ぶつぶつ仏教(3)
教養主義者N(紙屋研究所客員研究員)



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※本文の強調は転載者による

深遠なる禅問答の世界にようこそ

 ではお待ちかね、わけの分からない禅問答をご紹介しよう。これぞ禅の真骨頂(か?)。

ある僧がたずねた、「どういうのが祖師の西より来られた意図です」
先生「丸柱にたずねなさい」
僧 「何のことかわかりませぬ」
先生「俺の方がもっとわからん」(祖堂集 石頭)

 

逆ギレならぬ逆ボケ。もちろん解説などできるはずもない。つづいて、もうひとつ禅の目的を説くものを。

香厳和尚が言われた、「人が樹に登るとする。しかも口で枝をくわえ、両手を枝から離し、両脚も枝から外すとしよう。その時、樹の下に人がいて、「禅とはいったい何であるか」と問いかけてきたとする。答えなければ問うた人に申し訳がたたない。そうかといって答えようものなら、樹から落ちていっぺんにあの世行きだ。さあ、そういう事態に直面した時、いったいどう対応すべきか」(無門関 五)

 

「何やってんだか」と呆れてしまうが、真面目な(?)公案のひとつである。公案とは、禅問答を問題にして、師が弟子に突きつけるもの。これに正しく答えることができれば、修行が進んでいることになるし、師の名を継ぐこともできる。

 だが、この公案に対して論理的に答えてはいけない。今の例でいうと、「まず手で枝を握りなおしてから答えます」などと言ったら門前払いを喰うこと間違いなし。

 禅の悟りは、そういう論理的思考では到達できないところを目指していて、だからこそ普通に考えたら矛盾しているような論法を使うのだ。ちなみに、

これは大乗仏教で紹介した甚深(じんじん)に近いものがある。つまり、ここでもまた言葉に重きを置かない。理詰めでは到達できないところにズバリと到達するのが禅なのだ。
 しかし、だから言って適当に答えればいいというわけでもない(ようだ)。

ある僧が、魯祖にたずねた、「どういうところが無言の言ですか」
魯祖「お前は自分の口をどこにやった」
僧 「口はございません」
魯祖「どこから飯をくうのだ」
僧はつまった。(洞山録 十七)

 

 禅問答の目指すところは、日常の感覚で言うと、視点を変えるというのに近いかもしれない。まともに解決しようと思ってもできない問題が起きたとき、視点を変えることで急に問題が消えてしまうことがある。寝坊して、どう頑張っても会社に遅刻しそうなとき、「休んじゃえ」と視点を変えることで問題が消える(あまりいい喩えではないが)。

質問「どうあるのが解脱でしょうか」
先生「誰が君を縛った」
質問「どうあるのが浄土でしょうか」
先生「誰が君を汚した」
質問「どうあるのが涅槃でしょうか」
先生「誰が生死をおまえにくれた」(祖堂集 石頭)

 

これもその類である。柳田聖山は「相手の問いに対して、問いのでてくる前のところを聞きかえしている」と指摘している。つまり、それによって問い(問題)を消すのだ。うまい答え方は、例えば次のようなものである。

師匠「馬には角がある。君、それが見えるか」
雲巌「あるなら、見る必要はないでしょう」(祖堂集 薬山)

 

見事に問いを消している。「馬に角なんてあるわけない」などと普通の発想をしていない。そしてこの応対のもうひとつの特徴は、師に対する遠慮会釈がないことだ。

 

 だが、禅問答には一切の解釈を許さないようなものも存在する。次にまとめて紹介するが、あまり意味を考えないで、気楽に笑うのが正しいかもしれない。

先生は仏という字を一つ書いて道吾にたずねる、「これは何という字か」
吾、「仏という字です」
先生、「このおしゃべり坊主め」(祖堂集 薬山)

 

先生はあるとき、さらにいわれた、「質問すれば、まちがいだ、質問せんでも、そむいてしまう」
僧はおじぎをした。先生はぶったたく。僧はいう、「わたくしはおじぎしただけです、どうしてぶたれるのです」
先生、「おまえが口をあけるのをまっていて何になるものか」(祖堂集 徳山)

 

質問、「どういうところが悟りでしょうか」
先生はどなりつけていう、「出てゆけ、ここで糞しちゃいかん」(同前)       

