姜・水野・李編『日朝交渉』


 六者協議の場で、北朝鮮が核兵器放棄の宣言をする可能性が出てきた。アメリカとも先制攻撃をしない約束をとりかわすかもしれない。
 むろん、予断を許さないわけだが、もし核の脅威解決の見通しがつけば、つぎのステージはふたたび日朝交渉ということになる。

 本書は、北朝鮮側の体制にはいかなる幻想ももっていない人々を編者にしている。
 全体として冷静で大局的な観察眼で、本書から日朝交渉についての多くの示唆をえられるであろう。また日朝交渉のあいだに横たわる基本問題を俯瞰する、最適なハンドブックにもなる。

 冒頭の総合討論をみれば、本書のエッセンスがわかるし、じっさい示唆にとんだ発言も多い。

 日朝平壌宣言の意義を正確に理解し、これをテコにして、北朝鮮の無法を正しながら、交渉をすすめていけるカギになることを指摘しているのは、重要な点だ。この宣言を手に入れたという意味を理解しない、あるいは理解させようとしない「強硬派」(その実態は実は「無法放置派」である)がいるなかでは、とりわけ。

「これは共同文書であって、双方が合意してつくったものであるということは、日本側だけの関心を一方的に述べたわけではなくて、共通の認識を北朝鮮側ももっているという前提なのですから、この線に沿って自体が進んでいけば、朝鮮半島のみならず北東アジアの平和と安定というものが確立し得る希望を当然持ち得るということになるからです。……今回『平壌宣言』ができあがったことで、我々はこれをテコにして北朝鮮にその(半島の非核化の)完全履行を迫っていく圧力をかけることができる。北朝鮮は言を左右にして逃げるようなところがありますが、そういう北朝鮮を逃さないある種の枠組みを『平壌宣言』は設けることになったのです。せっかくいいものをつくっても、それを利用する意思や覇気がいま非常に日本には乏しいようにしか見えないところがたいへん残念です」(伊豆見元)

 経済制裁の発動とともに、平壌宣言は死文化をする危険性がある。
 無法がつづけば、そういうオプションがないとはいわないが、いまは、この宣言の立場にそって、日本政府は一つひとつ無法を、道理によってただしていく方向をとっていくべきであろう。

 もう一つ重要なことは、六者協議という、多国間の枠組みを重視している点である。
 これは、「フォーリン・アフェアーズ」(『アメリカと北朝鮮』)のところでも紹介したが、その本の冒頭論文「朝鮮半島危機を安定させるには」のなかで、

「次に指摘する二段階アプローチをとれば、どちらが最初に折れるかという難題をある程度解決できる。いかにして、北朝鮮の悪事に報いることのないように配慮しつつ、平壌が切望する安全保障上の確約を与えるか。ポイントは、アメリカだけでなく、日本、中国、ロシアという四つの関係諸国が共同して、朝鮮半島の安全と安定を公式に保障することにある。……関係諸国によって半島の安全が保障されたら、包括合意という第二段階へと移行する」

とのべているのに、通じる立場である。

 とくに、李鍾元は、冒頭の総合討論でも、また、途中の小論文でもこの立場を積極的に展開している。

「北朝鮮にとっても、六者会議という地域的な枠組みの実現は、何よりの安全保障であり、体制維持の基盤となる」

 むろん、体制維持は北朝鮮国民のきめることであって、そのことに拘泥する必要はまるでない。ただ、前稿でぼくものべたが、北朝鮮が利益を感じるような方向で、同時に国際正義と日本の国益にたった外交技術こそが求められているなかでは、この指摘は興味深いのである。

 小田川興や姜尚中などは、ここから、東アジア共同体の突破口までもを展望する。
 小田川は、六カ国協議が、「実利のネットワーク」となってこそ有効に機能するとのべ、これこそがブッシュの突出した強硬政策を中和する力をもつとする。

 姜は拉致問題の解決は、国交正常化=自由往来によって解決するとしているが、これは問題をあまりに根本のところに解消しずぎているきらいがある。
 拉致問題の膠着を解くカギは、やはり二国間だけでなく、多国間の協議にゆだねるというところにあると思う。「フォーリンアフェアーズ」の指摘のように、面子の問題が緩和できるからである。


 この本はこれ以外にも関係各国の思惑や、食糧援助の実態、これまでの交渉経緯などが簡単に、しかも網羅的にふれられており、この問題をみわたすとき、たいへん役立つ本である。

姜尚中・水野直樹・李鍾元編
『日朝交渉 課題と展望』
(岩波書店、2003.1)
2003.11.29記
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