長崎先生講義録
人間関係 2000.12/6
 少年犯罪は実は減っている。警視庁の統計によれば、殺人などの凶悪な少年犯罪のピークは昭和30〜40年代であり、1年間で800人程度の検挙者があったという。現在は300人程度。半分以下である。
 知能の高さと道徳的な部分は全く別である。知能が高いからといって必ずしも人格者であるとは限らない。学力とはいったい何なのだろうか。日本の子供は勉強が出来るが勉強は嫌いだ、という調査結果もある。

 長崎先生の父親は身体に障害があるそうである。従って幼い頃から障害者に対する妙な見方を持つことはなかった。子供の頃の友達に知的な障害のある子がいた。仲良く一緒に遊んでいたという。その子は現在ベニヤ板の工場で一生懸命働いているという。その明るく楽しい様子を見ていると、「知的に高い」ことの意味を考えざるを得ない。ピアノや習字などの習い事をさせ、勉強が出来るように育てることよりももっと大事なことがあるのではないだろうか。
 それは例えば人間関係の持ち方である。嫌いな先生がいる子供に対し、「私(親)もそう思うよ」と応えるのではなく、「自分もいろいろ嫌いな人はいるけど、そんな人の中にもいいところはあるもんだよ。それを見つけられたらお前もエラいと思うよ」などと。
 変に無理に納得させるよりは、また単に受け入れるのではなく、そんな言い方ができたら違うのではないか。

 スポーツ心理学の研修の中で、講師のスポーツ選手は「技術はあとからついてくるが、やる気はなかなか伝わらない」と話した。「やらされてやる」と「やる気でやる」はかなり違うものである。ある女性は看護婦の仕事の傍ら、趣味でボクシングのレフェリーをしているという。レフェリーをやると仕事に、また子育てに張り合いがでてくる、やる気がでてくる、すっきりするそうである。そして前向きに仕事に取り組める。逆にすっきり出来ないと、重い気持ちを引きずったまま仕事に、子供に向き合う。そんな、気持ちに余裕がないときには子供の甘えを受け入れられない、また子供に全力で向き合えないからかえって子供が甘えたりする。悪循環である。

 昔は移動の手段がなかったかからふ、必然的に地域でグループができた。そんな中でグチを言い合い、気持ちがおさまっていった。よいアドバイスがもらえていた。しかし現在は移動の足があるためにかえって人間がバラバラになっている。だから意図的に子育てサークルを結成する必要ができてくる。

 オウム真理教に入信した人にカウンセリングをした人が本を出したそうだ。なぜオウムに入信したのかと問われ、元信者は「この日本にあるのはカネとセックスと食い物だけだ」と答えたという。そんなまともじゃない世界を救いたいと思ったというのだ。今ななオウムに入信したりはしない、という。だが、この社会に納得はいかない、それは変わらない、ともいう。実はこの人の方がまともなのではないだろうか。このような社会に対して誠実に疑問を感じ、それを正したいと思っている。いったい我々とどちらがまともなのだろうか。

 腕を胸の前で交差し、交差したままで手のひらをあわせて指を組む。それを胸の前でぐるっと回転させる(おわかりでしょうか)。その状態で「この指を動かしてごらん」と言ってもなかなか動かせない。障害を持った子供はこんな感じだという。動かしたいんだけど動かない、動かせない、思うようにいかない。
 そんな子供に対し、大人はつい「何やってるんだ」と叱り、あげくの果てには「バカにしてるのか」と応じる。
 子供は単に何かが気になったり、上手に出来なかったりするだけなのだ。それを問題児としているのは実は大人の側なのだ。「問題児」は実は大人が作り出しているのではないだろうか。
 これからは障害を持った子供が普通学級にも入ってくる。障害を持った子供がいた場合、どう対処しなければいけないのか、そこを考える必要がある。

 さて、人間関係の問題である。
 就職した子供がやめたいと言い出すときは、ほぼ必ず原因は人間関係である。トラブルが起きたとき、どう対処するかは人によって違う。人間関係を大事にし、争っても益はないとぐっと怒りを抑える人、理詰めで理路整然と相手に迫る人、守る者があるときには徹底的に戦うという人、またそもそも争わない、争うことがない、という人など。

 河合隼雄はよく「51:49」という。「100:0」で物事が決まることなどないのだ。人は自分の価値を受け入れるが、他人の価値を受け入れることがなかなかできない、という。大事なことは、まず 素直な心である。人間は格好を付けたがる。「悪くみられたい」という人はあまりいない。多かれ少なかれよく評価されたいと思うものだ。しかし、よく見せよう、と思った時点で半分くらい出来なくなるもの。本当の、素の自分を出すことが大切。松下幸之助は「素心」が大切だと説いた。

 親にとって都合のいい子供を作ることが子育ての目的ではない。にもかかわらず、子供が言うことを聞かないと腹を立てる。「俺の子なんだからそんなに立派なわけはないんだよ。でも人様に危害を加えたりしない程度にはなってほしいな。そんなもんだよ。自分も親から完璧に育てられたわけではないし」 こんな風に素の自分をさらけ出して考えられるようなら子育ても大変ではなくなる。

 長崎先生が仕事を辞めて大学院に行ったとき、まず奥さんに話して納得してもらった。次に母親に話すと「奥さんには話したのか。納得してるのか」と問い、「一番分かってもらわなきゃいけない人に話をして、納得してもらってるのならそれでいい」と言ったという。一方父親は「バカヤロー」と電話を切り、奥さんの実家に「すみません」という電話を入れたという。
 その大学院で一緒になった人に、管理職になる人、ならない人の違いを研究テーマとする人がいたそうだ。それによれば、30代までに素晴らしい上司に出会った人はいい管理職になる、という。よいモデルに巡り会えば、そのモデルを目標に頑張り、伸びていく。またいざ自分がその立場になったとき、モデルの行動をマネするだけで的確な対処になる。30代はそういう時である。
 (文責:菊田)