19世紀末までには色んな物理分野が完成されていきました。
これはニュートンの考えやニュートン力学が非常に大きな影響を与えていたからです。
ニュートンの研究は万有引力を含む力学が有名ですが、実はニュートンが学者として名を得たのは光学の研究だったのです。
それまではアリストテレスの考えに基づいて、「光の本性は白色である」と
されていました。そして、光と対をなすものとして闇が考えられ、あらゆる色は光と闇の混合色であると考えられていたのです。
これをニュートンはプリズムを使い、「光は屈折によって様々な色を持つ」ことを示したのです。これによりケンブリッジのルーカス講座教授になっています。現在、この教授の席にはホーキングがいます。
この後に、有名な運動の法則や万有引力の法則を発見します。
この時代以降、ニュートンの考えは自然科学に君臨することになります。
ニュートンの考えの中で代表的なものは、「光の粒子性」、「絶対空間」と
「絶対時間」です。この三つの内「光の粒子性」に関しては、ハッキリそうだと断言していたのではなく、「光は小さな物質」とか「直進する」ということを書いていただけで、これを後世の人達は「偉大なニュートンが光は粒子だと言っているのだから、光は粒子だ」と誤解してしまったわけです。
これによって長らく「光は波動」であるという考え方が退けられていました。
今では「
光の二重性」として粒子性も波動性も持つことが知られています。
そして次に「絶対空間」と「絶対時間」ですが、これはどんなところでも空間や時間は等しく同じというものです。
後にアインシュタインによって、空間や時間は相対的なものだということになりますが、これはあくまでも相対論的な場合であって、私たちが日常的に暮らしている状態では「絶対空間」や「絶対時間」を考えても何ら不都合はありません。ですから、『「絶対空間」や「絶対時間」が否定された』と考えるのは間違いです。
もし否定されたのであれば、ニュートン力学も否定しなくてはなりません。
ニュートン力学では、「絶対空間」や「絶対時間」を考え、さらに光の速度を無限大として考えます。
この光の速度が無限大という考え方は、おそらくデカルトの考えを踏襲したものと思われます。
そして万有引力のように二つの物体に働く力は瞬間的に働くとも考えていました。これを「遠隔作用」といいます。
クーロンの法則でもこの考え方は適用されています。
当時、力の働きは「遠隔作用」なのか「近接作用」なのかで論争が起きるほど重要な事柄だったようです。
しかし、ニュートン力学万能の時代でしたから、「近接作用」の考え方は押しやられることになります。
「遠隔作用」とは違って、二つの物体に働く力は一瞬では伝わらないというものを「近接作用」といいます。
もともと「近接作用」の考えというのはデカルトの考えで、力が働くのは一瞬ではなく、水面の波がだんだんと広がっていくように時間をかけて働くというものです。
この「近接作用」の考え方はファラデーの電気分解の実験によって、さらに信憑性を増すことになります。
それに伴った電磁気学の発展により、「
場」という概念を生み出します。
しかし、実際には、この二つの作用は場合によって使い分ければ良くて、
どちらが優れているというものではありません。実際、私たちの日常では
「遠隔作用」の方で十分間に合います。
ただし、「近接作用」の立場を取るとき、何もない空間が”ゆがん”で、その
”ゆがみ”によって空間が波立って、その波が伝わるということになります。
波が伝わるということは、波を伝える「何か」があるはずだと考えたわけです。何もない空間、つまり真空には「
エーテル」という人間には感じることの出来ない物質で満たされていて、”ゆがんで”いるのは「エーテル」だと考えたのです。
なぜ、こんな風に考えたかと言うと、ニュートン力学万能の時代で、とにかく電気的な現象、さらに「近接作用」と言えども、ニュートン力学によって説明出来ないことは無いと信じられていたからです。
波が伝わるなら、伝える「何か」があると考えるのは、ごく普通のことです。
ところが、この「エーテル」は、どうやっても検出することが出来ません。
この問題の解決は、次の世紀に持ち越されます。そして、この「エーテル」の存在の可否が古典論の限界を指し示すことになるのです。