ぶつぶつ仏教(2)
教養主義者N(紙屋研究所客員研究員)



→ぶつぶつ仏教(1)

※本文の強調は転載者による

大乗 みんな一遍に救って魅せます

 さて、以上の話を踏まえて、大乗仏教を紹介したい。

 ブッダの死後、その教えは弟子たちに引き継がれた。彼らはブッダの言葉を経典にまとめ、僧侶団を形成し、修行に励んだ。このことは別段非難されることではなく、起こるべくして起こったことだろう。つまり仏教は信じる方向に進んだ。

 それはある意味で必然的だったが、やはり仏教の硬直化をともなっていた。ブッダの言葉を一字一句信奉し、出家集団の維持が大きな関心事になった。

 そこに、仏教はこれではいけないという疑いの勢力が出てきた。この改革派のことを大乗仏教という。大乗とは読んで字のごとく、大きな乗り物の意味だ。

 ブッダの教えも、それを継いだ弟子たちの教えも、極論すれば「自分で修行して自分で悟れ」という考え方である。大乗仏教はそれを批判して、その思想を小乗と呼んだ。小さな乗り物、つまり自分だけしか乗れない乗り物という一種の蔑称である。その小乗に対して、大乗はその反対、自分だけが解脱するのではなく、多くの人(究極的にはすべての生きとし生けるもの)を解脱させねばらない、と説いた。

「すでに菩薩(ぼさつ)の道に入った者は、次のように心がけねばならない。すなわち、『生けるものの世界において、およそ衆生(しゅじょう)という名のもとに包摂される生きもの、彼らをすべて、わたくしは、完全な涅槃の世界に引き入れねばならない』と」(金剛般若経 三より要約)

 

 また維摩経(ゆいまきょう)という大乗の経典には次のような言葉がある。

「あらゆる衆生に病があるかぎり、それだけわたくしの病も続きます。もしすべての人が病をはなれたなら、そのとき、わたくしの病もしずまるでしょう」(維摩経 四)

 

 これは有名な経典で、主人公のヴィマラキールティ(漢訳名=維摩)が大乗の思想を説き、ブッダの高弟たちをやり込めるという内容である。右の引用もヴィマラキールティの言葉で、大乗の精神をよく現している。

 大乗の創設者たちは、ブッダの言葉を一字一句守ろうとする小乗に対して、このような経典を作って厳しい批判を浴びせた。したがって大乗仏教の経典は、ブッダが話した言葉ではないという意味で、すべて偽典である。

 だから大乗経典を読むと、「ブッダはそんなこと言ってねぇよ」と言いたくなることが多い。しかし、もちろん大乗側もそんなことは百も承知で、ちゃんと手を打ってある。それは方便という手段である。「嘘も方便」という言い回しが今も残っているが、原意は、人を真の教えに導くための仮の手段。

 つまり、ブッダが発した言葉は、あくまで解脱に至らせるための「手段」なのであって、その一字一句を神聖視してはいけないのだ。そうではなく、字面の奥にあるブッダの真意を見なくてはならない。そしてそのブッダの真意を明かした経典こそ、大乗仏教のそれなのだ(と大乗教徒は主張する)。

 おあつらえ向きに、そもそも仏教は言葉を絶対視していなかった。初期の頃から、川を渡る筏の喩えがよく出てくる。つまり言葉は筏で、それは渡り終わったら(悟ったら)捨ててよい、というのだ。このあたりは前号で紹介した老子、荘子とも似ている。

 

 お気付きの通り、そういう手段をとればほとんど何だって言えてしまう。大乗経典を読んでいて、ブッダとの隔たりを感じるのも無理はない。

 しかし大事なことは、そこに宗教的価値があったかどうかである。それがなければ、大乗は受け入れられなかっただろう。その宗教改革も成功せず、無軌道なカルト一派で終わったに違いない。だが実際は、大乗はすこぶる成功した。中国に伝わったのは大乗仏教だし、日本もそうである。大乗仏教にはそれだけの説得力があったのだ。

「これらの人々が、「仏説」の名を冠し、ブッダに帰して新しい経典をつくったとしても、彼らには偽作の観念や贋造の意識があったのではない。これこそブッダの真意であるという確信に満ちていたのである」    (長尾雅人)

