韓国修学旅行に向けた事前学習

(1)授業の中で行われたもの(番号はプリントの番号である)

25 朝鮮・韓国の地誌 [一年地理]

   国旗の色塗り、人口、面積比較、月別気温・降水量グラフ作製など
26 キムチの秘密 [一年地理]
27 焼き肉の秘密 [一年地理]
28 ハングル文字の誕生 [二年LHR]
   ハングル文字の成立と書き方、読み方。ハングル文字で名前を書いてみる。
29 朝鮮半島古代史<1> [二年世界史]
   檀君神話・高句麗・百済・新羅
30 朝鮮半島古代史<2> [二年世界史]
   白村江の戦いと伊豆
31 統一新羅・高麗・李氏朝鮮
   仏国寺のエミレーの鐘・高麗人参・元寇
32 秀吉の野望 [二年世界史]
   秀吉の朝鮮侵略・沙也可                   
33 朝鮮通信使がやってきた! [二年世界史]
   伊豆と朝鮮通信使
34 朝鮮の宗教は [二年世界史]
   お茶は飲まない
35 もっとハングルを読もう! [二年世界史]
   ハングル文字を読む上級編(やってないクラスもある)
36 李氏朝鮮の開国 [二年世界史]
37 甲午農民戦争と日清戦争 [二年世界史]
38 閔妃暗殺と日露戦争 [二年世界史]
39 伊藤博文と安重根 [二年世界史]
40 関東大震災と柳寛順 [二年世界史]
41 丹那トンネルの秘密 [二年世界史]
   鉄道建設ゲームから丹那トンネルへ
42 「従軍慰安婦」にされた少女たち [二年世界史]
43 マラソンランナーの運命 [二年世界史]
   孫基禎の生涯。次時ビデオ鑑賞。
44 2つの8/15と日本復興の秘密 [二年世界史]
日本の敗戦と朝鮮特需
46 在日韓国・朝鮮人の立場 [二年世界史]
   金嬉老の仮釈放から
47 北朝鮮 [二年世界史]
48 韓国 [二年世界史]
・韓国のビデオ鑑賞(修学旅行直前)
  知ってるつもり 朝鮮王朝
  アド街ック天国 ソウル
   2本を編集して2時間で見せたクラスとアド街ック天国のみを1時間に編集して見   せたクラスあり
45 李王家の行方 [二年世界史修学旅行後]

1年地理3時間
2年世界史(事前)20〜22時間
     (事後)1時間
2年LHR1時間
 
 



(2)2年世界史夏休み課題

・新聞記事のスクラップ
  朝鮮半島関係の新聞記事を10コ切り抜いて指定の用紙に貼る。
・ハングル文字のパズル
  ハングルで書かれた国名を解読してパズルを解く。



(3)ハングル講座)

 伊東市内に在住の韓国人・万治明さんに来ていただき、各クラス5回、会話の勉強をする。実際には全5クラスを3集団(2・2・1クラス)にわけ、3回来ていただいて5クラス分とする。従って万寿さんにはのべ15回来ていただいたことになる。

2年放課後5時間
 
 



(4)LHRの時間を利用して


1)パスポート関係
 パスポートを取得するのは本人でなければならないこともあり、手続きも事前学習の一環として生徒に行わせる。(1年3月)
・申請書の書き方指導(学年集会)

2)修学旅行中2日目はクラス別で自由に行き先を設定できる。一学期中に決定する。
・韓国の地図作製作業(5月)
・韓国のビデオ鑑賞(5月)
・韓国のビデオ鑑賞(6月)
・クラス別研修事前学習@ガイドブックを見ながら観光地調べ(6月)
・     〃    Aガイドブック等を見ながらコース決定(7月)

3)直前指導関係
・しおり読みあわせ(学年集会)
・直前学年集会「結団式」
・直前LHR(各クラス)

2年LHR9時間程度
 
 



(5)修学旅行委員

・新聞班、地図班、壁紙班にわけ活動する
新聞は1回発行のみ
地図は3回程度発行
壁紙は2回程度発行
 



(6)その他

 本年度は行わなかったが、キムチ作りを行った年もある。    



(7)帰ってきてから

・アンケートの実施(世界史の時間を利用)
・感想文作成(国語の時間1時間を借り、指導をお願いする) → 文集発行(予定)




 伊東商業高校では平成8年度(96年)から全県に先駆けて海外修学旅行を導入した。決定してから赴任したため、そのいきさつには私の知らない部分が沢山ある。校長のごり押し(?)などいろいろあったらしい。
 ともかく修学旅行には2年生が行く。その2年生は「世界史A」という科目を履修する。初任でやってきた私は、その世界史の授業を担当した。2年生全5クラスのうち、3クラスである。私は韓国に行ったことはない。だが、せっかく韓国に行くのであればそれを授業の中で扱わない手はないし、扱うべきであろう。
 こうして韓国(朝鮮半島)とのつきあいが始まった。今年平成11年(99年)に担任として修学旅行に行かせてもらえるまでの4年間、毎年毎年自分が行かない(行ったことのない)修学旅行の事前学習をやったのである。
 
