真面目でふまじめなアンケート


 あなたは、街頭アンケートに応じるほうだろうか。

 Q社の街頭アンケートに応じて、ビルの1室に連れ込まれ、そこで質問に答えると500円相当の金品がもらえるので、ぼくは必ずそれについて行き、答えるようにしている。Q社とはどこの社かわからんだろうから、よい子はマネしないように。

 きわめて真面目な商品リサーチで、住所も名前も聞かれない。
 15分ほどで終わる。


 だいたいは、街頭でプラスチックのシートをもったおばちゃんが、キャッチをやっている。ぼくは声をかけられやすいように近づいてヒマそうな顔をしているのだが、まったく声もかけるそぶりもみせないときは、調査対象が違うのだとわかる。「10代女性、化粧品のアンケート」みたいな。

 で、その日はまんまとおばちゃんが、ぼくに声をかけてきた。

 500円相当の金品にありつくには、第一関門がある。

 ビルに連れ込まれる前に、予備アンケートがあるのだ。これに沿わない回答を返すとアウトになる。
 こちらも必死なのだが、パートで雇われている然のおばちゃんのほうも大変だ。できるだけ、適合するモデルを探して、ノルマ数をこなさないとたぶん金がおりないのだろう。餓鬼のように、前屈みになって適合モデルをうつろな目で探している。

 500円金品をねらうぼくらと、早く仕事を終えて報酬を手にしたいおばちゃんたちとの間に、あうんの呼吸がうまれる。おたがいに適格者たらん(たらしめん)と無意識に努力しあうのだ。
 
 この日はシェーバー、すなわち電気ヒゲソリだ。
 まず年齢。「30代」と答える。セーフ。「20代」とか答えていたらダメだったかも。
 つぎに、利害関係者でないことの証明。市場調査会社やシェーバーメーカーの社員とかはダメ。これも難なくクリア。
 さて、次は難しい。どのメーカーのヒゲソリを使っているか、という問いだ。
 正直に「X社」と答える。ドキドキ。
 これもセーフ。

 これでほぼ第一関門を通過したように思われた。

 ところがである。
 「いくらぐらいの価格のシェーバーを買うか」という問いが最後にのこっていた。
 ぼくはこの問いでふるい落とすことは絶対にないと確信した。
 ここまで狭めてしまったら、市場調査などはできない、とふんだからだ。

 ア.5000円未満 イ.5000〜8000円 ウ.8000円以上

 何の気なしに「まあ1万円くらいっすかね」とあて推量の数字を口にしてしまった。
 そのとき、調査のおばちゃんの目が妖しく光った。
 「1万円、ですか」
 おばちゃんは注意深く続ける。
 「1万円。1万円、ってことは、現実には1万円という定価のものを買う人はいませんよね。まあそうですね、実際には8000円くらいで買いますよね
 おいおい。
 おばちゃんは荒技に出た。
 1万円定価の商品の実勢価格は8000円だ、と。何を根拠に。
 そこはあうんの呼吸。
 ぼくも「ええ、まあそうですね」と目を泳がせながら応じ、おばちゃんは「じゃあ、まあ、だいたい5000円から8000円の間ってことで……」と強引に適格者のなかにおさめてしまったのである。


 連れ込まれたビルの1室。ブースになっており、その一つへ入れられる。
 そこには、なんと10種類もの電気ヒゲソリが並べられている。おおむね3社。
 この10種類にそれぞれ、性能や特性の説明がついている。

 さて、ブースに入ってきたおばちゃんは、矢継ぎ早にぼくに質問をあびせる。
 おばちゃんは不馴れなせいもあってか、ひどく要領が悪いうえに、締め上げるように急がせる。

 しかし、おばちゃんのせいではなく、質問が根本的にひどい。
 「この10種類のなかで気に入ったものにぜんぶ順位をつけてください」
 「この10種類のなかで買ってみたいと思ったものにぜんぶ順位をつけてください」
 「この10種類のなかで……」

 この種の質問がくり返される。
 どれも同じようなモンにしかみえないのに、順位なんかつけられるわけねーだろ。
 6位と8位に意味のある差異なんて見えねーよ。

 「どれも同じに見える」という選択肢もある。
 しかし、それを選んだら、「ここでアンケートは終了です。ご苦労さまでした」と言われるのではないかと思い、とても選べない。ブースまでつれてきてまあそれはないだろうとは思うのだが、先刻のこともあり、一抹の不安がよぎる。
 ラベルの能書きなんか、読んでるヒマはない。
 おばちゃんの要領の悪い質問に追い立てられながら、ぼくはやむをえず、頭の中ででっちあげの基準をもうけて順位をつける。そうすると、回答全体に整合性がえられるからだ。J社製の商品(3)が一番いいと仮定して、降順をつけていく。一度そう思えると、なんだか愛しく思えてくるのだが、そこはそれ、脳内麻薬で一瞬の幻覚をみているだけだし。

 理由も「形がいいから」と答えると、しつこく「それは具体的にはどういうことですか」とツッコまれる。「人間工学を応用した、手になじみやすいフォルム」とかいきなり商品広告チックな形容をするのもなんだか場違いなような気がするし、かといって、そういう言葉を排するとにわかに言葉が浮かんでこない。
 苦し紛れにデタラメを答える。

 15分たって、やっと解放される。
 今回は、もうかなり強引なことの連続で、どっと疲れた。

 けっきょく、ぼくは電気ヒゲソリの売り場にいったら、何を基準にするのかと後でじっくり考えてみたのだが、古びた近代経済学の経済人モデルよろしく、ほぼ価格だけをシグナルにして商品を選択するだろうなあとぼんやり思った。なんてふまじめなアンケートであり、ふまじめな被験者なのだ。

 今日の教訓はこれだね。
「調査担当者は顧客の態度を明らかにすると約束するかもしれませんが、態度が行動につながる保証はありません。発言と行動が違うのはよくあることです。なぜそれを買ったかと尋ねても、返ってくる答えは正確ではなく、役にも立ちません。だからフォーカス・グループによる調査は、時間やカネの無駄なのです」

(ジャック・トラウト『大魔神ジーニーが教えるマーケティングの極意』高遠裕子訳/阪急コミュニケーションズ)

 
 


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