萩尾望都『イグアナの娘』




 テレビドラマにもなったから、この短編マンガを知っている人は多いと思う。

 自分の生んだ娘がどうしてもイグアナにみえてしまい、愛することのできない母。次女は人間にみえるので、自分の子として愛らしく思え、長女をずっとうとましく、いらだたしく見ている。
 長女は、自分が母親に愛されていないこと、妹と比較して「みにくい」と規定されつづけていることに、悩みつづけ、コンプレックスをもちつづける(ほんとうは美人なのだが)。

イグアナの娘 (PFコミックス)  そんな母親に長女は誕生日プレゼントをおくるのだが、「またムダづかいばかりして!」と憤然とし、店に返してこいと怒鳴る。うとまれつづけていた娘が、それでも母親への健気な愛をしめそうとするのにそれを邪険にあつかう??こういう設定にぼくはどうもよわくて、ついほろりとしてしまうのだが??そのとき、長女は「あたしはイグアナだから、ママはあたしがキライなんだ」と泣く。
 それを聞いた母親は色を失い、「二度とイグアナなんていうんじゃありません!」と叫ぶ。
 それは、自分が長女を愛していない本質を、容赦なく暴かれたからである。

 長女は結婚して子どもを生むのだが、こんどは母親のように人間の姿をした子どもがうまれる。それがこんどは長女が子どもを愛せない理由になってしまう。

 物語の結末は、ぼくの予想を、いい方向に裏切った。(以下、ネタバレあり。御注意)結婚した長女が、母親の死のしらせをきいてかけつけ、母親の死に顔をみたら、イグアナだった、というのである。
 ぼくは、長女が人間にもどるのだろうとおもっていた。
 しかし、長女は最後までイグアナでありつづけ、母親もまたイグアナだったというわけである。
 長女は、母親の苦しみを、母親もまたイグアナだったのだということで共有しあい、母親と「和解」し、自らの苦しみを浄化して解放される。


年配者でも楽しめる度★★★★☆
2003年 1月 21日 記

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