 

 大乗仏教は誰も彼も救ってしまうのが目標なので、それまでの仏教とはかなり主張が異なる。小乗が出家を尊んだのに対し、大乗は在家でよいという。煩悩を絶てというのに対し、煩悩を絶ち尽くすな(!)と説く。(ブッダのように)愛まで絶ってしまえば他人を救うことなどできない。

 このようにして旧来の教義を否定していったのだが、大乗はブッダ自身には矛先を向けない。さすがにブッダ自身を否定してしまうと、仏教ではなく別の宗教になってしまうからだろう。逆に、ブッダを経典に登場させて大乗の思想を語らせたり、褒めたりさせている。

「大乗経典は、原始経典である阿含(あごん)やニカーヤが、仏陀の直接のことばの記憶を編纂して形づくられたのと同じような意味で「仏説」なのではない。はるか仏陀よりも数世紀遅れて、おそらく前一世紀ころから無名の宗教的天才たちによって語られ編纂され、「仏説」の名を冠して仏陀に着せられたものである」(長尾雅人)

 

 書いている側でさえ自己暗示的な確信を持っているのだから、読み手に疑いが生じないのも無理はない。大乗経典はまさにブッダその人の言葉として読まれた。

 しかしその出自はともかく、生きとし生けるものを全て救うという目標(仏教用語で衆生(しゅじょう)済度(さいど))は、すごいスローガンだった。この大転換は仏教に対する敷居を低くし、世界宗教への道を拓いた。あまりに個人的で厳しいブッダの教えのままでは、広大な土地、雑多な人々には受け入れられなかっただろう。大乗創設者たちを「宗教的天才」というのは、決して誇張ではないと思う。

 

 

苦に満ちている世界

 何となく大乗仏教の偉大さが分かった人も、「あらゆる人を救うと言うけど、でも一体どうやって?」と思うのではないだろうか。ぼくも同じ疑問を抱いた。素直に考えてみると、誰でも解脱できるように教義が分かりやすくなり、実践しやすくなったのでは、と予想がつく。これは半分は正解で、半分は間違いだ。出家せずに在家でも解脱できるという意味では、確かに実践は楽になった。しかし教義はというと、実ははるかにややこしくなったのだ。これはブッダの言葉の比ではない。

 ここまで大乗仏教のよい面ばかり紹介してきたが、ここからは負の側面を力説したい。とにかく大乗経典は、読むのがしんどいのだ。『老子』も酷かったが、『老子』はまだ短いからよかった。大乗の書物は『老子』以上に意味不明なことを書き綴っていて、しかもその経典が大量に存在するのだからタチが悪い。大乗仏教の本を読んでいると(あるいは眠りかぶりながら時々起きて読んでいると)、諸子百家の本はまだ読みやすかったとしみじみ思ってしまう。諸子百家を読んでいるときは「こんな本読んでいていいのだろうか」と思っていたが、大乗の場合「いま俺は確実に人生を棒に振っている」と実感できるのである(嬉しくない)。

 仏教では、世界は苦に満ちているというのが基本的な認識である。生まれるのも苦だし、死ぬのも苦。病気も老いも別れも苦。ぼくとしてはこの苦のリストに「大乗経典を読むこと」も追加したい。

 「自分は日本人だから、何となく仏教徒かな」と思っている人は、ぜひ大乗経典をご一読あれ。「寺に生まれなくて本当に良かった」とか、「仏教徒だけには絶対にならないぞ!」などと思うこと請け合いである。

般若心経・金剛般若経 (ワイド版岩波文庫)  しかし、やたらに罵ってばかりいても仕方ないので、どのように読みにくいか説明しよう。先に述べたように、仏教は言葉を重視していない。むしろ、言葉で表現できないところを目指している。しかし、それを他人に伝えるためには、やはり言葉を使うしかない。このディレンマを克服するために、大乗仏教は普通の論理では理解できないような表現を取っているのだ。

「ブッダの教法は、実はブッダの教法ではない。だからブッダの教法とよばれる」(金剛般若経 八より要約)

