ひぐちアサ『ヤサシイワタシ』
異常なマンガ。フツーの話なのに、読んでいるうちに、からめとられて抜けだせなくなる。ほんと、どうにかしてくれ。
さいしょは、なんともなかった。二度目は心にひっかかった。そして三度、四度と読むうちに、もがけばもがくほどクモの巣にからめとられていくようなもので、どっぷりハマッてしまった。
大学の写真サークルでの恋愛をめぐってのハナシ。
ヤエという年上の先輩とつきあうことになった主人公の芹生。
このヤエが、よくいえば自由奔放、わるくいえば自己中心的で、知ったかぶりをしつつ、自分と他人を傷つけながら生きていく女性だった。
キタナイ部室、下宿での鍋、わかったふうな議論、サークル内恋愛のどろどろ――大学のサークル的雰囲気をあますところなく活写されている(これ、大学のサークルにいたことのある人間にはたまんないわなあ。いろんな意味で)。
読者はその空気のなかで、ヤエの身勝手さをいやというほど思い知らされる。
水を出しっ放しにして部室を水浸しにしてしまう非常識さ、
人の旅行話を「貧乏自慢」とあざ笑う毒舌、
イジメをうけたから自分は強くなったのだとイジメ必要論を説く知ったかぶり、
レンズについたゴミを指摘されふくれる謙虚のなさ、
数え上げればキリがないほどだ。そういうヤエを読者は見せつけられ続ける。
そうかとおもうと、芹生の懐にとびこむような甘えをみせたりする。
ウツの気がある友人に読ませたら、やっぱりヤエにからめとられていた。
このマンガにからめとられてしまう人間は、このヤエの不器用さに、自分を見るのだろうと思う。自分が傷つかないようにするために、人を傷つけ、自尊と自虐の両極を行ったり来たりする。
ぼくはナルシストなんだろうか、最後にはこのヤエがとてもいとおしく思えてきて、自分が芹生だったら、やっぱり同じようにヤエを引き受けようとするんじゃないだろうかと思った。
マンガはあっと驚くような結末をむかえ、論争をよんでいる。ここではバラさない。
セリフまわしは、黒田硫黄とちがった意味でまた絶妙。別にそれ自体大したことないセリフなのに、あとあとまでに妙に頭のなかで回ってしまうのだ。
「できる人が、できない人にできるハズって言うのは、マズイんじゃないですか」
「ねェ、あたしに興味あるんでしょ!? だから悪いとこ言ってくれんでしょ!!」
「あんたの準備の悪さだろ! 今回はあきらめて学べば!?」
「お前はまだなんでもなれるつもりだろーけど スタートおせえだけだぞ」
「あたしの時だってなかなかハッキリしなくてね つきあう前からいっしょに旅行しちゃうし しかも やっちゃうんだよ そりゃあこっちからしかけてんだけどさ 子供つくってやろうかと思ったよ」
このしびれ薬のような危険な全2冊、興味あるかたは、心しておよみください。
『おおきく振りかぶって』の感想はこちら
採点91点/100
年配者でも楽しめる度★☆☆☆☆
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