『赤ちゃん学を知っていますか?』



育休の賃金保障は


 23日から育児休暇に入った。
 保育園が見つかるまでなんだが、近くの3つの認可保育園は、すべて「入所待ち」である。まったく空きそうにないという状況。このまま行けば来年4月まで待たねばならない。8ヶ月に及ぶ育休となってしまう。
 育休の間は、社会保険から一定の給付がある。大ざっぱにいうと賃金の30%だ。これにくわえて、復帰をしたらあと10%もらえる。合計40%である(2007年秋から50%になる)。職場ではさらにこれに10%を上乗せしてもらうことになった。合計50%(秋以降は60%)。

 ぼくは薄給である。
 ワーキングプアという水準ではないが、その予備軍である。
 半分程度しか賃金がないというのは、生活していくうえでキツい。しかしぼくの場合、まだつれあいがいるので何とかなるのだが(というかつれあいの方が給料が圧倒的に多い)、うちのような職場で働くことで家計を支えているような人はひとたまりもない。ぼくの上司にあたる人は、「これじゃあ後続の若い人は大変ですよ」と、さらに上の人とかけあってくれたのだが、なかなかキビしかった。
 しかも、まず保険からの30%が最初にぼくのところに届くのは、育休がはじまってから2ヶ月後で、残りの10%にいたっては、復帰してから半年してかららしい。つまりぼくの場合、保険からの40%分すべてがぼくの手元にくるのは、育休8ヶ月+復帰6ヶ月=1年2ヶ月後ということになる。ますます生活できない。

 実は、うちの職場では育休を取得するのは、男女を通じて、ぼくが初めてだった。ゆえに、職場の人からは、ちがう部署の人などからさかんにこのことで声をかけられたし、とりわけ女性陣からは期待がかけられた。ぼくの奮闘いかんで制度の出発点の到達が決まるからである。正直、この視線の熱さにはこちらが戸惑うほどで、しまいには、出先や取引先の女性にまで「育休をとるんだそうですね」などと声をかけられたほどだった。

 ぼくはすでにつれあいの産休の段階から職場には、労働時間やシフトなどでの点で、さまざまな配慮をしてもらった。実際にはそうやって育児休暇は初めて補完される。
 その意味では、深夜までの残業が当たり前、なんていう企業——そしてそれは一般的なのだが——では、男性が育休をとるのはひどく難しいだろうと思う。厚労省の調査でも0.5%ほどしか取得率がないというのは、ありえてむべなるかな、と思う。うちのような職場環境でないかぎりは、取得はむずかしかろう。




育休に入るにあたって気がかりだったこと


 職場環境については、ことほどさようにクリアされていたため、ぼくが育休をとるにあたって一番気がかりだったことは、職場環境のことではなく、「母乳」についてだった。
 
赤ちゃん学を知っていますか?―ここまできた新常識 (新潮文庫)  「国内に約四千五百ある病院・産院で、生後二十四時間以内に母子同室にする施設は二〇〇二年現在で、まだ百程度という(「日本母乳の会」調べ)」(産経新聞「新・赤ちゃん学」取材班『赤ちゃん学を知っていますか?』p.137)——多くの病院は入院中はずっと母子別室で、母親は入院中は「休暇」にも似た休養を与えられる。あるいは授乳の時間だけ赤ちゃんが母親のベッドに連れてこられる、という方式だ。
 この母子同室方針は、ユニセフとWHOが1989年に出した「母乳育児を成功させるための10ヵ条」の一つ(7:お母さんと赤ちゃんが一緒にいられるように、終日、母子同室としましょう)にのっとっている。ぼくが預けた病院ではこの10ヵ条が病院のいたるところに張ってあった。この10ヵ条にのっとっているとユニセフとWHOが認定した医療機関は「赤ちゃんにやさしい病院」とされ、全国で46施設しかない。九州・沖縄ではわずか13施設だ(西日本新聞07年8月6日付)。

 母子別室の場合は、先ほどのべたように、母親はゆっくり寝られる。しかし、ぼくが預けた病院のように、母子同室で授乳もはじめからガンガン指導される病院では、そうはいかない。3時間のリズムでの授乳を教えられ、助産師や看護師が夜中も授乳のタイミングのさいにやってきてあれこれ教える。
 つれあいは、すでに入院2日目にして、夜中に泣きの電話をぼくに入れてきたほどだった。生まれた病院が母乳については相当な「スパルタ」病院であった、と今にして思う。
 ちなみに、この10ヵ条のなかには、「おしゃぶりを与えない」という条項もある。娘がぐずるときに、たしかにおしゃぶりがあればかなり楽だな、と思う。おしゃぶりはかなり激しい賛否論争をおこしているものの一つである。そういえば『いちごの学校』でおしゃぶりを忘れると大変だと主人公たちが持ち物検査をしているシーンがあったっけ。

