長崎先生講義録
パーソナリティを見る 2003.5/11

工務店と学校
 河合隼雄のある本の中に、「『子育て』と『家を建てること』は非常に似た行為である」という一節がある。確かにどちらも人生における一大イベントである。この両者に共通するのは「理想通りにはいかない」という点である。事実人間の生活の大部分は「理想通りにはいかない」ことばかりであり、そこでいかにして折り合いをつけるかということに全力を尽くさなければならない。
 実際に家を建てようとすると、様々な困難にぶつかる。工務店とケンカすることもあるだろうし、大工さんに出す茶菓子に文句をつけられることもある。しかし家を建てることについてよく知っているのは圧倒的工務店・大工側であり、施主の側は太刀打ちできない。「建ててやってるんだ」といった態度が見えることもある。しかしそうしてできあがった家は、思い通りの家ではない。子育てもこれと全く同様であり、なかなかうまくいくものではない。ところが、この数十年の間に工務店・大工さんも様子が変わってきた。ましてやこの不況の中である。きちんと説明し、相談できない工務店・大工はつぶれていってしまう。
 この状況を学校、教育に置き換えてみるとどうだろうか。

   施主 ──── 工務店
    親  ──── 学 校

 工務店が次第に変化してきたのに対し、学校は親の苦情にし対しきちんと対処・説明していないのではないだろうか。またそもそも親・生徒は先生を選ぶことができない。学校の側の説明責任が問われる時代になってきたといえる。
 なお「いい先生」には三種類あるという。1つは「子どもにとっていい先生」、2つ目は「保護者にとっていい先生」、そして最後は「先生仲間にとっていい先生」である。


2割のアリと8割のアリ
 こんな話がある。京都大学でアリの研究をしていた人があることに気づいた。アリは一生懸命働いているように見えるが、荷物を運ぶなど、ちゃんと働いているのは実は20%でしかない。残りの80%はただうろうろ歩き回っているだけなのである。
 そこで20%のよく働くアリだけを集めて新しい集団を作ってみた。言ってみればエリート集団である。このエリートアリ集団はさぞかし効率よく働くだろうと観察すると、やはりその中の2割はよく働き、8割は働かなくなったという。一方、はじめの働かない8割のアリを集めて言ってみればズッコケ集団を作り観察する。するとやはりその中2割のアリは働きだし、8割は働かなかったという。そしてさらに、エリート集団の中の2割と、ズッコケ集団の中の2割の仕事量の差はほとんどなかったという。
 暴走族あがりの少年を雇い、仕事をまかせる清掃会社、あえて進学校をドロップアウトした生徒を採用するスーパーなど、これと同じことをしている会社もある。
 「うまくいかない」のは、例えば勉強といった1つの尺度でしか見ていないからである。集団を分け、適切な場を与えてやれば、誰でも自分の力を発揮できるようになると言える。


人格の検査
 心理学では、人を見るときテスト行い、統計を取ったり逸脱度でもって判断する。
 1年間に日本国内で生まれる子供の数はおよそ100万人。その中で東大に入れる人は約3000人である。それは1000人に3人の割合といってよい。プロ野球やサッカーの選手も同様であるが、このような人は(もちろん良い意味で)標準からはずれた「ヘンな人」である。東大を例にとれば、東大へ行ける人は勉強という1つの尺度でもってその度合いを評価・判断されたのである。だが勉強など様々な尺度のうちの1つでしかない。それは全ての人が東大に行くことはあり得ないし、その必要もない、ということでもある。


質問紙

 様々な性格検査があるが、たくさんの質問項目に対して自分に当てはまるかどうかを記入させるのが質問紙法である。代表的なものにYG(矢田部−ギルフォード)性格検査*1がある。これは性格を「安定−不安定」「積極−消極」の組み合わせから5類型に分けたものである。具体的には、
 AAverage平均型 :平均−平均
 BBlackList非行型:不安定−積極
 C消極型     :安定−消極 
 DDirectorディレクター型:安定−積極
 EEccentricエキセントリック型:不安定−消極
である。

*1 矢田部=ギルフォード性格検査(YGテスト)
 このテストは、性格に関連する多数の行動の因子分析によって、人の性格が12個の性格因子ないし性格特性(たとえば、抑うつ性、劣等感、協調性など)から構成されると仮定し、それにもとづいて各特性ごとに10個の問題をえらび、全体で120個の質問から構成されるものである。それぞれの質問項目に対する被験者の答えから、各性格特性に関する個人の得点がえられ、それの相対的な重みから(平均と標準偏差から)、たとえば抑うつ性の大小、劣等感や協調性の大小がしめされるとともに、12個の特性全体によるプロフィルによって、大きく5つの主要性格類型がしめされるようになっている。このテストは簡便で施行しやすいが、被験者の意識水準の測定にとどまる。


 人を不安定させるのは簡単である。緊張を強いて、「大丈夫か」と声をかければよい。「大丈夫か」という言葉は「大丈夫ではない」と思うからこそ出るのである。「相手を一生懸命励ました」と言いながら、実は相手を追い込んだだけということはよくある。
 落とし(自白)の名人と言われた平塚八兵衛は「この人(犯罪者)も同じ人間だと思えた時、話をし出す(自白する)」と言った。話をしにくい時というのは、「あの人は絶対に理解してくれない」と感じているのである。ツールとしての勉強も必要だが、人間関係をどう作るかは何より重要である。

