雁須磨子『ファミリーレストラン』
『間抜けには向かない職業』


ファミリーレストラン間抜けには向かない職業  雁須磨子、毎月のように違うところから本が出ている。
 いいね。いいことだ。

 最近、漫画の単行本を買うとき(1)ぜひ買いたい、買わいでか、(2)まあ一応おさえとくか、(3)選択肢が他になくやむをえず、(4)ジャケ買い、の4種にわけたとき、ぜったい(1)が減っている。(1)だったものが(2)になっていって、買わなくなるパターンも少なくない。

 そんななかで、雁須磨子は(1)である。いま、読みたくてたまらないという作家の一人。


 この間、世の中の蘊蓄漫画や解説漫画を読んでいたせいもあって、取材事実とストーリーが分離したままのものに食傷気味。取材はいっぱいして業界の面白い話もけっこう仕入れてきたんだろうけど、それをストーリーがご説明するという、ストーリーがそえものになっている漫画さ。

 そこへいくと、雁の漫画はいい。
 別に雁は蘊蓄漫画を描いているつもりはないのだろうが、『ファミリーレストラン』は「ファミレスのまんが」(雁)だし、『間抜けには向かない職業』は探偵事務所の漫画だから、乱暴に「職業もの」とでもいうべきものに分類できるだろう。
 ファミレスの労働や探偵の労働をしっかりと書き込みながら、しかし、ぼくらはそういう「○○の労働について」というようなものを漫画つきで読まされているのではない。かといって、大ドラマの舞台がファミレスであり、探偵だったという感じもしない。ドラマを盛りあげる小道具つうわけでもないのだ。
 実にシームレスに、ある普通のひとの日常を読んでいて、それがたまたまファミレスのウエイトレスだったとか、探偵だったという、そんな感じ。

 完璧に日常と職業が一体化している。

 これは、雁の自衛隊漫画『どいつもこいつも』を読んだときも感じたことだ。解説ものとか、紹介ものとか、蘊蓄ものとか、そういう取材の痕跡が完全になくなる。そして、あまりにほげほげした日常に一体化していくのだ。かといって、女性漫画がよく描くような「女性の生きざま、人生としての労働・職場ドラマ」というわけでもない。やはり、生きざまではなくて、「ファミレス(のウエイトレス)」「探偵」という職業のほうに照準が合わせられている気がするのだ。

 雁の最新作『連続恋愛劇場』や『ピクニック』『じかんはどんどんすぎてゆきます』あたりは、そのほげほげした日常をほげほげ描いていて、なんかそういうタッチというのは一見すると「職業もの」には向いていないかのようである。「職業」を描くというのは、つい解説漫画や蘊蓄漫画を連想してしまうので。

 だが、雁の漫画には、ウエイトレスによせ探偵にせよ、日常・現実にはそのような姿をしている、と思わしめるリアリティがある(本当のところはどうかしらないけど)。蘊蓄漫画特有の分離感がなく、日常と一体化しているのが雁の「職業もの」だ。
 そのリアリティの源泉となっているのは、ゆるゆるの絵と、フキダシの外や欄外にかかれる手書きの「ひらがな」だろう。

「(集中力にまるでかけるようす)」
「それただのノーパンきっさじゃん」

と、「ようす」「きっさ」がひらがなになるだけで、もう抜群の脱力感がある。

 『ファミリーレストラン』のひとつの話のなかで、座席に陰毛がおちている原因を話していたウエイトレスたちのおしゃべりが「ノーパン」におよんで、過剰に男の店長が反応してしまったために、店長の頭のなかでノーパンについての妄想が広がっていくという話がある。
 これなどは、その妄想の拡大ぶりが、あまりに「日常」っぽくて、たいへんいい(ノーパンがいい、という意味ではない)。
 セリフも練られていて、なぜだが、こんなくだらないセリフがぼくの頭を回り続けている。

「ちょっと店長! いつまで清掃入ってんですか! 待ってますよ人! てゆーか今コミコミですよフロア!」
「ムッツリだよ! やっぱあのオヤジ もーじーっと岩さんの方ばっか見ちゃって! めくれんの待ち! どすけべなんだからさー だーれが パンツなんか脱いでるかっていうの!」(ぎゃはははは、という嘲笑)

 この「てゆーか今コミコミですよフロア」というセリフと、「めくれんの待ち!」というのが絶妙だと思う。日常的なセリフっぽそうだが、それを創作のなかにたくみにもちこむというのはセンスがいる。しかも高度な。この絵とセリフによって、つぎめのない職業と日常の物語をぼくらは雁の手で読むことができる。


 というわけで、雁にはこのような絵とセリフという強力な武器がある。この武器があるがゆえに、もっともっと「職業もの」をやらせたら、いい仕事をするのではないか。







※『どいつもこいつも』の感想 

『ファミリーレストラン』 太田出版
『間抜けには向かない職業』 幻冬舎コミックス
2005.8.25感想記
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