施川ユウキ『え!? 絵が下手なのに漫画家に?』




え!?絵が下手なのに漫画家に? (ヤングチャンピオンコミックス)  『サナギさん』で知られる施川ユウキの「マイまんが道」。と、もろもろの小作品群。

 いろいろあるんだけど、ファーストキス体験するシーンがいいよ。
 施川が専門学校に通い始める。しかし友だちがあまりできない。さらに女性とはうまく話せない。〈高校はほぼ男子校みたいなところだったので、彼女ができないのを環境のせいにしていたがついに実力が試されるのだ〉(p.7)というわけである。

 まあ、学校とかに通い始めて最初の時、こういう「自分だけが浮いてねーか?」っていう気持ちとか、隣のやつとかにどう声をかけていいかとか、たしかに迷うよね。

 ぼくも高校は地元の市じゃなくて、隣の市の高校に行ったんだが、まったく中学時代の知りあいがいなくてかなり長い間疎外感味わった。だから、なじめないでいる感覚や、他人の行動にいちいち自分流の解釈を加えたり、激しく空気を読んでしまうのもよくわかる。

 ただ、入学早々横に座っている女子に話しかけるっていうのは、けっこう大胆な行動だとぼくは思うなあ。たぶんぼくだったら思いもよらない行動だよ。
 でも女子の行動の裏にあることを自意識過剰に読み取りまくるというのも、いかにもぼく自身の高校生活に重なる。

 施川がつきあうことになる女の子と話す最初のきっかけは、「フォトショップの操作で困っているところに声をかける」というものだった。それがきっかけで何度も話すようになるわけだが、こういうふうに知り合うきっかけを筋だけ書いても何も面白くないよなあ。

 でもそこを面白く感じさせてしまうのはなぜだろうか。

 施川はそのとき〈まぁ 話しかけてこの「中の中レベルの子」とどうにかなりたいワケでもないが……〉(p.18)といったん思うのだが〈いや……この「中の中のレベルの子」を利用すれば知らない女子に気軽に話しかけられるメンタリティを獲得することができるのでは…?〉(同前)とバカな理屈立てをするのが心底共感できる。
 そして、声をかけるまで〈普通に 自然に 「そういうキャラ」を装って 「どうしたの?」…だ!〉(同前)と脳内予行演習をおこない、しかしあげくに小さすぎる声で言ってしまう。

 施川の漫画は「絵が下手」であるがゆえに、表情に自意識が乗ってこない。もっと上手い人であったなら、仮に自分の顔を少しでも「かっこよく」描いてしまうと読む方としては上記のようなシチュエーションの場合鼻白んでしまうだろう。逆におもいっきり不細工に描いてあったとしても余計な感情が読む方に入ってくる。

 この、山藤章二が描く筒井康隆の似顔絵のように、主人公(施川)の顔に目を設けないことによって、ぼくは主にコマ割りとセリフのみで施川の「アタック」における緊張を伝えられることになる。それがいろんなことを仮託できていいのである。

 施川の当時の日記っぽいものも公開されている。
 たぶん当時のものそのままではないんだろうけども、何かでその女性に怒られた直後には激しく落胆し自己嫌悪に沈む日記を綴っているのだが、映画に誘ったあとは異常なまでに高揚したかと思うと、デート前日の日記では急激なテンションの低下を告白している。
 この日記に既視感がある。
 自分の中学のときの日記にそっくりなのだ。
 やばい。すごい自分じゃん。とか思う。
 施川が手をつなぐという告白ができないでいると突如自分たちの部屋の話になって、〈じゃあ ウチ来る?〉(p.37)という急展開となる。

 モテる人はどうかしらねーけど、家に来る? とかものすごいことなんですよ。これは。童貞にとって。いや童貞でなくてもだよ。
 施川が手をつなごうかどうしようか迷っている最中に「じゃあ ウチ来る?」て、施川ならずとも〈手をつなぐどころじゃないんじゃないか コレ…… どういう距離感なんだ 一体……〉(同前)となるはずである。
 
 施川はこの距離感について合理的な解釈を得ようとして「友だち感覚だから、家に友だちを呼ぶのは当たり前だという意味ではないか」というガックリな推測をやってしまう。

 全国の女に聞きたい。
 やっぱり家にあがらせてくれるというのは、憎からず思っているってことだよね? なんか強姦を合理化する男のセリフみたいだけど
 それとも「友だちのつもりで」そういうふうにしたりするわけですか? 「そんなもん状況次第に決まってるだろヴォケ! 何でもかんでもいいように解釈するな!」とか言われそうなんだが、少なくとも施川のような状況だったら、どう考えてもこれは俺に気があると思うだろう。

・明示してないけど、彼女は自分に好意を寄せているような気がする。
・さらに家に来るように誘われた。

きみといると 1 (アクションコミックス) さあこれから「世界で一番いやらしい時間」(by伊藤理佐)の始まりだ。それはセックスをするとかしないとかじゃなくて、相手の好意をほぼ確認できるところまで到達しながらなおかつお互いにそれを探り合うというあの時間である。最近なぜかかがみふみを先生が熱心に漫画化していらっしゃるあの時間である!

パレスチナ そしてジョー・サッコ『パレスチナ』の拷問シーンのように、同じ大きさのコマが連続して時間経過を追っていく。記録映画のような視点を得る。

 彼女が部屋で〈もうちょっと…… こっち来たら?〉(p.41)と言うんだけど、よく読むとその前に〈あっ そっち狭い?〉(同前)って言ってるんだよね。でも、〈もうちょっと…… こっち来たら?〉に過剰に反応してしまうのである。そりゃあするわなあ。するよ。
 しかも移動したために膝の一部が接触してしまうのである。
 膝。膝が接触し合ってもそれ自体はエロくも何ともない。しかし、膝を通じて体温が行き来するともうどうしようもなくエロい気持ちになってしまう。

 施川は〈僕はこの部屋で ファーストキスを経験する〉(p.39)とか〈ファーストキスまであと20分〉(p.42)とかいうナレーションを入れていく。このことは、いま展開されているやりとりのすべてがそこへむけての伏線だという施川の過剰な自意識を読者側に強要し、見事に読者はその視線になっていく。いや、ぼくだけか。

 いずれにせよ、このファーストキスシーンはこの本のなかでも白眉であった。男の側の勝手な妄想や高揚がとてもよく描けている。

 女性側は絶対にこんなふうに漫画にはできないと思う。





秋田書店
ヤングチャンピオンコミックス
2010.1.2感想記
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