村井実訳『アメリカ教育使節団報告書』
宗像誠也編『教育基本法』



 ある地方議員から聞いた話だが、議会で教育長(教育委員会のトップ)に「教育の目的とは何ですか」と質問したら、その教育長はとうとうと「持論」を展開しはじめた。“居酒屋談義”というか与太話をはじめたというわけである。
 その議員が「とんでもない発言だ」とただすと、あわてて役人が教育六法をとりに、審議は中断。
 再開されたとき、教育長は渋面で、教育基本法第1条の「教育の目的」を棒読みしたという。

 この話をきいて「さもありなん」とぼくは苦笑した。

 保守政権の茶坊主になっている教育「官僚」たちの頭の中には、教育基本法はどこにもない。教育基本法をふみにじった教育行政が、日本の教育をここまでみちびいてきたといえる。



国家が教育内容に介入してはいけないのか?


 教育基本法の改定が国会で議論になっている。

 「愛国心」を盛り込むかどうかということが大きなテーマになっていて、それも大きな問題だとはぼくは思うけども、ある意味でそれ以上に大きな問題だと思うのは、現行10条の改定である。
 この改定は――すでに現実の教育行政のなかではかなり骨抜きにされつつあるけども――戦後教育の軌道を根底からくつがえしてしまうほど大きな問題をもっている。

現行 改定案
第十条(教育行政)
教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。
2 教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。
(教育行政)
第十六条 教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。
(2〜4は略)
(教育振興基本計画)
第十七条
 政府は、教育の振興に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、教育の振興に関する施策についての基本的な方針及び講ずべき施策その他必要な事項について、基本的な計画を定め、これを国会に報告するとともに、公表しなければならない。
2 地方公共団体は、前項の計画を参酌し、その地域の実情に応じ、当該地方公共団体における教育の振興のための施策に関する基本的な計画を定めるよう努めなければならない。


※なお教育基本法の全文、改定案の全文、改定審議、改定をめぐる動きについての日々の情報は以下のサイトが役に立つ。
 教育基本法「改正」情報センターhttp://www.stop-ner.jp/


 これの一体何が問題なのか。
 多くの国民にはまったくわからないだろう。

 野党の一部、たとえば共産党は「国家の教育介入を正当化する」という言い方でこの改悪法案を批判している。ぼくはその批判は基本的に正しいと思うが、国民のなかには、

「『介入』どころか、国が教育の内容を決めるのは当たり前ではないか?」

と不思議に思う人も少なくないだろう。
 至極当然の疑問だ。
 だいたい小泉首相が「米百俵の精神」などといって、教育に力を入れることを国の責務として唱えたことが喝采をうけるのだから、“国家が教育に「介入」することがけしからん”とは一体どういう理屈なのかといぶかる人がいて当たり前なのである。




重要史料2つ――『解説』と『報告書』


 このことは、日本の教育というものが、どういうデザインの上につくられているかということと、深い関係がある。そして日本の教育の再生がそのデザインを放棄して行われるべきなのか、それともそのデザインを蘇生させるべきなのかを国民が正しく選択する必要があるのだ。
 少なくとも与党は「デザイン」の変更を正しく国民には問うてはいない。

 いまの教育基本法がどのような「デザイン」にのっとっているかを知る上で、貴重な史料が二つある。

 一つは、当時の文部省当局がつくった『教育基本法の解説』(文部省内教育法令研究会、1947、国立書院)だ。「この書物は、教育基本法の制定直後に、この立法事務にもたずさわった文部省官吏たちによって書かれ、当時の調査局長と、当時の文部省の法律顧問のような役をしていた行政法学者との監修のもとに出版されたもので、立法当時の文部当局の思想、換言すれば立法者意思を示すものとして重要な意味を持つものである」(宗像誠也編『教育基本法 その意義と本質』新評論)。これは最近の国会でも教育基本法論議でとりあげられた史料である。


アメリカ教育使節団報告書  もう一つは、『アメリカ教育使節団報告書』である。文庫本で本文はわずか100ページ。
 しかし、これはさらに重要な文献だ。
 敗戦後、占領軍が教育改革をおこなうさいに、アメリカなどからストッダード博士を代表とする27人の専門家を招いて、日本の教育を調査させ、報告書を提出させたものである(1946年)。この報告書を講談社学術文庫で全訳・解説した教育学者(村井実)は次のように評価する。