 

あるとき、三人の僧が同時におじぎして、まだ問いださぬのに、先生はいわれた、「三人ともだめだ」(祖堂集 巌頭)

 

質問「どういうところが和尚の家風ですか」
先生「君には答えん」
質問「どういうわけで答えて下さいません」
先生「わしの家風だよ」(祖堂集 趙州)

 

 こういうものを読むと、禅問答に的確な対応をすることは、本当に悟りに関係あるのだろうかと思ってしまう。しかもここに挙げたのは、よく分からないながら笑えるものであって、分からないし笑えもしない問答もまた多いのである。

 禅問答/公案は、もともとその場の状況も含めて成り立っていたものが、後に文言だけ切り離されて徒にもてはやされたのではないか。本来は、生身の人間が対峙して、ジリジリとした緊張感の上で交わされるやりとりなのだと思う。

 

 

禅と多難(まとめ)

 禅問答のわけの分からなさを読んだ上で、もう一度、いったい禅とは何なのかを考えてみよう。

「禅はいつも自分に戻るということ」(鈴木大拙)

 

「(君たちは)祖師や仏と何も違っていないのに、ぜんぜん信じないで、さらに外を探している」(臨済録 四七)

 

「そんな諸君にいっておく、仏もなければ法もなく、修行もなければ証悟もない。わきみちにばっかり、何を探しだそうとするのか。どめくらめ、首の上にさらに首をすえて、君たちはいったい、何が足らんのか。」(同前)

 

 身も蓋もない言い方をすれば、禅とは何かを人に聞いて、それで分かるはずはないのだ。

雲居がたずねた「どういうのが祖師西来の目的でしょうか」
先生「君、これから先、一にぎりの茅で屋根をふいたような小寺をもったとき、もし誰かがそいつをたずねたら、どう答えるつもりだ」
雲居「わたくしが悪うございました」(洞山録 四三)

 

雲居のいさぎよさに笑ってしまうが、なかなか筋がいいような気がする。

 禅問答は逆説的に、禅に対する問いを他者へ向けないために存在するのかもしれない。そう考えると、さきに挙げた「丸柱に聞きなさい」という答えも分からないでもない。

「誰かが仏を探すなら、その男は仏を逃がしている、誰かが道を探すなら、その男は道を逃がしている」(臨済録 五一)

 

言っていることは、実は大乗仏教とかなり近いと思うのだが、禅の表現の方が詩的で素敵だ(訳によるところも大きいが)。実際、禅僧たちの言葉に対する意識は、詩人のそれに近いのかもしれない。

「自分で自分のやってることを解説できないような仕方で、言葉を発したい。つまり自分でもよく分からないような深みから、できれば言葉を発したい」(谷川俊太郎)

 

 さて、本稿を読んで何となく禅が分かった人にも、結局よく分からなかった人にも、次の言葉を送って禅(と仏教)の締めとしたい。

「眼に見ることがなく、耳に聞くとのないそのものを、いったい何と名づけるのか。古人はいっている、『何かを説きだせばもうスカタンだ』と。君たちは、とことん自分で看るのだ。そのほかにいったい何があろう。話しても、きりはない。めいめいに努力なされよ。」(臨済録 五一)

 

 一粒で二度おいしい中国史

 申し訳程度に中国史について書いておきたい。中国の歴史を読むことは、ただその面白さを味わうということもあるのだが、副産物的に、日本や朝鮮についての理解が得られる。いや、日本や朝鮮の歴史は、中国を抜きにしては考えられないと言ってもいいだろう。もちろん、両者とも単純に中国のモノや文化を受け入れてきたわけではない。中国の影響を強く受けつつ、一方で中国に反発してきた。その二つの志向を考えることなしに、日本史も朝鮮史も解明することはできないと思う。

 たとえば、日本は漢字、儒教、律令制度などを受け入れる一方、科挙、宦官、道教といったものは拒んできた。

 とくに科挙を取り入れなかったのは大きいという。日本が上から下まで、家業を守ることを至上命題としたのに対し、中国でも朝鮮でも、目指すものは科挙だった。

 このように、共有するところが多くありながら、それぞれ独自路線をとっているところも少なくない。このあたりの知識が増えてくると、中国・朝鮮・日本それぞれの理解が深化するのではないかと思う(わが目標)。それはさらに、なぜ自分(たち)は、このような性格で、このようなものの考え方をするのか、というところまで光を当てるかもしれない。