 

「(ブッダの法を)どのようにして解き明かすべきか。それは「解き明かさないように」である。だから、解き明かさねばならない」(金剛般若経 三二)

 

「ふざけんな!」と言いたくなるような説法、これが大乗経典の説き方である。ぼくがくどくど恨み言を書き連ねたのも分かってもらえるだろうか。書いた奴は本当に自分の書いたことを理解しているのかと疑ってしまう。ちなみにこうした表現は甚深(じんじん)と呼ばれるらしい。名前まであるのかよと言いたくなる。

 これに加えて、論理は分かるが世迷言としか思えないトンデモ話も豊富。前回の諸子百家の際にも述べたことだが、大昔の世界観から理論を組み立てているため、現在の目で見るとどうしてもヨタ話になってしまうのである。古代版『ハリー・ポッター』でも読んでいるくらいの気持ちで臨まないと、とても読めない(ぼくは『ハリー・ポッター』を読んだことはないのだが)。とにかくそれくらい現実離れしていることが展開されているのだ。

 それでもときどきその戒めを忘れて真面目に読んでしまい、わけの分からない説法にウンザリさせられる。そういうときは、「ファンタジー、ファンタジー」と自分に言い聞かせて読んだ。

 

 しかし実は、経典はまだマシなのだ。信じられないことに、その上を行く書物があるのである。経典というのは、つまり仏教の教えを説くものだから、ブッダや弟子などが登場して、語り合うスタイルが多い。あるいは、仏教徒ではない人が出てきて、教化されるような話である。それに対して法典というものが存在する。これは、仏教の教えがなぜ正しいのか、それを理詰めで説明してある書物である。これはもう、筆舌に尽くしがたいほど読めない。わけの分からない理論をこねくり回した思弁哲学とでも言おうか。実験なしで、ただ頭の中の考えと推論だけで世界を理解しようとした試み。

「元素とは、地(の要素)、水(の要素)、火(の要素)、風の要素。これら四つは、それ自身の特質を保持し、またそれによって構成される物を保持するから要素である。(中略)それら地・水・火・風の要素は、それぞれ、保持、包摂、熟成、増長の作用においてすぐれている。」(存在の分析 三)

 

「はぁ……」としか言いようがない。今のぼくの生活の最大のメリットは、どんな本でも手に取れる(読み始められる)し、読み始めれば近日中に読み終わる、ということなのだが、そんな生活を送っているこのぼくが途中で読むのをやめたのだ。どれくらい不毛か想像がつくだろう。

 再びハリーポッターの例で言えば、ハリーの使う魔法がどういう原理で、なぜそれが使えるのかということをひたすら理詰めで説明してあるようなものである。読めば読むほど馬鹿になるような説明を読むのはそれ自体が苦痛だが、それを理解したところで何の役にも立たないというのがまた悲しい。

 

 

くっ、()ぅ、(くう)

 悪態をつきまくって大乗仏教を終わりにするのも気が引けるので、少し内容についても(無理をして)紹介しよう。

 大乗仏教の特徴の一つ、それは「空」という世界観だ。

「「空」の思想は、すべての大乗思想の中心的な根本基調である。したがって、空を説かないような、あるいは空にもとづかないような思想は、大乗ではない」(長尾雅人)

 

大乗仏教にとってそれほど大切な「空」とは、いかなる概念なのか。

「「空」とは何か。語義的には「非存在」を意味する。しかし、何が非存在なのか。それに対しては、究極的には「我執」が空である、と答えるべきであろう」(長尾雅人)

 

 現代語による解説ですらこれほど難解なのである。原典の不可解度は推して知るべし。

 先に説明した縁起の考え方(この世のものは何もかも他の何かに依存しているから、確固普遍の存在は何もない)が発展して「空」の思想になったと思うのだが、具体的にどのように違うのかと言われると、よく分からない。

 「何じゃそら?」と読者の怒りをかいそうだが、しかし「空」とは何であるかはそう簡単に説明できることではないのだ。

「はたして眼前に見えている世界の、あらゆるものが存在しないのだろうか。存在しないとすれば、どうしてそう言いうるのか。ある意味ではすべての仏教者は、何ゆえに、いかにして空であるかを理解しようとして、心血を注いだといってもよい。仏教史は、『般若経』の説く「空」をいかに理解するかの歴史であるといってもよい。」(長尾雅人)

