“ゆい”例会報告−1999(平成11)年10月

1999(平成11)年10月例会の報告 

1 高校2年家庭科 保育学習:生命の誕生           【高野】

 菊田氏が、性教育の学習指導案を紹介したことがあった。
「なかなかよくできた指導案でしょう。家庭科の女性教員で優秀な人です。」
それが、例会初参加の高野氏(伊東商業高校)であった。

 1 個人学習「生命の誕生」のレポートをみんなの財産にしよう
 夏休みの課題として、「生命の誕生」のレポートを出した。レポート用紙2枚
程度の量である。提出者は全員ではなかった。催促をしても、うやむやにする生徒がいた。しかし、提出されたレポートは充実していた。これを教師の赤ペンだけで返却するのはもったいない。そこで、これらの個人学習の成果をみんなの財産にしたいと考えた。その方法は、次の通り。

(1) 提出されたレポート全員分をクラス単位で印刷し、各グループに配布する。但し、名前は伏せる。
(2) インタビュー項目を示す。10項目から2項目選択し、インタビュー活動をする。その際、配布されたレポート集を参照する。
(3) グループ報告書の作成方法
 ア インタビュー結果を父母別に集計し、それをグラフに表現する。
 イ 少数意見、独特な意見は別にまとめる。
 ウ まとめとして、気づいたことや分かったこと、感想を書く。
(4) グループ報告書(B4判1枚)を学年全体分印刷する。生徒は配布された報告書すべてに目を通す。
(5) グループ報告書の審査をする。審査の観点は、次の通り。
 ア グラフが見やすいか
 イ レイアウトが工夫されているか
 ウ 字がていねいか
  よいと思うもの5点を選び、投票する。1人1票。投票数の多かったグループは、成績に加点する。



 2 グループ報告書を読み合う
 前ページに掲載したのが、最高得票数の作品である。生徒はパソコンで作成する能力を備えているが、今回は敢えて手書きにさせた。例会では、それぞれの作品を読みながら、この実践の意義を出しあった。その声を紹介する。

◇ 2年D組「胎動を感じた時、知らされた時/乳児期の思い出」の報告書は絵グラフで表現している。他の報告書がほとんど棒グラフであるのに対して、親しみがもてる。
◇ 教科書の太字の重要語句としての“妊娠”“出産”ではなく、高校生の生徒は「血の通った」「実感のある」“妊娠”“出産”を知りたがっているはずだ。その点で、個人学習のまま終わらせず、グループ学習へ展開させた意義は大きい。結婚したばかり、子供が産まれたばかりの男性教員をもインタビューの対象にしていた。インタビュー活動から判断しても、生徒の意欲はなかなかであった。
◇ グループ学習は教師の指示ではあるが、生徒の切実感に密着しているから成功した。「何でも好きなことを調べなさい」では、ここまで追究はしなかっただろう。自主性の名を借りた底の浅い課題設定より、生徒の琴線に触れる教師の指示の方が、生徒の学習意欲を喚起するものだ。一概に、教師主導を否定できないと再認識させられる。
◇ 2年E組「妊娠を知った時に感じたこと」にある“擬似妊娠” 2年C組「もしかして…妊娠したかも。だ、誰の子かしら…。」というトカゲちゃんのつぶやき 、この2つの対比は、女子高生の心の裂け目から出た言葉だろう。
◇ 男女がどのようにして出会い、どのような理由で結婚を決めたのか。学校を卒業すれば、ほどなく結婚する場合があり得る高校生。彼らの知りたいことを、彼ら自身が調べ、まとめ上げたことに意義がある。高野氏は、学習の順序性、発展性をふまえている。

 3 生徒の感想
  (1) 報告書作成について
・ グラフを作る際に、もとになる資料がクラス分だけだったのでやりにくかっ た。どうせまとめるなら、もっと多くの情報があったほうがよい。
・ 1グループの人数は減らしたい。
  (2) 読み合うことについて
・ 他のクラスのプリントも見ることができてよかった。
・ 同じ項目でまとめたのに、人によって感じ方が違う。それが興味深い。
  (3) 学習をふりかえって
・ 妊娠についていろいろ知った。母親になることはすばらしい。
・ 子供を産むのは喜びと同時に、たいへんな苦労が始まるということだ。
・ 父親の意外な意見も聞けてよかった。



2 小4社会 わたしたちの静岡県               【宮村】
 1 調べたい内容や方法を引き出すためのしかけ
○第1時 地図学習=等高線の読み方・方位・縮尺
○第2時 静岡県の自然と土地利用
○第3時 静岡県の交通網と主な都市名
○第4時 静岡県の日本一−県内の特色ある産業−(本時)