 

 二千年来の交流がある三国だが、拍車がかかるのはやはり近代になってから、具体的にはアヘン戦争以後である。今後ますます相互作用を起こすであろう東アジアを考える上で、その辺りからの三国の歴史は必須の前提知識と言えるだろう。

 なお、中国の近代史を読むと、最初の方は西洋の列強の極悪さを「まったくイギリスはとんでもねぇ悪党だな」と気持ちよく罵っていられるのだが、やがて我らが日本国が侵略クラブの一員となって肩身が狭くなる。さらに時代が下ると、ページをめくるたびに日本の謀略、謀略、また謀略で、「すいませんでした」と言わずには読み進められない。

 正直、右派の人(あるいは中道の人)が触れたくない気持ちも分かるが、しかし直視することで大きな遺産が手に入るのも事実だろう。これから日本(と世界)が、ナショナリズム、人種差別、国防、経済不調といった古くて新しい問題に対処していく上で、それは大いに助けとなることと思う。

 最後に漢字の話を少々。漢字は中国で生まれたとは言え、漢字なしの日本語は考えられない(せいかくにいうとかんがえられないこともないが、こんなのよみつづけるのつらいでしょ?)。終戦後には漢字どころか平仮名も廃して、日本語をローマ字表記しようという案もあったらしい(SONNA KOTO NI NARA NAKUTE, HONTOU NI YOK-ATTA)。

 普段漠然と読み、または書いている漢字だが、実はその中に数千年前の人々の文化と思想が刻印されているのだ。

「漢字はもともとその時代の社会的儀礼・加入儀礼の実際に即して生まれたものであり、そのような生活の場から離れて、観念的に構成されたものではない。」(白川静)         

 

 つまり漢字は音と意味を持つだけでなく、それ以上の情報を含んでいるのである。

「およそ三千三百年前に漢字が成立した当時の宗教的な観念にもとづいて、儀礼のあり方がそのまま文字の構成の上に反映されている。」(白川静)

 

太古からの遥かなる贈り物

 例えば、「至」という字は、もともと矢が到達した場所を意味し、下向きの「矢」と「一」で構成されている。一番下の横棒が到達地で、それより上が下向きの矢である。これだけでもちょっとした驚きだが、肝心なのはここからだ。「屋」と「室」の字には「至」の字が含まれている。これは何か意味があるのだろうか。

 これを今の字体だけから考えてもよく分からない。青銅器に記された文字(金文という)や甲骨文字(卜文ともいう)からその字の成り立ちを調べ、さらに当時の習俗を考え合わせて初めて理解できるのだ。そうした研究から判明した「屋」と「室」の意味は、次の通りである。

「矢は誓約のときにそのしるしとして用いる聖器であり、(中略)重要な建物を建てるとき、神聖な矢を放って占い、矢の到達した地点を聖地として、そこに建物を建てた」 (白川静)

 

 いかがだろう。人によっては「ふーん」としか思わないかもしれないが、ぼくはこれを読んだとき、自分が何気なく使ってきた文字に隠された意味を知って、衝撃を受けた。

 人間のDNAには46億年の生物進化の跡が残されていて、我々は自分の知らないところで巨大な情報を受け継いでいるのだが、漢字もそれに似ている。漢字の成り立ちを学んで、そこに残された古の習俗・文化を知ると、「自分はこれほど豊かな文化遺産を受け継いでいたのか」と驚かずにはいられない。

 ただ、全ての文字が意味を考慮して作られているわけではない。意味よりも、音を考えて作られた文字も多い。「洞」「胴」「銅」の字は、みな「同」を含んでいるが、これは意味ではなくその音(ドウ)を得るために使われている。やはり、まず言葉ありきだから、どうしても音が重視され、割合から言うと7~8割の漢字がこうして作られている。しかし、その場合も意味を全く考慮していないわけでなく、なるべく係わり合いを持ったパーツが選ばれているという。「同」はもともと筒形の酒器を表し、少なくとも「洞」と「胴」は、筒系で中が空になっているという意味を受け継いでいる。

 

