年と言う長い歳月が流れた。だからもう一度、信仰による再出発をしなさい。そしてあなたがたが再出発を始める場所は、カデシュ・バルネアである。
1:2 ホレブから、セイル山を経てカデシュ・バルネアに至るのには十一日かかる。

 このカデシュ・バルネアとは、かつてイスラエルの民から12人のカナン偵察隊が送られた場所であり、10人の不信仰な発言により、カナン占領を断念した場所でした。主の命令に逆らった場所。ここから荒野の40年の生活が始まった。信仰の分岐点。
 カデシュ・バルネアは、信仰のリベンジの場所であった。
モーセはそこから新たな歩みは始まる。「信仰の次世代は、不信仰を克服してこそ始まるのである。」とのモーセの強いメッセージである。
そして新たな歩みを始めるために必要なことは、向きを変えることである。
「あなたがたはこの山に長くとどまっていた。向きを変えて、出発せよ。そしてエモリ人の山地に行き、・・・さらにあの大河ユーフラテス川にまで行け。」
 
 向きを変えるとは、方向転換することである。不信仰から信仰へ、荒野から約束の地へ、人間の考えから神のことばへ、向きを変えることである。
 また方向転換するとは、悔い改めることを意味している。自らの間違った生き方を改め、神と共に生きる人生、神のみことばに従って生きることを決意する。そのような意味がある。 
 私たちは様々な問題に遭遇し、思い悩み、同じところをぐるぐると回り抜け出せないことがあります。思いにおいて堂々巡りしてしまう。(荒野の旅)
 そのような時、心を変えること、視点を変えることはとても大切ではないか。
 心の方向転換。向きを変える。
 主は私たちが信仰の原点に立って、再出発することを望んでおられる。
 主に目を向け歩み始める時、主が新しい道を示し、開いて下さるのではないだろうか。
 閉じた扉ばかりを見ていないで、うしろの開かれた扉に目を向けることが大切ではないか。
 今という現状の中で、主が備えられている新しい道、開かれた道を求めて行こうではないか。