亡国の道



 ぼくが出ている自主ゼミで『大国の興亡』(P.ケネディ)、『西洋経済史』(石坂・船山・宮野・諸田)を読んでいると以前このサイトでも書きましたが、そこで勉強したことをエッセイにしませんか、という話をいただき、「歴史から経済を眺める」という通貫テーマで、ゼミ出席者有志のリレー連載をしています。
 これは市民科学研究室発行の「どよう便り」という会報です。
 以下、そこに掲載(第75号、2004年4月)されたぼくのエッセイを、一部加筆補正して、紹介します。




 兄が「消費税が10%になってもおれは困らん」と言うので、八百屋のおっさんとか、年金ぐらしのばーちゃんは5%でも干上がりそうだというのに、あんたは言うことが違うねえと思いながら、「じゃあ18%になったら」と聞き返すと、しばらく考えたあげく「それは困る」と言いました。

 日本経団連は「消費税を18%に」と提言しています。

 『西洋経済史』(以下、引用は#)や『大国の興亡』(以下、引用は*)を勉強していて、消費税とか間接税に頼り切ったとき、亡国の道が始まるというケースをいくつも見ました。
 たとえばオランダ。「オランダ政府はやがて多額の債務を背負いこみ、間接税を引き上げざるをえなくなって、これが賃金や物価を押し上げ、オランダの国際競争力を損なう結果となった」*、「生活必需品への消費税で財政を賄ったから、これが労賃や原料費を釣り上げ、オランダ工業を破滅させた」#。
 フランス。革命直前の同国は「種々の商品への消費税や内国関税を課し…農民・手工業者の貨幣収入を奪い去り、需要を縮小させ、その経営を破滅させた」#。革命によって「消費税・塩税・内国関税が一挙に全廃され、所得や財産に比例した収益税に置き換えられた」#。
 イギリス。やはり清教徒革命前に似た事情があり、『西洋経済史』によれば、消費税が特権商人の独占を保護し、ぼっ興する産業資本家たちの営業の自由を圧迫し、革命の火種になっています。
 ナポレオン。「(干渉戦争の)多額の出費をまかなえるはずがない。国内の直接税は嫌われ、はかばかしい収入をあげることができなかった――このため、ナポレオンはタバコ税や塩税をはじめとするアンシャン・レジューム時代の間接税を復活している」*。とくに、逆進性が強く、流通を阻害した葡萄酒税は嫌われ、「葡萄酒税の復活は、南フランスの農民を彼(ナポレオン)から離反させて、他のどんなことよりも、彼の没落の大きな原因となった」とのちに、彼自身の回想の中で述懐しています

 消費税増税は亡国の道だ、と単純にいうつもりはありません。今の欧州では消費税率は決して低くありませんしね。
 しかし、今の日本と今の欧州とが、決定的にちがうのは、日本の強者側(権力者や大資本側)の精神構造の中に「おれは負担しない。とりやすいところからとれ」という、いわば精神の退廃がスケてみえるところです。
 欧州では、税金が社会保障になってかえってくる割合(公費負担分)は、日本が29%なのに、英43%、独44%、スウェーデン43%にものぼります(逆に言うと、日本では消費税率が今のままでも、公共事業削減など税金の使い方を変えるだけで社会保障は充実できるということですが)。
 また、企業の税・社会保障負担は国民所得比で日本が12%ですが、英は15%、独18%、仏24%、スウェーデン22%です。
 つまり欧州では、企業も応分に負担し、それを社会保障にして世の中にもどす、という思想がそれなりにうかがえます。

 日本はそうではありません。
 財界のいうとおり消費税18%にすると45兆円が消費税で入ってきます。税収は国・地方あわせて76兆円ですから、全税収の6割に相当する分が消費税でまかなわれることになります。昔は法人税が税収の太い柱を占めていましたが、減税につぐ減税で今やみるカゲもありません。
 経団連は基礎年金を全額税方式にしろと主張しているように、「大企業の社会保険料負担をなくし、大半を消費税でまかなわせたい」というのが本音です。消費税なら大企業はぜんぶ転嫁できますからね。
 ずいぶん虫のいい話です。今でも少ない大企業の社会保障負担を極小にせよというわけです。前述のとおり、企業にも負担を求めているスウェーデンでは、消費税率は25%ですが、消費税が全税収に占める割合は2割台です。