 

中論釈 明らかなことば〈2〉 (関西大学東西学術研究所訳注シリーズ)  言葉にできないものを読んで理解しようとするのが無理なのかもしれない。

「空であるとも語ってはならない。空でないとも語るべきではない。(空と空でないとの)両者であるとも、両者でないとも(語るべきでない)。ただしかし、教示することを目的とするかぎり、(それらが)説かれる。」(明らかなことば 二)

 

これを解説する力はぼくにはない。そもそも、これが何か意味あることを言っているのかも疑わしいと思う。が、この表現は二〇世紀の大哲学者ヴィトゲンシュタインが『論理哲学論考』で述べたことを思い出させる。

「哲学の正しい方法とは本来、次のごときものであろう。語られうるもの以外なにも語らぬこと。(略)他のひとが形而上学的なことがらを語ろうとするたびごとに、君は自分の命題の中で、全く意義をもたない記号を使っていると、指摘してやること。(略)これこそが(哲学の)唯一の厳正な方法であると思われる。」(六・五三)

 

ヴィトゲンシュタインはドイツの哲学者ショウペンハウエルから大きな影響を受けたという。そのショウペンハウエルはインド哲学を西洋哲学に組み入れた(らしい)。そのあたりが関係しているのかもしれないが、ともかく、ぼくの力量を遥かに超えているのでこれ以上は追求できない。

 

 というわけで、ぼくの大乗仏教に対する思いは愛憎半ばというところである。「あらゆる衆生に病がある限り、自分の病も続く」という思想には大いなる敬意を払うが、その方法論や細かな思想になると、正直よく分からないし、理解をはね退けるような記述にウンザリさせられる。解説本でも読めば少しは分かるのだろうが、巻頭に断った通り、あいにく仏教関係の本は用意が乏しい。

 そんな状態で大乗の意義を伝えられたか自信がないが、次の禅の話を読むと、補完的に大乗仏教の意義が分かってもらえるかもしれない(ことを期待)。

 

 

ブッダ以前に帰る「禅」

 大乗仏教は弟子たちにゆがめられた教義を批判し、ブッダへの回帰を望んだ。

「「ブッダに帰れ」とは、まさしく大乗仏教徒たちの叫びであり、それは根元の仏、真実の仏を探求する願いのあらわれでもあった」(早島鏡正)

 

 禅も、大乗仏教の流れから生まれた。だが禅は右の考えをさらに進めたように思う。つまり、ブッダに帰るというより、ブッダ以前に帰って、「おのおのがブッダになれ」と説いているようなのだ。

臨済録 (岩波文庫) ブッダ自身は、誰かの教えにしたがって悟りを得たのではない。まさに自分で悟ったのだ。禅もこれを目指しているように見える。つまり、ブッダの教えに従って悟るのではなく、そんなものは一切存在しない状態から、自分で(ブッダのように)悟れ、と説いているようなのだ。だから結果として、禅僧がブッダに成り得るし、またブッダ以外の何者かにもなってしまうのである。禅語録の中に、ブッダ(仏)を絶対視するなという言葉が繰り返し語られるのはそういう意味であると思う。

「道の仲間よ、仏を最後と考えてはならぬ。わしは、便所の穴ぐらいにしか考えていない」(臨済録 五一)

 

よりによってそんなものに喩えるなよ、と思うが、こういう言い方をして憚らないのも禅の特徴のひとつである。

 ちなみに、この臨済(りんざい)という人は臨済宗の祖となった偉大な僧だが、口は悪いし、手は早いし、品はないしと三拍子そろっている(そこが魅力)。ただ、品がないのは臨済に限ったことではなく、禅問答にはよくクソが登場(?)する。ひょっとするとこれは浄と不浄を超越していることを示すために、あえて取り上げているのかもしれない。

 

