加納眞士『ホームレスを救援する100の方法』
厚生労働省「ホームレスの実態に関する全国調査報告書」



総体を把握する難しさ


 男性の同性愛などを描いた漫画を愛好する「腐女子」について書いた杉浦由美子の『オタク女子研究』が、ネット上そこかしこで批判されているようだが、ぼくは杉浦に断定的に規定された男オタクや「負け犬」女性、モテ系女性などが怒るのかと思っていたら、さにあらず、当の腐女子自身が「こんなものは腐女子ではない」と怒っているようなのだった。

 杉浦のアグレッシブな文体ゆえにそれもいたしかたないのかと思うのだが、こうした文化の問題や社会的な問題での定義というのはいつもあいまいさがつきまとうので、杉浦が「これが腐女子だ」といえば、それが杉浦流の腐女子解釈なのだと思ってまずは受容するしかない。
 そういえば「民族とはなにか」、その定義をめぐってを学者たちが侃々諤々論議しているとき、その分野の泰斗たる高名な学者が「その人が『私は●●民族だ』といえばその人はその民族なんですよ」とスパッといいきったことがあるという逸話を思い出した。

 あるグループの実態をうかびあがらせるためには、個別の典型的な形象を追って、くわしくルポするという方法があるが、すべての人を満足させるルポはなかなか難しい。
 もっともオーソドックスな方法は、やはり統計だろう。



ホームレスには感情的な議論がつきまとう


 「ホームレス」は、その実態について、とかく議論がつきまといやすい。
 「ホームレスは好きでやっている」「ホームレスはわりと豊かだ」「ホームレスは攻撃的だ」などである。
 たとえば、細野不二彦は、『ギャラリー・フェイク』で“実は廃品の電化製品やらを蒐集し、意外とリッチな生活をしているホームレス”を描いたことがある。ホームレスとはすべて憐れむべき窮民だという常識を切る「小気味よさ」を作品に反映させたかったのだろうが、その創作態度にはいかにも70年代後半から80年代に青春を送った人種の、社会に対する自意識が透けて見える。
 すなわち、「ホームレスがまことに可哀想な人たちだ」、「福祉が必要な人は社会的弱者だ」、などといった社会的図式への不信がそこには垣間見れる。保守と革新、左翼と右翼、などといった政治図式を信じず初期オタク世代を形成した人々は、こうした図式にまずもって不信感があるのだ。
 また、こうした社会的な弱者を「救済」することに何がしかの「偽善」を感じ、ここにも不信感を抱く。
 細野の当該作品にはこうした意識が滲み出ている、とするのは穿ち過ぎだろうか。

 ホームレスについては、テレビなどでしばしば報道をみるのだが、じっさいトータルな姿はあまり知られていないといっていいだろう。
 ぼくも左翼ではあるが、左翼だからといって社会的弱者たるホームレスの実態についてくわしく知っているわけでもなく、救援活動をしたこともない。道を歩いていて、非常にごくまれに金品を乞われたりすることがあるが(しない人が多いが)、断っている。
 ネットを探してみても、ホームレスについての体験記や個別の実情を記したものはあるけども、ホームレスの実態をトータルに知れるものは、ぼくが探した限りでは、ない。



ホームレスのトータルな姿が知れる厚労省調査


 この厚生労働省が2003年におこなった調査を読むと、おぼろげながらホームレス像がうかびあがってくる。全国2163人のホームレスから調査した結果をもとにしている。

 その調査はここにある。
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2003/03/h0326-5.html

 ホームレスには3つのタイプがある。
 一つ目は、就職したいが仕事がなく野宿生活を余儀なくされている人。
 二つ目は、高齢・病気・障害などで福祉や医療が必要な人。
 三つ目は、社会的生活を嫌う人。この中には「自由」を求める人というより、借金や蒸発などで社会に戻りたくない人がふくまれている。
 この三者が混同されて話がされていることが多い。
 この三者を分けて、それぞれに合った対策やホームレスイメージを持つ必要がある。

 調査では「今後どのような生活を望んでいますか」という問い(問34)がある。
 これにたいする回答は次の通りだ。
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2003/03/h0326-5d5.html

回答項目 回答者数
きちんと就職して働きたい 1021 49.7%
アルミ缶回収など都市雑業的な仕事 138 6.7%
行政から支援を受けながらの軽い仕事 176 8.6%
就職できないので福祉を利用して生活したい 155 7.5%
入院したい 15 0.7%
今のままでいい(路上(野宿)生活) 270 13.1%
わからない 97 4.7%
その他 184 8.9%


 上記の3類型に基本的に分類され、その中間的な形態がいくつか存在していることがわかる。
 ここから、「就労支援」「福祉(生活保護など)」「社会的自立支援」という主に三つの対策が出てくる。