以来、現代に至るまで、日本の教育は、実態はどうであれ、この報告書の指示した軌道の上を動き続けているといってもよいのである」(「解説」より。p.141)

 とりわけ10条にかんする「デザイン」は、この報告書によってもたらされた。「この規定の基盤になる思想が、アメリカ教育使節団報告書によってもたらされたものであることは疑いない」(宗像前掲書p.263)。

 そのデザインの変更とは次のようなものだった。



国家の教育権か国民の教育権か


 すなわち、戦前では、教育の内容を国家が決め、教育は中央集権的に貫徹されるものであった。報告書はこれを解体して、国家は教育の内容に基本的にはタッチせず(制限をかける)、ひたすら教室や財政などといった条件整備につとめ、教育は徹底した地方分権にゆだね、その地域の住民が決めるようにせよ、とデザインし直したのである。

 戦前の日本の教育は「プロイセン」型だった。教育を内容面(ソフト、内的事項interna)と、形式面(ハード、外的事項externa)にわけた場合、「プロイセンでは、イギリスと正反対に、内的事項は、まさに内的事項なるがゆえに、国家がこれをつかさどり、外的事項たる学校の設立維持はこれを地方公共団体に任せる、という行政思想が支配した。これを明治の日本が踏襲したわけである。教科書は国定で、小学校の設立維持は市町村の任務であった」(宗像前掲書p.286)。
 文部省は、治安をつかさどる内務省と一体の部局であり、教科書は国定であり、教育の人事も中央集権の官僚制度として基本は整備された。そして、「視学」という形で末端はたえず監視・統制の対象であった。

 先ほどの「国家が教育に力を入れるのは当たり前」という素朴な謂いが、「教育は国家の権利である」というふうに換言されていけば、この戦前日本の教育システムは、「別に不思議な姿」ではあるまい。“教えるソフトが軍国主義や「教育勅語」でなければ、国が教育内容を決め、国が統制するということでいいではないか”、と思う人が今現時点で存在しても、ぼくは驚かないだろう。

 しかし、アメリカ教育使節団が問題にしたのは、まさにこの点であった。

「日本の教育制度は、その組織についても、カリキュラム規定についても、たとえ超国家主義や軍国主義がそこに組み入れられていなかったとしても、近代の教育理論に基づいて当然改革されねばならなかったであろう」(講談社学術文庫版p.27)
「教育制度が……〔中略〕……排他的な官僚制度に支配されるとき、それは自動的に自分自身から進歩の手段を奪うことになるのである」(p.29)
「中央集権型の学校制度では、一人の個人、一つの施設あるいは一つの機関から権力が発動される。経験によれば、制度の外側あるいは内側の力によって巧妙に操作され、利己的に利用されるという点で、中央集権的制度には弱点が多いように思われる」(p.62)



『報告書』が提示した日本の戦後教育のデザイン


 そして次のようなデザインを提示する。
  • 「日本の学校制度を、すくなくとも教育が勝手に利用されるという危険を減らすであろう一種の地方分権制にする」(同前p.66)
  • 「〔戦前の日本では〕多くの教育官吏は、内務大臣またはその代理人によって任命され、これに対して責任を負うものとされていたのである。……〔中略〕……もし学校が強力な民主主義の効果的な道具になるべきものだとすれば、学校は住民と密接な関係をもたなくてはならない。教師、校長、および学校組織の地方責任者は、より上位の学校関係官吏によって管理ないしは支配されないことが重要である。また、あらゆる段階での学校行政に直接あたる教育者は、彼らが奉仕すべき地区住民に対して責任を負うと見なされることが重要である」(p.62〜70)
  • 「われわれは、各都市、その都道府県の下部行政区画においては、地区住民によって選ばれた一般人による教育機関が設立されるべき」(p.70)
  • 「各都道府県には、政治的に独立の、一般投票による選挙で選ばれた代表市民によって構成される教育委員会、あるいは機関が設置されることを勧告する」(p.68)
  • 「文部省は日本人の精神を支配した人々のための権力の座であった。われわれは、この官庁がこれまで行ってきた権力の不法使用の再発を防ぐために、カリキュラム、教育方法、人事に渉るこの官庁の行政支配を、都道府県や地方の学校行政単位に移譲することを提案する。……〔中略〕……〔文部省は〕行政権力を行使したりせずに、激励したり指導したりするような相談員や有能な専門的アドバイザーの制度を設けるべきである。文部省の機能は内務省から切り離されなければならない」(p.67)
  • 「教授〔教育〕計画の管理は現在よりもっと分散されなければならない」(p.63)
  • 「中央政府当局は、内容および教授方法あるいは教科書を規制すべきではなく、この領域におけるその活動を、要綱や示唆や教授手引きの出版に限定すべきであるということになる。教師は、その専門的仕事への準備を適正に整えたら、ただちに、さまざまな環境にある生徒たちの必要や能力に応じて、また生徒たちが将来その一員となって活躍する社会に合わせて、教授の内容や方法を自由に採択できるようにすべきである」(p.31)