 前掲の産経新聞「新・赤ちゃん学」取材班『赤ちゃん学を知っていますか?』の第四部は「母乳」についての章である。
 戦後の日本でミルクが勢いを得てきた歴史があり、同書によれば1970年当時で母乳率(母乳のみで育てる)は30%になっていた。前掲の西日本新聞の記事によれば、70年代に「全体の二割程度にまで落ち込んだ」という。それが「今では五割程度に回復」(同じく西日本の記事)した。
 『赤ちゃん学を知っていますか?』では、この回復の歩みをエピソードをまじえて紹介している。

 『赤ちゃん学…』では、母乳のメリットをいくつかあげているが、(1)母乳分泌で母性的行動が作動する生理的メカニズムがある(2)親子のふれあい(3)哺乳瓶にくらべてあごの運動が大きい(4)免疫効果がある——などである。
桶谷式母乳育児気がかりQ&A相談室  桶谷式乳房管理法研鑽会編『桶谷式 母乳育児気がかりQ&A相談室』でも免疫効果を筆頭に似たような効果をあげている。

 いわば、「母乳がベストである。ミルクは次善の策である」というテーゼがここにある。
 ぼくは今このテーゼについて反論する材料もないし、あまり反論する気もない。「母乳が出ない人もいるではないか」という批判については、『赤ちゃん学…』では、岡山医療センター小児科医長などの専門家の言葉をひいて「本当に母乳が出ない人は百人か二百人に一人ぐらい」なのだと断定している。

 いま仮に、母乳がベストだとしよう。
 しかし、ぼく(あるいはぼくら夫婦)にとっての問題は、母親が働きに出るときはどうしたらいいのか、ミルクと母乳の関係をどう考えたらいいのか、ということだった。



科学的に最善のことと現実の折り合い


 検診の際に、病院関係の助産師に話を聞くが、「産休終了とともに働きに出る」ということはほとんど想定されていないような前提で母乳での授乳について話をされる。本屋に行っても、母乳についての効能を書いた本は山ほどあるけども、「働きに出た母親が母乳での育児を続けられるのか」ということについて答えた本は少なかった。都心の大型書店でさえわずかその問いに答えていたのは3冊しかなかった。『桶谷式…』はそのうちでもっとも詳しかったので買ってきたのである。『赤ちゃん学…』には何も書かれていなかった。

 保健師や助産師の対応の中で気になるのは、この問題に限らず、何かを尋ねても「ベスト」の答えしか返ってこないことだった。
 科学的に最善のものは何か、という点については確かに知りたいことの一つではある。
 しかし、ぼくらは生活をしながら子育てをしているわけで、つねにその最善のことをしてやれるわけではない。そういうときに現実と一体どう折り合いをつけたらいいのか、ということを聞きたくなるのだ。

 先述の『桶谷式…』は、タイトルとテーマが母乳だから仕方ないが、母乳母乳のオンパレードで、いささか辟易。それでも、「昼間女性が働きながら母乳を続ける」ということについては 本屋でみかけた関連本のなかではいちばん詳しかった。「働くママとおっぱいに関するQ&A」という章をつくり、

  • 保育園に預けながら母乳育児を続けたい——
  • 冷凍母乳は衛生面で心配——
  • 母乳育児のための預け先選びのポイントは?
  • 昼間のおっぱいのケアはどうしたら?
  • 哺乳びんを受け付けないのだけれどどうしたら?
  • 昼間、母乳なしの場合の授乳リズムは?
  • 預けて働きながらの断乳はどうすれば?

などの質問が並ぶ。
 「保育園の場合は母乳育児に理解があるかを確かめて選ぶことが大切です」(桶谷式同書p.158)としながらも、「しかし、冷凍母乳への対応をしていなかったり、お母さんのほうが冷凍母乳を用意できない環境にあるなら、無理をして冷凍母乳を持っていく必要はありません。その間のミルクはやむをえないでしょう」(同p.158〜159)と柔軟に対応する。別の本では、そういう保育園はやめてしまえ、という指南をするものもあるのだ。
 あるいは「夜中の3時間授乳を忘れないように」(同書p.156)と、働く女性にはなかなか厳しいことも書いてあるのだが、「帰宅後は……あまり『○○しなくちゃいけない』とかたく考えず、自分が楽に続けられて満足できる方法をさがしてみてください」(同p.161)とつけくわえてある。

