美内すずえ『ガラスの仮面』42巻


 すでにあちこちでツッコまれまくっていることですが、桜小路クンが携帯電話を使っております。
 ぼくも使っていないのに…。

 42巻を開いた当初から「これって、携帯とかネットとか、そのあたりどうなるのよ」という不安とも期待ともつかぬ気持ちで読みはじめたわけですが、携帯がたんなる装飾の小道具に限らず、問題のカギをにぎる中心に登場し、度胆をぬかれました。

 独り芝居で「失恋レストラン」が歌われる時代に、携帯とはこれいかに。

 1巻ではマヤが住み込んでいた中華料理屋(およびその隣家)でテレビに「まわすチャンネル」がついていたのであるが、42巻では姫川亜弓はリモコンでテレビを消していた。そのへん、やはり金持ちは違うってことかのう。

 遊園地での桜小路とデートするマヤの、

 「もーっ! 桜小路くんたらーっ!

というセリフも、21世紀的にはどうかと。

 当漫画の熱狂的なファンである、ぼくのつれあいは「いいんだよ。この話は、地球上の話じゃないんだから」と言っていたが…。

 そう。ドラマとは彼岸の物語である。読んでいる最中、ぼくらは自分が何者であるか、ぼくら自身がどんな生活をしているかも忘れ、「かの世界」へのめり込んで主人公と一体となって懊悩し、あるいは歓喜する。それが虚構だ。ドラマだ。さながら稽古に夢中になる北島マヤのように。
 だから作者はトゥリビャルなものには煩わされないでほしい。そんなものはリアルでも何でもないのだ。よけいな気づかいせずに、1970年代の話として堂々進めるべきである。

 でも一言いわせて。
 寝ながらバイク二人乗りすんなよ!
 死ぬよ。まじで。


白泉社 花とゆめコミックス(以後続刊)
2004.12.19感想記
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