授業に役立つ講座 伊東の縄文弥生を探る

 特別例会として、“授業に役立つ講座”を開催しました。講師は伊東市教育委員会学芸員の浦志真孝先生です。伊東市における考古学の知識や見聞を広めることがねらいです。

 参加者は、あの“長田農園”で有名な長田氏をはじめ、元伊東高校教諭の森山先生、そして常連の宮村・菊田・向井・茶田の6名でした。



1 身近に遺跡はたくさんある
  『伊東市史』や『熱海市史』を見れば、遺跡がどこにあるかが分かる。

○ 伊東市で比較的よく知られている遺跡
 ア ジンジ山遺跡…吉田の丸塚公園のところ
 イ 保代口(ぼだいぐち)遺跡…ユニーのところ
○ 熱海市で比較的よく知られている遺跡
 ア 水口町遺跡…ヤオハンが倒産し、新築を中断した初川沿いのところ

  「こんなところに遺跡があったなんて。」と感じるのは、発掘調査が終わる と、その土地で予定していた工事を進めるために痕跡を消してしまうからである。遺跡があったことを示す看板が立てられる場合は少ない。



2 新聞などでよく登場する言葉

 1 「遺跡」と「遺物」と「遺構」
  「考古学」とは、土の中に埋まっている住居の跡や交流の跡を通して、文字 史料がないころのくらしについて調べる学問。
  新聞記事によく出る言葉がある。例えば、「遺跡」「遺物」「遺構」。どの うな区別があるのだろうか。


(1) 遺物…「遺跡」に残っている動かせるもの
(2) 遺構…「遺跡」に残っている動かせないもの
(3) 遺跡…過去の人間が生活した跡が残っている場所
 ア 「遺物」と「遺構」の両方が残っている「遺跡」
 イ 「遺物」と「遺構」のどちらかが残っている「遺跡」

 例えば、石器や土器は「遺物」、地面に残った住居跡や古墳は「遺構」。



2 遺跡の年代決定

  地面の下から出てきたものを古い順に並べる手がかりとは何か。

  (1) 層位の原理=下の層ほど古く、上の層ほど新しい
  今日の雪は昨日の雪の上に積もる。だから、下にある雪の方が古く、上にあ る雪の方が新しい。これと同じ理屈で、地層の下にあるものほど古く、上にあるものほど新しい。
  火山灰層は重要な手がかりになる。大室山は4000年前に噴火した。だか ら、大室山の火山灰層が出てくれば、それより上は4000年前より新しく、それより下は古いと分かる。

  (2) C14年代測定法
  炭になると同時に出る放射性炭素C14が減る性質を利用して年代を測る方法。
 これは、大学のような研究施設で行われる。縄文土器の年代を調べるときに、
 用いられる。
  その他、奈良〜平安時代ぐらいの時代を調べるときには、年輪年代法という
 方法が使われる。



3 遺跡はどんなところにあるのか
 1 遺跡の見つけ方

@ 日当たりのよい斜面
A 水が得やすい所…川が近くにある段丘など
B 地盤の安定している所

   このような所は、住居址が重なって出てくる。住みやすい場所は繰り返し  使われる一等地である。具体的な場所は内緒にしておきたい。
 


 2 雨上りの翌日をねらえ

@ 畑の隅に注目→縄文土器のかけらが落ちている
A 雨天の翌日の畑がねらい目→きらりと光るガラス質の黒曜石




  