 日本語を学ぶ外国人にとって、やはり漢字が最大の難関であるらしい。30字弱のアルファベットに慣れていれば、数千字の漢字に目が眩むのも仕方ない。幸いにしてわれわれは小さい頃から叩き込まれているから、読むだけなら常用字二千字くらいわけはない。その個々の文字に、過去の人々の生活が刻印されているのである。これを学ばない手はない。家の蔵から国宝が出てくる人は滅多にいないだろうが、我々の頭の中にはさらに古い「人類の宝」が眠っているのである。

 

 

参考文献

『ブッダのことば』中村元 訳注(岩波文庫)

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)最古の経典と言われるスッタニパータの全訳。「仏教の多数の諸聖典のうちでも、最も古いものであり、歴史的人物としてのゴータマ・ブッダ(釈尊)のことばに最も近い詩句を集成した一つの聖典である。シナ・日本の仏教にはほとんど知られなかったが、学問的には極めて重要である」と訳者解説にある。そもそもブッダはどんな考えを持っていて、何を言ったのかを知ろうと思ったら、まず手に取るべき本であると思う。

本文で書いたように、ブッダはバラモン教を踏まえて語っているので、いきなりこの本を読むと前提知識にまごつくこともある。注はほとんど学術的と言えるほど細かく、読むのは骨が折れるが、ブッダの理解に欠かせない説明も多い。

 

 

『筑摩世界文学大系9 インド アラビア ペルシア集』(筑摩書房)

今さらこのシリーズを買う酔狂はいないと思うが、一応載せておく。仏教関係では「ダンマパダ(真理のことば)」と「ジャータカ(本生物語集)」を収録。前者は岩波文庫から『ブッダの真理の言葉・感興の言葉』として、講談社学術文庫から『法句経』として出ている(探せば他にもあるかも)。箴言めいた言葉が多く、分量も少ないので読みやすい。

後者のジャータカというのは、ブッダの前世のお話を集めたもの。もとから存在した民話をブッダにかこつけて再構成したものらしい。意外と面白い。古代インドは物語大国だったらしく、その片鱗がうかがえる。

 

 

ゴータマ・ブッダ (講談社学術文庫)『ゴータマ・ブッダ』早島鏡正(講談社学術文庫)

もっと史的ブッダについて書いてあるのかと思っていたが、ブッダの思想とその後の仏教の展開などが中心。経典も200ページ近く収めてある。

さほど読みやすくはなかったが、ときどき仏教について簡にして要を得た説明があり、その点は捨てがたい。

 

 

『世界の名著2 大乗仏典』長尾雅人(中央公論)

経典は「金剛般若経」(抄訳)や「維摩経」(全訳)が収められていて、大乗仏教を知る上では王道なのだろう。巻頭の解説もよいと思う。

後半が問題の法典だが、途中で挫折。それでも70ページは読んだ。しかし残りがまだ200ページくらいあったので、さすがに放擲。どんな本でも根気さえあれば読めると思っていたが、この本でその思いは打ち砕かれた。世の中には宗教的情熱か、ある種の愚鈍さを濃密に持っていないと読めない本もあるのである。

この本を読了した人には、大いなる敬意と、同じだけの軽蔑を捧げたい。

 

 

『世界の名著18 禅語録』柳田聖山(中央公論)

禅のオリジナルな書物を読みたい人にはオススメ。これ一冊で「臨済録」「洞山録」の全訳と「祖堂集」の抄訳が読める。「祖堂集」はブッダから始まり、祖師達摩を経て、いろいろな禅僧のエピソードや語録を収めた禅宗の史書。長らく書名のみ伝わっていたらしいが、大正元年に韓国で見つかったという。この本の出版当時(昭和49年)、世界初の現代語訳とのこと。

訳者は巻頭の解説の中で、鈴木大拙のことを「あるときは師と仰ぎ、あるときは魔と呪った」と書き、この本の意図は「現代の禅と鈴木大拙への挑戦」とも言っている。どんな確執があったのか窺い知れないが、唐代禅を語るに相応しいスピリットである。

 

 

『無門関』西村恵信 訳注(岩波文庫)

無門関 (岩波文庫)四十八の公案を収める有名な公案集。しかし個々の公案に解説があるわけではなく、正直言ってこれだけ読んでもよく分からない(解説などしたらその時点で公案としての意味を失うのかもしれないが)。