 逆進性の強い消費税をあげろ。おれは負担しないけどね――フランス革命前の特権貴族たちのメンタリティと似たものを感じませんか。

 『西洋経済史』の参考書として経済史学の泰斗・大塚久雄をゼミですすめられ読みましたが、彼は、イギリスが堅実なモノづくりで国富を生み出したのにたいし、オランダは、モノづくりをせずモノを動かすだけの中継貿易でモウケていたことを没落の原因とみています。あぶく銭、というわけです。
 オランダは、消費税の問題だけでなく、わかりやすくいえば、額に汗して富を生み出すという発想が欠けており、退廃的な空気が満ちていたのではないかと思います。「ユトレヒト同盟(オランダ)の経済界は製造業の発展に力を入れなくなって、いわば金利生活者となり」*、金融詐術大国として容易に借金ができるようになって、借金財政→消費税増税の道をつきすすみました。

 日本の消費税論議の空気に、亡国の道を歩んだ歴史上の国々と似た、精神の退廃のにおいを感じる、というのは言い過ぎでしょうか。




●ポール・ケネディ『決定版 大国の興亡 1500年から2000年までの経済の変遷と軍事闘争』上下巻、鈴木主税訳(草思社、1993)
●石坂昭雄・船山栄一・宮野啓二・諸田實『新版 西洋経済史』(有斐閣双書、1976)




※税金が社会保障になってかえってくる割合(公費負担分)
2003年2月の第9回社会保障審議会での政府提出資料より算出。
1995年(暦年)のアメリカ、99年の日本、イギリス、ドイツ(日本以外は「暦年」)などの社会保障財源の内訳を、GDP(国内総生産)比で比較したもの。99年度の日本の税収総額は84兆円なので、社会保障向けを英、独なみの40数%にすれば、10兆円を超える財源が新たに社会保障に振り向けられる計算となる。

※企業の税・社会保障負担についての共産党の試算のコメント
住友商事ホームページ「日本の法人課税負担を考える」

※消費税が全税収の6割分
消費税1%で2.5兆円と計算し、×18=45兆円。(消費税収額根拠は下記)
1998年度の消費税収入は13.8兆円÷5=2.7兆円
http://www.horae.dti.ne.jp/~snzk/siryou.zeisyuu.htm

2003年度の国税・地方税の合計は下記の財務省ホームページ(PDF)
http://www.mof.go.jp/jouhou/syuzei/03-04.pdf

※法人税の比率の低下
国・地方の合計の資料が手許にありませんが、国税における法人税税収のしめる比率では次のとおりです。
1989年(消費税導入直後):34.58%(消費税は5.95%)
2002年:22.56%(消費税は21.66%)
2002年度は補正予算額を計上。租税および印紙収入額は一般会計分。消費税は国税分のみ計上。この間、法人税率は1988年には42%でしたが、99年には30%へと引き下げられています。

※大塚久雄『国民経済 その歴史的考察』(講談社学術文庫)p35-39
「イギリスのばあいは、農業の繁栄を出発点とし、次々に現れてくるさまざまな工業が(そして商業が)『自然な』形に組みあわされ、互に広く深い国内市場をつくりだしながら、内に充実しつつ成長するという産業構造である。そしてその貿易はそこから生じる国民的余剰(とくに国民的産業の生産物たる毛織物)の輸出に土台をおいている。それに対比して、オランダのばあいは、貿易は『ただ買っては売り、取り寄せては送り出す』という中継取引だけで、国民の生活や生産活動とは基本的に無関係におこなわれている、そうした産業構造である。したがって、貿易によるあの経済的繁栄は、再輸出される商品への追加的加工などを別にすれば、一般に国民経済のいわば頭上はるかを通過してしまうことになる。こうして、イギリスとオランダという当時の二大貿易国家は、その国民経済がともにひとしく貿易に依存していながら、しかも一方は強固、他方は脆弱という差が生じてくることになる、とデフォウはいうわけである」(p38)


2004.4.14記
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