椎名軽穂『CRAZY FOR YOU』『君に届け』
第237回椎名軽穂の改善をめざす会議〜



 久しぶりに紙屋研究所管理人の人格がABCDに分裂しました。その分裂した人格が会議をしています。


A:第237回?
B:そこは流せ。
A:だいたい椎名軽穂ってだれなんスか。
B:「別冊マーガレット」誌で『CRAZY FOR YOU』描いていた人。いま『君に届け』を描いている。
A:つか「別マ」の単行本のカエシって、少し前まで「『最近ハマっているのはジャグジー。疲れがすっきりとれます!』と●●先生」みたいな「著者近況」だったじゃないスか。あれってものすごく不自然だったでしょう? フツーに今みたいに著者の言葉にすりゃよかったじゃないですか。なんであんな紹介記事ふうだったんですか。
B:それはいいから。



なぜいつも「寂しく笑う」だけなのか


C:『CRAZY FOR YOU』って女子高で、彼氏が17年間いない主人公・幸(さち)が彼氏ゲットのために合コンに参加してそこでヒトメボレしちゃう話だよね。
B:うん。ユキっていうカッコいい男子高校生だけど、女にだらしないっつうかカルいっつうか。
CRAZY FOR YOU 1 (1)A:ほー。面白そうな設定スね。いいじゃないですか。
B:いやー、でもこのユキってキャラクターなんだけどね、最初ちょっと「カルい」って感じだけで、終わりの6巻まで全然カルいって感じしないんだよ! むしろすごいシリアスで暗いの。設定に無理があるの。
C:いや、いちおう「カルくみせていたのはうわべだけで、実は奥底にさみしさをかかえている」っていう設定なんでしょう? ほら寂し気に笑うじゃない。
B:そればっかりなんだよ! 「ちょっと寂し気に笑って」ばっかりなの。それって少女漫画家は描きやすいというか、少女漫画家が「浸って」描きたいときはすごく筆がすすむキャラクターだと思うな。
A:どういうこと?
B:なんつうかさあ…。外見はまず美形で髪サラサラっぽくて、しかも性格も反応もウスいのよ! しょうゆ・薄味みたいな。クールで寂し気っぽいんだけど、それだけなんだわ。徹頭徹尾その表情ばっかり。そういうのを少女漫画家は描きたがるわけよ! ある意味ラクだし。
D:お前……知りもせんのに。いや、このユキは6巻でまた荒れる姿見せるだろ?
B:全然ダメ。もう、記号みたいな荒れ方。徹底して「単相」なんだよ。
C:同感です。ユキという人物にまったく魅力を感じない。むしろ幸を好きになる、赤星っていうキャラの方が好感を持てる。話していても楽しいし、幸が困難に陥ったとき、いつもやさしく手をさしのべてくれて、ぶっきらぼうだけど、テレながらそんな底意をみせてくれるところがまたカワイイというか。



少女の欲望全開


A:黒髪の美少年と白い頭の美少年、どっちにも好かれちゃうってやつですか。よく考えると少女の欲望全開ですね(笑) 
D:作中人物の解説によると、どうも幸は「中の下」の容姿らしいんだが。
C:絵的にはものすごくかわいいんですけど。
A:古来から少女漫画の黄金パターンですなあ。主人公は「ブサイクでドジで」とかいう設定なんだけど、記号として鼻の上にソバカスがあるくらいで漫画としてはどこからどうみてもかわいいという。
D:世間的には「ブサイクでドジ」とはいわれているが、内面の輝きはこんなに美しいのよ、というのが少女の妄想の中軸なんでしょうか。
A:赤星とユキの話にもどすけど、そういう読者がみても「絶対赤星だろ」と思うのに、それをあえてフッてユキみたいなのを選んじゃうから、ハタからみれば「クレイジー」なんでしょ。
B:いやあ……。いわゆる「ダメ男」でもないんだよ。その場合でもユキのほうに「悪い魅力」がないとまずいっしょ。ホントになんじゃこりゃあと思うような、なんの思い入れもできないキャラクターなんだが。



なんでそんな抽象的に悩むの?


