ぶつぶつ仏教(1)
教養主義者N(紙屋研究所客員研究員)



 以下は、ぼく(紙屋研究所)の書いた文章ではありません。次のようなプロフィールの方のものです。

1977年生まれ。「このままでは読みたい本を読む人生ではなく、読みたい本を買う人生になってしまう」という焦燥に駆られて5年半のSE生活に見切りをつけ、現在貯金を食いつぶしながら隠遁読書生活中。

 ご本人の希望にそって「教養主義者N」と称しておきます。
 プロフィールのとおり、教養主義者Nは、職を辞し、ネットも利用せず、本当にひらすら読書三昧の日々を送っています。いまどき書簡でのやりとりをしています。教養主義者Nは「空白時代」なるミニコミ誌をつくり、そこに読書体験やエッセイなどを書いて親しい友人に送りつけている様子です。

 そのなかの仏教関係の本を読んだエッセイというか書評がたいへん面白く、ぼくから教養主義者Nに頼んで転載をお願いした次第です。

 さいきん、マルクス『資本論』を解説した本が人気ですが、たとえば『マルクスる?』を書いたのは学者でもなんでもなく、いち学生を卒業して広告代理店に勤めている人ですし、『いまこそ資本論』はやはり編集者の手によるものです。いわば素人が書いています。それが新鮮で、ざっくりしていて面白いのです。
 この教養主義者Nの文章も、学者や宗教者による仏典の解説ではなく、乱暴な理解もふくめてエッセイ風に自分の理解と思ったことをつづっているのが実にあたらしいと感じました。


 ではさっそくお楽しみください。




ぶつぶつ仏教



 今号は(と言うより今号も)予告に反して、仏教三昧である。中国史については、面白そうな話題を選んで書こうかと思っていたが、ごく簡単に読んだ感想を載せるに留めた。最後にオマケ程度の漢字話を付けてある。

「変更は、あらゆるプロジェクトの成功のために(ほかのたいていの物事においても)必要不可欠である。」        (トム・デマルコ)

 というわけだ。それでは血と汗と涙の混じった仏教論をとくとご賞味あれ。

 

 

逃げ口上

 何だかどんどん脇道に逸れていくようで、仏教に手を出すのには迷いもあった。しかし結局読み始めてしまったのは、次のように考えたからだ。儒教がメインストリームであるとはいえ、仏教の影響を無視して中国は把握できないだろう。そして仏教を知ることは日本史を学ぶのにも有益であるに違いない。

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫) しかし、そもそもの対象になっていなかったので、本をあまり買っていなかった。思い出していただきたい、メインは西洋なのである(しかし西洋の何と遠いことか)。辛うじて岩波文庫の『ブッダのことば』を買い求め、これを読み始めたのだが、また困ったことが起きた。驚くなかれ、ブッダは仏教を説いていないのだ。訳者の中村(はじめ)は注にこう書いている。

「『わたしが説くのだ!』とは言わない。そういう傲り高ぶった気持ちをかれはもっていなかった。(中略)当時の聖者たちの説いていること、真理を、釈尊(しゃくそん)はただ伝えただけにすぎないのである。かれには〈仏教〉という意識がなかった」

  なお、釈尊というのはブッダのことである。さらに同書の解説でも、「かれには、みずから特殊な宗教の開祖となるという意識はなかった」と書いている。長尾雅人という学者も「ゴータマ自身、何か珍しい新しいものを説き、一宗の開祖になるという意識はもたなかったと思われる」と書いているから、定説なのだろう。

 おそらくブッダはインド思想の源流にあるバラモン教の中にあって、それを改良しようとしただけなのではないか。だとすると、仏教あるいはブッダの教えを知るためには、バラモン教を知る必要がある。ここで、ぼくには葛藤があった。バラモン教あるいは古代インドに関しては、『ウパニシャッド』から『マハーバーラタ』『ラーマーヤナ』の両叙事詩までけっこう揃えてある。しかも筑摩の文学大系に「リグ・ヴェーダ」が収録されており、中公の『世界の名著』にも「バラモン教典」の巻があることが判明した。これらに手を出すと、いったいいつ日本史に取りかかれるのか。そう思って、(珍しく)連鎖を断ち切ることができた。古代インドへは、日本史をやった後、古代オリエントを経て再訪することになるだろう(時間が許せば)。

 このような事情があるので、ブッダの教え及び仏教についてはあまり大したことは語れない。いつも大したことを語っていない気もするが、ご了承いただきたい。

 

 

教祖は信者ではない

 ところで右の事実、つまりブッダは仏教徒ではなく(おそらく)バラモン教徒だったというのは興味深い。ナザレのイエスも、キリスト教徒ではなくユダヤ教徒だった。J.M.ロバーツは言う。