 本題に戻ろう。ブッダのように悟ると言っても、いったい何を悟るのだろうか。言葉を替えて言えば、禅の目的とはいったい何なのか。大乗仏教は少なくとも目的(目標)は分かりやすかったが、逆に禅は目的がよく分からないのだ。

 それはぼくの勉強および思索(あるいは座禅)が足りないから、と思うかもしれない。それは確かにそうだ。だが、問題はそれだけではない。当の禅僧たちでさえ、禅が何を目指しているのか分かっていないのだ。

 「そんな馬鹿な」と思われるかもしれないが、禅問答のお決まりの問いに「達摩(だるま)が西方からやってきた理由は何ですか?」というのがあり、これこそまさに、禅は何を目指しているのかを問う言葉なのである。禅はここから始まり、ここに終わると言ってもいいのかもしれない(本当かな?)。ともかく、それほど禅の目的を問うことは重い。その答えが分かったときは、すでに悟っているのかもしれない。

 なお前号で、老荘の思想が仏教と結びついて禅が生まれた、と書いた。禅僧の言葉の多くがすでに荘子によって語られているので、恐らくそれが史実なのだと思う。しかし、禅宗としてはそうは言わず、インドから来た達摩大師がもたらしたという見解を取っている。禅の目的を尋ねるのに、「達摩がやって来た理由は何ですか?」と問うのはそういう理由である。

 

 では問われた師(の立場にある人)は何と答えているのか。次の引用は、質問の文は少し違うが、問うているのは禅の目的である。

質問「どういうものが根元の解脱ですか」

答え「仏を求めず、知恵を求めず、汚染と清浄の分別が尽きて、さらにそうした求めるものの無いところを守ってよしとするのでもなく、それらが尽きたところにも住まらず、地獄という拘束を怖れず、天堂という快楽を愛せず、どんな教えにも拘わらないで、はじめて解脱して無碍であるとよばれる。つまり、気ままが一切に及ぶのを、解脱とよぶ。」(祖堂集 百丈)

 

回りくどくて、わけの分からない言い回しだと思われた方もいるだろう。だが驚くなかれ、これはぼくが読んだ「禅の目的」の中で、一番分かりやすいものなのだ。本当に意味が分からない問答は、それこそ枚挙に暇がないので後ほど紹介しよう。

 話を百丈和尚の言葉に戻すと、つまるところ特別なことは何もせず、日々つつがなく暮らしていれば良さそうに思える。何のことはない、禅とは究極の凡人を目指すものなのか。

 しかし、それでいい線を突いたと思ったら甘かった。門外漢がちょっと読んで考えそうなことは、既に誰かが考えているものだ。

問、「いったい聖者は、何の法を絶ち、何の法を得たというので、聖者とよぶのです」

答、「一法も絶たず、一法も得ぬ。これを聖者というのだ」

すすんでいう、「絶たず得ないなら、何か凡人と違いますか」

先生、「ちがう。なぜなら、すべての凡人には、絶たれる迷いと、得られる真実の心がある。聖者には、もとより絶たれるものもなく、得られるものもない。そこがちがう」(祖堂集 牛頭)

 

弟子はさらに突っ込むのだが、それに対して師は「凡人は得られるものがあるから、迷いがある。聖者は得られるものがないから、迷いがない」と説き、最後に「聖者には我がないが道があり、凡人には道がなくて我がある」とまとめている。

 どうやら、人間の自我というものがポイントのような気がする。自我をなくすことを目指しているのだろうか。そう主張する禅僧もいる。

「祖師(達摩のこと)も仏も実在を知らん、山猫や野牛の方が実在を知っている。それは何故か、かれらには余分の分別がないからである。したがって、如如(にょにょ)(そのまま)とよんでも、すでに違っている。ずばりと畜生仲間に入らねばならん」(祖堂集 南泉)

 

 

咲き乱れ、舞い散った唐代禅

 なぜ、禅はこんな根本的なところでさえ意見が食い違っているのだろうか。それを知るには、禅が興隆したときの状況について考えなくてはならない。

 達摩が中国にやってきたのは南北朝時代(6世紀ごろ)と言われているが、禅の黄金期は唐代である。この時代の中国禅は、宗教的情熱に憑かれたかのような様相を見せる。祖師の達摩からして、壁に向かって9年間も座禅をしたというエピソード(面壁九年)があるし、その達摩に弟子になるためにやって来た恵可(えか)は自分の決意を示すために肘を斬り落とした。