 国家は教育内容への関与をいちじるしく制限され(まったく関与しないということではない)、アドバイスをしたり、法的な拘束力をもたない一般的な基準をつくったりお金を配分したりするだけの「サーヴィス機関」(宗像前掲書p.264)になることが予定されている。国家の教育権は明確に否定されたのだ。
 そして、市町村ごとの公選の教育委員会が教育の責任を負う。そして、教師や学校の裁量が非常に大きい。経済的理由さえなければ、教科書さえも「全面的に教師の自由選択に委ねられる」(報告書p.36)というのだ。

 「このような思想は、教育行政における民主化、分権、独立性というふうに要約されて、三原則といわれたのであった」(宗像前掲書p.264)



教育基本法10条のデザイン


 これが教育基本法10条の理念そのものであることは、もうおわかりだろう。もう一度10条をながめてみよう。
  • 「教育は、不当な支配に服することなく」……そう、これは国家の教育への介入を排するものなのだ。「第一〇条がいましめている当面のものは、まさに国家権力・公権力自体なのである」(宗像前掲書p.273)。
  • 「国民全体に対し」……先に報告書でみたように、国家にたいして責任を負うのではなく、国民全体にたいして責任を負うのである。先にあげた文部省の『解説』でも「教育は国民のものである」「教育者は国民から教育をなすことの委託をうけたもの」「教育は国民のために行われるものでなければならない」「単に国家そのものの発展とか、ある一部の者の利益のために教育目的が立てられてはならないのである」と書いてある。国家の教育権は否定され、教育権は国民にあることがうたわれる。
  • 「直接に責任を負つて行われるべきものである」……この文言が立法当時「教育委員会の公選という具体的な機構と手続きをさしていたことはほとんど疑いの余地がない」(宗像前掲書p.266)
  • 「教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない」……「この自覚のもとに」とあるように、国家は教育の内容を統制してはならないということである。そして国家と行政の役割は、30人学級とか低学費とか外的事項、つまり「必要な諸条件の整備確立」に専念することなのである。

 イメージしてほしい。

 あなたの自治体で、教育の専門家や教育にくわしい人たちが立候補し、市民みんなで投票して「教育委員会」を選ぶのだ。そこの教育長が計画をたてる。おそらく今ならその策定に市民が多数くわわるだろう。何を教えるのか――それを自治体ごとの専門家が提案し、市民も参加してきめることになる。
 国はそこには関与できない。唯一、全国的な基準をしめすだけだが、それは何の拘束力もない基準である。住民が「全国基準にあわせよう」といえばあわせるし、「もっといいものを教えよう」といえばそれは無視されるのだ。
 その計画にもとづいて学校ごとに教師たちが教科書や教材を選ぶ。それは学校や教師たちの自由に委ねられている。おそらくPTAはこうした学校の決定にたいして、親が関与できる機会になるだろう。
 つまり現場にいくほど教育については、強く、濃くなっていく。国は学級の人数をへらしたり、学費が少なくても学校にいけるようにするなどの条件整備をするのみなのだ。




フィンランドの教育改革と日本の教基法


 フィンランドの教育改革が注目されているが、3つの改革があったという。
 一つは競争主義の排除。わかるまで教えるという思想だ。
 二つ目は、少人数学級。日本が40人なのにたいし、フィンランドでは24人である。
 三つ目は、学習指導要領をなくし、教師の自主性を発揮させ、教師・子ども・父母・地域社会の一体化。教科書も教員一人ひとりが自分の教え方に合ったものを自分で選べるのだ。

