でこくーる『まんがで読む 平成17年度版 防衛白書』




 ぼくのサイトを読んでくれている方で、平和運動にたずさわっている方から、「こういう本があるのだが、ちょっと読んで評価してくれませんか」というむねのメールが来ました。「若い人達に影響力があるようで心配になりました」とも。

 『まんがで読む 平成17年度 防衛白書』。漫画を描いているのは「でこくーる」という人。発行は防衛弘済会という防衛庁の外郭団体だが、「防衛庁協力」と裏表紙にあるように、政府の肝煎りである。

 全体はカラーながら、32ページしかなく、本というよりパンフレットである。本体は400ページをこえる大部の『防衛白書』を、いったいどうやって32ページの、しかも漫画にまとめるのか興味があったので早速買ってみた(紀伊国屋で手に入った)。
 話はそれるが、分厚い本を薄い漫画にまとめる無謀さでいえば、いまはもう絶版になった、門井文雄『資本論』(大陸書房)を思い出す。似たものに、現代書館のフォー・ビギナーズ・シリーズの『資本論』があるが、現代書館のそれは漫画としては最悪なのに対し、門井のそれは名著ともいえる、漫画版『資本論』の最高峰である(おそらくその2種類しかないけど)。

 話を本書にもどそう。
 まず、すばらしいのは、絵である。
 前年の「まんが」版があるが、そちらはいかにも行政系のパンフレットの絵柄で、こういうものはいくら「うまく」ても全然訴求しない。若い人に切り込もうという本気さがないのである。
 ところが、17年度版は、「萌え絵」、とまではいたらなかったが、ツインテールの美少女。女性性の強調された、年代の知れないフリルつきの服装。めくれたスカートからのぞくナマ足とひざ小僧。そして黒のハイソックス――ネット上では「同人誌系」などと描かれているが、いずれにせよ、ヲタクに充分に傾斜したセクシャルな絵柄だ。すばらしい!
(せっかくなら『「戦時下」のおたく』の表紙のように「愛国奉仕ですぅ」くらいやってほしかったが=右図)
「戦時下」のおたく

 これは大変大事なことである。
 解説系漫画にはさまざまなパターンがある。たとえば物語やドラマの形式をとって、それにそって啓蒙するパターンがある。その対極にあるのが、「対話・会話による啓蒙」方式で、だいたい「無知な人を有識者が啓蒙する解説をおこなう」というパターンをとっている。
 本書は後者のパターンだ。
 しかし、これは解説漫画としては、最も危険な道である。
 会話ばかりになって漫画の特性が殺される、説教くさくなり押しつけがましくなる、などの危険がいっぱい用意されているからだ。本書は後者の道を選んだ。
 まあ、伝えなければならない知識量が膨大な場合は、後者の道をとらざるをえないのである。その意味では「でこくーる」はやむを得ず選択したものであろう。

 さて、後者の道をとった場合、作中の会話者は、(1)飽きないほど面白いやりとりやトークをする、(2)伝える知識自体が面白すぎる……などの能力をもっていなければならない。そうでないと、読む気がしないからだ。
 この点で、「会話者がセクシャルで見飽きない」というのは、実はポイントの一つである。『萌えたん』などはこの構造だといえる。
 事実、ぼくは「けっこうこのコかわいいな」と思って、最後まで見続けてしまった。ちなみに、この女性は「でこ」という名前で、冒頭にあるキャラクターのプロフィールによれば、「好奇心たっぷりだけどちょっと血の気が多い」という特徴づけをされている。

 つまりヲタ絵であることによって、解説漫画のリスクを大幅に低減しているわけで、実に正しい戦略といえる。

 中をひらくと、3人の基本的登場人物によって啓蒙的会話が進んでいく。「でこ」はさっき紹介したとおりで、どちらかといえば「武力によって平和が保障される」という発想の持ち主である。もう一人は「デコポソ」というくま(のぬいぐるみ)で、「平和好きなくま?」とキャラクター紹介されている。いわゆる平和主義者の役割を演じ、やや非論理的で感情的なキャラクターとされている。
 そして、解説者の役割を演じるのはコンピュータである「SE/30」で「サーティ」と呼ばれている。「説明好きなオールドMac」というのが特徴づけだ。「サーティ」は、「でこ」と「デコポソ」を超越した理性として存在している。これが防衛庁理性とされ、自衛隊は「対話的平和」と「武力による平和」を両方もっている存在として描かれている。
 軍事力を執拗に否定しようとする「デコポソ」を、「でこ」がテロが起きたら? 災害が起きたら? 国際社会で孤立したら? とたたみかけ、「防衛力」の必要性を挑発的にあげつらおうとすると、「こら そう喧嘩腰になるなって」と「サーティ」はあわててたしなめる。
 ことほどさように、全体としては『嫌韓流』的な罵倒や打撃ではなく、冷静なタッチで話がすすんでいく。