 4年目の今年は、ようやく一連の体系だった形で授業を展開することができた。もちろん全てを私が作ったわけではなく、前任の桜井先生の授業プリントをかなり参考にさせてもらった。
 以下、今年取り組んだことを中心に報告したい。
 例年世界史の授業だけではかなり時間数を食うことがわかっていたので、今回は一年の地理の授業から扱うことにした。まず国旗の色塗り、人口、面積、気候の比較などから始め、古代史部分もできる限り授業してしまおう、と思っていた。
 しかしそこでふと思いついたことがある。
 
 毎年、事前に「韓国・朝鮮と聞いて思い浮かべるもの」といったアンケートを取る。しかしワールドカップサッカーすら殆ど出てこないし、そもそも韓国がどこにあるのか、中国とどこが違うのか、香港との区別すらついていない。彼らの気持ちの中では「東南アジアの遅れた国の薄汚いスラム街に連れていかれる」ぐらいの感覚であることが多い。さすがに韓国修学旅行4回目になる今回の生徒はそこまでは思っていないが、はっきりしたイメージは持っていないといっても過言ではない。思い浮かべるもののトップは圧倒的に「キムチ」「焼き肉」程度である。
 このことは「生徒のレベルの低さ」を表す事実として自分はは受け止めてきた。しかし子供たちのレベルが「キムチ」「焼き肉」ならばそれを嘆いても仕方ない。それを受け止め、そこからスタートする事が必要なのではないだろうか。何のことはない、そこからはじめればいいのだ。そこで思いついたのが、キムチと焼き肉から韓国の歴史・文化を覗く授業、すなわち「キムチの秘密」「焼き肉の秘密」である。
 韓国・朝鮮といえばキムチであり、赤い唐辛子であるが、最初からキムチが赤かったわけではない。豊臣秀吉の朝鮮侵略の過程で、それまで使用されていた胡椒から唐辛子が使われるようになったのである。またキムチの白菜は、東京帝国大学にいた韓国と日本のハーフ禹長春によって改良され韓国で普及した。
 韓国・朝鮮は日本と同じように仏教を長らく信仰してきた国だが、肉食をする。そこにはモンゴルの侵入という出来事がある。また日本のいわゆる「(韓国式)焼き肉」と韓国の「プルコギ」は微妙に違う。これは在日韓国朝鮮人が日本で暮らす中で作り上げた、プルコギとは「別の食べ物」である。となればなぜ在日韓国朝鮮人が日本にいるのかという疑問の中から、日本の植民地支配が浮かび上がる。
 子供たちがほぼ唯一知っている「キムチ」「焼き肉」から、日朝関係史の中で最も重い話題である「豊臣秀吉の朝鮮侵略」と「日本の植民地支配」に触れることができるのだ。 子供たちの反応はあくまで冷静であった。「日本はひどいことばかりしたんだ」というものばかりではなかった。ある意味クールに「ふーんそうなんだ」という感じだった。題材としての切り込み方が変わっていたからなのか、題材の切り方故に、ただおもしろおかしい内容となってしまって心に届かなかったからなのか、そこは何とも言えない。
 続いてキムチ作りを行う予定であったが今年はできなかった。インフルエンザで1週間学校を休んだのである。
 ただ、キムチを作った年もある。もちろんいきなり作るわけにもいかないので、事前にキムチの作り方を調べ、また韓国の食文化等についても調査した。またただキムチを作るだけでは物足りないので、1週間後に韓国料理の調理実習も行った。当然キムチを使った料理も作る。準備含めて5時間程度。ただ1週間後、調理実習をやろうと思ってキムチを覗いてみると、カビていた。そのあたりの反省点も含めてキムチ作り、調理実習を行うつもりだったのだが残念である。
 1年の地理の時間はこれで終わってしまった。
 
 パスポートの取得は1年の3月初め頃、学年末テスト終了後入試関係の家庭学習日やテスト返却(半日)の日を利用して熱海の行政センターまで申請に行き、春休み中に受領にいく。戸籍抄本の取得も必要になり、生徒にとっては大変だったようだが、概ね順調だった。
 