《本時の目標》 
静岡県に関心を持ち始めた子が、県内の各地の土産物や意外な静岡県日本一を知ることにより、静岡県各地への興味を高め、調べてみたいという問題意識を持つようになる。

 授業の準備は、静岡県日本一の実物を用意することである。宮村氏が選んだのは、次の通り。これだけ揃えるには、かなりの出費を要する。写真資料も含むのだろうか。そのような点も確認しておけばよかった。

   〈土産物〉      〈農産物・工業製品〉
○干物     ○お茶  ○イチゴ    ○ミカン    ●温室メロン  ●ミニ四駆  ○うなぎパイ  ○かつおぶし  ●ピアノ    ●トイレットペーパー○さくらえび  ○安倍川餅

 この社会科授業では“博士”というキャラクターが登場する。“博士”の衣裳をまとった宮村氏が登場するのか?
 “博士”は、「静岡県のお土産といったら何か」をめぐって子供とやりとりをする。ここまでは、実物を直接見せる。“博士”が出す場合もあれば、子供が出す場合もある。次に、実物提示装置で品物の一部を拡大して見せる。見せ方を単調にしない。ここが授業の技術の一つである。
 こうして、子供は農産物や工業製品を通して、それらを生産している地域へと
目を向け始める。

 2 ファックスで質問事項を送る
○清水市=サッカーのさかんな地域〔Jリーグの清水エスパルス〕
○静岡市=プラモデル工業のさかんな地域〔田宮模型〕
○焼津市=缶詰工業のさかんな地域〔マグロ缶詰協会〕
○牧ノ原台地=茶の栽培のさかんな地域〔茶畑の扇風機は何のためにあるの?〕
○浜松市=楽器製造のさかんな地域〔ヤマハ〕
 返事が学校に届きつつある。これらをもとに新聞や絵本にまとめる予定。





3 中学:選択社会=地域に出よう/体験をしよう        【加藤】
 1 選択社会T−地域に出よう−
 今年度の第1学期のテーマは、「地域へ出よう」。その成果は、『選択社会』という冊子にまとめられた。
○「多賀の妖怪譚 イナブラさんとスマブクロ」
○「白蛇伝説」
○「大日本帝国時代の多賀の様子」
○「新 上多賀の旅」
○「和田木について」
○「ブルーノ=タウトについて」
 「イナブラさんとスマブクロ」は、伊東の民俗学者が採話した妖怪譚を物語風に訳したもの。教師の与えた資料ではあるが、3ページに仕上げたTさんは学習を振り返って、次のように言う。

 私は、この妖怪話を訳すのにすごく悩みました。ほとんど昔の言葉だったからです。訳すだけで3日かかりました。イラストも描いたりしたので、全部合わせて23日かかりました。遅いときは、夜中の2時までやったこともあります。
 やり始めたときはすごく大変だと感じました。でも、作っているうちにどんどん楽しくなってきたので、すらすら書けるようになりました。終わりに近づいたとき、やっと終わったと思いつつ、もっとやりたかったとも思いました。なんとか作品はできたので、よかったです。

 Tさんは、多賀に住む老人にイナブラさんとスマブクロの話を確認しただろう。
机上の苦労だけでなく、足で稼いだ苦労もあるからこそ、寝る時間を惜しんでまで机に向かうことができたのだろう。

 2 選択社会U−体験をしよう−
 色の着いたハンカチを出して、「何で染めたか」と加藤氏は問う。タマネギ、紅茶、緑茶、ソバがらで染めたハンカチの切れ端が机に並ぶ。タマネギは、特に鮮やかに色が出る。1時間の授業でできる体験活動だそうだ。染まった色が落ちないように媒染剤(ばいせんざい)としてのミョウバンが必要となる。加藤氏は、
理科主任に依頼して確保した。柿の葉でも染めることが可能という。“しぼり”
を楽しむこともできる。
 草木染めは、理科や家庭科でも使える。
→ 資料紹介:『月刊 Newsがわかる』毎日新聞社→330円で時事問題の 情報を入手できる。中学生版と小学生版の2種類。書店でも注文可能。