「イエスはいまではキリスト教の始祖とされていますが、本人はそのようなことは考えてもみなかったにちがいありません。イエスはユダヤ教の儀式を尊重していましたし、「律法(トーラー)」の教えを否定したこともありませんでした。その意味において、イエスはユダヤ教徒として生き、ユダヤ教徒として死んだ人物だったといえるでしょう。」

 

 さらに孔子との比較も示唆に富む。

「孔子自身は、神秘主義者たることを欲しなかった人である。みずから光背を負うことを欲しなかった人である。つねに弟子たちとともに行動し、弟子たちの目の前に自己のすべてをさらけ出しながら、「これ(きゅう)なり」(『論語』述而編)というをはばからぬ人であった。」(白川静)

※ 丘というのは孔子の名。

  おしなべて、教祖となるのはそのような人なのかもしれない。そう考えると、むしろ大事なのは後に続く人なのだ。教祖が残した思想を飾り立て、改変し、広める役割の人々。キリスト教ならパウロ、儒教なら孟子や荀子、仏教ならブッダの直接の弟子や、後述する大乗仏教を作った人々。前号で儒教が孔子の教えから離れて行った様を紹介したが、生き延びる思想というのは全てそういうものなのかもしれない。ブッダにしろキリストにしろ、今甦って自分の宗教を知ったなら、「それに私の名を冠するのは止めてくれ」と言うに違いないが、教祖の教えをそのまま保存しているような宗教/思想は、既に生命力を失っているのだろう。

 結局、ブッダもキリストもひとつのシンボルに過ぎないのかもしれない。もちろん、これはこれで凄いことだ。そういうシンボルになりうる魅力が、ブッダその人、キリストその人にあったのだろう。

 それと同時に、彼らの思想には改変の余地があった。そして改変してみたいという魅力も備わっていた。このあたりのことが、現在まで伝わる思想/宗教と、振るわなかったそれとの違いかもしれない。

 かのマルクスも「私はマルキストではない!」と言ったらしいが、これも同列に考えていいのだろうか。コミュニスト先生の教えを待つことにしたい。

 

廻る命

 仏教の話に進む前に、大前提となることを概説しておこう。それは有名な「輪廻(りんね)」の思想である。

 生きとし生けるものは死んでもまた違う何かに生まれ変わり(転生)、延々とそれを繰り返していく。生まれ変わる際、生前の行いによって、次に何になるかが決まる。悪事を働いていれば獣や虫ケラになるが、善根を積んでいればまた人間になれる。それどころか、人間以上の神様になれる可能性もある。

 大まかに言ってこのような考えである。現代人としてはヨタ話の極致とも思えるが、今さらそれを言い立てても仕方あるまい。こうした「死後の裁き」思想は、道徳の後ろ盾として必要不可欠だった。

「唯一の法を犯し、妄語を語り、来世を信じない人は、どんな悪でも行うものである」(ダンマパダ 一七六)

 

生きているときに傍若無人、好き勝手に振舞ったところで何の報いもなければ、誰が道徳的に生きようとするだろう。逆に、正しく振舞った人には幸せな死後が約束される。つまり道徳的に生きることの動機付けである。

 こうした思想は仏教特有のものではない。生前の行いが死後の世界で裁かれるという考えは古代宗教においてポピュラーなものだと思う。ただ、仏教(バラモン教かもしれない)においてはそれが輪廻という形で、非常に体系だって考案されているのだ。

 余談だが、儒教にはそういう「脅し」がない。

「子、怪力乱神を語らず」 (論語 述而第七)

 

「(孔子)先生は、怪異と暴力と背徳と神秘とは、口にされなかった」と解釈されるが、つまり儒教は現世的だった。儒教がまったく死後の世界を想定しなかったということはないが、他の宗教に比べればないに等しい。儒教がヨーロッパに知られたとき、啓蒙思想家のヴォルテールは「迷信も愚劣な伝説もない」儒教を礼賛したという。

 

 

ブッダの教え

 ブッダの教えはそれほど難しくない。簡単にまとめると、次のようになる。

 人間誰しも欲を持つが、それがいつも叶えられるとは限らない。その欲が強ければ強いほど、叶えられないときの痛みは大きい。それならいっそ、欲を捨ててしまえ。これがブッダの教えである。

 結局のところ、我々が生きているうえで経験する「苦」は、すべて欲(あるいは執着心)が引き起こしている。

「世の中にある種主様々な苦しみは、執著(しゅうじゃく)を縁として生起する」(スッタニパータ 一〇五〇)

 

 だから欲をなくしてしまえば苦もなくなるのだ。あるいは、これを過酷な競争から離脱することになぞらえてもいい。

「勝利は怨みを生じ、敗者は苦しんで臥せる。心のしずまった人は、勝敗を捨てて、安楽に暮らす」(ダンマパダ 二〇一)

