佐々木倫子『Heaven?』

 佐々木倫子の作品は、少なくとも『動物のお医者さん』以後、尋常ではない水準にある。

 第一に、膨大で綿密な取材をしつつ、それを絶対に垂れ流しをしない。

 世の中の漫画には、材料がナマのまま、ごろりと転がっているような、料理に値しない漫画が山のようにある。昨今は「うんちく漫画」などという便利なジャンル分けがあるので、それが奇妙に許容されているのだが、多くは垂れ流しだ。ネームや解説が画面を埋めはじめるような漫画は、うんざりすることを越えて、怒りすら覚える。

 任意の巻、2巻をみてみよう。第13話「あらかじめ失われた接待」。
 ビール会社を接待する広告会社が、接待の場として、主人公たちが働く「ロワン ディシー」(フランス語で「この世の果て」の意)を選ぶのだが、店の条件が接待としては最悪であることがわかり、主人公たちが接待を影ながら成功させようと奮闘する。しかし、会話や料理、酒のタイミングも、すべてが最悪で展開し、努力は水泡に帰す。ダメを押すのが、酔っぱらってしまった広告会社の上司で、ビール会社に説教をはじめてしまう。

 この話は、実際には、接待にかかわる詳細なスキルや情報の集大成になっている。
「話を弾ませるには鍋などがよい」
「場所がらが悪く、バーなどの次の展開につながりにくい店はダメ」
「ビール会社の接待ならそのビール会社のビールやワインを出す」
「遅れを取らない程度に食べ、全然飲んでいないといわれない程度に飲む」……
 佐々木はこれを完璧に料理し、何の違和感もない、それどころか、ぐいぐいと引き込まれていくロジカルな作品に仕上げてしまっている。たしかに取材したと思えるような痕跡はあるわけだが、そのことは作品のよさを引き立てている。いわば、素材がよくわかるようなおいしい料理を食べさせられたような気持ちになるのである。垂れ流ししないどころではない。

 オーナーである黒須が、「スタッフがホストをサポートしながら一緒になってゲストをもてなす! そして楽しい食事に対するゲストの感謝の気持ちがホストに向けられるようにしむける! それが接待というものではなくって!?」といって、店員たちの努力がはじまるわけだが、これ自体は、ある意味で平凡なサービス哲学である(大事だけど)。

 これだけでは漫画にはならない。
 いや、凡百のレストラン漫画が、このていどのサービス哲学を説教して話を終えるのだろうが、佐々木は取材をして集めた事実を、よく揉んで、さらに深い切り込みをかける。

 ここでは、店側と広告会社の接待努力はすべてムダになる。しかし、最後に、接待とは別に仕事そのもので勝負すべきで、いい企画をもってきなさいとビール会社の方が声をかけて話が終わるのだ。
 黒須が途中で接待に出される料理を批判して「虚無への供物」だと皮肉るのだが、それは実はこのエピソードの基調をなしているテーマで、どのようなサービスも無に帰してしまうような食事のもち方が存在するのだという思いきった主張になっている。

 取材をしてあつめた事実に対する態度が、ことほどさように尋常ではない。多面的で動的なものの見方が、佐々木の作品を、異常なまでに高水準の作品に高めている。
 


 第二に、――第一のこととつながるが――『Heaven?』ではサービスの精神を、『おたんこナース』では医療のもつヒューマニスティックな面を、あふれるような笑いの中で、一切の説教臭さや押し付けがましさを感じさせずに表現しているという奇跡である。

 おせち料理の配り方を間違えて一件一件訪ねる話とか、客の注文に際限なくこたえていくとどうなるかという話とか、それ自体は、笑いなしには読めないほどのドタバタなのだが、そのままサービス論の裏返しになっている。

 もちろん、これは厳格な取材のうえに、信じられないような絶妙のバランスで成立しているわけで、佐々木以外には日本でできるような漫画家は、管見にして知らない。真の職人である。

 佐々木のくり出す作品が、少なくとも『動物のお医者さん』以後、まったく質を落とさずに生み出されるのは、ひとえに膨大で厳格な取材を背景にして成立する客観力だ。安野モヨコなどとちがって、もっとも自覚的にかちとられた客観力であり、稀代の職人というべきであろう。


Heaven? 1 (1)ビッグコミックス
小学館ビッグスピリッツコミックススペシャル
全6巻
2003.11.22記
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