八十川先生講義録
来談者中心療法(7)・人間理解 2002.2/17

来談者中心療法のまとめ
・今日、カウンセリング理論は40ほどあると言われるが、(ほぼ)カウンセリング=来談者中心療法といってよい。これはロジャースが「心理療法は素人にもできる」としたからである。

・心理療法は「誰が」行うのか、はこれまで様々に変遷してきた。
1)1900年頃 S・フロイドの精神分析
  はじめて人間の心を治療するという考え方が生まれた。
  この時代、心理療法は「医者がするもの」であった。
2)1930年頃 ウイリアムソン 心理療法は「心理学者のするもの」
3)1940年代 C・ロジャース
  「心理療法は素人にもできる」とした。
・これは極めて重要なことである。医者や心理学者など特殊な訓練をしたものにしかできないと考えられていた心理療法を一般の人々に広める役割を果たした。

・ロジャースはカウンセリングと心理療法(サイコセラピー)が同じものだと考えていた。だが現在では下の図のように大まかに分かれる。
対象になる人 対象になる事柄
カウンセリング 正常な人 人間関係(家庭、男女、職場)、進学、就職、学校、宗教、芸術
サイコセラピー 正常でない
 =病的な人
精神病(うつ、分裂、ボーダー) 、神経症

   カウンセリング  サイコセラピー
 ただし、きっちり分かれるわけではなく図のように重なる部分もある。
・白衣を着てカウンセリングを行う、という人もいるがそれでは医者の権威を借りることになる。カウンセリングは誰にでもできると言ったロジャースの意図に沿わないのではないだろうか。
・「素人にもできる」というのは重要なこと。職場・家庭など、日常生活の中でこれを活用できるということだからである。



来談者中心療法の中身
・一言で言えば、nonderective非指示的、共感(→受容、繰り返し、明確化)
・自分の価値観をカウンセリングの場に持ち込まないで、別の所におく。
・もちろん自分の価値観を持たないでカウンセリングができる、という意味ではない。むしろカウンセラーは、ある意味文明評論家でなくてはいけない。今、世の中の何が問題であるのか、そしてそこからどのような歪みが出ているのか、が理解できなくてはカウンセリングはできない。社会に対する批判的な眼差しが必要である。

・精神分析では、過去を分析し、「あなたは〜だ」と「解釈」する。しかし来談者中心療法では、過去ではなく「今ここでhere and now」の相手の気持ちを大切にする。
・「精神分析」「来談者中心療法」「行動療法」が心理療法の三大理論である。この三つはカウンセラーとして必須科目である。ただ、実際にカウンセリングをする際、「まず精神分析をやってみて、ダメなら行動療法で」などとは考えない。これまで勉強したあらゆる知識をその場面場面で総動員して当てはめるような形で使う。

・そういう意味ではカウンセラーとは「野戦病院の衛生兵」のようなものである。医師の資格がなくても、ありとあらゆる状況に対処する、またできることが必要とされる。(以前は「カウンセラーは赤ひげだ」と言っていたが、赤ひげも医者なので、衛生兵に変更)
・多くの技法を学んだ上で、それを日常の中で試してみることが必要。勉強するとは「思ひて学び、学びて思ふ」ことである。



来談者中心療法の長短
<長所>
・誰でもできること
<短所>
・洞察(気づき)に至るには、頭がよくないといけない。つまり、知能が高くないとうまくいかない。クライエントが精薄(現在では精神発達遅滞)、自閉症などの場合は、来談者中心療法では治らない。
・ロジャースは大学での学生相談の中から来談者中心療法を作り上げた。従って、ある程度知的に高い人間を対象としたものである。
・うんうん、と聞いていれば、ストレスは解消するかもしれない。だが今後どうしたらよいかという「イメージ」はできない。イメージというのはある程度知能の発達を必要とすることなのである。
・知的に低いものを対象とする場合は行動療法を使うとよい。