 二つ目は「条件整備」、三つ目は国家統制の廃止、分権主義と学校・教師の自主性である。ちなみに一つ目についても『アメリカ教育使節団報告書』には「民主主義的な学校では、テストのプログラムやその他の方法を通じて、生徒の知的水準を発見することに務め、それに合わせて教育計画を組んでいく。生徒が応じえないような要求を出さないようにし、またそれぞれぞれ異なった知的能力の生徒に教育経験を与えるための工夫の幅を拡げていく」(p.78)とあるように、この三つは、『報告書』ひいては教育基本法の思想である。

 フィンランドでは教育改革のさいに、日本の教育基本法を参考にしたというが、10条にかかわっていえば、『報告書』と教育基本法がえがいたデザインこそ、いまの日本に本当に必要なデザインではないのか。




政府与党案は戦後教育のデザインの転覆


 政府与党の改定案との差はいまや明白だ。

 改定案は、国民に直接責任を負うということや、教育行政の目的が国家の介入排除という自覚にたった条件整備であるというもっとも重要な点を欠落させている。
 「不当な支配に」が残ったのだが、歴代自民党政府や与党政治家はこの文言を「日教組・左派政党による教育支配」という意味にねじ曲げて解釈してきた。その意味で残したにすぎない。
 じっさい、改悪案の17条で政府が「教育振興計画」を定めるとしているように、国が先頭に立って教育を統制するようになっている。地方自治体は国の計画を「参酌」することを要求される「中央の下僕」である。

 先の文部省の『解説』は、国民の意思と教育とが直結することの重要性をうたう。その間にいかなる夾雑物も入ってはならないのだ。「この国民の意思が教育と直結するためには、現実的な一般政治上の意思とは別に国民の教育に対する意思が表明され、それが教育の上に反映するような組織が立てられる必要がある」とのべている。
 「一般政治上の意思とは別に」といっている点は重要だ。
 なぜなら、“国家の不当な支配・介入かどうかは、法律で決まっているかどうかだ”という政府側の言い分を見越したかのような反論になっているからである。事実、テレビ討論で共産党議員に追及された文科大臣は「法律で決まっていることをやる場合は不当な介入にはならない」と叫んだ。改悪法案の16条が「教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり」とのべているのはまさにこの思想である。
 先日国会で共産党の志位和夫が、くだんの『教育基本法の解説』と、学力テスト裁判の最高裁判決をつかって文部科学大臣を追及していてなかなか面白かった。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-05-28/2006052825_01_0.html

 しかし、ときの与党は、自分の思惑を通すために法律を通すだろう。教育がそれに左右されるようであれば、教育は容易に政治の「侍女」(というとアレだが)に転化する。だからこそ、『解説』は「一般政治上の意思とは別に」と述べたのだ。『解説』はまた別の箇所で「教育はたとえ民主主義下においても、このような〔政府、議会、政党などの〕現実的な力によって左右されない」とのべている。

 教育基本法が予定した「独立性」とは、かくも頑強なものである。それは先ほどのべた「分権イメージ」を考えてもらえれば、その理由がよくわかるだろう。

 もちろん、政府与党は、戦後「逆コース」をすすめるなかで、こうした教育基本法の理念を換骨奪胎してきた。教育委員会の公選制を廃止したのは1956年だし、ただの基準であった学習指導要領も法的拘束力をもつものだといわれるようになった。
 しかし、それでも、教育委員会は中央からは任命されないし、教育長人事をのぞけば、地方政府からさえ形式上は独立している。また「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書を各地で不採択においこんだように、地方ごとに採択するという制度は生き残っている。
 まだぼくらはアメリカ教育使節団報告書の、あるいは教育基本法のデザインの軌道の上を歩いているのである。

 問われているのは、このデザインをやめて、中央政府が計画と統制の旗を降る「国家の教育権」デザインに変えるのか、それとも、教育基本法のデザインを蘇生させるのか、という二つの道の選択なのだ。

 もし後者を選んだとしても、たとえば扶桑社の歴史教科書を使ったりして、愛国心をぎりぎりと教え込むような「右翼教育委員会」ができるかもしれない。そういうリスクがあることは承知のうえでの「分権」であり「自治」なのだ。







全訳解説 村井実『アメリカ教育使節団報告書』(講談社学術文庫)
宗像誠也編『新装版 教育基本法 その意義と本質』(新評論)
2006.5.28感想記
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