 また、随所に行政系漫画とは思えぬほどアソビを入れている(「デコポソ」がシカトされている右図上)。
 防衛庁は暴力には神経質なはずだろうが、「傷つかない身体」としての「暴力描写」のアソビもしばしば登場するし(右図中)、自衛隊の体験コーナーで借りた制服をつかって「戦争ごっこ」をやってしまうなど、なかなかスリリングなアソビも入れてある(半ば呆れ顔で防衛庁職員が「きちんとした関心をもってくださいね」などとたしなめるのも笑えるが)。
 そもそも「デコポソ」なんてネーミングが2ch系の感覚じゃねーかw

 ただ、やはり最大の障害は「言葉」である。
 行政系の解説書や解説漫画は、いくらくだけようと思っても、くだけすぎて一面的になることをおそれ、行政的語彙を離れようとしない。
 アソビ以外の登場人物のセリフは「サーティ」だけでなく、「でこ」や「デコポソ」にいたるまで、不自然な行政用語が並ぶ。

「冷戦下の51大綱は国家による侵略を防ぐ
 ことに重点が置かれたんだな
 それにたいして07大綱は
 冷戦終結後の国際社会において、
 国連平和活動への協力や
 災害対策など、より広い意味での
 国内外での活躍が求められる
 ようになったんだ」

「だが、テロの脅威は
 予測が困難で突発的に起こりうる
 だから、被害を極小化するため、
 機動性や即応性が求められているわけだ」

 甚だしきにいたっては、このような図(右図下)までかかげられる。
 初めて読んだ人は絶対わからんと思う。

 これはこのパンフに限らず、行政系漫画やパンフの重大な弱点で、市民の理解を広めるために、啓蒙書での用語や言葉の使い方はもっと自由にしたほうがよいと思う。
 もっといえば、言葉遣いだけでなく、概念の枠組みの不自由さにもそれが現れている。
 『防衛白書』は一応、行政として論理的な構造をとっている。
 2005年度版で中心をなす論理立ては、冷戦下では正規軍による本格的な着上陸侵攻への備えであったが、911以後のアジアと世界情勢からは「テロ」「特殊部隊」「ミサイル」などの新たな脅威に備えるよう、自衛隊は変わらねばならない、という点である。この中心点を太く押し出すべきなのに、『白書』の章立てに機械的にこだわるために、読んでいる人にはのっぺりとした印象しか残さないし、各章が平板に並んでいるようにしか思えなくなってしまう。

 というわけで、ヲタ絵を用いたところは成功だと思うが、焦点をしぼらずに白書をまるごと漫画にしようとし、しかもそれを32ページでやらせようとした点が失敗であると思う。
 これが若い人のなかに広がっていくことはとりあえずないだろう。

 やはり、自衛隊漫画といえば、等身大で親近感がもてるのは、雁須磨子『どいつもこいつも』であろう。防衛庁はアレを買い取って普及したほうがいいのではないか。


 ちなみに、内容についていっておけば、防衛庁の論理構造と「認識」には、アメリカという国家は先制攻撃戦略をもっていて、そこに日本の軍事力が従属しているという現実がすっぽり抜け落ちている。その出発点がないがゆえに、すべてのことが「あべこべ」に描かれているのだ。
 米国が朝鮮半島と中台への紛争介入の戦略をもち、日本がそれに奉仕せんとしているからこそ、兵站である日本が狙われ、ミサイル「防衛」、テロ対策、特殊部隊対策が大きな比重を占めてしまうのだし、「国民保護計画」(有事動員計画)はその典型だといえる。戦前の日本でたしかに「防空演習」は必要だったかもしれないが、それは日本が侵略をした結果ひきおこされた「防空演習」であるという出発点を見ないのに似ている。

 エピローグで「自衛隊にはなぜ興味を?」の問いに、「でこ」が
「やー、ここなら本物の漢(おとこ)が見れるかな……とか」と回答。
 ちょwwwwwおまwwwwww





萌えよ!戦車学校―戦車のすべてを萌え燃えレクチャー!萌えわかり!自衛隊ビジュアルガイド※そういえば、自衛隊にかんする萌え本といえば『萌えわかり!自衛隊ビジュアルガイド』(堀場亙、モエールパブリッシング)、『萌えよ!戦車学校』(田村尚志・野上武志、イカロス出版)がある。どちらも萌え萌えな表紙で、とくに後者は、メガネ+黒ニーストと個人的にグッとくる(「でこくーる」の萌え度など問題にならぬほど)のだが、どちらも中身はおよそ字だらけで、『萌え単』ほども「萌え」要素がない。もちろん漫画ではないし(ごく一部載っているが)防衛庁の公式協力もない。



でこくーる『まんがで読む 平成17年度 防衛白書』
財団法人防衛弘済会
2006.1.24感想記
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