安野モヨコ『監督不行届』



 竹熊健太郎のブログでみたが、やはり日産のCMは庵野秀明であったか!

 つれあいとテレビをみていて、スマートな感じでメガネをかけ、ちょっとワイルドなヒゲや髪型の男が車にのりこむシーン。
 「あ、これ庵野秀明じゃない!?」と指摘するぼく。
 「ハア? 庵野秀明がこんなカッコいいわけないじゃん」と一蹴するつれあい。

 正真正銘、庵野秀明でした。


 わが夫婦が、当該CMの男を庵野秀明であるとただちに認識できなかった責任は、あげてこの安野モヨコ『監督不行届』にあります。「フィールヤング」誌連載当時から夫婦でみていたために、「庵野秀明って、こんなにタヌキ腹で、こんなにかわいいアホなヲタクなんだ〜」というイメージがすっかり出来上がっていたからである。


 本書は、『ハッピー・マニア』などで売れっ子の漫画家・安野モヨコと、「新世紀エヴァンゲリオン」で有名な映画監督・庵野秀明のヲタク結婚ライフを描いたエッセイ漫画。
 『美人画報』をはじめ、オサレには小うるさいはずの安野モヨコが、ヲタク四天王(?)である庵野秀明によって、「オタ嫁」として調教されていく凄惨なプロセスを描いた爆笑エッセイである。
 もともと安野モヨコは、潜在的ヲタであるため、その素質をカントク庵野によって十全に引き出されてしまい、すっかり押しも押されもせぬヲタ嫁に改造されてしまうのだ!

 なーんて書いてみるが、巻末の庵野秀明のエッセイをみると、実話をもとに、ある種の物語に流し込んだ見事な創作(だから実話は実話なのであるが)で、安野の才能なくしてはできえぬストーリーテイリングなのであった。しかもちょっとコギレイに改造されているのは、実は庵野秀明のほうだし。(ところで、巻末の「スペシウム光線を出すウルトラマンの真似をする庵野」の実画像は、手の角度、背の曲がり具合が申し分ないほど完璧だと、友人の特撮ヲタが感心していた)


 しかし……。

 ヲタの洗脳教育にとって、自動車でアニソンを大声で歌うというのは、自他ともに非常に重要なカリキュラムであろうと、うなずくことしきり。(あ、アニソンとはアニメ・ソングです。念のため)
 残念ながら、ヲタの最後列にいるハンパなヲタであるぼくは、到底こうはいかない。
 アホな友人とドライブしている間はアニソンなどをかけていられるが、さすがにガソリンスタンドに入って窓をあける瞬間は、ボリュームを落としてしまう
 このボリュームを落とすあたりに、ヲタとしての覚悟のなさを見て取れるだろう(そんな覚悟は誰も見たくないが)。

 『監督不行届』では、夫婦で車に乗って旅行し、有名で高級そうな、ある老舗旅館に泊まったときのエピソードが描かれている。
 帰りに車を出す時、乗り込んだWアンノは、大音量の「ガッチャマン」がかかっているのに気づく。そう。CDを一時停止のまま旅館の人に車をあずけて移動させてもらったらしく、その最中、大音量の「ガッチャマン」を旅館の人に聞かせつづけていたという事実に。

 だが、安野モヨコは、開き直る。

「……? だからなんだって言うんだ? いいじゃん別にアニソンきいてても… はずかしがる方がどーかしてるよ!!」

 かくして、安野は社会人としての羞恥をまた一つ失い、「オタよめ」にまた一歩近づいてしまったのである。

 ぼくの場合、つれあいにこんな洗脳教育など、とてもできない。
 二人で散歩をしていて、まったく前後の脈絡なく、なにかに憑かれたように「エヴァ」のセリフを芋づる式に口に出しているぼくは、「ヤメロ!」などとつれあいに怒鳴られ、首をしめられている。

 重要なことは、ヨメのほうにヲタだった過去または素質がなければならないのだが、わがつれあいは、そのケがあるはずだと見ているので、本書を読んでいろいろと研究したい(するなという怒号が聞こえる)。