江國香織『冷静と情熱のあいだ Rosso』

中学時代の級友との食事会があり、おたがいに気に入った本を交換しよう、
ということになりました。
ぼくは宮部みゆき『火車』をもっていったのですが、
ぼくと本を交換した女性は、江國香織『冷静と情熱のあいだ Rosso』、
辻仁成『冷静と情熱のあいだ Blu』をもってきてくれました。

ぼくの悪い癖ですが、美しいものをみると穢したくなります。
で、つい江國の文体のパロディをやってみたい衝動に駆られたのです。

以下は、ぼくのある日の日常を、江國的文体でつづったものです。



ふるい友人から借りた小説を一つ読み終えた。
『ROSSO』――赤の物語――としるされた表紙を静かに閉じる。

アパートのそばにあるカンヴィーニ。  
(※1)
そこで買った魚と鶏肉の惣菜を、  
(※2)
マイクロウェイヴでかるく調理した。   
(※3)
ワインにはミラージュの白。      
(※4)
赤身の魚にはよく合う。

ぼくはグラスにキスをするように、
ワインをかるく口にふくんだ。

不意に電話。
この文明の利器は、いつだって暴力的だ――
苦笑しながら受話器をとった。

「やあ。寝てた?」
はずむような声。ルミイ。離れて暮らしているぼくのパートナーだ。
ルミイは、闇が世界を閉ざし、音という音を封じ込めるこの時間帯に、
決まって、すこしばかり饒舌な電話をかけてくる。

「きょう、スティーヴから手紙が来たの」
彼女は、サクラメント時代の同僚の名を口にした。
「ぼくのところにも、パムトからメールが来たよ」
(※5)
笑い声。
他愛もないおしゃべりが受話器をはさんでつづく。
だが、時間は無限にあるわけではない。やがて、  
(※6)
「GOOD NIGHT おやすみ」
そう短くいって、ぼくは受話器をおく。

ラジオも、いつのまにかおしゃべりをやめ、音楽を奏ではじめていた。
ミソーラの「ライカ・リヴァー・ストリーム」。   
(※7)
窓の外に漆黒の夜。その闇のなかに、ひとつの川の姿がうかびあがる。
ふるい友人たちとすごした、あの西の土地に流れる川。   
(※8)

ぼくたちは、いつもその川のそばをふざけながら帰った。
藍に染められた友だちの服をひどくひっぱったり、   
(※9)
おたがいの真っ白なかぶりものをじゃれるように叩いたり――  
(※10)
西の土地での時間は、ぼくのなかで今も動こうとしない。

静謐のなかラジオから流れる旋律に身をゆだねる。
遠くにきこえるかすかな喧噪。    
(※11)
ぼくは、ゆっくりとワインを口にはこび、
借りてきたもう一つの本、『BLU』――青の物語の表紙をひらいた。

 

(江國あおい『冷徹と情勢のあいだ』)


(※1)コンビニのこと。
(※2)コンビニで買ってきたシャケ弁とカラアゲのこと。
(※3)電子レンジでチンすること。
(※4)コンビニで売っている1リットル300円のハウスワインのこと。
(※5)エロ下着などの案内をスパムする会社からの迷惑メールのこと。
(※6)電話料金がかさむことをひどく気にしている。
(※7)美空ひばりの「川の流れのように」のこと。
(※8)東京からみての愛知。愛知を流れる明治用水路のこと。
(※9)ぼくの中学校の登下校用のジャージのこと。
(※10)自転車通学用の学校指定ヘルメットのこと。
(※11)隣室の老婆が「何時だと思ってる! 音を小さくしろ」と怒鳴っている。



というわけで、江國を読了。
なかなかその気になって読めました。愉快です。
モスバーガーでなく、
スターバックスあたりのオープンカフェのスペースで読めば、
「完璧」だったでしょう。あなたは完璧だわ。

江國の、現実から浮き上がったような耽美の描写は、
「ブ」を「ヴ」と表記する手法に象徴されます。
(例「ヴォリウム」「マーヴ」「ナイーヴ」)

そして、あふれかえる「食事」「ジュエリー」「旅行」。

いったいこの江國的世界の物質的富はだれが生産しているのだろう、
と苦笑したくなります。
いや、わずかに財貨を生産する描写が出てきます。
ジュエリーの工房でアルベルトが宝石づくりをするシーン。
なるほど、江國的世界で唯一生産されているものとは、宝石なのです。


これを、現実の豊かさを切り捨てた絵空事とみれば江國ギライとなり、
美しいものだけを抽出した一幅の絵とみれば江國ファンとなるでしょう。
偶然にも、ちょうどぼくが貸した宮部みゆきとは好対照をなしています。

また、主人公たちの「順正」「あおい」という筆者たちに似せたネーミングは、
一種のナルシシズム。美しいと思うか、辟易するか。

「読みが浅いねぇ。そういう非現実感をしつこく描写することで
 記憶の現実感のほうが浮かび上がるんじゃないか。」

というコメントには、ほかの江國の作品を読んでいないから判断ができません。
たしかに、堕胎を問題の中心にすえていることをみると、
この作品が絵空事などではなく、現実の重さを、
きちんと引き受けているとふうにも見えます。、
ぼくがそれを読み解けぬアホのような気もしてきます。

いずれにせよ。

宮部的世界と江國的世界、どちらがいいとか悪いとかいうことはありません。
とにかくぼくはぼくなりに堪能しました。こんな世界もあるのだ、と。


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