楔形文字で自分の名前を書いてみよう!

はじめに

 初任者ということで、年間5回の研究授業が組まれている。本校では、受験のために知識を詰め込むなどということはまったく意味のないことであるのだが、3年間の進学校での講師経験で培われた授業形態はなかなか体から抜けず、はじめのうちはカラ回りばかりであった。

 それではどんな形ならよいのか。自分なりに見つけた解答の1つが「追体験」である。 以前から、エジプトの神聖文字(ヒエログリフ)を解読させたり、名前を書かせるということは試みていたので、それを楔形文字でやってみよう、というわけである。となればせっかくなのだから本当に尖筆で粘土板に刻ませてみよう。そういえば円筒印章なんてものもあった、と徐々に授業のイメージが湧いてきた ・・・・・・・ 。



授業展開

まず、楔形文字粘土板(レプリカ。四・五×五・五p)を提示する。

T 今日はまた妙なものを持ってきました。  これ、何だと思う?

S ………せっけん。………クッキー?。

  (かろうじて反応はしてくれる)

T 実はこれ、書類なんです。

S …書類? ……何が書いてあるの? 

  (粘土板を生徒に回覧させ、文書の契約内容を説明する)

T ここに刻んである字を大きくするとこんなふうになります。(自分の名前を楔形文字で書いた紙を黒板に貼る) 

  これなんて読むと思う?

S ???

 楔形文字とシュメール人について簡単に説明し、粘土を取り出して楔形文字を実際に刻んでみせる。同様に円筒印章もごろごろと転写してみせた。これらはともに生徒に回覧させる。あちこちから小さな驚きの声が聞こえた。特に円筒印章はかなり興味をひいたようだ。

 さらにシュメール人の都市国家ウルを例に挙げ、その規模や様子について、また船着場があったこと、従って商業活動が盛んであったことなどを解説する。そのためにも文字や書類が必要であったことを話し、楔形文字への理解を促した。

  次に黒板に貼った地図上でティグリス・ユーフラテス川、肥沃な三日月地帯の場所を確認する(前回の復習)。その上でシュメール人の都市国家ウルの図を書き、大きさ,ジッグラトについて話す。

板  書  @シュメール人

   3000ごろ メソポタミアで都市国家建設

                  最大のもの:ウル

    ・ジッグラト(神殿)を中心に城壁に囲まれた都市

 さらにウルに港(船着場)があり、商業活動が盛んであったことを理解させる。その上で、経済活動のためにも文字や書類が必要であったことを解説する。

 板書      ・粘土板に楔形文字を刻む

        円筒印章を使用

 

 「さあ、それではみんなにも楔形文字を刻んでもらいましょう」と、おもむろに楔形文字の50音表、粘土板、尖筆を配る。さっそく楔形文字を刻む生徒。後にたくさんの先生がいるためか、粘土で遊んでしまう生徒は、いないわけではないが、思ったより少ない。

 教室内をまわってみると、普段寝ている生徒もそれなりに活動している。上手にできた生徒を誉めたら、感想に「わたしって才能あるかも」と書いていた。うーん、なんの才能なのだ? 机間巡視しながら、粘土板をさらに粘土で包んで封筒にしていたことなども話す。

 適当なところで切り上げてウルのCG再現ビデオを見せる。授業とリンクして内容は充分だとは思うが小さなテレビデオでは全員にはよく見えない。

 最後にいつもどおり確認のための小テストをやらせ、自己評価,感想をかかせて終わりとする。

 

感想から

 感想でいちばん多かったのは「(油)粘土で手が臭くなった」というもの。たしかに4時間目でもあったが、それはしかたあるまい。

 その次が「楽しかった」であった。また「いつもより真面目に聞いた」というのもあったが、それは授業の内容によるものなのか、それとも後に先生方が立っていたためなのか? その他には「今もここの人達は楔形文字を使っているのでしょうか」、「シュメール人は粘土でいつも手が臭かったのでしょうか」などというものもあった。

 

問題点・課題

 「楽しかった」という感想は多かったが、その前に「粘土遊びみたいで……」としていたものも多かった。ただのお遊びになってしまったのではないかという疑問はまず残る。 事前の計画では書記という職業について詳しく話し、文字や知識の持つ役割・重要性といった理解までもっていくつもりだった。しかし時間の都合上さほど詳しくは話せず、結局為されたのは「体験」のみという形になってしまった。そのため「ものから人へ、人から社会へ」と、広がり、深化させるという、大切な部分が不十分なまま終わってしまった。 同時代の民族として扱うフェニキア人やバビロニアなどを割愛してでも、シュメール人を中心に据えて数時間の授業を展開したほうが良かったかもしれないと感じている。

CGによる再現ビデオの利用についても、思ったほど効果があったとは思えない。細かい映像を小さな画面に映しても、後のほうの生徒はなかなか見えない。視聴覚室等を利用したほうが良かっただろうか。

 

授業日:96.9/25(水)

 

※楔形文字粘土板・円筒印章は池袋サンシャインシティの古代オリエント美術館で手に入る。

※参考文献:「シュメール人の言語・文化・生活」「シュメール語入門」ともに飯島紀著(泰流社)、「大英博物館双書 失われた文字を読む@ 楔形文字」クリストファー・ウォーカー著 大城光正訳 矢島文夫監修(学芸書林)

※ なおシュメール語には「お」の音がありません。「こ」の音の欄には「(か・う)」とありますが、「か」と「う」を続けて発音すると「こ」に聞こえる(?)という判断のもと、このようにしました。従って実際に刻ませるときには「こんどう」は「かうんどう」と刻むよう指導しています。

 またこの50音表のとおりに名前を刻んで当時の人たちは本当に、正確にその名前を発音してくれるのか、という疑問は残ります。この50音表は参考文献中に挙げました飯島紀氏の本の中にあったシュメール語の単語リストから私が抜き出したものです。ただしリストの単語がアルファベット表記だったため、発音は正確には不明です(eはアと読むのか、エと読むのか、ウと読むのか?)。ただし今回は正確な発音云々よりも体験を中心に考えたため、実際とは多少違っていても良しとしました。