 宗教が盛り上がるのには、そういう狂気にも似た熱気が時代に充満している必要があるようだ。そして、宗教的情熱が高まると、5ページの宗教の図でいう左側への志向が強まる。禅は特にそれが強かった。つまり、ひたすら左の極にへばり付き、みんな既存の仏教を疑って(問い直して)いる状態である。個々の禅僧がみな個人的に問い直しているのだから、必然的にみな一匹狼になる。

 したがって、唐代の禅は一人一派。ほとんど皆、わが道を突き進んでいる。ここまでに上げた禅僧たちの言葉にもそれが表れていると思う。逆に言うと、人と同じことを言っているようではダメなのである。

「古来の先学たちは、どこに行っても人が信ぜず、つぎつぎに追いだされてこそ、はじめて貴いと知られたものだ。どこに行っても人がみな受け入れるようでは、およそ何の役に立つものか。」(臨済録 四六)

 

これは禅を離れてもなかなか薀蓄のある言葉であるが、唐代禅の心意気をよく現している。

 当時の禅はこういう具合だから、師に盲従することも非とされる。

僧、「先生は故先生の供養をしていられますが、果たして故先生を認めていられるのですか」

先生、「半分は認め、半分は認めん」

僧、「どうして全部お認めになりませぬ」

先生、「もし全部認めたら、もう先師を裏切ってしまう」(洞山録 一一)

 

「見識が師匠と同じ程度では、師匠の徳を半分へらす。見識が師匠以上であってこそ、はじめて伝授できるというものだ」(臨済録 九)

 

ちなみに、レオナルド・ダ・ヴィンチも「師を超えないような弟子はどうしようもない」と言ったらしいが、相通じるものがあるかもしれない。

 

 このような心意気だから、寺で修行すると言っても、和尚の教義をみんなが崇めているわけではない。それぞれが自分自身で悟りを得るため、便宜的に共同生活をしている、と言った方が近い。寺や宗派は、おおまかな方向性は与えるが、後は個々の僧たちにかかっているのだ。禅問答の中で、師に対して容赦せず言い返したり、ときに手を出したりもする(!)のはそのためである。

 だが、やはり禅も人間の宗教である。やがて5ページの図でいう右側への圧力がかかり始める。百花繚乱の唐代禅は活気に満ちていて、宗教的に利するところが大きかったのだが、時代を経るにしたがって、いくつかの宗派に収斂していった。そして、宋代に入ると体制側と結びついた。

「宋代の禅は、すでに体制側にあった。かつて唐の禅が伝統的な仏教学に対して、つねに少数批判勢力の立場をもちつづけ得たのとはちがっている」(柳田聖山)

 

こうなってしまえば、それぞれがとことん仏教を問い直すなどということは不可能だ。宗教的疑いの極地にあり、ひたすら個人的であった唐代禅の時代は終わった。

「こうして禅宗の修行者たちはその宗教的な力を失い、それと反比例して士大夫たちとの交流による生活の貴族化を促進し、やがて彼ら自身による高い禅宗文化を創造していった」(西村恵信)

 

高い禅宗文化といっても、所詮それは唐代禅の亜流である。革新していく力を持つものではなかった。

 だが、それは不可避だったのかもしれない。どんな宗教も(あるいは個人も)ひたすら疑い続けることはできない。みんな個人的で、集団形成に力を注がなければ、その個人が死んでしまえばそれで終わりである。だから宋代に入って禅が体制化したことは、確かに禅の生命力を減らしたが、それなしには禅は生き延びられなかったのかもしれない。

「宋代禅者たちによる護法のためのそういう創意工夫があったがゆえに、禅宗が現代にまで存続しえたのは事実であり、そのことは高く評価さるべきことである。」(西村恵信)

 

 唐代禅はその鋭さのゆえ、自分自身も無事ではすまなかった。それは極度に研ぎ澄まされた諸刃の剣であった。

 

(3)へつづく

2008.10.30掲載
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