 

 このように、ブッダはあらゆる欲望を捨て去ることを説く。これを達成したとき、それは解脱(げだつ)といわれる。

 ここに輪廻思想が関わってくる。先に説明したとおり、現世で罪悪を犯さなければ、来世でも人間かもしくはそれ以上の何かに生まれ変わることができる。だが、仮にそうなったとしても、また死ねば何かに転生するのだ。生きる苦しみのサイクルから逃れられるわけではない。

 この輪廻という責め苦の永久サイクルから抜け出すのが、解脱なのである。そして解脱して至った安らぎの境地を涅槃(ねはん)(ニルヴァーナ)という。ブッダの教えの究極目標は、解脱して涅槃に至ることなのである。

 

 しかし、ブッダは「私を信じれば解脱できる」とは説かなかった。それどころか、「これこれを信じよ」とか、「こうした儀式・儀礼をなせ」といった、いわゆる宗教的なことを否定したのだ。

「『わたくしはこのことを説く』ということがわたくしにはない。」(スッタニパータ 八三七)

 

つまり、説くべき教えや従うべき戒律などないのが、逆説的だがブッダの教えなのである。

 あえて言えば、欲を捨てることがブッダの教えなのだが、ブッダは、それにこだわってもいけないと言う。

「ひとが何か或るものに依拠して「その他のものはつまらぬものである」と見なすならば、それは実にこだわりである、と〈真理に達した人々〉は語る。それ故に修行者たちは、見たこと・学んだこと・思索したこと、または戒律や道徳にこだわってはならない。」(スッタニパータ 七九八)

 

中村元は「祭祀や儀礼が宗教にとって本質的なものであるという見解に従うならば、原始仏教は宗教を否定しているということになる」と言う。

 

 

鬼のブッダ

 ブッダの教えは自助努力の教えである。たとえば、他派の宗教家が教えを説くことをこう批判する。

「たといかれが見たとしても、それがそなたにとって、何の用があるだろう」(スッタニパータ 九〇八)

 

 ブッダについて行けば自動的に解脱できるわけでもない。

「わたくしは世間におけるいかなる疑惑者をも解脱させ得ないであろう」(スッタニパータ 一〇六四)

 

「清いも清くないも各自のことである。人は他人を清めることはできない」(ダンマパダ 一六五)

 

 中村元はこれを「徹底した自力の立場」と言う。一般的な宗教のイメージ「信じよ、されば救われん」ではないのだ。ブッダは方向は示してくれるが、後は自分で頑張らなくてはならない。

 そして、自分で欲を絶つためにブッダは出家を勧める。

「実に世の中にありながら欲望を捨て去ることは、容易ではない」(スッタニパータ 七七二)

 

 余談だが、ぼくはこれに実感を持って同意できる。実のところ、ブッダの出家の勧めを読んでいると、ほとんど今の生活と大差なく、「あれっ? 俺いつの間にか出家しちゃってる?」と思って、ゾッとしないものがあった。

 それはさておき、とにかくブッダの教えは厳しい。

「聖者はなにものにもとどこおることなく、愛することもなく、憎むこともない」(スッタニパータ 八一一)

 

 これはちょっとショッキングな言葉である。『論語』に「ただ仁者のみよく人を好み、よく人を(にく)む」とあるのと好対照だ。

 他の経典でも愛の否定は続く。

「愛する人を作るな。愛する人を失うは禍いであるから。愛憎のない人には束縛がない」(ダンマパダ 二一一)

 

「愛より憂いが生じ、愛より怖れが生ずる。愛を離れた人には憂いがない」(同 二一二)

縁起でもない話

 しかし欲や愛を捨てれば苦がなくなると言われても、なかなか「はいそうですか」とはいかないだろう。

 ここで縁起という概念が出てくる。これは今でも「縁起がいい」というふうに使われるが、それとは少し意味合いが違う。もともと「あるものに()って他のものが起こる」という意味で、物事が何かに従属していることを表す。

 たとえば、植物はいきなり今あるような状態にあるわけではなく、まず種がある。次に芽が出て、だんだん生長して今の状態に至るわけだ。これを、「芽は種に縁って起こる」と考える。つまり芽は種を前提とし、成木は芽を前提としている。

 あるいは抽象的概念でも、西という方位は東があってこそ成り立つ。西は東の存在を前提にしているし、逆も真である。

 ここまでは、物事の考え方として、現代人でも一応理解できる。問題はここからだ。仏教では、このように何かがあってそれによって生じる(つまり縁起によって生じる)ものには、絶対不変の確実性がないと考えるのだ。だからそれらは頼るに足らないし、欲するに足らない。

