高校生に全面敗北・完全屈服した橋下知事



 共産党の党大会で志位和夫が討論をまとめて「結語」を述べているのがYouTubeで見られる。

 そのなかで、ふと「大阪の高校生に笑顔をくださいの会」の高校生たちが大阪の橋下徹府知事とおこなった論戦の記録を読んで志位が感想をのべている箇所があることに気づいた。

「議事録を読みましたが、高校生たちの圧勝です」

 この「橋下知事vs高校生」の論戦は、インターネット……というか2chで話題になったことがある。

痛いニュース(ノ∀`):橋下知事、高校生相手にマジ反論。“自己責任”に女子高生号泣…私学助成削減めぐる意見交換会
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1186237.html

はてなブックマークのコメント
http://b.hatena.ne.jp/entry/blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1186237.html

 なんか、“ワンサイドゲームで女子高生が追い詰められて泣いた”みたいに思っているコメントが多いんだが、議論全体をみると、実はそんなことはない。

運動側が書いた議事録
http://www.daikyoso.net/wp-content/uploads/2008/11/bw-uploadsi7sjupjtjpacxo2cjvqqtolmlsqsa4kpgucucgrm.pdf

 現状でさえ教育の機会均等が破壊されている点を、高校生たちにくり返し追及されて橋下が次第に苦しくなっていく、といった感じの方が、印象としては強い。高校生が泣いたのも追い詰められてではなくて、答弁があまりにひどいために、実態に思いが及んで泣いた、という感じなのである。

 逆に、ついに橋下が“文句があれば日本から出て行け、お前が政治家になれ”的なことを口走ってしまったのは、高校生相手の政治家の議論としては「詰み」であろう。“おれは選挙で選ばれたんだから文句言うな”的なセリフについていえば、最近、鳩山センセの口から似たような言葉を聞いた気がするのだが。

 ちなみに、“橋下が「GDPとは何か」と聞いたのに、答えられなかった「ゆとり」ども〔「ゆとり教育」の結果、必要な知識が身についていない若者たち、という意味の蔑称〕”みたいなのも2chの書き込みに出てくるが、上記の議事録をみると、GDP定義を聞いているんじゃなくて、「大阪のGDPがいくらで、 ベイエリアにどんな産業が来るか、 分かっているか」という橋下の逆ギレ質問に高校生が答えなかったというだけの話のようである。「ゆとり」云々を問題にするなら、「『大阪のGDP』というものはありません。GRPじゃね?」と橋下に突っ込んでやれよw

 高校生たちの行動は、橋下知事の私学助成削減案にたいする要請である。もちろん、高校生たちは私立高校の「経営」など心配して要請をおこなったのではない。単純な経常費補助ではなくて、学費のために私立高校に入れずに、高校教育を受ける機会を奪われている現実があるから、そこに対する公的支援として私学助成を削らないでほしい、という要請なのだ。

 橋下の回答のエッセンスは、“義務教育までは学ぶ権利は保障されるが、それ以降で国や自治体ができることは公立校の整備であり、それに入れなければ自己責任”ということになろう。2chやはてなブックマークで橋下に同調している連中もこの論理に喝采を送っているのである。
 とくに、橋下は冒頭で財政が苦しい中でそのようなことはできないという論理を使っている。

 そもそもこの論理でいってしまうと、私立高校への助成そのものが税金のムダ遣いということになってしまい「私学助成はゼロじゃないでしょ」という橋下の反論はブーメランになって自分に返ってきてしまう。もともと橋下の論理には無理があるのだ。

 まあでも、ぼくが今日言いたいのは、当日の「橋下vs高校生」の議論の状態が圧勝だったか完敗だったかということではない。その後の経過がすごいと思ったのだ。

 結局私学助成削減はその年は押し切られてしまったのだが、そのあとで、驚くべきニュースが入ってきたのである。
 大阪府が私立高校の生徒に対して、年収350万円以下の世帯については無償化をするという方策を発表したのだ(09年10月)。あれっ!? これはモロにあの高校生たちの主張じゃないんですか!? 橋下さん、義務教育以降は自己責任であり、府財政が厳しい現況でそんなところに税金を回せないんじゃなかったの!?

大阪府が私立高校一部の授業料を無償化へ - イザ!
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/localpolicy/318126/

私立高校の授業料無償化を明言 橋下知事 - 大阪日日新聞
http://www.nnn.co.jp/dainichi/news/091112/20091112020.html
〈橋下知事は記者会見で「学校経営者ではなく子供たちに対する支援というお金の使い方に切り替え、大阪に住めば、公立高でも私立高でも無料で行ける制度に向けて一歩ずつ階段を上がっていきたい」と話した〉

橋下府知事が公私立高校無償化に挑戦 - スポーツ報知大阪版
http://hochi.yomiuri.co.jp/osaka/gossip/topics/news/20091103-OHO1T00095.htm
〈橋下徹知事(40)は「教育は行政として一番力を入れないといけない施策。ものすごい財源が必要になるけど、夢の公私立、実質無償化に挑戦していきたい」と語った〉

