カン・プル『純情物語』1〜2巻



純情物語―一番大切なこと、気づきました (1)  どこにも適切な説明文がないので、この漫画の出版背景を、漫画のオビから引用しておこう。

「韓国で爆発的人気!! 韓国で映画化決定!」
「韓国のインターネットでスタート、一日最高200万アクセスを記録した超人気作品! 今までにない新しい作風は、美しい詩集や絵本のよう」

 主人公のキム・ヨンウはさえない30才の独身男性サラリーマンだ。
 彼は自分のマンションに住む、エレベータだけで見かける女子高生ハン・スヨンに毎朝会うのが「楽しみ」である。もちろん、名前も知らないだけでなく、声さえかけたことはない。

 それがひょんなことから声をかけるようになり、キムもスヨンもおたがいのことを意識しはじめるようになる。しかし、キムにとってもスヨンにとっても、それは「恋」などと呼べるものではなく、ただおたがいを「なんとなくの好意」でもって見ているだけなのである。

 とまあ、そんな具合に物語がはじまる。

 「さえない30男」というだけでぼくには、さっと親近感がわく。
 くわえて、「毎朝出勤の途中で出会う女子高生と恋に落ちる」などというのは、30男にとってはジューシーな妄想のひとつで、まだ恋に落ちる前に(そこ! そこ大事よ! 恋に落ちる「前」ですよ!)、病気の時におかゆをつくりに来てくれたり、ネクタイを結んでくれたりするというシチュエーションは、これぞ萌ツボだと悶える諸子も多かろうと思う。

 しかし。

 そういうぼくにとってもヤヴァげな可燃材料を積載しているにもかかわらず、萌えない
 少なくともこの1〜2巻では。

 決定的なのは絵柄で、西岸良平の劣化コピーつうか、そのへんの行政の啓蒙パンフレットの挿絵みたいな絵柄が、どうしてもぼくの萌えを、高揚する前にたたき壊してしまうのである。
 恋愛や純愛をストレートに重量感をもって描く、というのでもなく、ところどころにギャグというか、ユーモアがちりばめてあるのだが、これは文化の違いなのかセンスの高低なのか、どれも面白くない。寒い、とまではいわないが、ひとつも笑えないのである。

 根幹となっているドラマ自体も、いまのところ2つあるのだが(独身男性サラリーマン・キムと女子高生スヨンの物語、そして女性社会人グォ・ハギョンとやはり男子高校生ハン・スツの物語。交錯しながら進む)、どちらも今一つノレない。「冬のソナタ」や「美しき日々」を見たときも「なぜこんなに同じパターンなのか」とびっくりし、やはり心の底からはハマれなかったことが思い起こされる。

 韓流ドラマをみたときもキスシーンさえ抑制的で、その文化的差異に驚いたものだが、この『純情物語』を読んでも、親の、女子高生への権威が絶大であることに当惑する。テレビドラマと同様に、愛情表現に「禁じ手」が多そうなのも、貧しいぼくの思考(嗜好)には訴求してこない一因かもしれない。「汚れっちまった悲しみに……」と中原の詩が頭の中でリフレインする。

 冒頭に紹介したとおり、本作は漫画のようなコマ割りをしておらず(ときどき使うが)、全体はワク線をとっぱらって絵本を重ねるようにして描いている。そして実際にしゃべったことをフキダシに入れ、心のなかで思ったことは絵の横か外に文字だけ書く、という手法をとっている。

 そういう漫画とはズレた手法も、漫画文法に馴れ切ったぼくのカタい頭には受けつけない原因かもしれない。


 まあ、3〜4巻を待ってみて、これも、いい方向で裏切られることを期待したい。




『一番大切なこと、気づきました 純情物語』
カン・プル著 安倍慶子訳 双葉社 1〜2巻(以後続刊)
2005.5.5感想記
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