C:作者によると『CRAZY FOR YOU』が暗くてドロドロだったんで、新連載の『君に届け』のほうでは主人公の男の子(風早)を「冗談みたいにさわやかな」「アホみたいにさわやかな」ふうにしたらしいんだが、これもまったくダメキャラだと思うのだが。
君に届け 1 (1)B:それ! それです! もうなんですかあれは。本当に「アホみたいにさわやか」になっているんですよ。「笑ってさわやか」なだけ。いや、「さわやかさ」を記号として提出しているだけで、笑っていてもちっとも「さわやか」ではないんです。しかも今どき、雨にぬれた子犬を主人公のさわやか度ひきたての小道具に使うってどうなんだ。
C:オレ的には『CRAZY FOR YOU』の女性主人公たる幸が許せなかった。「まっすぐで前向きな恋情」という無垢さが武器なんだが……。いや、まず幸のことを言う前に、言いたい。なんで中高生ってこんな抽象的なことばっか言ってんだ?
A:(笑)
D:どういうこと?
C:「自分の気持ちからもそうやって逃げるの?」「忘れよう あきらめよう すきでいるのやめようってなくそうとしていた気持ち しまいこんでただけだった」「きっと正しい答えも上手い伝え方もどこにもないんだろう」とか……。悩み方とか答えの出し方が抽象的なんだよ! 全6巻、ぜんぶこんな抽象的なことばっかり言ってるんだ! 課題はいつでも具体的なんだよ。
D:それはお前がオッサンだってことだろ(笑) お前、自分の中学時代の日記みてみろよ。
A:いや中学といわず、大学時代の(笑)
C:(赤面)



ピュアに思い続けるという「武器」


D:ところで幸の何が許せないって?
C:全体そうなんだけど、たとえば6巻でユキが荒れているとき、自分の気持ちから逃げないでよとか強がらないでとかものすごく容喙的で、「純粋」で「まっすぐ」な気持ちというものがあればこのようなことをしてもいいのかと。
D:いやだからそれがクレイジーってことなんだろ。中高生の恋愛のラディカリズムってそういうものなの! それが原理主義にしか見えないというあたりが、お前の老化の証左なんだよ。
A:「ブサイクでドジ」だという自己認識をもつ少女漫画読者の圧倒的多数派の一人ひとりの脳内ってのは、世界にたいしては無力なわけですよ。好きな男の子との関係では、およそその外的世界を変革できない。しかし「主観的にアクティブ」になることならできる。脳内だけで完結できる。つまりピュアに思い続けるということだけは、誰でもできるんです。
C:念波かよ!
A:いや、そうそうじゃなくて(笑) まっすぐにひたむきに思い続けていれば何か変わるかも知れない。そういうことをカタチにしてくれる漫画というのはやはり支持されると思いますよ。
D:知ったようなことを言っているが、それはお前の中高生時代だろ。『めぞん一刻』のマネをして片思いの相手のことを想って雨のなかを歩いてみたり……。
A:やめてください!



河原和音『高校デビュー』とくらべて


C:たしかに老化なのかなと俺も思うんだけど、たとえば同じ「別マ」の河原和音はぐっとクるんだよなあ。
B:『高校デビュー』ね。あれも、高校生になってカレシを作りたい一心の女の子の話だよね。
高校デビュー 1 (1)C:そうそう。主人公の女の子・長嶋晴菜は、『CRAZY FOR YOU』の幸と同じように「前向きで明るい」女の子のはずなんだけど、いちいちかわいらしいよね。
B:体育会系の女の子である晴菜が、ファッション雑誌から選んだんだけども「自分に似合う服装」の加減がわからずにトンチンカンな服装をして「ナンパ待ち」をするシーンから始まる。もうそこで一気にひきつけられるね。「なりたい自分」と客観的にみた自分のズレという、高校生にとって切実な、そして三十路男のぼくでも充分に楽しめるテーマだ。がんばるほどに勘違いする服装をしている晴菜の姿がいじらしいし、可笑しい。
C:ワンピースにフワフワした「透ける素材」のアイテム(なんて呼ぶのか知らん)をはおってきたのは笑った。
A:言わせて言わせて! あの主人公の男の子のヨウも、なんであんなにうまく描けるのか不思議だ。クールで美形のキャラクターなのに、可笑しすぎる。晴菜が少女漫画を読ませると「バカじゃないのこいつら」と言うのが……(笑)
C:少女漫画のくせに、非常に自己言及的でしかも客観的だよね。そして的確に、具体的に、晴菜のズレた服装を指摘していく様が、ものすごくすっきりする。
A:「袖のかたちが腕のたくましさを強調してる」とか「髪型と服があってない」とか。
B:ヨウが突き放した感じで晴菜のことを「アンタ」とか「うざいから」というのが、クール。クールなんだが、あたたかみを感じるこのキャラクター。いやーん。なんなのこのきもちは。
C:晴菜が涙をためて笑うのを、ヨウが「…………」とちょっとタメたうえで、「アンタさ 顔はフツーだけど 笑った顔はいいんじゃない?」と言うのを読むと、ホントに晴菜の笑い顔っていいよなと思うな。
B:うん。なんでこんなに明るくて前向きというだけのはずなのに、ここまで幸と違うのかと。
D:ちょ……お前ら……なんか椎名軽穂ボロクソに言っているだろ。ホントに「改善会議」なのか!? このレビューが作者の目に入って、作者がスランプになったらどうすんだ!



