飯沢匡『武器としての笑い』/45点


 どうもなあ。まとめやすいし、それなりに得るところはあったんだけど、心にくるもんがなあ。

 笑いは政治的武器であるという話。権力に反抗するときも、政治を論じるときも。
 中世、たとえば、一休宗純は、笑いを知っている。
 しかし江戸幕府によって、笑いは禁じられた。笑いの文化は武士の中から一切放逐され、民衆はたえずその隙間から笑いを生み出さねばならなかった。狂言は喜劇としての萌芽をつぶされた。
 したがって、日本人には笑い、喜劇の伝統がない。
 明治期になって、福沢諭吉のような笑いを本領とする文化人が生まれたが、やはり喜劇の伝統は弱いままだ。それが英米とくらべても、ロッキード事件ですぐれた風刺やユーモアが生まれなかった一因だ。

 というのがこの本の筋。

 しかし、表題を読んで受ける印象以外にはあまり認識がすすまないといったのが正直なところだ。あとはいろんな知識がくいっついてくるだけみたいな感じ。
 万博論とか、彼のテレビ時代の話とか、悪いがまったく興味がおきない。

 ただ、たしかに政治が笑いの文化をともなっていない、という指摘にはうなずける。下手だなあと、自分をふくめて思う。そのあたりを掘り下げてほしかったのだが、飯沢の叙述は、磊落さや豪放さをともなわせようとするからだろうが、ただの愚痴と自慢話にしか聞こえない。

 残念ながら感興をもよおさなかった。ここはひとつ、わたしの理解不足ってことで。


(岩波新書)

採点45点/100

2002年 12月 29日 (日)記
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