4 中学:障害児との社会科学習を考える            【加藤】

 1 マグロの尾びれを黄色っぽく着色するYさん
 宮村氏が作成した実物大のマグロを見せる。マグロの模型を作ってみたい、と
子供は言う。そこで、担当する部分を決めて作業に入る。能力に合わせて、難しい部分、易しい部分に分けた。Yさんは、尾びれを担当した。できあがった尾びれは黄色っぽい着色だった。他の部分の色とは合わない。なぜだろう、加藤氏は
考えた。しかし、答えは見つからなかった。
 地図のぬり絵を通して、世界地理を学習する。ここでもYさんは、雑然とした色ぬりになる。線をはみ出しても、まるで気にならないようだ。Yさんには、目に病気があるわけではない。

 2 絵本の色ぬりがていねいなYさん
 弥生時代の村の一日を描いた絵本を教材として、歴史学習をした場面である。
拡大コピーしたページに色ぬりをする。Yさんは、マグロや地図とは打って変わって、見事な色ぬりをした。Yさんの着色は、ページが進むにつれて美しさを増す。
 なぜだろう。加藤氏は再び考えた。Yさんは、ストーリーに敏感に反応しているのではないか。分解したマグロの全体像は、教師には見えているが、子供には見えていない。Yさんは、分からないまま着色したから、黄色っぽくしてしまったのだ。ところが、絵本は全体像が見える。目で読む。耳で聞いて分かる。手で
色をぬることでさらに理解を深める。こうして、きちんと着色する力を高められたのだ。

 3 総合的学習と教科学習の誤解
 「教科学習は無味乾燥で、ビシバシ鍛えるもの」
 「総合的学習はその逆で楽しいもの」
 我々はこのような誤解をしていないだろうか。教科学習の中で、学び方や切り込み方を身につけずに、総合的学習での充実した展開を期待できるだろうか。ただ単に分担して調べるだけでは、質の低い楽しさしか味わえないのではないか。
 質の高い学習を求めようとするのは、学習の意味が分かる時、自分にとっての価値が分かる時ではないだろうか。Yさんは、絵本の色ぬり作業をしながら言う。
「色ぬりは、線からはみ出してはいけないよね。」
こうしてYさんは、はさみも上手に扱うようになる。Yさんの色ぬりの分析からあらためて学習の原点を思う。「学ぶことは人権である」「知ることは嬉しい」
 選択学習あるいは総合的学習が、息抜きになっている現実はないか。調べ学習と称して、丸写しや勉強をしているふりという現実はないか。そういう現実を克服する授業実践を創造していこう。
→ 絵本の活用について→『ベトナムのダーちゃん』『運河に落ちた牛』は世界 地理の教材になる。



    【会報“ゆい”編集後記】
◇ 先月に続き、新顔が登場。それは伊東商業高校で家庭科を担当する高野さん。 菊田氏は言う。授業の参観を通して尊敬の念を抱いた若き実践者である、と。 同じ勤務校で切磋琢磨し、互いを認め合う姿がまぶしい。
◇ さて、本日の参加者は宮村、向井、菊田、高野、加藤、茶田の6名。報告は、
 次の5本。(敬称略)
  ○宮村 「小4社会 わたしたちの静岡県」
  ○茶田 「小3道徳 有料トイレにいくらはらう?」
  ○菊田 「伊東カウンセリング研究会の活動報告 会報の発行」
      「『ゆい』の検索目録作成」
  ○加藤 「中学選択社会の実践」
      「障害児との社会科学習を考える」
  ○高野 「高2家庭科 保育学習:生命の誕生」
 報告はされず、配布のみの資料は次の2点。
  ○向井 「学級通信 NAKAMA」
  ○松本 「中1社会 地理的分野:EUの国々」
◇ 「昼が夜より1時間長いとき、昼と夜の長さはそれぞれ何時間になるか。」
 うっかり「昼が13時間、夜が11時間」と答える人はいないか。しかし、そ れでは昼と夜の差が2時間になってしまう。ここでは、30分ずらすという考 え方が必要になる。したがって、昼は12時間30分(12.5時間)、夜は 11時間30分(11.5時間)が正解。簡単そうに見えて、正解を出すには
 ある種の“飛躍”を要求される。
◇ 習ったばかりの正方形の面積を、教室のすべての子が確実に正解を出せるか。
 大人から見れば、公式に一辺の数を代入すればよいだけだ。しかし、「辺の長 さを2回かければ、面の広さになるのはなぜか」を考えている子がいるかも知 れない。辺を2回かける式を(1辺)×2と勘違いする子だっているかも知れ ない。子供にとっての“飛躍”部分に無自覚だと、子供が確実に学力を身につ ける好機を逸してしまう。そんな感想を抱いた例会である。

 (文責:茶田敏明 熱海市立泉小学校)