雁須磨子『カリスマ探訪記』



 1冊の本のなかで、これくらい明暗がわかれているのも珍しかろう。

 前半は雁がカリスマを訪ねてインタビューなどを試みる企画なのだが、まったくダメ
 『パタリロ』の魔夜峰央、新宿の母・栗原すみ子、フェイシャルセラピスト・かづきれいこなど8人を訪問していくが、どれも「公式インタビュー」を読むような味気なさである。

 雁は本来、なかなかに鋭い批評眼を持っていて、それをほげほげした画風や空気のなかでくり出すというワザの持ち主だと思うが、それをインタビュー対象に向けなかった。
 まさに「カリスマ」であるがゆえに、雑誌側としては相手を茶化したりイジったりするのはタブーだったのだろう。

 ただ、最終回の、やなせたかし(『アンパンマン』作者)だけは、雁のほげほげ感と波長が合ったせいか、エピソードも話も比較的面白かったが。

 てなわけで、もう前半で読むのをやめようかとさえ思った。

 ところが、うってかわって、後半。
 雁本人がカリスマになるために様々な修業をするという、「カリスマ放浪記」になると、俄然面白くなる

 まず滝に打たれる修業。
 お清めの手順を無表情でまちがえて訂正する坊さんとか、寒さでふるえながら待っている雁本人の姿は、雁の足りなすぎる自然主義リアリズムや情けない画風によく合う。

 どうしようもないほどみじめったらしい水量の滝を描写したあとで、実際に滝に打たれた瞬間に大ゴマでその衝撃を描いたのは、おかしみとともに、妙な臨場感を読むものに与える。

 つづいて、夏の富士登山。

 なんか『どいつもこいつも』でえらく気軽な冬山登山を描いたということで、読者から批判されたらしいのだが、それが雁の心にひっかかっていたわけだ。

 山のリアル絵は一切なし! なのに、ミストに悩まされて、ひどい突風、低温、高山病に苦しみながら、ガケや急斜面を昇り降りする雁のリアル状況がびしびし伝わる。

 雨なのに出発するとき、ガイドが

「いや何よかった
 これでこそ皆 雨ガッパだ 防寒具だと
 重装備で来たかいがあろうというものです
 晴れだと全部ムダに!」

と「超前向き」にアナウンスするのも、可笑しい。

 終わりの方は、編集者の担当がかわり、ややいじわるな男性担当者(N村)から、眠たいクマぬいぐるみのような女性編集者(S岡)になり、これがまた雁の作風とよく合う。

 ちょっと佐々木倫子『動物のお医者さん』の菱沼っぽいキャラ感を醸し出す。
 ヨガの体験取材にいくことになった雁とS岡。

「雁さんはヨガ体験はおありですか?」
(S岡を見てクマのぬいぐるみに似ていると妄想する雁)
「えっあっはい! あっ いえ ないです!」
「そうですか 私は一度あるんですけど
 それはもう惨澹たるありさまで」
「えっ」
「雁さんお体は」
「…昔はやわらかかった方です」
「今は硬いんですね
 どうしましょうね
 私たちきっと
 おもしろいことになってしまいますよ


 絵が加われば百人力なのだが、セリフ運びだけみても、S岡の雰囲気がよく伝わってくる。

 この漫画で一番笑ったのは、断食道場で食事以外すべて完備している部屋に泊まったS岡が、「有害図書」(すげーうまそうな料理漫画)と戦っていたシーンの描写だ。
 これぞ雁の絵でなければ表現できないのだが、集中線で漫画を強調して絶叫しながらその漫画雑誌を投げ付けるホゲホゲしたS岡の描写はたまらんかった。

 自分と担当者が題材になったので、後半部分は思いっきりイジることができたせいだろう、前半とは段違いの面白さだった。

 雁は「職業もの」をやらせたら実はすごいのではないか、と前に書いたことがあった。
 まーこれは職業ものではないが、取材したものを独特の批評眼で遊んでいるように描くという点では、まさにこれは雁の特長を生かした成功である。




雁須磨子『カリスマ探訪記』
白泉社 ジェッツコミックス
2006.7.8感想記
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