渡辺航『電車男』


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電車男でも、俺旅立つよ。 1 (1)  くっ、結局買っちまった……○| ̄|_

 「チャンピオンRED」誌に連載されている漫画で、電車男がオビに寄せている解説では「RED版は一番萌え系な電車男です」となっている。

 実は、ぼく的には原秀則版よりも安心して読めた
 原のほうは読んでいる最中に、恥ずかしさのあまり部屋をごろごろと転がったり、えびぞりしたりしたのだが、渡辺版のほうは、ネットの乾燥した雰囲気により近い

 その一番の原因は、2ch上のやりとりの描き方の違いである。

 原秀則版のほうは、2chのスレに集まっている人たちのリアル生活が連続したコマで描かれるのだが、前にものべたとおり、この描写が重くて恥ずかしいのだ。いや、原はできるだけそういうふうに描くのをさけようとしているのだろうが、いかんせん原秀則漫画の重さとふるさを全部ひきうけてしまっている

原秀則『電車男』小学館、2巻、53ページより

 他方で、渡辺版のほうは、ときどきスレ住人のリアル生活は描かれはするのだが、実はやりとりの多くをギコとモナー(絵文字)にやらせている。書き込んだ人のナマナマしい画像を出さずに、絵文字がしゃべっていることにしているのである。
 いわば、2chのスレの様子を比較的忠実に再現しているといってよい。
 したがって、「電車男を励ますスレ住人たち」というクサさを中和しているかわいた空気を再現できるのである。


渡辺航『電車男』秋田書店、1巻、118ページより


 となると、畢竟、漫画じゃなくて2chのスレを読んでたほうがいいじゃん、ということになってしまうのだが、ぼくはやはり渡辺版、原秀則版を読んでみて、いずれも原作をこえていないと思っているので、そういう結論に達してしまうのだ。

 ただし、くり返しになるが、原秀則版は2巻に入って、エルメスと電車男の「おたがいに気持ちをつたえそうで伝えない」という微妙な雰囲気をかなりじっくりと描いていて、この描写自体はさすが原、という感じがする。
 しかし、この「電車男」というストーリーは、「モテない男がひとつの事件をきっかけに自分を変え、美女に気に入られて恋仲になっていく」ということが核心ではない。このストーリーだけではあまりに陳腐な恋物語だ。
 大事なことは、それを「2chのスレという疑似共同体が支えた」ということだ。そして、ときどき持ち帰ってくる電車男の断片的な報告が、スレを読んでいる人々のあいだで想像(妄想)のふくらみをもって響きあいながら広がっていくところに面白さがある。

 したがって、原秀則版がいくらエルメスと電車男の微妙な恋のやりとりを描いても、この物語の核心には迫れないのではないかと思う。

 その点で、渡辺版は、原秀則ほど練達したラブストーリーを仕上げられなくても、モナーを多用したかわいた2ch画面を中心に描くことで、逆に本質に迫ることができるかもしれない(渡辺も例にもれず「平和主義で事なかれ主義の以前の自分」をじっくり描くことで変化をみせたいらしいが、それはおそらく余計なことで、いくらそれを描いてもよほどの工夫がないかぎり、やはり陳腐になっていってしまう)。
 ゆえに、モナーがしゃべっている描写をもっとヴァリエーション豊かにすれば、原秀則版をはるかに凌駕できる可能性がある。

 ちなみに渡辺版のエルメスは1巻まではただの「お人形」である。
 等身大フィギュアかっつーの。

 しかし、「ケガの功名」というか、物語の進行とともにエルメスがその神秘性を開示していく、時間をおうごとに人格と歴史をもった「生きた人間」として動き出してくる、というふうにすれば、やはり逆に2chのスレッドの空気らしくなることができるだろう。
 いっさいをふくんだ萌芽の全面的展開。これを「ヘーゲルのエルメス」と呼ぼう。



 だ、だけど、も、もう買わんぞ!





渡辺航『電車男 〜でも、俺旅立つよ。〜』
原作:中野独人 1巻(以後続刊)
秋田書店 チャンピオンレッドコミックス 
画像は引用の原則をふまえたつもりです
2005.6.7感想記
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