 そして考えてみれば、世の中のことで縁起によらないで存在しているもの、つまり絶対的に独立して永遠不滅であるものなど何もない(神は置いといて)。したがって、我々がどんな欲を持っていようとも、それは欲すべきでないものを欲しているのだ(証明終わり)、ということになる。

 

 以上の説に納得して、キレイさっぱり欲を捨てることができれば、その人はもう悟っている。しかし、ちょっとそうは思えない人も多いだろう。ぼく自身も、快楽主義者なので全然納得できない。

 だが、だからと言ってブッダを切り捨てるのは早計である。我々は、欲望に従う自由はあるが、欲望を起こす自由はほとんどない。例えば、「映画を見たい」という欲望に従うことはできるが、「よし、今から映画を見たいと思うぞ」ということはできない。無理やりそう思い込んだり、自己暗示をかけることはできるだろうが、それは自然発生する欲望とは全く違う。つまり、我々は一面からすると自由に生きているが、ある意味ではいつどのように起こるか分からない欲望に操られている。

 この何かに操られている状態が、果たして「快」であろうか。(ぼくも含めて)普通の人は、とにかく沸き起こってくる欲望を満たせば、それで「快」であると考えるだろう。しかし、ブッダはそうは考えなかった。彼は、そういう状態は一種の奴隷であり、そこに真の「快」はないと考えた。したがって、ブッダは得ることを「快」としなかった。逆に、何事も得ない(欲しがらない)状態をこそ「快」としたのだ。

「諸々の欲望には患いのあることを見て、また出離こそ安穏であることと見て、つとめはげむために進みましょう。わたくしの心はこれを楽しんでいるのです」 (スッタニパータ 四二四)

 

 これを聖人としてではなく、歴史的に生きたひとりの人間の言葉として読むと、ぼくは素直に「ブッダ凄い」と思ってしまう。

 思い出されるのは、前号でも引いた「思想は敗北者のもの」という白川静の言葉だ。結局、人生は欲しいものが手に入らないという敗北に満ちているではないか。給料はなかなか上がらないし、上司は役立たずで部下は言うことを聞かず、意中の人は振り向かず、「空白時代」の感想も来ない、などなど人生の敗北(欲しいものが手に入らない)の例を挙げれば切りがない。

 普通の人にとって、その敗北は「苦」以外の何物でもない。しかしブッダは、その認識をあっと驚くような方法で覆したのだ。現代人にとっては受け入れがたい論拠に基づいているとはいえ、やはりブッダは人類に対して偉大な貢献をしたと思う。

 

 

宗教の生態を考える

 宗教というと「信じるものは救われる」というイメージがあるが、実際の宗教には信じる力と疑う力の引っ張り合いがあると思う。もちろん、信じる力は強く働いているわけだが、あまりそれが強すぎるとその宗教は教義に縛られ、時代を経て生き残ることは難しい。生き残るためには、改革が必要だ。宗教における改革とは、経典の新解釈であったり、教義の見直しであったりする。そしてそれは主流集団の中から始まるのではなく、傍流の集団、あるいは個人から始まる。常にそうかどうか分からないが、こうした発端は個人の宗教体験によるものが多い。パウロしかり、マホメットしかり。改革をもたらすのは、既存の集団(教団)のことなど眼中になく、個人的宗教体験のみを頼りとする人間(あるいはそういう人間の集まり)なのだと思う。

 その改革が成功すれば、新しい宗派または宗教となって多数の人を巻き込んでいく。その新しい宗派・宗教も、やがては自己保存するように信じる力の圧力がかかってくる。

 おそらく、現在まで残っている大宗教というのは、そういった内的運動を繰り返してきた。キリスト教を例に取れば、まずユダヤ教の中でイエスが疑いの種を蒔き、パウロをはじめとした使途たちがそれを広めた。ユダヤ教から離れてキリスト教になり、信じる力の方向に寄っていく。ときおり、疑う勢力が現れるが、多くは異端の烙印を押されて除かれる。しかし、15世紀あたりからまた疑いの力が強まってきて、宗教改革が起こる。

 信じる力と疑う力のどこかに最適なポイントがあるということではなく、むしろ時の流れにしたがって絶えず動き続けていることが、その宗教が生きている証なのだろう。

 以上の話を試みに図示してみたが、何かの本などに基づいているわけではなく、個人的な仮説である。まったくお粗末な理論かも知れないし、あるいは宗教学の本を紐解けば簡単に見つかるありふれた考え方かもしれない。大学時代に宗教学の講義を取ったのだが、四月中しか出席しなかった上、教科書も売り飛ばしたのが悔やまれる。ともあれ、有用と思えばご参考に、虚妄と思えば黙殺されたし。ちなみに図の左側をさらに越えると(つまりもっと疑うと)、宗教ではなく哲学や科学の領域になると思う。

(2)へつづく

2008.10.28掲載
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