『君に届け』に見い出す希望


B:いや、ところが、おれが椎名軽穂に望みをつないでいるのは『君に届け』なんだな。
D:さっきお前、主人公の男の子の造形をメタクソにけなしてただろ。
B:うん。男の子はね。でも、「サダコ」というアダ名をつけられて、周囲から誤解されている女の子の主人公(黒沼爽子)と、それをめぐる人間関係はけっこうイイんだよな。
C:爽子は、髪の長い、陰気な雰囲気のする女の子で、クラスメイトからは「霊感がある」とか「呪われる」とか、排除されているつうか「畏怖」されているつうか。イジメぎりぎりだ。イジメにまでしてしまうと話が一気に暗くなるので、そのあたりは寸止めしているわけだが。ここまでギリギリに描くことでスリリングでリアルになった。
D:まあ極端に描いてるけど「誤解されて敬遠されている女の子」を典型化した形象だよね。そういうディスコミって思春期や青春期の女性にとっては誰にでもある課題だといえる。普遍的だ。
C:普遍的なのに、非常に可笑しみのある極端化をしているので、キャラクターとして魅力的にしあがっていると思うな。
B:クラくて敬遠されているわりには、漫画的造形は、やっぱりここでも「キレいすぎる」んだけどな(笑)
C:うん、「サダコ」、きれいすぎるだろ(笑) おれの周囲にいたら、絶対モテる。
B:いやとにかく、この「サダコ」のキャラクター設定だけじゃなくて、それをとりまく人間関係の描写がいいよね。
C:あの、ちょっと荒っぽいの矢野と吉田っていう女友だちね。だれもサダコのとなりの席になりたがらないのに、隣の席になってやるっつうあたりとか。
B:あの1巻の終わりごろに、実は「サダコ」は勉強ができるうえに、人にわかりやすく伝えることをいつも妄想していたから、すごくわかりやすい勉強の教え方ができるっていうエピソードがすごく好き。
D:それはお前の妄想だろ(笑)
B:うるせえ。
C:そうだなあ。人の役に立てるってことで自分の居場所を見い出していくっていう感情の描き方がリアルだね。
A:恋愛じゃなくて、こういう同性の友情やコミュニケーションを軸にした話の方が、椎名は武器になるんじゃないのか?
B:椎名の作品全部読んでないだろ。
C:ま、にもかかわらず無責任な「改善アドバイス」をさせてもらえば、やっぱりそこでしょう。『CRAZY FOR YOU』も『君に届け』も男主人公のキャラクターづくりに大きな失敗をしていると思うんですよ。しかし、周辺の人間関係の描き方はなかなかイケる。思い切って恋愛を離れた作品を描いた方のが、椎名は飛躍するんじゃないかと。
D:ホントに無責任な提言だなー。もしこれで椎名がそのとおりにやって失敗したらどうするんだよ。
A:大丈夫。そもそもこんなサイト読んでないし。読んで影響を与えてるっていうのが、お前の最大の妄想だから。





椎名軽穂『CRAZY FOR YOU』全6巻
椎名軽穂『君に届け』1巻(以後続刊)
河原和音『高校デビュー』1〜6巻(以後続刊)
いずれも集英社マーガレットコミックス
2006.6.5感想記
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