4 伊東市内の遺跡の説明−スライド上映を通して−
 1 縄文時代の遺跡
  (1) 宇佐美遺跡…海浜堤という微高地に位置するかなり大きな集落跡
  (2) 東小学校遺跡・竹の台遺跡…日当たりのよい台地に位置する
  (3) 井戸川遺跡…海岸近くに発見された異色の遺跡
          魚の骨や貝が多く出土した
  (4) クズレ遺跡…青森県三内丸山遺跡と同じ頃の遺跡
 2 弥生時代の遺跡
  (1) 日暮(ひぐらし)遺跡…サークルのフィールドワークで見学した遺跡
               湿った土地、田んぼの近くの集落と判明
  (2) 保代口(ぼだいぐち)C遺跡…山の方に位置するやや異色の遺跡
                  弥生時代には高い土地には立地しない
                  寒いところは避けるのが常識
 3 古墳時代の遺跡
  (1) 竹の台遺跡…縄文時代に続いて立地する土地
          長い期間住んでいたと考えられる日当たりのよい土地
  (2) 日暮遺跡…弥生時代に続いて立地する土地 須恵器が見つかる
  (3) 西小学校遺跡…土器が大量出土する
  (4) 塚畑(つかばたけ)古墳…昭和32(1957)年発掘
                装飾品・刀が出土
 4 中世の遺跡
  (1) 寺中(じちゅう)・金草原(かなくさばら)遺跡…鎌倉時代前半
   20m道路の建設中に発見された 砂鉄を原料とする製鉄所跡
  (2) 伊東市屈指の山城は鎌田城跡
 5 近世の遺跡
   江戸城修築事業のための石丁場。江戸城へ運ぶための石を切った所。
  (1) 御石ケ沢(おいしがさわ)…地名として残る
  (2) 潮吹公園…石の目にくさびを入れて割る 大名の家紋を見つけられる
  (3) 富戸の海岸…石丁場から切って置きっぱなしにした四角っぽい石

 《発掘作業の経験から》
◇ 伊東市の遺跡で年代を決定する「鍵となる層」
 ア 大室山の火山灰層…4000年前
 イ カワゴ平(天城山)の火砕流…万城の滝や筏場(いかだば)で見られる白い軽石
 ウ 姶良火山の火山ガラス…旧石器時代の判定 鹿児島湾から飛来
  ※ 「鍵となる層」とは、どこを掘っても顔を出す層のこと





5 考古学者の眼
 1 土器の見分け方
  この破片は縄文土器だとか、弥生土器だとかどのようにして見分けているの だろうか。浦志先生が持参した本物の土器の破片をもとに見分け方を教わる。
 小さなビニール袋に入っている本物の土器の破片が机に並べられた。

  《縄文土器のポイント》
(1) 野焼きをするため、芯まで焼けきっていない
(2) 破片の断面を見る
 ア 表面に近い方が焼けて赤くなっている…まんじゅうの皮
 イ 表面から遠い方の焼きが不十分である…まんじゅうのあんこ
(3) 外側に模様が入っている


 2 他地域との交流をしていた証拠
  黒曜石は、火山の溶岩が急に冷えてできた黒いガラス質の石。包丁のように
 鋭利な刃物になる。産地は限定されるので、他地域と行き来があったことが読 み取れる。
  長野県の和田峠、伊豆諸島の神津島は良質の黒曜石を産する。河津町の段間
 遺跡に住んでいた人は、神津島へ船出して黒曜石を取りに出かけただろう。
  伊東市と修善寺町との境にある柏峠にも黒曜石があるという。現場へ出かけ て写真撮影をした浦志先生は、その時のエピソードを語った。
 3 火を使うと土は赤くなる
  石で囲んだ囲炉裏が出土した。それは、蒸し焼き料理の調理場跡と考えられ る。土が赤くなっていることから分かる。

   《発掘作業の手順》
(1) パワーシャベルで掘る
  表面は「人の手によって撹乱された部分」「人為的な手が加えられた 土」だから、荒っぽく掘る。
(2) “じょれん”や移植ごてで掘る
  土の色の違いに気をつけながら、薄く削る。
  竪穴式住居は半地下式なので、もとの土と掘った部分との境目が色の違いで分かる。




6 まとめ
 1 遺跡は祖先からのメッセージが詰まった宝箱
 2 歴史に興味をもたせるきっかけとして、体感することを大切に
 3 縄文時代や弥生時代のイメージは変わる…次々発見される遺跡によって
                      歴史は書き換えられる


→ 浦志先生の話し方の特長は「聞き手に合わせて、専門用語をなるべく使わず 学問の面白さを子供の目線で語る」ことだと感じました。


 (平成12年4月14日(金)   伊東市教育委員会 学芸員 浦志真孝先生)【文責:茶田敏明】