道家大輔『電車男』




 毒男を、いや、毒を食らわば皿まで。
 ついに道家版まで……○| ̄|_

電車男がんばれ毒男! 1 (1)  6月9日付(2005年)の朝日新聞で特集されていたように(&ヲタ友人情報)、『電車男』の漫画版は、さらに女性漫画誌=デザートコミックス版もあるそうで、このままだとそれまで買ってしまいそうで怖い。

 映画版だけでなく劇もあるらしい。かなり広範囲なメディアミックスだ。
 ちなみに、『電車男』の原作者である「中野独人」は言うまでもなく「なかのひと(り)」のもじりで、架空の人物(じゃあ、オビにある「YC版(道家版)は一番『熱い』電車男です。 電車男談」って、だれが談話出してるんだ?)。リアル電車男に連絡がついて版権化されたのではない。2chから許可をもらって、著作権は最初に出版した新潮社にあるということである(サイト「知財情報局」より)。著作権的にはかなり不安定な状態らしい。


 さて、その朝日新聞の解説では、“古典的で安定感のある物語が、売れて広がっていく理由”だというが、しかし、ラブストーリーだけ拾えば、この種の物語ならゴマンとある。くり返しになるが、この物語の妙味は、ネットの疑似共同体がヲタ青年を支えたという、いかにも現代的な人間共同にあるのであって、極端な話、ラブストーリーでなくてもよかったのかもしれないのだ。

 そして、きょう、道家版1巻を読み終える。
 結論からいえば、この「ネット掲示板を通じて支えあう」=人間の共同という空気を、一番巧妙に表しているのは、3つの版(原秀則版、渡辺版、道家版)のなかでは、道家版である

 なぜなら。

 まず、2chに書き込みをするスレ住人たちの描写の比重が高い
 たとえば、電車男がエルメスにお礼の食事で会う回(渡辺版では「Mission.4 なんか苦しいです」、道家版では「第5話 恋にから騒ぎ」)では、渡辺版ではスレ住人たちの描写は全体の27%(52/193コマ)だが、道家版ではなんと70%(61/87コマ)である(紙屋研究所試算)。ま、これは回や巻によって違うのかもしれないが。

 つぎに、スレ住人たちの描写は、モナーやギコ猫(絵文字)ではなくリアル描写でなされるのだが、ときどき住人たちを戯画化して絵文字に近い形で記号化する。(下記図1、図2)

(図1)道家大輔『電車男』秋田書店1巻p.177より (図2)同1巻p.190より


 実は道家版第1話でスレの住人が、「自分語り」を脳内で行い、それをキーボードに情熱的にたたきつけるシーンがあり、これがやや「重い」かなあと思ったのだが、以後この種の描写は道家版では抑制的になる。
 かわって、住人たちのリアル+記号化のミックス描写が多くなる。
 (1巻では5〜6話に最高潮になる)
 渡辺版の感想をぼくが書いたときに、モナーやギコを使ってしゃべらせることで、ネットのかわいた空気を伝えていると書いたのだが、こうして道家版を見せられると、道家版のほうが原秀則版ほどは重く湿ったものにはならず、にもかかわらず、ネットという「共同体」=「漏れ・おまいら」(俺・お前ら)に支えられている「あたたかみ」が渡辺版よりもさらに強く伝わってくるのだ。

 オサレになりに、電車男が死ぬ気で服を買い、髪を切りに行くとき、掲示板のプリントアウトを彼は持っていく。ここでは2chのカキコが大量に文字で並べられるのだが、読者はそれをいちいち読まなくても、その描写自体が、(たとえばスレ住人の顔を大量に描くよりも)リアルに掲示板の「互助」の空気を伝えている。あまり湿っぽくなく。

 さらに、(今後この設定は崩れるかもしれないが)電車男を支えるスレ住人を5〜6人にしぼりこむことで感情移入がしやすくなっている。しかも生活背景をあまり描かない(少なくとも1巻までは)ことによって、過剰な人格化をうまく回避している。

 エルメスの描写は、最初雑誌や書店のポップなどで道家版をみたときは、最もいけすかない造形だと感じたものだった。実際、1話にでてくるエルメスはまるで矢沢あいキャラの劣化コピーのようであったが、電車男と最初にお酒を飲みにいくころにはかなり変化し、少なくとも1巻の時点では渡辺版のエルメスをはるかに凌ぐものとなった。

 電車男の脱ヲタの「ビフォア」「アフター」は、渡辺版のほうは、もうまったくダメ。オサレ男になったはずなのに、ぼく的にみて丸出ダメ男である。なんすかアレ。厨房の運動部部員ですか(ちなみに渡辺版のビフォアのほうはリアルぼくに似ている……○| ̄|_)。
 これにたいし、道家版は原秀則版と似ていて、変身後、非常に好感がもてる変わりぶりである。つか、道家版の場合、変身前がひどすぎるのであるが(これは朝日新聞の特集でも問題になっていたことだが、「バンダナ」をつけるという古典的ヲタ像になっていてあまりにひどいヲタの記号化であるという批判がある)。また、当初の電車男の描き方も、「現実から逃避する人間=ヲタ」という一面化がかなり強烈である。


 ところで、最初に原の『電車男』を買ってきてからもうだいぶ時間がたつのだが、つい手にとって見返してしまうのは、実は原秀則版なのである。
 「こわいものみたさ」という要素がないわけではないが、漫画としてはやはり一番熟達しているということなのだろう。


 こんなところです。( ´ー`)

 (原秀則版の↑のマークは、大写しでこの絵文字を描くために、クチの部分にあたる長音のハネが、あまりに大きく出過ぎてしまっていて、すげー威張っているように見える)





※渡辺航『電車男』感想はこちら
※原秀則『電車男』の感想はこちら

漫画:道家大輔 原作:中野独人
『電車男 がんばれ毒男!』
秋田書店 ヤングチャンピオンコミックス 1巻(以後続刊)
2005.6.10感想記
画像は引用の原則をふまえたつもりです
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