B.ブラセル『本の歴史』


 教養主義者たちのあつまりにおいて、ホグベン『洞窟絵画から連載漫画へ――人間コミュニケーションの万華鏡』(岩波文庫)を読むことになった。この本がもう骨が折れるっつうか……。


 本書はホグベンを補強するために読んだ。ホグベンの第5章「印刷、紙、カルタ」、第6章「標準化、ステロ版、アイソタイプ」、第7章「美術、解剖学、広告」にかかわる。

 まず、「手書きの本」について語る。
 なるほど、「本」というのは、よくよく考えてみれば印刷技術がなくても、すなわち手書きであっても成立するわけで、ここから問題をはじめるのは、しごくまっとうである。
 ここでは「写本」ということが問題の中心にすわる。
 ここで興味をひいたのは二つ。
 ひとつは、すでにこの時代に、「ゴシック体」「カロリング体」「アンシャル体」などの書体が生まれているという事実である。「ええ? だって写本の時代でしょ?」と当然ふしぎにおもうのだが、おどろくなかれ、一つひとつ書いていたのだ。写字生たちの長い修練によって、活字とまごうばかりの実にうつくしい書体が完成してしまうのである。写真がのっているが、すげえなあ、と思う。高校時代、ぼくはなぜか明朝体にあこがれて、ノートのはじに「資本」とかいう文字をくり返しレタリングしていたのを思い出す。レタリングにとどまらず、写本とは豪華な装丁や絵(もちろんカラー)がついていて、1冊1冊がぜいたくなものであったのだ、と知る。分冊化して大量写本をするという技術もあったくらいだから、いちいちそういう装丁や挿し絵をつくっていたのかと思うと気が遠くなる。
 もうひとつは、紙のない時代の素材であるが、相当長い間中世ヨーロッパでは羊皮紙がつかわれていたのだと知った。これはホグベンにもでてくる。本書では、1冊本をつくるのに、平均15頭分が必要だったとある。

 つづいて「グーテンベルク」。活版印刷についてである。
 ここでは、さまざまな技術が総合されて印刷という技術に結実したことや、それがおどろくほどのスピードで全ヨーロッパにひろまったことなどがのべられているが、これはホグベンにもくわしい。
 この初期の印刷本(インクラブナ)をみておどろくのは、絵がカラーであるとか、冒頭のアルファベットの飾り付けが実にきれいにできていることで、「どうやって印刷したのか」という疑問が当然わいてきた。これはどうも、いちいち手書きをして加えていたらしい。
 ただ、単純な1色の挿し絵は、ごくたまにあって、それは木版でつくっていたのである。

 「印刷術の飛躍」では、本づくりと販売が、ビジネスとしてどう展開されたか、が見ものである。こうしたシステムをしることなしに、コミュニケーションは語れない。政治的には宗教改革と反宗教改革の道具・尖兵として書物が使われ、出版をめぐる弾圧や血なまぐさい規制がはじまるのはこのころ、すなわち16世紀以降からである。
 ホグベンは、印刷工が現場でつくってしまう言葉が、実は言語の形成に大きな影響をあたえるさまを描いているが、この本では、人文主義者(ユマニスト)をとりあげ、「原典」への忠実さというものを大事にする傾向があらわれることを指摘している。
 いずれにせよ、この時代、エラスムスとフローベンの話など、印刷業と学問世界は深くかかわりをもっていたのだ。
 エッチングによる絵の凹版印刷技術ができ、ホグベンも紹介しているウェサリウスの人体の精密な図などが登場することも、このころの重要な特徴である。


 つづく章は、出版への権力による規制の話が出てくるのだが、興味をひくのは、民衆のなかでの「本」の受容についてである。
 「青本」といわれるポケットサイズの本が民衆のあいだでかなりひろまっていたらしい。物語、宗教、実用、暦などさまざまで、17世紀には新聞も登場する。

 最終章は、本が権力による独占と規制のもとにあったのだが、フランスではジャーナリズムの発達と読者層の拡大によって(ビブリオマニア、すなわち本フェチはこのころから拡大する)、図書館ができ、こうした知識の普及が革命を準備してしまう。本が権力を破砕してしまうのだ。

 なお、カラー図版の登場は18世紀末で、これは色の3原色の原理が解明されてはじめて可能になった。このあたりはホグベンにも登場する話である。
 

 全体をとおしてかんじることは、ブラセルが書いたのは主にヨーロッパ世界の話(フランス革命まで)で、そこに限定していえば、ひとつはヨーロッパにおける商業ネットワークの緊密さなしに本というコミュニケーション革命はありえなかっただろうということ、もうひとつはマルクスの有名な「しかし理論といえども、衆人を掴むやいなや、物質的な力となる」という確信の背後には、ラディカリズムだけでなく、本が現実を倒したという百科全書派の歴史があったということである。

 前者は実はホグベンがしつこいくらいに強調している問題である。「それらの進歩(印刷術を準備した科学の開花)が世にひろまったのは、即物的な科学が、自然哲学(物理学)という融通自在な名称をふりかざし、大学の回廊の中へ入りこんでしまわぬうちに、水先案内の親方、鉱山技師、砲兵長、眼鏡師などの読書階級へ、科学を売りこまねばならなかった商取引を通してである」(ホグベンp147)。
 ここで、経済の自主ゼミで学んだことが役に立つ。
 「〔中世末期の〕このような定住商人によって営まれた商業と金融業の全ヨーロッパ的関連を、かつてレーリヒは『中世の世界経済』と呼んだのであった」(石坂・船山・宮野・諸田『新版西洋経済史』)。

 後者は、実はブラセル自身が強調していることであるのだが、重要なことは、印刷技術があまり大きく変化していないのに、「社会における本の地位が変化した」ために、この革命はおきたのだ、と言っていることである。ホグベンは、わりと技術史的な側面を丹念に描くのだが、ブラセルは次のように総括する。

 「本の製造方法も流通形態も、グーテンベルクの時代からほとんど変化がなかった。……しかし、……社会における本の地位が変化したのである。検閲に打ち勝ち、新たな読者層を獲得し、国から国へと伝播し、全世界に根を張り、形態にも内容にもたぐい稀れなる多様性を発揮して、本は向かうところ敵なしのマスコミュニケーション手段となった。そして、知識の総体を社会改革の武器として提供した『百科全書』を範として、この後の本は、ただ世界を解釈するのではなく、世界を変革しようとし始めるのである」

と、マルクスのフォイエルバッハ・テーゼをもじって、ブラセルは本書を終えている。
 ここから出てくる問題意識は、ホグベンは、コミュニケーションの問題を解いていくさいに、経済にも目をむけてはいるけど、全体として技術の問題にかたよりすぎており、それが大事な問題を見落とすことになっているのではないか、ということである。
 
 

 



ブリュノ・ブラセル著/荒俣宏監修/木村恵一訳
創元社 「知の再発見」双書80
2004.6.5感想記
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