長崎先生講義録
無意識のなりたち 2003.7/6

無意識
 自分は自分で自分のことを全てわかっている、全てコントロールしていると思っているが必ずしもそうとは言えない。例えば「言い間違い」はその典型的な例である。
 かつて紅白歌合戦でアナウンサーが「都はるみ」のことを「美空ひばり」と間違えたことがある。ずーっと気をつけていたのが最後の最後でミスをしてしまう。こういうのは無意識から来るのではないだろうか。
 無意識を発見したのは精神分析をはじめたフロイドである。「コンプレックスcomplex」という語は一般的には劣等感と同義として使われているが本来は「複合体」という意味であり、この場合は感情のカタマリといった意味である。
 先端恐怖、閉所恐怖症なども過去に原型となる体験を必ずしているはずである。それまでの経過が人をつくる、といえる。
「ここで資格を取って」などと戦略的に考えることも必要である。だが自分自身の根元的な部分から来る意思を大切にすること――それを河合隼雄は「ソウルメーキング」と呼んだ――が必要である。
 クラスの中には勉強のできない子がいる。だができない子はどこのでもいるものである。そういう子と勉強以外の面――例えば釣りなど――で関わることで、その子のいろいろな面を見ることができる。だが世の中には学校の価値観が蔓延していて勉強ができる、できないで全てが判断される世の中になってきている。
 「今の子は恵まれているようでかわいそうだねぇ」と言う人もいる。施設としてどこにでもプールがあるようになった。だがプールがあれば泳げなくてはいけない。プールがない時代なら泳げなくても何も問題はなかったはずである。
 自転車の練習でも同様である。イヤイヤ、無理矢理やらせてもうまくいくものではない。「相手を変えよう」などと思っているうちは決して良くならないモノである。
 苦手な人と仲良くするにはどうしたらいいだろうか。無理矢理やらせてもうまくいくわけがない。ではどうするか。社交辞令さえできればいいものである。具体的には挨拶である。これを型として教えるのである。嫌な相手にも挨拶させる。相手が挨拶することを期待しない。だが、そんな中に「いつ相手が挨拶しかえすか」といった面白がれる行動目標が生まれればなおよい。自分がオープンにすると相手もオープンにしてくれるものである。

コンプレックス
 さて、どのようにコンプレックスが作られるかというと、幼少期の体験である。自分に苦手なもの(例えば絵、音楽)を上手にこなす人を見ると「すごいなぁ」と相手が大きく見える。その人の考え方、自分にないものを持っていることがうらやましくなる。そのうち何がうらやましいかは、問題ではなくなってくる。
 全てができる人もいないし、全てができない人もいない。先生は「勉強はできないけど、掃除じはきちんとやる」といった部分をよく探すことが大切である。
 構成的グループエンカウンターの「X君からの手紙」(他人のいいところを探す)などをやると面白い。
 「好きこそものの上手なれ「下手の横好き」ということわざがあるが、「下手の横好き」の方がずっとよい。下手でも構わない。好きでありさえすればよい。
 コンプレックスをなくすことはできない。従って大切なのは「どうつきあうか」である。カウンセリングにかかる人は見方が固定していることが多い。論理療法的に「私はダメである」という記述を「私にはダメなところもある」と書き換えてやることが必要である。
 対象を個別に扱うことは大切だが、それはケース的には一部である。全てを個別に扱うということは、病的なものとして扱うということになる。

後半
こころを知る方法

 心理テストの一分野に投影法というのがある。ロールシャッハテストはその代表的なものであるが、そのような投影法の1つにTAT(絵画統覚検査)がある。これは絵をみて簡単なストーリーを作る、というものである。


やってみよう! TAT
 無意識の世界を知ることは技術的にも難しい上に、普段は意識しない方がその人にとって楽なことがらであることが多いので、あまり不用意に触れない方がいい場合もあります。そのことを充分理解した上で、取り組んで下さい。

 ここでは第1章で説明した投影法の一種をやってみましょう。TATについて、第1章で触れましたが、ここではその方法を簡略化して行ってみます。

1 下の絵を見て、その絵がどういった絵なのかについて、なるべく詳しく登場人物の過去・現在・未来、登場人物の関係などもふくんで想像して物語をつくってみて下さい。

(絵は省略)

2 その内容を結果の整理に書き込んでください。


結果の整理とふりかえり

T 結果の整理
(1)絵1についての記述

(2)絵2についての記述


U 解 説
 この絵は2つとも曖昧な部分が残されています。あなたはその絵に対してどのようなイメージを持ったでしょうか。自分の書き込んだ記述を何度も読んでみて以下の視点で分析してみて下さい。

(1)全体の雰囲気はどうだったでしょうか。

(2)表されている感情(おだやか・いらいら・きびしい・甘い・つらい・こわい・不安・怒り・悔しい・元気・のんびり・情けない・希望など)はどのようなものでしょう。

(3)絵自体やあなたの記述から思い出されるあなたの体験はありますか。


 全体の雰囲気はあなたの現在の気分の調子によって変わってくるでしょう。また、そこに表されている感情は、この絵からあなたが刺激された、あなたの無意識の一部分であると考えられます。そこにはあなたの抱えているコンプレックスや欲求が投影されていると考えられます。
 しかし、あなたの記述そのものが直接無意識を説明しているわけではありません。自分の記述をながめながら感覚的に捉えて下さい。そして、この結果と日頃のあなたの感じ方や行動を比べてみてどのようなことがいえるか、考えてみてください。
 なかなかピンと来ることは難しいかもしれません。もし、了解が得られれば、他の人の記述と比べてみたり、お互いの感想を述べあったりすることも分かりやすくする方法と思われますので試してみて下さい。



V ふりかえり
・この章を終えてあなたはどのような自分に気づきましたか。

・それはどのような結果によって気づきましたか。

引用文献 河合隼雄 1967 ユング心理学入門 培風館
参考文献 織田尚生 1986 ユング心理学の実際 誠信書房

 絵1は「同世代との友人関係」が、絵2は「親子関係」の投影だと考えられる。たくさんのイメージを並べていくとキーワードが出てくる。自分を投影するか、他人を投影するかなど、自分の思考パターンが浮かび上がってくる。

最後に
 本を読みながら傍線を引くことがあるが、何年も経ってから読み返したとき、「どうしてこんなところに線を引いたんだろう」と思うことがある。過去に引いた傍線とは、その時の興味・思考を反映していると考えると、それを読み返し、振り返ることは過去の自分との対話であると言える。
 日常の中で忘れかけていたおおもとのところを再確認することが必要である。確かに「癒しの時代」などと言われるが、人は自分を許すことはできても、他人を許すことはなかなかできない。他人を許すとは相手の価値観を受け容れることだからである。それぞれ重きを置くところは異なる。それを知ることが相手を大切にすることに繋がるのである。
 教育の場でも「厳しいからいい」のではなく、親身になってやってくれたかどうかが問題なのである。殴るからいい先生なのではなく、親身になって関わってくれて、そのときの手段として「殴る」ことがあっただけである。殴ればいいという問題ではない。
 自分の世界で全てを判断せず、「そんな世界もあるよなあ」と受け容れるともっと面白くなる。
 (文責:菊田)
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