禅の雰囲気に触れるのにはいいかもしれないが、「禅を分かりたい」と思って読むと、あまり役立たない。問うべき生身の師がいて初めて効能を発揮する本だと思われる。

 

 

『禅とは何か?』鈴木大拙(角川ソフィア文庫)

禅とは何か (角川文庫ソフィア)禅を世界に知らしめた鈴木大拙の講演録。「禅とは何なのか」をいろんな確度から語っていて、それがひとり禅に限らず宗教そのものの考察につながっている。したがって禅入門であると同時に宗教入門の本でもある。

講演録をそのまま起こしたような書き方なので分かりやすい説明が多いが、逆に冗長になっていて読みにくいところもある。と思っていたら、解説に「自分の読み方の不徹底から読み所を見つけず、講演筆記の徒に冗漫なもののように考えたりしてはならない」とあって苦笑してしまう。しかしこの解説者は著者のことを「先生」と呼んで、ひたすら褒めちぎる始末。そんなことでは「お前はもう師を裏切っている」と指摘してやりたい。

 

 

『物語 中国の歴史』寺田隆信(中公新書)

※ 他の中国史本も合わせて紹介

物語 中国の歴史―文明史的序説 (中公新書)物語と銘打ってあるほど読みやすくはない、と読んでいるときは思ったが、あとで類書と比べると格段に読みやすかった。随所に人物のエピソードが紹介されているのがよい。難点は、モンゴル=元代の情報が古いことと、本が清末で終わっていること。

モンゴル帝国の興亡〈上〉軍事拡大の時代 (講談社現代新書)モンゴルについては、杉山正明『モンゴル帝国の興亡』(講談社現代新書)が詳しい。元だけでなく、中央アジアや中東に広がったモンゴルについても書かれていて、その後の世界史を考える上でいろいろと示唆に富む。ただ、新書として少し情報を詰め込みすぎているきらいはある。上、下2巻本。

中国史 (世界各国史)山川出版社の各国史シリーズ『中国史』は、それぞれの時代の専門家が自由に書いているので内容に統一性が乏しい。さらにどの章もページ数を考慮せずに情報を網羅しようとしているので、固有名詞の洪水になっている。書かれている情報には有益なものも少なくないが、ある程度知識がある人でないと読むのがつらいと思う。しかし、そういう人は今さらこんな一冊本を読まないような気する。これはこの本だけの問題ではないが、対象読者をきちんと考えていない本が多いと思う。

世界の歴史 (7) (中公文庫 (S22-7))最近文庫化が始まった中央公論の『世界の歴史(全30巻)』は、山川本と同じ著者の巻も多い。が、こちらはページ数が多いので、むしろ読みやすい面はある。ただ、書く内容は著者に任されているようで、こちらも一貫した流れは期待できなし、過度に専門的な巻もある。

中国史はさらっと読む予定だったので、実はあまり熱心に本を調べていない。探せばもっといい本があると思われる。歴史の(再)入門本を選ぶ教訓としては、①短い方がいいとは限らない、②なるべく一人の著者が書いたものを、というところである。

 

 

『常用字解』白川静(平凡社)

常用字解 常用漢字一九四五字の成り立ちを解き明かすコンパクトな(四六判)字書。たった二八〇〇円で、知らずに蓄えていた過去との深い絆を感じられるのである。強烈にお薦めしたい一冊。辞書なのだが、通して読むのもよい。漢字に秘められた意味を教えられ、ページを繰るごとに「うぉー」と叫ぶこと間違いなし(少なくともぼくは叫んだ)。この本は我々が受け取った遺産の詳細な目録である。

前号でも書いたように、明治人の著者には読者を甘やかさない本が多いが、この本はおそらく高校生くらいでも読めるように作られており、難しくて解説文の意味が分からないということはない。

常用字に飽き足らない人は、姉妹編に『人名字解』、さらに親玉というべき『字統』がある。『字統』は約六千字という収録数もさることながら、個々の解説のレベルが高い。実際の使用例を示すため中国の古典を多数引用しており、門外漢にはつらいところもある。本気で学びたい人向け。

 

(おわり)

2008.10.31掲載
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