 問14では路上生活をする「前」にやっていた仕事、問16ではこれまで一番長くやっていた仕事を聞いていて、建設関係が4〜5割を占めている。
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2003/03/h0326-5d3.html
 建設作業にたずさわる人(「土方」「日雇」)が多いだろうということはある程度予想されるのだが、ぼくからすると、逆に半分はそうでない人なんだなあという驚きがある。「生産工程・製造作業者」「サービス従事者」がこれに次いでいる。しかも、「これまで一番長くやっていた仕事」の雇用形態を聞いた問17によれば、「日雇」は23%で、「常勤(正社員)」が56%にのぼっている。
 一律でないホームレス像が垣間見える。

 ホームレスになった理由(複数回答)をみてみると(問18)、やはりトップは「倒産・失業」「仕事が減った」で、いずれも3割台だ。これに「病気・けが・高齢で仕事ができなくなった」「収入が減った」「家賃が払えなくなった」が続いている。
 「ホームレスが生まれる理由を単純に失業や倒産、構造改革の結果とむすびつけるべきではない」という意見があるわけだが、この統計はそのあたりの議論を否定するものになっている。

 一般人からみておそらく一番不思議だと思うのは「あの人たちはどうして仕事を探さないのか」ということだろう。
 ホームレスは仕事を探していないのだろうか。
 問35では求職活動をしているかどうか聞いている。
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2003/03/h0326-5d5.html
 それによれば求職活動していないし、予定がない人は41%、求職活動している人は31%、現在していないがする予定の人は25%(「している」+「予定」で56%)だ。
 ここでも「半分」だ。なかなか微妙な数字だとは思う。半分は求職活動したりその意思があるということに驚く人もいるだろうが、やはり「していない、予定がない」人が4割にのぼるというのは、一般人からみると「多い」と感じるだろう。
 そこで問36である。「なぜ仕事を探していないのですか」。
 「疾病、障害、病弱、高齢で働けないから」が34%と理由のトップにきていることに注目する。これは福祉の手が必要な人々だ。
 ついで「自分の希望する職業を探してもないと思うから」が24%、「保証人や住民票がないと難しいと思うから」が14%となっている。
 「疾病、障害、病弱、高齢で働けないから」「保証人や住民票がないと難しいと思うから」など不可抗力的な要素が半分以上なのだが、「自分の希望する職業を探してもないと思うから」というミスマッチも少なくない。ここから、彼らが就労支援として望んでいることのトップに「自分たちにあった仕事先を開拓してほしい」(39%)がくるのである。

 ホームレスの実態が一様ではないことがこの調査から見えてくるけども、それでも急いで統一して手をうてることがいくつかあることがわかる。



ホームレス対策としてできることはなにか


 第一は、根本策として雇用の確保、つまり「仕事」自体をふやすということである。
 公共事業が批判にさらされ、かなり減少している。しかし、浪費・環境破壊などになる大型公共事業は減らすしても、保育園や特養ホーム建設、学校耐震化などの住民が必要としている公共事業は確保されねばならない。
 これらの生活密着型の小規模公共事業は、同じ予算でも、大型の公共事業にくらべると雇用効果が高い。中山徹(奈良女子大助教授)によれば、工事費5億円以上の工事では工事費100万円あたりの労働者数は9人だが、工事費が100万円〜500万円では20人になる(公共事業着工統計年度報より試算)。

 第二は、ホームレスのうち、福祉や医療が必要な部分に、それをさしのべることである。具体的にそれは「生活保護」となる。

 生活保護は、「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する憲法25条をはじめとした「生存権」を具体化した制度だ。基本的人権なので、人間が人間として生まれた以上、無条件に「天賦」のものとしてもっているとされる権利だ。
 よく「福祉の世話になる」という言い方がある。サヨのビラで「福祉の充実」と書くと「おれは福祉の世話にならん!」と息巻く人がいる。これは福祉を「施し」とか「愛」とみる考えで、それを裏返すと「税金を(より多く)納めている者は(より多く)サービスを受ける権利があり、税金を納めていない者はサービスを受けるさいにも謙虚になるべきだ」という思想になる。
 だが、福祉や社会保障の享受は無条件の人権である。何らかの事情で生活保護を受けざるをえなくなったとき、それを受けるのはまったく正当な権利で、何一つ恥じるところはない。また納税の多寡でこの問題を論じるのも、馬鹿げている。

 先の厚労省調査では、ホームレス生活中に福祉事務所へ相談にいったことがあるかという問い(問27)に、3分の1が「ある」と答えた。しかし、そのなかで「病院に入院して生活保護をうけた」が54%、「施設に入って生活保護」が21%で、病気になって病院にかつぎこまれてその費用のために利用しているのがわかる。

