漫画イ・ユジュン 原作イ・ヒョンソク『軍バリ!』



軍バリ! 1 (1)  うむ、面白かった。
 ルポとしての面白さだ。

 甲斐性なしのダメヲタクの韓国青年が、「国民皆兵」である韓国の徴兵制によって軍隊に入る話だ。
 漫画としての手法はいたって単純で、日を追って体験することを順番に描いていく。これが功を奏している。日本の読者は、主人公キム・ジンの入隊を少し高い上空から観察するように、韓国の徴兵制というものを理解していくことになる。非常にわかりやすい。

 入隊におびえてネションベンをするキム・ジン。水着のキャラのフィギュアを「わーっかわいい」と愛でた直後に「クソー! 女のコはいいなぁ 軍隊に行かなくていいんだもん! 父さん 何で僕を男に作ったんだよ!!」と泣き崩れるキム・ジンの様子は、「もしもいま日本に徴兵制がしかれたら……」という設定にほとんど近いものがある。この段階で、日本の読者は「まったくの異国の話」という気がしなくなるだろう。

 突然外部と遮断され、軍人として徹底して教育をされはじめる入隊の日。
 家族が返ったとたんに豹変する軍教官たちの恐ろしさを、日本の読者も味わうことになる。

 実弾を装填しての射撃訓練。防毒マスクを外して体験する毒ガス。自分が軍隊に入ると一体どんなことが待ち受けているのかを、まさに順々にこの漫画は追体験させてくれる。

 ぼくは、「自分が実際にその訓練をやってみたら怖いなあ」と思ったのは、毒ガス(催涙ガス)体験もさることながら、手榴弾の投擲訓練だった。
 実弾射撃の場合は、引き金さえ引かなければという「安心感」があるけども、手榴弾はまずもって少し扱いをしくじるだけで爆発し、確実に大ケガか命を落とす。しかも、投擲の訓練をするには、安全ピンをはずして、しかも一定の秒数を自分で計って投げなければならないから、まったくカンがわからなければ、あるいは何かの事情でしくじったらそのままアウトではないかと想像してしまう。

 そして、主人公は、実際その場で大しくじりをやらかしてしまうわけで、「うわー自分もやりそう」などと思ってしまった次第。

 ぼくは「主人公キム・ジンの入隊を少し高い上空から観察するように」とさっき書いた。この漫画を読んで「自分だったら…」というふうには思っても、キム・ジンに感情移入して一体化してしまうことは多分ない、という不思議な漫画である。
 作者の視線(疑似カメラ)はずっとキム・ジンを追いかけているので、ぼくらはおそらく物語としてキム・ジンに入り込んでしまうということがないのだ。
 ウンチク漫画でもない。
 そう、これはテレビドキュメンタリーを観た時の、あの感じだ。
 キム・ジンという1人の人物のドラマを追いかけながらも、NHKドキュメンタリーが1人の人物をドラマチックに追いかけるときのような、「第三者」視線でぼくらはキム・ジンを眺めるのだ。

 それがルポとしては幸いしている。

 この漫画では軍隊の主張が強く語られる。

「バカ野郎… そんな簡単な事も分からないのか?
 オマエらじゃないとすると…
 この国は… 誰が守ってくれるんだ?

 今まではオマエらのお父さん 兄貴 先輩たちが
 この国を守ってくれたんだ!
 そして今度はオマエらの番が回ってきただけだ!
 それが嫌か?
 オマエらはタダ乗りしたいのか? ああん!?」

 なぜ自分たちがこんな過酷な訓練に耐えねばならぬのかを主人公が教官に問うたとき、教官が返した言葉だ。
 宮台真司の「弟子」だという、原作を書いたイ・ヒョンソクが巻末に宮台との対談を載せているが、そのなかでイは、自分を「右寄り」の人間だと称し、上記のような「市民としての義務」について強く主張している。
 しかし、佐藤秀峰『特攻の島』とちがって、ぼくがこの漫画を一切の不快感なく読めるのは、先ほども述べたように、この漫画が醸し出している「第三者視線によるドキュメンタリー感」のせいだ。こうやって主張している教官の「熱い言葉」でさえ、テレビで放映されているドキュメンタリーを見ているようで「ははあ、韓国の軍人はこう考えるわけねー」というような距離がおけるのである。

 イはもともとミリタリーマニアだというのだが、彼自身は「戦争には徹底的に反対」だとのべる。彼は軍隊を体験することで「ミリタリーマニア」として夢想する戦争と、現実の「軍隊」のギャップを痛感し、「違うな!」と思ったという。宮台がそれをフォローして、そのリアリズムが過激な国粋主義を防止しているのだという。

 これは宮台が事態をキレイに描きすぎだろうと思う。
 ぼくは、日本の右派のように、韓国民が一律に「過激な国粋主義」になっているとはいうつもりはないが、「徴兵制が軍事的リアリズムを持たせる」というのは、戦前の日本を見てもありえないことだ。経験は時として経験を絶対化する。

 だが、このことはこの漫画の「ルポ」としての価値をいささかも傷つけるものではない。
 巻末のおまけ漫画で「徴兵をされない人」はどういう人か、なども書かれており、そのこともふくめて、青春期に徴兵をうけることが、韓国の国民の間でどう受け止められているかがよくわかる。一読の価値がある漫画だ。

 なお「軍バリ」とは、軍人にたいする蔑称である。






講談社ヤンマガKC
1巻(以後続刊)
2006.5.16感想記
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