丸山俊『フリーター亡国論』


 さいきん「人力検索」系サイト(誰かが質問し、みんなが勝手に答え、いい回答を質問者が選ぶ)がふえていて、それを読んでいたとき「フリーターになる人って甘えていないでしょうか?」という質問があった。回答者がけっこう賛意を表していたのには驚いた。おそらく回答者たちの中には派遣や契約・請負の社員もいるに違いないだろうに、と思ったからである。
 また、別の質問では、「派遣とは、『フリーター』を良く聞こえるように言い換えているだけなのか」と聞いているのに、「全然違う!」「契約などがまるで別」などと猛然と反論回答している人がけっこういた。

 こういう人々は、内閣府が派遣や契約社員もフリーターに含めていると聞いたら「ショック」を受けるのだろうか。いわゆる「非正社員」は内閣府の調査ではほぼ「フリーター」に含まれる。

 丸山俊『フリーター亡国論』は、まず「フリーター」像を精確に措定するところから始める。これは重要な作業である。もちろん、統計や理論をあつかう本では必ずその作業はおこなわれるのだが、これにページを一定割いていることが大切なのだ。

 たとえば、うちの親は、フリーターが「あそんでぶらぶらしている」というイメージでとらえる。別の人は、アルバイトなどで糊口をしのいでいる人だと見る。さらに別の人は、派遣まで含める。
 フリーターという存在をめぐってその是非が侃々諤々議論されるわけだが、市井ではイメージをお互いに食い違わせたまま論争していることがある。これでは永遠に話が交差しない。
 また、もっと本格的な話としても、「対策」を練る場合、対象にしているフリーター像を、たとえば地方によってしっかりと見極めることが大切になる。丸山は本書第1章で、「フリーター社会のピラミッド」としてフリーターを「スペシャリスト」「低賃金労働者」「失業者(求職中)」「ニート」に分類する。年齢構成や出身学部も調べるが、とくに興味深かったのは、地方ごとの特色で、東京のように「非正社員」のフリーターが多い地方と、高知や奈良のように「無業者」フリーターが多い地方があるということである。意外にもわが出身県・愛知はフリーター率が最下位クラスであり、「自動車産業などのように産業が高度に集積している」ことが原因として指摘されていた。
 東京の対策は、サービス業などの受け皿が多いので雇用一般の受け皿ではなく、非正社員の労働条件対策が重要になってくることになる。また東京では新卒者のフリーター率が高く、逆に言うと、あまりフリーターという層に滞留しない可能性が考えられるのである。
 丸山がこのように、初歩的な作業ではあるが、統計を使って、ていねいに分類を重ねていく中で、「フリーター」はぼんやりした概念ではなく、具体的な“顔”をもってぼくらの意識にのぼってくることになる。

 丸山の認識のなかで、一番のポイントとなるのは、「フリーターの高齢化が進んでいることから判断して、一度フリーターとなった人はフリーターから脱け出しにくいということが言える」(p.84)という点であろうと思われる。フリーターはキャリアの形成が難しく、職業能力蓄積が困難で、企業が正社員にとりたがらないのだ。
 なぜこの事実――フリーターがフリーターを脱出できない――が全体のポイントといえるのか。
 すなわち、フリーターが一時のモラトリアムではなく巨大な層をなし、あとでのべるようにフリーターを社会の中で大規模に再生産し、社会を二極化していくカギとなる事実認識だからである。本書の「おそろしさ」はフリーターが一部の層にもはやとどまることなく、社会を構成する二大階層として形成されていくという認識につながることである。

 丸山はある条件を設定して2050年の日本社会をシミュレートしているが、このままでは若年層の2人に1人がフリーターになるというのである(現在は5人に1人)。
 これはむしろ甘い認識とさえ言っていい。
 すでに総務省厚労省は、2004年現在で、労働者の「3人に1人が非正社員」であるといっているのだ。しかも月収20万円未満が8割だという。「90年代後半以降、リストラや若年失業の影響もあって所得格差が急速に拡大している(丸山2003)。しかも、一度フリーターになってしまうとなかなかそこから脱け出しにくいことから、若者の間に頑張ってもどうしようもないという雰囲気が蔓延し、格差が大きく移動が小さい閉塞的な社会に少しずつ向かっているようにも見受けられる。こうした傾向が行き着く先が、フリーター版『アリとキリギリス』の結末である閉塞的な二極化社会である」(p.92)。



 3章の「フリーターの暮しぶり」は統計数字がただちに役立つ。
 若年(15〜34歳)正社員の平均年収が384.5万円、若年パートタイム労働者が105万円、フルタイムのフリーターを入れると140.4万円で、いずれにせよ、大規模な収奪が資本によって行われているのが即座に見て取れる。
 4章「フリーターが増えるとなぜ悪いのか」では、それが税収や消費にもどんな影響をあたえるかというマクロ的な試算もおこなっている。