投影法*1
 投影法の性格検査にはロールシャッハテスト、TAT主題統覚テスト、絵画欲求不満テスト、文章完成法、バウムテストなどがある。
 バウムテストは。1949年にC.コッホが労働省で労働者の適性を考える中で考案されたものである。画用紙に「実のなる木を書いてください」という課題を与え、その絵から診断を行う。
 バウムテストでは人間と木を同じレベルで捉える。自分が木に投影されている、という意味である。例えば根は脚であり、実は獲得したものの象徴である。また幹の太さは精神的な線の太さ・細さであり、線が多く、木に傷がついたようになっているのは内向的な性格、隠す部分が多いなどと判断される。
*1 ロールシャッハ・テスト
 これは、ロールシャッハが開発した投影法の代表的な心理テストである。このテストは、インクを紙にたらし、それを二つ折りにして偶然にできた左右対称の図版10枚を被験者に提示し、それぞれが何にみえるかをたずねるもので、図形のどの部分がどのようにみえるかに、その人の内面の特徴が投影されてくるという原理にもとづいている。全体反応や部分反応、反応数、動き、色彩ショックの有無、反応の遅延や拒否など、被験者の反応を多面的にみて、その人の特徴を診断する。心理臨床で多用されるテストのひとつで、解釈はむずかしいが、習熟するとクライアント理解には大きな力になる可能性をもっている。
 これ以外の投影法テストとしては、主題のあいまいな絵をみせて、主題およびその場面の物語をつくらせる絵画統覚検査(TATテスト)、二者が登場する欲求不満場面の略画において、一方の空白の吹き出しを被験者にうめさせる絵画フラストレーション・テスト(PFスタディ)、1本の実のなる木をえがかせるバウム・テスト、家族がいっしょになにかをしている場面をえがかせる動的家族画(KFD)、文章の出だしの後を被験者に完成させる文章完成テスト(SCT)などがある。また箱庭製作やドール・プレイもクライアントの内面がそこに投影されてくるという点では同じ原理にたつもので、クライアントによっては、そのかかえている問題やその内面を理解するうえで有用な場合がある。

  一方、2〜3歳児は(ア)のような木を書くことが多い、その後緑の部分が増え、小学生になると、木らしい木が描けるようになり、さらに枝の前後の重なりが描けるようになる。ある程度の年齢になっても3次元的な木が描けなければ知的な問題を疑った方がよい。
また根の張り方は親子関係、にぎやかな木を描くのは寂しい感情、枝が切られた痕・シミは虐待など辛い思いのあとを示す。優等生の息切れタイプの不登校の子に多いのはぶどうの木である。つるは「しばる」「巻き付ける」ものであり、自分を制限するものの象徴と考えられる。ぶどうの木を描き続けた不登校の子がぶどうを描かなくなったとき初めて話ができるようになったケースもある。
(ア) (イ) (ウ)

 さらに描かれた木だけではなく、描いている時、どこに集中して描いているかも重要なヒントになる。集団で描かせるときなどには「どんなことを考えて描いたか」「どこを夢中になって描いたか」を言葉で書かせるのも1つの方法である。ただし、きちんと動機付けをしないと「描かされた」印象となり、よくない。
 さて、バウムテストなどによってココロの傷がわかっても、こちら側で何とかできるわけではない。「悪いこと聞いちゃったかな」「いや、話してかえってすっきりしたよ」「先生何もしてあげられないけど、何かあったおいで」くらいでよい。


ことば
 相手が言った言葉そのものに反応するのではなく、その言葉がどこから出ているのかに着目することが必要である。自分の本音を伝えないにも関わらず、相手の本音を聞き出そうとするのは誤りである。相手が本音を語ってくれないのは自分が本音を出していないことの鏡である。


楽しむことの重要性
 源氏物語*1には、光源氏が夏にかき氷を食べて「こんなうまいものはない」という下りがある。田舎暮らしブームも同様である。面倒くさいを楽しめるようになるとよい。
 現在ゴルフを習っているが一番大切なのは基本である。例えて言えば読み書きそろばんにあたるものである。これも、「先生に対してテストを作る」「もし僕が数学の先生だったら」といったカタチで行うと面白いのではないだろうか。
結局、楽しむことが大切、といえる。特に子どものうちは原体験にあたる実体験を積むことが重要である。頭がよい(=知識がある)ことは必要かもしれないが、その上で生活レベルで「できる」ことが大切である。

*1 源氏物語源氏物語 げんじものがたり 
 11世紀初頭に紫式部が記した物語で、平安時代の女流文学の代表作。一般的に全編54帖(じょう)を3部にわけ、光源氏の栄華への軌跡を第1部、その憂愁の晩年を第2部、次世代の薫や匂宮(におうのみや)の物語を第3部とする。第3部最後の10帖は、宇治を舞台に展開することから「宇治十帖」とよばれる。
図は「源氏物語絵巻・柏木三」。年若い妻の女三宮が若君、薫を生んだ。薫の父は、自分ではなく内大臣の嫡男、柏木であることを源氏は知っている。かつて父、桐壺帝(きりつぼのみかど)を裏切って藤壺中宮との間に冷泉院(れいぜいいん)をもうけた罪の報いであろうかと、源氏は憂愁にしずみながら薫をだく。「源氏物語」の「若菜・下」にあたる部分。
 (文責:菊田)
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