長崎先生講義録
結婚期の問題 2000.8/9
 大阪で灰谷健次郎の講演を聞いた話から。

「知能と職業が一致することを見せつけることは良くない」。頑張れば叶うんだ、という思いを破壊することになってしまう。

 また、子供の「人を殺すことはいけないことなのかなー」という問いにどう考えるか、という問題。確かに人を殺すことはいけないことかもしれない。
だがつい50年前には人を殺すのが当たり前であり、大きくなったらたくさん人を殺すのよ、と子供を育てた時代があった。

 子供の「なぜ人を殺してはいけない?」という問いは、決してそのままの意味ではなく「他の人は、人を殺したいと思ったことはないのかな?」「そういうときみんなはどうしてるのかな。そういう気持ちをどう処理しているのかな?」という問いではないか。
だから問いに対して「そんなことも判らないのか」的な対応をしたら気持ちのすれ違いになってしまう。

 ちなみに、灰谷さんの小説「天の瞳」に登場する主人公は「倫太郎」、長崎先生の息子さんは「凛太郎」

 さて、明治期には離婚率がおよそ30%だったという。「離婚してはいけない」というメッセージは戦後広まり、受け入れられたのだ。

 それは戦前の女性が我慢をして生きていたということでもある。
誰かが我慢をしているから社会が成り立っていた。その我慢を女性が引き受けていたということである。
従って単純に「昔はよかった」といっても何も始まらない。何が良かったのか、何が悪かったのかはっきり示すことが必要である。
また「よかった」といっても、「よい」とはどういうことなのかこれもよく考える必要がある。

 いずれにせよ、我慢をする立場だった女性の地位向上が見られるなど、社会の変化の中、男女間のパートナーシップはとりづらくなってこきている。この「がまん」することの大切さは、前回の「調整力」と同じである。

 結婚に必要な事柄は2種類ある。まず一つが、知的なもの、収入など量れる部分である。そしてもう一つが安心感、満足感などの量れない部分である。

 「テストは100点満点だけど人間関係は30点」という子供がいるが、こういう子は大きくなってからは伸びない。なぜならテストの役に点は学校でしか役に立たない上に、仕事をする上では人間関係を上手にとることの方が大切だからである。
一方「テストは30点だけれどいう子もも人間関係は100点」といる。こういう子は、困ったときにみんなが助けてくれることが多い。こういう人間こそ社会にでてか全体の中のら伸びるのである。
実は量れる部分は、ほんのわずかなものを測っているに過ぎないし、なによりも量れない部分の方が大切な事柄であることの方が多い。
 灰谷さんの話の中に、子供時代にハラが減って盗みに入ったら、先生の家の店だった。事情を話したらいっさい叱らず弟の分の食べ物も持たせてくれた、という話があったという。
「先生」としての対応ではなく、極めてカウンセリング的な対応である。この子は先生になろうと決意したという。

 人間関係の量れない大切な部分というのはこういうところにある。相手をイヤな気分にさせることは極めて簡単である。自分勝手に振る舞えばいいのだ。とすれば大切なことは「思いやり」か。

 家族が生活していく上で大切なことにアタッチメント(attachment語義は愛着・愛情など、ここでは関わる・接触といった意味)とデタッチメント(detachment切り離し、親離れ、子離れなど「それじゃダメだよ」と突き放す面のこと)がある。

 男親に「子育てに関われ!」というのはよいが、「よせよ」「ほっとけよ」という役割も大切。それこそ男親の役割でもある。

 現代は座布団の上に子供を座らせておいて、親だけがまわりでヤイノヤイノ騒いでいるような状態である。そんな子供は座布団を取ったらひっくり返ってしまう。人間関係の中で学ぶことが大切なのではないだろうか。

 ある信用金庫の支店長さんが新入社員を呼び捨てで叱ったら、新入社員はぼろぼろ涙を流して「言っていることはよく分かりました。でも呼び捨てにしないで下さい」と言った。後日、小学校では児童全員をさん付けで呼んでいると聞き、支店長さんは「学校ではどうしていても構わないが、社会には社会、企業には企業のやり方がある。『さん付け』が悪いことではないのだろうが、そんなことばかりを学校では気にしているようでは困る」と話した。
 大人がはっきり物事を言い、デタッチメントをする事が必要である。

 カウンセリングを学ぶ意味は「人間の考え方を知る」ところにある。相手の気持ち、考えを知れば上手に人間関係を作ることができるはずである。例えば子供の考えを知れば子供に安心感を与えることができる。人間にはいろんな面がある。良い面も悪い面もある。それらがコミで人間であること、それを知ることは極めて大切である。悪い面もあって良い。
悪いことをしない子は、何もしない子である。怒られないようにしているだけ。

 さてパートナーを選択するとき、初めは「優しい妹がいたらなー」というイメージの段階である。
このようなつぶやきが聞かれたら、異性への興味の始まりのサインである。

 そして「あの人かっこいいよね」といった具合に次第に具体的な異性に変化していく。ここでは「〜よね」と同性へ同意を求めている。つまりいったん同性仲間との一体感を持ち自分の性別について自我を確立しようとするのである。

 恋愛の過程で人は相手に合わせて自分を変えようとする。また生活を共にすれば合わせざるを得ない。
青年期においてもっとも大切だったのは自分を作ること。すなわち自我の確立である。しかし恋愛・結婚の過程で、ようやく作り上げた自分を壊して新しい価値体系を共同で作り上げることになる。これが結婚期である。

 結婚して10年は男女の関係、次は苦行の10年、その次は歩み寄りの10年という。宮川さんは亡くなられた奥さんへの思いを本のかたちで出版された。そこには共有された時間何十年分の重みがある。
 (文責:菊田)