 ぼくが一番興味をひいた事実は、この章にある、ソフトバンクの話である。
 「ヤフーBB」を展開するソフトバンクBBでは、04年度に4500人の大量の正社員採用の予定を発表した。「正社員を増やす理由について、同社の孫正義社長は『正社員の1日当たりの顧客獲得率が派遣社員の4倍であることから、派遣社員のほうが正社員よりもコストが高い』ことを挙げた。さらに、孫社長は、正社員は不況期でも雇用調整が難しいなどのデメリットがあるが、『忠誠心(ロイヤリティー)を高め、中長期的な生産性を高めることができる』とも述べ、これまでの非正社員化という同社の人事戦略を大きく軌道修正した(毎日新聞04年5月11日朝刊)。……人件費の削減は企業に目先の利益をもたらすが、生産性の低下に気付かずにいると逆に利益が損なわれている可能性がある」。
 丸山は、フリーターのほうが正社員よりも意欲がある場合があることを認め、それゆえに固定的な正社員制度と年功序列・終身雇用システムを非難するのであるが、それはおいておいて、彼は、もともとフリーターなどにまかせてもよい部門から雇用流動化ははじまったのだが、いまやすべてにそれがおよび、そうしてはいけないような分野にまで広がってきてしまったと批判する。

 このあと丸山は、フリーターに代替したとき削減できる人件費と、フリーターによって損なわれる生産性を比較している。乗数効果も計算にいれると、フリーターが正社員とくらべて少なくとも80%の生産性を発揮しないと割にあわない、という試算になっている。投資などを企業がせずに、今のように内部留保にまわしている経済では、実は正社員なみに働いたとしても、マイナスの効果しか出ないというおどろくべき試算結果まで載っている。
 まさにここに合成の誤謬が働く。

 しかし、丸山の出している結論は、かなりきわどいものである。
 丸山は、フリーター個人の意識も問題としつつ、社内教育もせず、正当な評価もおこなわず、若年労働力を使い捨てる企業の姿勢を問題視し、「社会全体で考えてみると欠かすことのできない低賃金労働力としてフリーターの存在意義を生み出している企業側の理由の方が大きいと言える」(p.161)としているのだが、その解決策は「二重構造の片側としての正社員をなくしてしまえばいい」(p.172)というものである。おいおい。

 むろん、丸山は主観的なまじめな意図から出発している。
 丸山の「正社員」イメージには、日本型の終身雇用・年功序列と結びついた、硬直した制度のイメージがある。丸山は「フリーターのキャリアや待遇、保障といったものを正社員のそれにできるだけ近づけるようにしなければならない。フリーターを使い捨ての労働力としてではなく、フリーターの能力を高め、労働に見合った対価の支払いをする必要がある」(p.171)とし、他方で正社員は自分の地位に安住していて正社員というだけで何もしない人もフリーターの3〜4倍の賃金をもらっているのはおかしい、というのだ。
 丸山は、正社員制度を破壊し、雇用をすべて流動化し、客観評価にもとづく成果主義を発展させれば、自由な働き方と適度な企業忠誠心、競争が確保されるとみる。

 もう10年も前になるが、高校時代の友人に会った時、選挙をどこに入れるかという話になり、話の流れで雇用の流動化について論争になった。友人は、「終身雇用や固定した正社員制度がなくなり、どこでも自由に動ける社会の方がいい」といった。ぼくは「実際には、1億総低賃金バイトになる」と主張した。友人はまったく、頑として折れず、ぼくは精魂尽き果てた記憶がある。
 ちょうど日経連の報告が出て、雇用の大規模な流動化が始まったころである。
 それから10年。
 現実はどちらとなったか。
 
 それを思い出した。

 丸山はシンクタンク(UFJ総研)につとめる26歳の早大出の若きエコノミストであり、おそらく友人にもフリーターがいるのであろうと推察できる。
 しかし、この丸山が描こうとしている「正社員制度破壊」構想は、ほとんど紙一重で、「1億総フリーター」状態へと導いてしまうのではないかと危ぐする。

 ぼくは単純に年功序列や終身雇用に手をつけてはいけない、というつもりはない。だが、丸山がひいたソフトバンクの例やフリーターの極貧ともいえる給与をみれば、(1)底上げした賃金(2)人並みの社会保険(3)正社員なみの待遇と権利(4)責任をもった企業による教育、などをきちんとしなければならないと考える。成果主義を加えるとしても基礎に見通しのつくような生活賃金を保障しなければ、事態は同じである。けっきょく資本側が痛みを引き受けずにフリーターも正社員もふくめた人件費の総コストを変えない、もしくは切り下げるつもりなら、丸山の提案は、「1億総フリーター」状態を呼び込むもの以外の何者でもない。

 丸山は最後の最後でオランダモデルを紹介し、パートとフルタイムの均等待遇を実現したオランダでは、パートは低賃金でやむを得ずおこなうものではなく、自由な時間を楽しむためのものとなっている、とする。EUの指令などもちゃんと紹介されている。
 オランダそのものの例は別としても、EU指令のような労働者の権利が確立されたうえであれば、丸山の提案は一考に値する。
 しかし、今現在「正社員制度をなくせ」というフレーズは、財界が垂涎しているものであるだけに、まったく別の効果しかおよぼさないであろう。

 ここまで読んでおわかりだろうと思うが、本書のタイトルは「フリーターが国を亡ぼす」という議論ではなく「若年労働力を今のようなフリーター扱いをしている社会は国が亡ぶ」という議論である。
 結論にだけ気をつければ、いろいろと役立つ1冊である。



ダイヤモンド社
2004.8.27感想記
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