二鳥修一の交換日記の中身を勝手に創作する
志村貴子『放浪息子』2巻感想続編
『放浪息子』2巻では、二鳥修一と高槻よしのが、「オカマ」のユキさんのところへ出かけたあとで、そのことの記録をきっかけに、交換日記をはじめます。
この中身は、最初のごく断片しか出てきません。
「二鳥修一になりたくてしかたがない」というぼくにとっては、是が非でもこの交換日記を読みたいと思いました。そこで、日記の中身を、作品の前後から判断して勝手につくってみることにしました。
作品のなかにある、日記の中身を推測する発言・行動は次のとおりです。
- 高槻が修一に、ユキさんの家でおきたことを「すごく楽しかったんだよね」「そういうのを全部書いてくれてうれしかった」といっている。経過の記録的叙述と、感想が書かれていることが推察され、しかも基調は非常に「楽しい」空気に満ちていたものであると推測できる。
- 高槻が修一から渡されたノートを読んでいるときに、修一が周囲を気にしてあわてている。自分の女装のことやその気持ちが書いてあると推測される。
- 修一からノートをもらった高槻がすぐに頬をそめて「私返事書いたほうがいいよね 書くよ」と少し興奮気味に反応している。かなり赤裸々な修一の気持ちが書いてあるのだということが推察される。
- 高槻が「全部知ってもらおうなんて自己満足なのかなあ」と何気なくいった言葉(「自己満足」)に修一が勝手に傷ついていることから、自分のことを知ってもらおうとする内容、「自分語り」が書かれていると推察される。
- ちなみに、高槻と修一のあいだには恋愛感情は現在(2巻まで)のところ存在しない、と考えられる。(女友だち)
では、いってみよう。
高槻さんへ
これは昨日楽しかったことの記録です。
ぼくは口で言うのがへたなので、それと、恥ずかしいのでノートに書くことにします。
昨日、しーちゃんという人から、「ユキは男だったけど女になったんだよ」と言われた時は、ほんとうにほんとうにびっくりしました。そして、何だかとてもうれしかった。
ぼくたち2人でほんとうの名前をユキさんに言った時、ユキさんもびっくりしてたけど、とてもよろこんでくれていました。
ユキさんが成人式や卒業式の写真を見せてくれました。
そこには、男だったユキさんが写っていました。
そこでもまたびっくりしてしまいました。
いま、ぼくたちの目の前にいるユキさんは、こんなにきれいで、こんなにすてきな女の人です。でも写真に写っている男の人は、ぜんぜん別の人みたいに見えました。高槻さんも、あのときユキさんと写真をたがいちがいに見てましたね。ぼくもすごくふしぎだったのです。
ユキさんは、写真をひととおり見せてくれた後で、お酒を飲みだしちゃいました。
あの、しーちゃんという人が横から「おまえなー」とか言ってユキさんがお酒を飲むのを注意してました。でもユキさんはすごくうれしそうにお酒を飲んで、とうとうしーちゃんという人に抱きついてキスをしていました。
おねえちゃんの本だなにある女の子のまんがには、よくキスする絵が出てきます。
でもほんものを見たのははじめてです。
お酒でよっぱらったみたいなユキさんが「わたしはあんたたちみたいな子が大好き!!」と、とびあがるくらい大きな声で言ったのには、やっぱりびっくりしました。
ユキさんはあの後、きゅうに歌いだして、それがまたびっくりするくらいうまかったのです。
ぼくの心ぞうがどきどきどきどきと、頭につたわってくるくらい、大きな音をたてているのが、自分でもわかりました。そして、うでが少し、じん、としました。
でもそれは、こわかったり、いやだったからではありません。
はんたいです。
とてもうれしかったからです。
ユキさんがよろこんでくれている気持ちが、ぼくにも電せんしてきたのです。
すごくよくそれがわかりました。
「わたしはあんたたちみたいな子が大好き!!」とユキさんが言ってくれたことは、何だかほんとうにうれしかった。
前に、うちのベランダの花の水をやるお手伝いをおねえちゃんとぶんたんしてやっていたとき、おねえちゃんが「まーた、きょうもあたしが水やりだよ。シュウはなんでやらないの」とおこっていたので、ぼくが「ちゃんとやっているよ」と言ったのですが、「うそだ。やってるの見たことないよ」と言いかえされて、とてもくやしかったことがあります。
でもそのとき、おかあさんが「シュウちゃんはおねえちゃんが見てないところでちゃんとやってるのよ」とにっこりと言ってくれたことがあります。
ぼくはそのとき、ものすごくうれしかった。恥ずかしいけど、その時、おかあさんがそう言ってくれたのが、泣けてくるくらいうれしかったのです。
ぼくは口がへただから、いつもうまくいえない。でも、おかあさんは、どこかでちゃんとそれを見ていてくれて、わかっててくれるんだと、すごくうれしかったのです。
ごめんなさい。とつぜん、おかあさんやおねえちゃんの話をしてもわけがわからないですよね。
ぼくは、ユキさんが「わたしはあんたたちみたいな子が大好き!!」と大声でいってくれたとき、おかあさんの時うれしかった気持ちと同じ気持ちをかんじました。
ユキさんが、高槻さんとぼくのことを「いいなあそういうの。あたしもそんな友だちがいたらよかった」とお酒によってうれしそうにいっていたのが、とても強く心に残りました。
女の子になりたい、とか、女の子の服を着たい、ということは、ユキさんが子どもだった時は、ほんとうにできなかったことだったんだとわかりました。
ぼくは、高槻さんみたいな友だちがいて、すごくめぐまれてたんだな、とはじめて気づきました。
高槻さんが男の子の服を着て町に出てるといってくれたこと、着たいと思う人が着るべきだと高槻さんがいってくれたことは、とてもはげまされました。さいしょに女の子のかっこうをして町に出た時だって、高槻さんがさそってくれなかったら、ぼくはいくじがなくてやっていなかっただろうと思います。
もし高槻さんに出会わなかったら、ぼくは自分の気持ちにずっと気づかなかったかもしれないし、それか、ずっとなやみつづけていたかもしれません。
それでユキさんが写真をみせながら、自分の話をしてくれた時、その話を聞きながら、ぼくは自分で気づかなかった気持ちがたくさんあることに気づきました。
そのなかでいちばん大事だと思ったことは、女の子になりたい、女の子の服を着たいという気持ちが、こんなにも楽しくて、すてきだったということでした。
おねえちゃんにばれたとき、おかあさんにばれそうになったとき、ぼくはずっとみじめで悲しい気持ちでした。町に出ている時も、ものすごくいけないことをしているみたいなかんじが頭のどこかにいつもありました。
でも、ユキさんの話は、ほんとうにどこまでも楽しそうでした。
ユキさんがとってもとっても楽しそうにそれをしゃべってくれたのは、ぼくはすごくうれしかったのです。そして、「わたしはあんたたちみたいな子が大好き!!」とびっくりするくらいの大きな声で言ってくれたのは、もっとうれしかったのです。
おかあさんがぼくのことをどこかでいつも見てくれていた時みたいに、ものすごくあたたかい気持ちになりました。
おわりです。
ぼくは高槻さんがあの時どう思ったのか、すごく聞きたいと思ってます。
もしよかったら、返事をください。
こうしたことを重ねてみても、ぼくは1ミリも二鳥修一には近づけない。
つうか、言葉を徹底して省略し、鋭く鋭く研ぎすましていく、志村の言語センスの足下にもおよばない。
なんて悲しいんだろう。
「もう、すっごいやだ……」(by 二鳥真穂)
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2004.5.30感想記
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