長崎先生講義録
中年期の問題 2001.2/7
 長崎先生の住む河津町は河津桜の季節である。河津町もこれまで、河童、伊豆の踊子などいろいろ工夫して町おこしをしてきた。桜についてはあまり期待していなかった、という。だがニュースで取り上げられたり、新聞に載ったりするとみんなが来るようになる。各人情報を自分で選んでいるようで実は乗せられている、という面がある。

 WHOの基準によれば、中年期とは40〜65歳のことだという。
 60歳までに死ぬ人は100分の3だといわれる。だから生命保険は莫大な保険料がもらえるのである。しかし60歳を越えると死ぬ確率はぐんと高くなる

 「7・5・3」という言葉がある。いわゆる「七五三」ではない。授業を理解している子どもの割合が、小学校では7割、中学校では5割、高校では3割という調査結果のことである。このように人は幼年期、少年期、青年期と、階段を徐々に登っていく。だが、中年期になると、人は自分の衰えを感じるようになる。

 40代について最初に注目したのは河合隼雄である。河合隼雄はこの問題を「中年クライシス」として取り上げた。この時期、体の衰え、物忘れ、酒が抜けない、(これは特に女性であるが)更年期障害など体の変調がおこる。

 40代前半は夢が削られていく時期である。どんどん選択肢が亡くなっていく時期である。生きることは選択することであり、それは他の選択肢を捨てることである。

 日本の60歳定年制は昭和30年代に作られたものである。そのころは平均寿命が65歳くらいだった。そこで5年くらいは年金制度が維持できるだろうと、60歳定年制が決定されたという。
 その後平均寿命はどんどん延びていく。だが、高度経済成長の中、資金の運用で何とかなってきた。しかし、最近までのゼロ金利政策により基金取り崩すようになってきた。また人口の急増する団塊の世代(50〜55歳)のことを考えると年金制度が立ちゆかなくなることは明らかである。このところのリストラばやりにはそういった面もある。

 会社勤めをしていると、「自分がいなくなったら、後は困るだろうな」などと考えるものだが、そんな心配は全く必要ない。誰がやっても何とかなる、そのための組織である。一方新しいことにチャレンジできないのが組織でもある。その中で、中年期になると下からも上からもつつかれ、板挟みになる。
 特に上司に恵まれなかったときは、仕事そのものがイヤになることがある。そんなときは「イヤな上司も数年でいなくなる」と考えると物事に見え方は違ってくる。このように物事を捉える枠組みを作り直すことをreframingという。
 話の聞き上手な人は、このreframingを相手にすっとさせられる。人は悪口ばかり言いすぎると、ちょっと言い過ぎたかな、と思う。そこで「ああ、こんないいところもあるね」と思える。そんなことを促すことができる人である。

 人間は自分と同じ体験をさせたがる傾向がある。修学旅行に行かせるときには、枕投げが楽しいんじゃないかと思ったり、共同湯に入れる体験をさせたいと思う。しかしそれは昔行ったお店を懐かしく感じるのと同じことである。
 思い出がイヤな物であるほど、人はそれを美化して記憶しようとする。上手に「良いもの」にすり替えるのである。それができると過去を解消した、乗り越えた、と言える。過去のイヤなことを笑って話せる人は過去を乗り越えた人だと言える。

 さて、来年のことについて。事例を扱ってほしい、という意見が多く。来年度、前半はケースワークのすすめ方などを含めて具体的事例について。後半は実習を取り入れながら、という方向で話がまとまりました。 
 (文責:菊田)