長崎先生講義録
カウンセリングの進め方 2002.12/1

カウンセリングの3段階
 國分先生の提唱する、折衷主義カウンセリングの方法にコーヒーカップ方式というのがある。ここではカウンセリングの流れを三段階に示されている。


1 リレーション
 病気になった場合、人は病院に行き、その病状について医者とすぐ話に入ることができる。だが心の悩みの場合はまず、いきなり心の中を晒すことはない。まずリレーションをつくることが必要になる。その際使われる技法が受容・共感・支持である。

 同じ刺激を受けても受け取り方は人によって違ってくる。同じように育てた双子であっても同じ人間には成長しない。つまり人は違って当たり前なのである。だが、人は他人と自分が違うということを認めたがらない。それは怖いからである。だからこそ、カウンセラーは受容することでその怖れを取り除く必要がある。
 障害を負ったり、災害に遭ったなど大きなショックを受けたとき、人が辿る感情の状態には順序があるという。


1)パニック状態
 はじめパニック状態になる。阪神大震災の際、被災者の聞き取りを行うと、ほとんどの人が地震が起こったときのことを覚えていないと言う。誰かを助け出した、避難所にたどりついたなど、一事象が終わったところでようやく記憶ができる。
 その後、
2)否認 … 「そんなことあるわけない」「そんなバカな」
3)怒り … 「何でこんなことになるんだ」「許せない」
4)悲哀
5)自暴自棄
6)受容 … 出来事を受け入れる

 というように感情が変化していく。「この人は冷静に物事を受け入れているなあ」と思っても、しばらくたってからいきなり「怒り」がこみ上げてきたりする人もいる。順にステップを踏んでいかないと受容までたどりつけない。このように最後の「受容」にまで達するにはある程度の時間がかかる。

 カウンセリングが上手である、また「あの人と話をしていると感じがいいなあ」と感じる人は、このような1)から6)までの過程を経験し、様々なことをクリアし、現在の自分を受容できている人なのではないだろうか。

國分先生は、人間は次のような悩み・問題を経験している必要があるという。
a.経済上の苦労
b.人間関係の悩み
c.学校生活上の悩み

 こういった悩みを経験していないと他人の悩みに遭遇してもその問題がよく理解できない。例えば、カウンセラー学校によく適応してきた人であると、悩みに対して「もっと要領よくやればいいのに」といった考え方をしてしまう。



2 問題をつかむ
 言葉として表現される悩みは、実は核心ではないことがある。カウンセリング中、旦那さんに対する文句が出てくるなあ、と思っていると、実はお姑さんのことが問題であったりする。
 いきなり核心から話し出す人は少ない。子どもの不登校の問題などでも、現象面だけ取り上げると不登校だが、根本の問題は、子どもに無関心な主人のことだということもある。
 従って、幹に迫っていくことが求められる。そのために質問などの技法が用いられる。



3 処置
1)リファー(依頼)
 自分の領域でない、また手に負えない問題の場合、専門家に紹介することが必要になる。例えば、薬物投与が必要であればドクターにリファーするなど。

2)ケースワーク
 チームで検討会を持つ。不登校の場合、民生委員、児童相談所などにも入ってもらう。
3)スーパービジョン
 上の先生からアドバイスをもらいながら解決していく。
4)コンサルテーション
 内面的な悩みではなく、不登校の原因が経済的な問題の場合、奨学金や貸し付け制度をなどの具体的な手段を紹介する。
5)具申
 具体的な方法を上司に提案し、すすめる。
6)(狭義の)カウンセリング



後半
性格心理の知識と実習

 「こころ」はあるのか、どこにあるのか、本当にあるのか、というのはよくわからない。ただ、心理学では「ある」と仮定して話をすすめる。
 学問には2種類ある。ひとつは「科学」であり、もうひとつは「哲学」である。そしてその学問が科学足りうるには3つの条件がある。それは、
1)測定可能であること … 重さ、体積などを量ることができる
2)普遍性 … 誰にでも触って、見て、確認できること
3)再現性 … 誰が何回やってもできること。
である。

 しかし、哲学にはこの3条件が当てはまらない。例えば「神は存在するか」は、「ある」といえばあり、「ない」といえばない。そしてそれを論証することはできない。だが、だからといって学問から除外することはしない。「ある」と考えれば、「ある」という前提で話をすすめる。「無神論」「有神論」といった考え方はこうして存在する。この場合、神が「ある」「ない」は前提なので論証する必要はない。
 江崎玲於奈が小学校で講演をした際、「世の中で科学的にわかっていることと、わからないことはどれくらいあるか」と質問された。それに対して江崎玲於奈は直ちには答えず、「どのくらいだと思う?」と逆に聞き返した。質問した小学生は考えた末、「50%ぐらい」と答えた。その答えに江崎玲於奈はまず、「君はいい発想をするなあ」と受け止め、さらに「明日の天気はわかるか?」「天気予報でわかるよ」「天気予報はいつもあたる?」「結局大きなことはほとんどわかっていないんだよ」という会話の後、最終的には「わかっていることは1%に満たない」と返答した。
 バタフライ効果、カオス理論といった言葉が話題になったことがある。多くの要因が重なり合ってものごとは起きている。小さなことが大きな影響を生み出し、確実に予測し、再現し、測定するというのは大変難しいことである。結局、世の中は一つの法則では読み切れない、誰にでも通用するものはなかなかできないといえる。

 では、心理学ではこの問題をどのように考えるのか。「こころ」そのものは扱うことができない。従って、「行動科学」として人間の表面に現れた「行動」を扱っていく。
 同様に「性格」というのもあるのかないのか論証することはできない。
 「理論」というのは、「概念」の上に成立している。例えば「意識」「無意識」「コンプレックス」といった概念を構造化したものが精神分析理論である。フロイトはそのような概念の根本をギリシア神話などに求めた。
 同様に河合隼雄は日本の神話・物語を研究対象としている。それは日本人が何を考え、取り上げてきたかがわかるからである。それはこれからの日本がどちらへ向かうか、ということでもある。
 例えば「桃太郎」というお話では、鬼は「親世代」の隠喩である。それを乗り越えるために桃太郎は三匹のお供を獲得する。犬は「実行力」を意味し、サルは「知恵」、そしてキジは「展望、情報」を意味する。桃太郎というお話は、これらを獲得して親を乗り越える、という成長物語なのである。このように物語を象徴的・シンボリックに見るといろいろなことが見えてくる。



性格理論
 性格character理論では、人間をタイプに分けることができる、と考える。これは前提である。タイプに分けることができれば人と接する上でかなり便利なはずである。
 例えばクレッチマーは体型による性格分類というのを行った。「やせ型」はせいしんびょう質であり、「筋肉型」はてんかん気質、「肥満型」は躁鬱気質である、という。
 次回は性格理論の続き。

 (文責:菊田)
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