30年後の日本

第3回 シナリオA
「競争とランク化を教育でも徹底します」


 シナリオAのつづきである。

  • 二極化が極限まですすんだ社会。
  • その根源にあるのは「非正規=不安定雇用」の多数化。
  • 多数の「不安定雇用」組は、子どもをつくらないし、つくれない。ゆえに、少子化はさけられない。
  • 当然そのうらはらとして高齢者の人口比率は高まり、年金・医療・介護などの社会保障は「ミニマム」化する。
  • 基幹税制は消費税になり、法人税・所得税は空洞化され、いまよりさらに「小さな政府」になる。
  • 「再分配」、それにもとづく「社会保障」という考えが衰退する。
  • 教育は労働の選別化にあわせて格差をもうけられる。
  • 先行きの見えない社会では、自殺、犯罪などが増大し、それを抑圧するための治安コストが上昇する。


 さきほど、労働者は「ひとにぎりの正社員(長期蓄積能力活用型グループ)」「少しの専門家(高度専門能力活用型グループ)」「大多数の非正規雇用(雇用柔軟型グループ)」の3グループに分かれるとのべた。

 この労働力の3グループ化におうじた、労働力商品の育成=教育の差別化・選別化がすすむ。




エリートと「非才・無才」に分ける

 教育基本法改定のなかで「教育振興計画」をつくることが盛り込まれているが、中央教育審議会のなかでこの「教育振興計画」のなかで真っ先にやりたいとしていることは「全国学力テスト」だという。
 これに、学校選択制が加われば、学校はすべて苛烈な競争のシステムに組み込まれ、いっせいに序列化される。

 政府の教育課程審議会会長をつとめた三浦朱門は、こうのべている。

できん者はできんままで結構。戦後五十年、落ちこぼれの底辺を上げることにばかり注いできた労力を、できる者を限りなく伸ばすことに振り向ける。百人に一人でいい、やがて彼らが国を引っ張っていきます。限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいんです」(斎藤前掲書p.40)



義務教育は6年になる

 教育コストも当然削減(重点化)させる対象になるから、義務教育は初等の6年までになる。あとは、低廉で内容もチープな「公的中等教育」、高くてエリートを要請する「超スゴ私学」に分化し、その間にいろんなヴァリエーションがある。もちろん有料で。
 チープな「公的中等教育」では、「せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいい」ので、毎日「日の丸」をあげ「君が代」を大声で歌えるバカ教育で安くあげる。もちろんいうことを聞かないやつに「愛のムチ」=体罰は解禁だ!



「このシナリオは暗すぎる」への反論

 さて、これは、暗すぎる未来予想であろうか。

 しかし、いまの政治・経済政策の根幹に「低コストを目的にした大企業による労働力の流動化=非正規化」という事態があるかぎり、この根源となる前提は変えようがないのだ。この根源的前提がかわらないかぎり、少子化も高齢化も教育選別化も、多少緩和できるかもしれないが、根源的には変わりようがない。
 非正規雇用のまま、待遇改善をしていくという方向(たとえばスウェーデンではパート労働者は、ただ時間が短いだけの正規労働者である)もあるのではないかと思うが、企業が「低コスト」を理由に非正規化をすすめているのだから、そのうまみがなくなるようなやり方はだまって認めはしない。「低コスト」をめざす企業戦略に強力な政治の介入がない限りは、これは続くだろう。

 では、「大企業が好調になってそのおこぼれが還元される」という発想はどうだろうか。
 残念ながら、累進課税制度を解体し、消費税を基幹税制としていく以上、税の再分配機能はほとんどマヒしてしまう。つまり、大企業がいくら富を蓄積したり、大金持ちがいくら富を産み出しても、それらを吸収する税のしくみがないのだ。

 「暗すぎる」という反論をする人たちは、「非正規化」という流れを否定するだろうか。あるいは「消費税増税」「累進課税の緩和」に反対するだろうか。反対はしまい。反対しないかぎりは、この「暗すぎるシナリオ」を承認し続けるしかないのである。