小林カツ代『自給自足』



さんさん録 1 (1) 「しんぶん赤旗」のほうで、こうの史代『さんさん録』(1巻、双葉社)について「読むと家事がしたくなる」というタイトルで書評を書いた(06年4月26日付)。自分も家事をする必要にせまられているうんぬんと書いたら、まず、つれあいから「抗議」が。

「だいたいあの文章だと、離れていた独り身のときは家事していなくて、なんであたしといっしょになったとたん、家事をする『必要にせまられる』ワケ!? あたしが家事させてるみたいでしょ!」

 いや、そういうわけでは……。つか、威張るほど「家事」してませんし。

 『さんさん録』は定年後すぐに妻に先立たれた男が、息子夫婦のもとで「専業主夫」をしながら暮らす話だが、家事を覚えたての主人公がこう嘆息するシーンがある。

「食うために働き 働くために食い
 片付けてはちらかし ちかしては片付け………

 生きる事は なんと無為なのだ」

 このつぶやきを聞いて、虫が大好きという奇妙な小学生の娘・乃菜がぽつりと(まるで御託宣のように)つぶやく。

「なら せねばよい
 死ぬわけじゃなし」

 そう。この乃菜のつぶやきの思想こそ、ぼくの「独り身」時代の発想だった。だから、生活はしていたけど、家事をしていたという状況にはとてもなかった。食事はすべて外食、家にはガスもなし、そうじもほとんどしないのでホコリまみれ、洗濯も1か月まとめて。

 さて、その「赤旗」のコラムを読んだ福岡の知り合いから、一冊の本をわたされた。「家事というなら、この本読んでみな。おもしろいよ」と。それが本書である。
 表紙をみてもらうとわかるように、池田葉子のイラストレーションが小林の思想をうまく体現し、とぼけた味を出している。
小林カツ代 自給自足  この表紙の絵は豚肉の生姜焼きについてのイラストである。なるほどフライパンにこのテの肉や野菜を入れると、フライ返しで急いで「ジャッジャ」とやりたくなる。「料理してる感」が出るし。宇仁田ゆみがどこかで描いていたが、デパートの調理器具売場で男性が中華鍋を手にして「ジャッジャ」とやっている仕草を必ず見るといっていたが、それもこの症状の一種か。

 いま「ジャッジャ」といったが、本書は終始この調子で、あまり細かい指示が出てこない。「みりんがなければ砂糖をつまんでピピピ、です」「三本指でパラパラは、こう。御焼香のあの要領」。擬態語でわかりやすくしてあるというのと、数量的計測を実感でさせるようにしてある。家事をやったことがない人間や、時間がない人間が指南書にするにはちょうどいい。
 ただし、あとで「味付けよければ、すべてよし」というコーナーがあって、ここで調味料の数量などについての基本思想が説かれている。しかしこれもまさに「基本思想」をマスターさせようという意図があるようで、「和風煮物の基本」は「だし汁が1カップ」として、「酒 大さじ1 みりん 大さじ1 醤油 大さじ1 これでだいたいの味ができる」ということらしい。「そうなんです。同量なんです。だし汁が大鍋に何カップ入っていようが、酒・みりん・醤油は、同じ位ずつ入れる。甘口が好きなら、みりんを砂糖に代える、ぐらいでしょうか」。

 というわけで、料理をほとんど作れないこのぼくが、まず作ってみたのが、大根の煮物である。
 いや、料理をよくやっている人からみると、およそ「料理」とはいえないものなので恥ずかしい。しかし、まあ小学生が始めたと思って、ご容赦願いたい。

「大根15センチ。ちくわと煮ます。大根はいちょう切りにする。ちくわは適当に。鍋に水と酒、5センチ角の昆布を2、3枚入れて、大根、ちくわを入れ、ガーッと煮る。大根が柔らかくなったら、醤油をチョロリと入れる。溶きガラシをつけて、ハフハフ食べる」

 これだけ。
 実家から大量に野菜を送ってきたので、大根に手をつけたのである。
 料理がわからないというのはおそろしいことで、まず昆布がスーパーのどこに売っているのかわからない。「角切りこんぶ」というのがあったので、これだこれだといそいそと買ってきたのだが、家に帰ってよく見ると昆布のつくだ煮であった。
 窮したぼくは、そのまま数枚ナベに入れた。

 次に大根は果たして「皮」をむくのかどうかがわからなかった。ナベに入れてからハタと思ったことである。もちろん、むかずに投入した。
 もうナベに入れたので遅いのだが、煮えるのを待つあいだ、「Yahoo!知恵袋」で「大根はカワをむくのか」と質問してみる。いくつか回答が返ってきたが、むろん全員「むきます」と回答。がーん。しかし読んでみると、ミカンを皮ごとたべたほどの失敗ではなかったことがわかる。そういうふうにも食べなくはないようだ。ええい、ままよとそのままに。

 「酒」とあるが、料理酒をわざわざ買うのかどうか迷い、「鬼ごろし」と書いてあった安酒を買って、どちらにも対応できるような感じにした。180mlのペットボトルだったが、いったいどれだけいれればわからず、半分を投入した。

 「Yahoo!知恵袋」の回答のなかに、「醤油などで煮てしまうといつまでも煮えないですよ」と書いてあって、そうなのかと驚く。小林の叙述もたしかに醤油は最後だ。

 などと、四苦八苦してついにでき上がる。「どれ味を見るか」。
 そして『さんさん録』の主人公よろしく、ぼくは叫んだ。 

「う…! うまい! めちゃくちゃうまい!!」

 帰ってきて食べたつれあいも絶賛(夫操縦術の一種かも)。
 はっはっはっはっは。
 まあ、アレだ。これから、ぼくのことを、博多の味沢匠とでも呼んでくれたまえ。





日本経済新聞社
2006.4.30感想記
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