長崎先生講義録
人生の転機 2000.9/6
 平均は存在するか、平均の人は存在しないのだ、という話から。
 幻冬舎の創立者に見城徹という人がいる。彼によればは「伝記になる人は、他の人と違う人、変わった人、変な人だから伝記になる」という。

 ベン=ジョンソンやカール=ルイスは、常に周囲から「あのトレーニング法は間違っている」と言われてきた。しかしいったん勝ってしまうと、「その練習法には裏付けがあった」となる。

 「情報化」とかまびすしいが、本を信じるのは危険である。出版され、誰もが知るようになった情報に価値はない。ちょっと違った情報だからこそ価値があるのである。

 今この講義で話している発達の心理の問題も「平均」である。つまり「統計的にいうと〜ことである」ということである。、「平均(標準)ではあるが、これが全てではない」「大多数はこういう人が多い」ということである。当然そこからはずれる人もいる。それは間違いなくいる。ただ多くの人はこうである、ということである。その人特有の部分、つまり個性の部分を大事にすることは必要である。しかし「こころ」という目に目見えないものを扱う以上、「統計的に〜である」という処理は極めて重要であるし、そこから「こころ」がわかるようになる。また「標準」がわかってこそ、「多様性」という言葉も生まれるし、そこから「違いを認める」ところにも話がたどり着くのである。


 スルガ銀行の奨学金をもらっている学生への講演の中で、ある大学(聖隷クリストファー看護大?)の先生は、若い人に言いたいこととして、@清潔になりすぎである A機会によるコミュニケーションを止めよう B教育の食べ過ぎ という話をした。
 最近抗菌グッズなど清潔志向が高まっている。しかし世界中で12億人の人はきれいな水を飲むことができない生活をし、13億人は一日1ドル以下で生活をしている。それを「汚い」と考えることは、「自分以外はの存在は汚い」と考えることと同義である。

 ある学生が幼稚園で「バイ菌遊び」をはやらせようと考えたが、園児たちは理解できなかったという。「汚い」という衛生観念は小学校2〜3年生にならないと芽生えないのではないか、と考えられる。しかし生活からバイ菌を一切排除することが不可能であり、人間がバイ菌とともに生活するしかない以上、行きすぎた清潔志向は危険である。「自分以外は汚い」という発想は他者を排除するものであり、いじめの温床になりうる。

 また機械によるコミュニケーションは、人間の触れ合いや言葉の持つ温感を失わせる事になるという。

 さらに教育による、その子への構い過ぎ、与えすぎ(これを「教育の食べ過ぎ」と表現した)による弊害も指摘された。放っておくくらいの方かえってやる気になるという。

 さて「人生の転機」について。人には様々な転機が訪れる。例えば家から出る、結婚、転職など。物理的な問題だけでなく、目に見えない人間関係や、家、親族の縛り、食べ物など、また誕生、死亡、別離、入学、進級、就職などでも様々な事柄がストレスとして押し寄せてくる。

 こういった転機が訪れたとき強いのは、モデルがある人である。モデルがあれば、状況に対してどうしたらよいかイメージできる。その人ならどうするだろうか、そう考える中で対処が見えてくる。しかしモデルがなければ何をどうしたらよいか判らない。自分でゼロから考えるより、誰かの真似をしながら自分らしさを見つけていけばよい。

 四苦八苦とは、4×9=36と8×9=72を足して108の煩悩になるからだという。
だれしも再出発のさいには不安になる。場面が変わり、生活が変化し、今まではこれで良かったのに、と思うとイヤになり、こんな選択しなきゃ良かった、となる。


 例えば子育てなどはその典型である。そういった場合には悩みを打ち明け、共有し、助け合う子育てネットワークが必要になる。

 悩んでいる人に「早く変われよ」と言ってもムダである。まずは安心感を与えることが必要である。不安なときに変わろうとは誰も思わないものである。「そうだね、私もそういうときがあったよ」と共感し、相手を落ち着かせる。その時点では決してアドバイスをしない。相手が「その時あなたはどうした?」と聞いてきてはじめて答える。しかし具体的には答えない。抽象的に答える。相手から聞いてきた、ということは、相手に「変わりたい」という意欲があるということ。しかし決断をするのはあくまで本人。判断を変わってやることはできない。

 様々な童話、例えは「一寸法師」のお話は「転機を乗り越える」ストーリーである。登場する「鬼」は「壁」であり、それは「親」である。これは「親を乗り越える」というお話なのである。鬼はやられて逃げていくが、もしかすると鬼(=親)は、一寸法師に自信をつけさせるため、わざと負けたのではないか、と考えられる。親は鬼となって嫌なことも引き受けなければいけない。それも親の役割なのである。

 桃太郎で言えば、桃太郎の3人の家来、サル、キジ、イヌはそれぞれ「知性」「見通し」「行動」の3つの能力のことであるという。3つの能力を獲得することで桃太郎は成長し、鬼をやっつけて壁を乗り越えられる。そうしてはじめて大人になれる。童話はこのような子供の成長物語であることが多い。


 高齢になってはじめて習字で入賞した人に対して、ある先生は「遅咲きの花は大輪の花を咲かせる」と言った。無理をする必要はない。無理をしてまで変わる必要はない。しかし好きなことばかりやっていると人間としての深みはなくなる、苦労人の方が深い、という。

 転機は今までに自分を壊すことである。それは大変なことである。しかしそれを乗り越えることで、新しい自分を作ることができる。その体験はその人にとって大きなパワーとなる。

 後半は「ホスピタリティトレーニング」

 言葉だけで物事を伝えるのは難しい。よく「ちゃんと言ったはずでしょ!」などという場面があるが、「言う」ことと「理解した」とは全く異なる次元の問題なのである。それを体験する活動。

 左のような図形を、言葉だけで伝えて描いてもらう。

 大事なことは
  @準備(用紙、筆記用具など)
  A全体像の説明(いきなり描き始めないで、大まかな説明を)
  Bルールの共有(上から1番の四角と呼ぶなど)
  C再度全体の説明(おでんのような、など)

 伝わらないのが当たり前である。そう考えればまた見方が違ってくる。                                                         
 (文責:菊田)