 彼らが2年生になると世界史の授業である。1学期、中間テストまでは中国史を扱い、それ以降期末テストまでで朝鮮半島古代史(李氏朝鮮まで)を扱った。
 単に朝鮮史の授業を行うのではなく、できる限り日本との関わり、できれば「白村江の戦いと伊豆」「朝鮮通信と伊豆」と伊豆・伊東との関わりを考えた。特に県教委指導主事訪問があったこともあり、白村江の戦いの授業は力を入れてみた。
 眺めてみると、日本の歴史には朝鮮半島が大きく関与している。良くも悪くも朝鮮半島との関係が日本の運命を変えてきた。それは白村江の戦いも同様である。ちょうどガイドライン法が成立した直後でもあり、百済滅亡という朝鮮有事=「周辺事態」に日本がどのように関わったのか、防人という「後方支援(?)」がどのように行われたのか、現在の日本と重ね合わせた授業を行った。が、少し難しかったようだ。
 本校はどちらかといえば底辺校とよばれる学校に分類される。そういう中でいったいどのような授業を行えばいいのか、常に悩みながらここまでやって来た。しかしこの授業を考える過程で、本校における授業のあり方についてひとつの方向がはっきりした気がする。まず「地域との関わりを考えること」。つまり、より切実な問題を扱うべきである、ということ。そして「現在とのつながりを考えること」。歴史が我々に何も関係のない過去の出来事の羅列ではないことをはっきりさせるのである。
 同時にこの頃LHRの時間を利用して「ハングル文字を読んでみよう」の授業も行った。別にLHRを使う必要はなかったのだが、いろいろな都合でこうなった。幸い(?)私は大学時代に韓国朝鮮語をかじった事があるので、ハングル文字を読む・書くくらい(だけ)ならできる。ハングル文字の各要素を全て覚え、自由に読めるようになると韓国に行っても看板が読めておもしろい。夏休みの課題として、韓国・朝鮮関係の新聞記事のスクラップと共にハングル文字のパズルを課したのはそういうことである。だがなかなかすらすら読めるようにはならなかった。是非読めるようにさせたい。
 
 1学期の後半からハングル講座を開始した。例年よりは良く聞いてくれている、らしい。
 
 夏休みがあけ、2学期になると日朝関係近現代史(李朝の開国〜)である。
 ここで一番考えたのが例の「自由主義史観」の問題である。どう扱ったらよいのか、はっきりした方向は出ないまま授業を行っていた気がする。ただし、伊豆・伊東との関わりを考えるという古代史からの基本的発想は受け継いだ。
 例えば関東大震災と伊豆、丹那トンネル・伊東線のトンネル・川奈ホテル建設から見えてくる朝鮮人労働の問題、また李王家の別荘(敷地?)が伊東にあったこと、李完用の別荘が伊東にあったことなどである。これら大部分は前任の桜井先生の遺産を受け継いだものである。
 ひとつ変わったことをしたといえば、丹那トンネルの授業の前にやった「鉄道建設ゲーム」である。シミュレーションゲームとしてはレベルの低いものであるが、ここのところそのような授業をやってなかったこともあり、まあまあの反応であった。
 
 2年生は2学期中間テストを片付けてから修学旅行に出かける。そこでテストと同時に授業を振り返るアンケートを行った。(別紙参照)
 (時間の都合で「李王家の行方」の授業は修学旅行後におこなった)
 
 授業を振り返ってみると、こちらの思い入れだけが強くて生徒の要求にあってない授業も多かったように思える。また自由主義史観的考えがいろいろな形で入ってきており、自分の中でそれを乗り越えていく理論と信念が揺らいでいたのも事実である。とりあえず古代から近現代まで、一通りやるべき事はやった、というのが実感であり、その内容はおぼつかない。
 
 旅行中に感じたことはいくつもある。
・まず独立記念館などの展示を見た生徒はいろいろ感じたことはあると思う(私は行ってない)が、歴史的な問題で何か「不愉快(?)」な思いをしたことはなかった。当たり前のことかもしれないがまず確認しておきたい。
・ハングル文字は絶対読めるようにして行くべき。おもしろさが違う。
・現地の高校と高校生と交流会をもつ。会話もできた方がいい。
・バスで車窓から眺めるだけ、博物館見学だけでは行ったことにならない。バスを降りて明洞(銀座・原宿のような繁華街)に入っていったとき、その空気、雰囲気、匂い(別に何か匂いがしたわけではないが)など肌で感じるものがあった。自由行動の時間をとっても大丈夫。
・驚いたのは生徒のバイタリティ。何もいわないのに勝手に銀行に入って勝手に両替をしている。これには参った。またどうやって意志疎通をしたのか、果敢にも値下げ交渉をして値段を下げさせた子供もいた。
・ホテルのエレベータのスイッチが破壊された。校内のスイッチ破壊がこんなところにも及んでしまった。残念。
 
 帰国後最初の世界史の授業を使ってアンケートをとった。(別紙参照)おおむね好意的。
 また感想文を書かせる。韓国観光公社のコンクールに送る。入賞するとまた韓国に行けるらしい。
 
 とりとめもなく書いてきたが、すべてが終わって今感じること。
・修学旅行委員による新聞、壁新聞等もっと活発に行うべきだった。
・今回修学旅行関係の授業・LHR等合計約35時間。総合的学習が導入される。商業高校なので課題研究といった授業の読替でお茶を濁すようだが、もう少し考えてもいいのでは。