池田信夫と麻薬
『ベッカー教授の経済学ではこう考える』にもふれて



 なんか池田信夫が麻薬事件を起こしたみたいなタイトルだな(笑)。そうではないので念のため。

 大学生の大麻事件について、池田信夫が「大麻で逮捕するならタバコを禁止せよ(2008.11.16)」「大麻は合法化して規制すべきだ(2008.11.22)」という二つのエントリーを書いた。それぞれ375、138ものはてなブックマークがついている(2008年11月27日現在)。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/2b12cad34eec4aec8766661a0885a1b7
http://b.hatena.ne.jp/entry/10861956

 池田のこの主張は、よく知られている通り、そして池田自身が16日付のエントリーで紹介しているように、フリードマンやベッカーらの「麻薬合法化論」とでもいうべきものが元ネタである。
 ブックマークのコメントを読むと池田の主張を「支持」してブックマークをしている人のうち、その多くは大麻を他の麻薬と区別して「大麻は害悪がタバコ・酒なみなので合法化してもよい」という立場にあると思われる。〈大麻と麻薬をごっちゃにするひとは多いね〉という池田支持のコメントは、その端的な例だ。

 だが、池田が紹介したフリードマンは、リンク先でのべているように、大麻に限定してはいない。ブックマークコメントのなかで〈フリードマンは大麻どころか、あらゆるドラッグも売春も禁止すべきではないと言ってる。これに賛同する経済学者は多い〉と述べている人が1人だけいたが正鵠を射ている。フリードマンは大麻などという限定をつけず、麻薬全体を合法化すべきだとのべているのだ。

 池田の二つのエントリーの論理構成は、フリードマンの麻薬合法化論の体裁を借りながら、合法化を大麻だけに限定している。〈麻薬ですらない大麻〉というわけだ。
 しかし、池田はフリードマンの見解を特に限定も設けずに好意的に紹介し、〈フリードマン以来、指摘されてきたように、コカインのような麻薬でも、その健康被害より(非合法化による)麻薬取引にからむ犯罪被害のほうが多い〉とのべていることに見られるように、池田の心情は限りなく麻薬全体の合法化・規制論へと傾斜していると考えていいだろう。

ベッカー教授の経済学ではこう考える―教育・結婚から税金・通貨問題まで 麻薬合法化論は、ベッカーの方がよりわかりやすいので、紹介しておこう。

〈実際には大方の麻薬は、一般に考えられているより中毒を招くことははるかに少ない。そのことは麻薬使用の拡大がもたらす影響を軽減する。たとえば「麻薬乱用に関する国立研究所」では、コカインを試みた三〇〇〇万人の米国人のうち九五%が、中毒になる前に中止したか、あるいは中毒になったのちにその習慣からなんとか抜け出したことを明らかにしている。それに合法化が、必ずしもより多くの中毒を引き起こすわけではないだろう。中毒はしばしば仲間からの圧力や不幸やストレスに起因するものである。こうした不運に苦しむ人びとの多くは、いまは深酒やそのほかの有害な行動に走っている状況にある〉(ゲーリー・ベッカー、ギティ・ベッカー『ベッカー教授の経済学ではこう考える』p.151)

〈米国におけるエイズ事例の四分の一以上は……性的活動に由来するものでなく、ヘロインその他の麻薬注射に使用される汚染された注射針に起因する。もし麻薬が合法で公に販売されるものであれば、中毒者は清潔な注射針を容易に利用できるであろう〉(同前p.150)

〈アルコール乱用は、コカインとマリファナとヘロインのすべてを合わせたものよりはるかに社会的に有害である。……アルコールの場合と同じように、麻薬の合法的売買に対して課税することは、中毒者を経済的絶望に追い込むことなく麻薬の販売を鈍化させる効果をなにほどかもつであろう。これは、喫煙と飲酒に対して用いられ成功している課税と同様の、いわゆる社会的課税になろう。麻薬の影響下で運転したり仕事をしているときに重大な事故を起こす人びと、および麻薬を子供に売る人びとは、厳しく処罰されるべきであろう〉(同前p.151〜152)

 大麻という限定をはずし、結論が池田の主張とそっくりになっていることがわかるだろう。ここまでいくと大麻合法化論者も見る見る米粒のようになるまでぴゅーっと遠くへ逃げていってしまうに違いない。

 タバコ・アルコールとの比較でこれを語る人、あるいは大麻は合法化してもよいと思っている人に、このベッカーやフリードマンの意見をどう思うのか聞いてみたい。皮肉とか反語ではなく、純粋な疑問として。それによって大麻だけを純粋に問題にしたいのか、経済的リバタリアンなのかがわかる。

 とりわけ池田信夫に。池田は麻薬全体の合法化を要求するフリードマンやベッカーを「私は大麻に限ってモノを言っている」と述べて否定するだろうか。それとも「実は麻薬全体を合法化すべきだと思っている」と彼らに与するだろうか。
 仮にフリードマンが蘇って「世の中にはさまざまなリスクがあり、それをゼロにすることは必要でも可能でもない。アルコール乱用の社会的コストは麻薬とは比較にならない。アルコールや大麻のリスクを『自己責任』で認めるなら、同じ理由で麻薬全体も合法化すべきだ」と言った時、池田が首肯するかどうか見てみたいものである。





ゲーリー・S. ベッカー、ギティ・N. ベッカー
『ベッカー教授の経済学ではこう考える』
東洋経済新報社
2008.11.29記
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