 いわば、ホームレス生活を脱却してアパートや公営住宅に入り、そこで治療や高齢生活を安定して送るという形で生活保護が作用していないのだ。
 加納眞士(責任編集)『ホームレスを救援する100の方法』を読むと、次のようなくだりが出てくる。

「ホームレスが自分一人で福祉事務所を訪ねるときには、まず連絡のとれる居住地が必要(福祉事務所から言われることが多い)となります」(p.113〜114)

 居住地がないから困っているのであって、ひどく矛盾した話のようにみえる。映画版「県庁の星」で、最初に野宿をしている中小業者が生活保護を求めて県庁に来るが、県庁は所轄ではないということと、居住地がないことを理由に追い返すシーンがある。
 『ホームレスを救援する100の方法』では、「困難は予想されますが」としてキリスト教会やお寺をとりあえずの「連絡先」にしてくれないかと頼み込むことを教える。相当に困難な話だ。

 体よく生活保護申請がおりたとして、受給まで2週間かかる。
 この間に「部屋探し」をしなければならないのだが、ホームレスに部屋を貸すというのは想像するだに難しそうだ。カギは保証人である。心当たりの保証人がないときは「保証人協会」というものがあるのだが、これには1万5000円(2年間毎)支払わねばならない。
 そして、不動産の審査のさいには、さらに保証人以外に連絡人がまた必要となる。
 運良く部屋が決まって生活保護受給の条件は整うのだが、保証人協会への保証料だけでなく、火災保険、ガス保証金、カギの交換費などで4万5000円が最初に要るとされる。
 同書はこうのべる。

「ホームレスだった人が、いきなり部屋を見つけることの困難さはこのような現実にあります。ボランティアグループが好意で『立て替え』てくれないかぎり、実際に部屋を見つけることも、住むことも難しいのが現状です」(p.115)

 福祉事務所の人間は、部屋探しをしてくれるわけではないし、部屋探しにいっしょに歩いてくれるわけでもない。同書によれば、これらはボランティアによって支えられているのが現状だという。

 つまり「生活保護」、あるいは自立のカギとなる住居の設定がこのような困難に見舞われているのである。ホームレスが「生活保護」にたどりつくまでをいかにスムーズにできるようにするか、いまできる改革としてここに一つの焦点がある。



ぼくらがホームレスにできることはなにか


 ところで、この『ホームレスを救援する100の方法』は、ホームレスをどうみるか、ホームレスにならないための予防策からはじまって、自分でできるホームレスへのボランティアがたくさん書いてある。
 たとえば、道にホームレスが倒れていたら、どうするか、ということが書いてある。
 あるいは、「チョボラ(チョイとしたボランティア)をしよう!」として、声をかけることから始まって、物資をわたすことなどが書かれている。ていねいなことに、渡しかたまで書いてあるのだ。

「コートやジャンバーをくれる人はあっても、下着や靴下などは、なかなか手に入らないのです」(p.83)

 というのはちょっとした驚きである。
 そして、「本格的にボランティアをしたくなったら」ということで、後半はホームレスが自立できるようになるまでの支援についてくわしく書いている。「自分が何をするか」「ホームレスがどう自立していくか」という目線で書かれているので、さきほどの厚労省調査の鳥瞰的視点とは逆に、個別的で虫瞰的な視点が得られる。

 ちなみに『ホームレスを救援する100の方法』はキリスト者からのこの問題へのアプローチである。

 コミュニストであるぼくからすれば、ホームレスというのは、「明日は我が身かもしれない」という思い、つまりその中に幾分でも「自分」を見る。それゆえに、「他人事」や「憐憫」ではなく、自分と共通するものを見い出し、同じものとのたたかい、すなわち「連帯」をするのである。
 キリスト者にとってはホームレスは、いやホームレスにかぎらず他人は絶対的な他者である。自分の「仲間」であるから、あるいは自分とどこかしら共通したものをもっているから「助ける」のではなく、相手はどこまでも自分とは断絶し、ときには自分とも「対立」さえする者であるのに、それを愛するがゆえにキリスト者の愛は無条件的なのである。
 両者には大きなへだたりがあるのだが、まあ難しいことはおいておこう。
 厚労省調査と『ホームレスを救援する100の方法』をあわせて読むと、ホームレス問題において「偽善感」や「無関心」「過剰な憐憫」などといった距離感から脱出でき、冷静なアプローチをふみだせることになるだろう。





加納眞士:責任編集『ホームレスを救援する100の方法』
コイノニア社
2006.4.3感想記
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