菅野彰・立花実枝子『あなたの町の生きてるか死んでるかわからない店探訪します』



あなたの町の生きてるか死んでるかわからない店探訪します  こういう店はどこにでもある。
 東京でも見かけたし、昔つれあいが住んでいた静岡のある街でも、ホコリをかぶりきったロウのサンプルとともにまさに「生きているか死んでるかわからない」店があった。

 福岡に引っ越してきてからもある。
 入り口から中がわずかに見えるのだが、私生活スペースと店が一体になったように雑然となっている。奥のほうにテレビをみている家族がいて、ぼくとつれあいがそこを通ったとき、「とりのこされた昭和」の空間が確かにそこにあったのを見たのである。
 つげ義春の『リアリズムの宿』には、家族の居住空間と、商売上の宿との境目があいまいなボロ宿が出てきて、客の目の前で子どもがしたウンコをつまんでその手で料理をつくったりする話があるのだが、そんな経営状態を彷佛とさせる。

 この本は、そんな店をさがして作家(菅野)と漫画家(立花)たちに訪ねさせてレポートさせようという下品な企画である。

 そして二発目に出てくる「中華飯店(仮)」。これがぼくが福岡で見ている「生きているか死んでるかわからない店」に似ているのである。雰囲気が。

 マツケンかどうかよくわからないポスター。木彫りのクマ。何かの木に何かの貝殻がさしてある飾り物。この装飾の異常さが入店早々「ヤバさ」を醸し出している。
 〈店の中に、テーブルらしきものが二つ。だが有りと有らゆる土産や衣類、雑誌で座る場所もものを置く場所もない〉。皿。ハンガー。トランクスや枕と靴下……。

〈「何処で……? この裸の写真と女性セブンとナショナルジオグラフィックと家庭画報と日本のありとあらゆる土産物と賞味期限の切れたやばげな調味料と高麗人参と変な猫と衣類の積まれた空間でどうやってメシを?」 後から入った二人も、当然言葉を失う〉

 冬の終わりだというのに、大量のゴキブリとコミュニケーションをはかりながら、ヤバげなメニューを注文。出てきた品々の怪しさが書き記されていく。

〈中華丼の具は……よく見ると何か見覚えが。
「後はおでんの具でごまかしてある……」
「つみれ……だいこん……はんぺん……がんも……かまぼこ……卵……ミートボール(!!)……白菜……本当だ!!」〉

 同行の編集者が「ダメ! カビてる!」などと冷静に指摘したりするなかで食事終了。
 その店の後に入った店にて、〈立花はくだし、私は吐いた(マジで……)〉。


 体当たりにもほどがあるひどい企画である。
 文字通り「体」が「あたって」いる。
 他にいった店でも、〈水のようにオール・リバース〉だの〈マー・ライオン〉だのといった壮絶な形容が並ぶ。精神的にダメだったのか、病理的に強制されてこうなったのかは、今一つ定かではないのだが、「もどす」ことにひどく敏感な(弱い)ぼくとしては、ショックがでかい内容である。やめろ!
 しかし、そういう「死んでる」店ばかりではない。中には「生きてる」店もあって、意外にウマい店を発見してしまったりするのだ。それがわからないところにこの企画の面白さがあるのだが、レポーターをやらされる方はたまったものではないだろう。

 この本は、企画の本質がなかなか「いい」。しかも漫画家と作家の自己犠牲がそこによく効いているのである。
 

 しかし、ぼくは思うのだ。
 いま言ったことと矛盾しているようだが、この本は文章と漫画によって企画と体験のよさが台無しにされてしまっている、と。

 というのは、まず文章である。
 「篇」ごとに文章が区切られているのだが、ひどく冗長なのだ。まず自分たちのたるみきった生活と私的な人間関係のなれ合いぶりがダラダラと続く。それを「味」だと思っているかどうか知らないが、読者にとってはどうでもいいような話ばかりで、一刻も早く店の話に入ってほしいという気持ちでいっぱいになり、イライラしながら読む。
 そして本当に作家なのかと思うほどに、状況説明が下手。いま何が起きているのか、舞台が変わったのか、そういうことが読んでいてすぐにわからない。これがまた読む方をイラつかせるのである。
 さすがに、核心の部分は読ませるが、人によっては、こういう「文章が笑っているもの」、つまり自分たちがハシャいでしまっている文体を嫌悪することもあるだろう。コントをやる人自身が笑っているようなものである。ひどい店の様子は冷静に書いた方がいっそう面白かったかもしれないのだ。

 そして漫画のほうであるが、文章の欠点と同様に、単体で読むとわけがわからないものが多い。そして、レポーターをネコやイヌに擬人化してしまったことが、生々しさを削いでしまった。逆効果である。自画像を描くと自意識が垣間見てしまってイヤかもしれないのだが、この絵柄で動物化されてしまうと、おとぎ話みたいになってしまい、せっかくのドタバタぶりが薄まってしまうのだ。

 あと、もう一つ文句をいわせてもらえば表紙である。
 コマを使ったのは正解だが(動物擬人化という欠点をのぞけば)、なんでこんなカワイイ感じのフォントとバックにしてしまったのか。ここは、太いゴシックで白地にバーンとやったほうがはるかにインパクトがあったと思う。
 この本は、そのような下品さを前景化すべきであった。

 作家と漫画家の、まさに身を挺した経験が、自分自身の筆致によってその価値を減じてしまっている。うむ、「つまらない」本では決してないのだ。ゆえにこの瑕疵を惜しむのである。





文:菅野彰 絵:立花実枝子
『あなたの町の生きてるか死んでるかわからない店探訪します』
新書館
2007.3.9感想記
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