人間理解(人間とは)
・「野生児」の例が世界には約40例あるという。野生児とは乳児、幼児期を狼などの動物と生活していた人間のことである。原因としては、捨て子、迷子、動物が連れ去ったなどが考えられる。
・野生児は1700年代半ばから報告され、よく知られているのは次の2例である。


1)1799年、南フランスのアヴェロンの町で、推定年齢12〜3才の少年が発見された。イタールの手によって育てられたその少年は、ヴィクトールと名付けられた
2)1821年、インドでカマラ(推定8才)とアマラ(推定2〜3才)という姉妹が発見された。


野生児とはどんなものか
・両者とも保護されたとき、人間らしさは全くなかった。その反対に、夜月を見て遠吠えするなど、狼らしさだけを身につけていたのが特徴である。
・保護されたヴィクトールはパリに連れて行かれ、様々に観察、手当を受けるが何にも反応を示さず、「白痴」として扱われた。そのヴィクトールを引き取り、育てたのはイタールという聾学校の先生であった。イタールは「人間的なところは全く見られないが、狼の行動はある。つまり、狼に育てられたから狼になったのだ。従って、人間が育てれば人間になるはずだ」と考えた。そして、もし彼が人間に戻ったら、それこそが彼の勝利(ヴィクトール)であるとして、少年を「ヴィクトール(勝利)」と名付けた。
・野生児たちは、概ね次のような特徴がある。
・昼間寝て、夜起きる。大砲を耳元でならしても驚かないが、枯れ葉を踏んだ「ガサッ」という音には敏感に反応する。生肉、腐肉を食べる。香水には興味を示さない。生血が大好きである。言葉が話せない。四つ足で歩く(二本足の人間より早く走る)
・2本足であるくように教育し、ヴィクトールは2本足で歩くようになったが、ある日酒を飲ませたらびっくりして窓から飛び出した。そのときは四つ足であったという。

・結局、教育には時期がある、ということが言える。幼少期にきちんと教育を行う必要がある。後からでは遅いのだ。
・横井さん、小野田さんはジャングルでかなり長期間を過ごした。だが言葉が話せなくなったり、四つ足になったりはしない。きちんと社会に戻ってきて生活している。彼らは幼少期にきちんと人間として教育を受けているからである。
・そのほか1900年代はじめのドイツで、カスパー・ハウザーと呼ばれる少年が見つかっている。幼少期から17才頃まで座敷牢のようなところに幽閉され、食事のみ与えられて会話がなかった少年である。
・つまり人間が人間をつくる、と言える。どういう社会に生まれたが、どういう育ち方をするかが人間形成の上でものすごく大きな要因といえる。



サルを教育する
・一方、ヘイズ夫妻は自分の子供とチンパンジーと同時に、同様に育てた。
・人間の子どもと比較して、チンパンジーの方が先に発達をする。6ヶ月程度すれば「新聞を持ってこい」といった指示が通じるようになる(人間の子どもがつかまり立ちやはいはいをするようになるのは8〜9ヶ月ごろ)。しかしそれも2〜3才頃までである。3才を過ぎると人間の子どもの方が優位に立つようになる。違いは言葉の使用である。チンパンジーの子供は、人間と同様に育てることによって4〜5語を話し、20語程度に反応するようになる。だがそれ以上発達することはない。よってそれ以後はより多くの言葉を覚える人間の子どもの方がチンパンジーを追い抜く形になる。

・カンジ、パンパニーニャといったチンパンジー(ボノボ)はかなりの語をボタンを押すことで表現できるが、やはり話せない。言葉というのは人間とそれ以外の動物とを分けるものであり、また人間の中でその人となりを示すものである。
・結局、環境が何よりも大事であり、素質のないものにいくら環境を与えてもしないし、環境が悪ければ素質があっても育たない。

・多くの心理学者は環境が7〜8割、素質が2〜3割と考えている。環境とはすなわち学習であり、教育である。


 (文責:菊田)
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