 「現実との折り合いをどうつけるか」ということを考える際に、一番参考になるのはやはり「他人との経験交流」である。
 ぼくやつれあいの職場の同僚、親、知り合いなどの話が参考になる。つれあいの母親は3人の子育てをしたのだが、いずれも2ヶ月ほどで子どもをあずけ、ほぼ全面ミルクになった。義父も「まあ、別にミルクで育つんだから、あんまり難しく考えないで」と鷹揚である。
 ぼくの職場関係では、女性が共働きのケースが多いのだが、混合(ミルクと母乳)という人はほとんどおらず、しかも子育て期間はけっこう専念してきた人が多い。だが、ミルクのことにかぎらず、「乳もおむつも抱っこもしたが泣き止まないのをどう考えるか」「おっぱいは足りていることをどう判断したか」などさまざまなことを相談できる。あと、古着やベビーカーももらうことができた。

 意外に役に立つのはインターネットだった。
 ブログもさることながら、2chの関連スレは参考になる。2chが玉石混淆とはまさにこういうことをいうのだなあと実感。
 たとえば育児板の「【母乳】○●混合育児のスレッド3●○【ミルク】」は、おそらく専業主婦系の人の話ではあるが、母乳とミルクの折り合いの付け方などを体験をまじえて交流している。
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/baby/1170041089/

 専門家の言葉ではないから、書いてあることをそのまま信用はできないが、やはり同じ境遇の人がどうしているかを聞くだけでも励まされるというものである。

  458 :名無しの心子知らず:2007/06/16(土) 22:52:38
  うぅ、初めてここきたけど私がいっぱい

というカキコがあったが、まさに我が意を得たり。このスレを読んでの心の叫びである。



たくみな母性キャンペーンという可能性はないのか


 ところでこのエントリーは、全然『赤ちゃん学を知っていますか』の感想とはほど遠いものになってしまったなあ。気を取り直して。

 この本全体は、「ここまできた新常識」とあるように、最新の科学的知見を紹介しながら、「赤ちゃんにとって最善のことは科学的に何か」を明らかにしようとしたものだ。早期教育やテレビの影響などについても書いてある。

 情報が氾濫する中で、赤ちゃんについて科学的理解を深めることはマイナスであろうはずがない。にもかかわらず、一つの危惧を覚えるのは考え過ぎだろうか。

 たとえば母乳のことだ。
 「科学的に見てこれが最も良い」という基準が打ち立てられる。問題は今述べてきたように「現実と折り合い」なのだ。おしゃぶりだって、効能論争はともかく、赤ちゃんを黙らせたいから使う人だっているだろう。
 そのときに「科学的に最善のこと」が十分にできるのは、育児に専念できる人であり、現実社会では女性の専業主婦……という話の流れになる可能性があるのではないか(※「女性の専業主婦しか十分にできない」とぼくが思っているという意味ではありません。そういうロジックに流れやすい、という意味です)。
 もちろん、『赤ちゃん学を知っていますか?』にそんな強調はいっさいない。だが、「最善のものが与えられない」という非難やプレッシャーに転化しやすい、と指摘することはあながちうがちすぎではなかろう。先述の西日本新聞の記事は次のように指摘している。

「ただし、気を付けたいこともある。同センター[九州医療センター——引用者注]小児科の佐藤和夫医長は『母乳神話が一人歩きするのは問題だ。母親たちに無用のプレッシャーをかけないようにして』と呼び掛ける。母子の健康状態によっては、人工乳に頼らざるを得ないことがあるからだ」

 『赤ちゃん学…』にも該当する章の最後で、人工乳に頼った母親の声を紹介しているが、「挫折感と後悔で一杯です」という声の引用で結んでいるし、これへの専門家のコメントも「多くの場合、周囲の無理解さや知識のなさが原因」などとしている。これではミルクは挫折と後悔、無理解や知識のなさの「結果」であるとうけとられかねない。

 「これは産経によるたくみな母性キャンペーンではないのか?」とぼくがいったところ、つれあいは「偏見」「考え過ぎ」と一蹴。くそ。サヨであるぼくの産経への偏見であろうか。



 余談であるが、本エントリーでも参考にさせてもらった西日本新聞07年8月6日付の「母乳、評価再び」という記事であるがほぼ産経の連載の後追いである。最新の数字や部分的なコメントをのぞけば、ここまで同じなのかといえるほどの論点提示だ。「赤ちゃんにやさしい病院」やWHO・ユニセフの基準、最後に載せた「大事なのは愛情だ」という論点まで同じである。
 まあ、「事実は一つ」だからだれが書いてもそうなるのだ、という反論もありえようが、もの書きとしては、出典なしにここまでぴったりと後追いするのは、少々みっともないことである。






産経新聞「新・赤ちゃん学」取材班
『赤ちゃん学を知っていますか? ここまできた新常識』
新潮文庫
2007.8.27感想記
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