 この経過は、橋下の完敗、高校生たちへの全面屈服思想的拝跪とでもいうべきものであろうwww
 いや。本当は橋下はこういう教育の機会均等を重視する思想の持ち主だったのかもしれない。
 しかし。
 しかしである。あえて高校生たちの壁になって憎まれ役を買って出たんだよ! 彼らの成長のために! 高校生たちが退出した後、独りあの会議室で「すまん、みんな……」と頬を濡らしていたのは他ならぬ橋下徹その人だった……
( ;∀;)イイハナシダナー

 ぼくは大阪府に電話してみた。
 担当部署につないでもらって、「どういう感じの政策にするつもりですか」と聞いたら、担当の女性は実に活き活きと語ってくれた。自分の部署の仕事に住民奉仕の立場から愛着を抱く、公務員にとって良質な姿勢の持ち主である印象をうけた。
 こっちが「高校生と橋下知事の論戦が話題になってましたけど、あそこで知事が語っていたことと、今回の施策は矛盾するんじゃないですか。姿勢がかわったということですか」とツッコミを入れてみると、「うーん、私どもも知事がそこをどうお考えかはお答えしかねるのですが」との返答だった。まあ仕方ないよね。

 ついでに文部科学省にも電話。
 新しい教育基本法は、旧法を引き継いで次のような規定を持っている。

「すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない」

 もちろん、この「教育」は義務教育だけを指すのではない。
 単純に、一方はお金があるために私立で高校教育を受けることができるが、他方はお金がないためにそれができない、という事態が「経済的地位…によって、教育上差別され」ることそのものだという話だ。

 「いや、これはあくまで公立高校だけの話だ」——こういう意見が当然あるだろう。そこで文部科学省は一体どう考えているのかを電話してみたのである。
 実はぼくは学生時代に全学連がおこなう国会要請行動によく参加していたので、文部官僚、時には次官クラスと会って意見をぶつけることも何度かあった。「教育基本法で保障されている教育の機会均等が高学費で破壊されているではないか」というこちらの主張に「それは公立校だけの話です」などと反論された覚えはない。しかし、「これって公立校だけだとお考えなんですか」とわざわざ質問することもなかった。もちろんぼくをはじめ運動側は「公立校だけ」なんて微塵も思っていないのだから、それを否定するような答弁なんか引き出す必要はさらさらないからだ。
 そこでこの機会にそもそも文部科学省はどう法律を解釈しているのか、知っておきたかったのだ。逐条解説書をいくつか紐解いたが、明確な回答はなかったのである。もうこりゃ文科省に電話した方が早えや、と思って架電した。
 担当者は「少々お待ちください」と何やら検討したあとで、「こちらから調べてお電話させていただきます」といってぼくの電話番号を聞き出し、数時間後ちゃんと電話をかけてきてくれた。

文科省「公立校だけではございません」
紙屋「私立高校もふくめて教育の機会均等ということですよね」
文科省「はい」
紙屋「しかし、では、一方はお金があるために私立で高校教育を受けることができるが、他方はお金がないためにそれができない、という事態が起きているということは、この法規定に照らしてどう解釈されているんですか」
文科省「そのために3項の規定、『国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学が困難な者に対して、奨学の措置を講じなければならない』というものがある、と考えております」
紙屋「なるほど。では奨学金をミックスすれば基本はクリアされているという認識なわけですね」
文科省「はい」

 もちろん、現実は奨学金なんかあっても学業を断念する人が生まれているわけだけども、そういうことがここでは論争したいわけじゃなかったから、満足して電話を切った。文部科学省的には奨学金を使えば学業は断念しなくてもいいんだから、断念した人は「別の理由」と見なす、というわけなんだろうね。
 
 私立小学校のような「お受験校」とかへの入学をどう考えるのは聞いていないが、全入分の数量が公立で用意されているので、おそらく私立小学校への入学云々は教育の機会均等の問題に含まれない、ということになるのだろう。初等教育はどこかで必ず受けられるからである。
 高校の場合は、高校生のうち3割が私学であり(大阪府は4割)、私立に入れないことで高校教育をどこかで受ける機会そのものを失ってしまう問題なのだ。だから「教育の機会均等」にふれてしまう、という整理ができるのだろう。ちなみに大学にいたっては7割が私学である。

高校生「みんなに学ぶ権利があります」
橋下「ある。中学校までは保障している」
司会「憲法にはそう書いていません」
橋下「高校まで保障するとも書いていない」

 このやりとりは完全に橋下知事の負けだったというわけである。


※「財政状況が好転したからだ」という「反論」をする人がいそうなのだが、それは二重の意味で反論になっていない。
 一つは、橋下の論理は、そもそも義務教育以後は自己責任であり、公的責任は公立校だけなのだから、私立高校の入学にお金を使おうとするのは「税金のムダ」ということになってしまう。
 もう一つは、何かよほどドカンとした恒常的な収入を橋下がつくったというのなら話は別だが、結局私学助成をはじめとするさまざまな府民向けサービスの経常的支出の削減によって「黒字」をつくったのだから、また経常的な支出を増やすのは矛盾だということだ。前年度に高校生たちの要請を拒絶したのはまったく無意味だったということになる(私学助成一般ではなく授業料への直接補助が必要だったということであれば橋下はそのように議論すべきであった)。







2010.1.18感想記
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